いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?

栗栖蛍

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7章 足りないもの

89 彼の本音

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 土曜の朝、荒助すさの家に階段を駆け下りる音が慌ただしく響く。

 れんではなくみさぎだ。
 九時過ぎの電車に乗らなければならないのに、パジャマ姿でのんびりとコーンスープをすすっていたら、八時のニュースが始まってしまったのだ。

 跳ねた髪を直すのは諦めて、滅多にしないツインテールで誤魔化す。
 支度したくを急いでようやく玄関に座ると、歯ブラシをくわえた蓮が欠伸あくび交じりに声を掛けてきた。

「ごんなばやぐからでがげるの?」
「うん、待ち合わせしてて」
「どこ?」

 「内緒」と渋った理由を歯ブラシのせいだと思ったのか、蓮は「ぢょっどまっで」と洗面所へ行き、うがいをして戻ってきた。
 いつもみさぎが『汚いからやめて』と注意しているからだ。

 ゆっくり話している時間はないが、まだ少し余裕がある。

「眼鏡くんとデート?」
「違うけど」
「じゃあ、二股くんと会うのか?」
「二股くんって何よ! そういう言い方やめて」

 前に電話が掛かってきた時にそんな話題になったせいで、蓮の指す『二股くん』が智だという事は理解できた。決してそうではないけれど。

「相手が咲ちゃんだっては思わないの?」
「だって、咲は今日お前に会うなんて言ってなかったし」
「お兄ちゃんたち、相変わらず仲良いね」
「まぁな。けど、まぁそうだよな、出掛ける時はいつもスカートなのにズボンなんて珍しいもんな」

 蓮の抜き打ち服装チェックが苦手だ。咲も姉によくされると言っていたが、相手が兄では大違いだ。
 みなとたちの訓練を見に、初めて山の広場へ行った時は、蓮に従ったばかりに咲たちにダメ出しを食らってしまった。

「じゃあ、戦いに行くのか? そんな動きやすい格好してさ」
「ちょっ」

 突然真顔で確信を突いてきて、みさぎは慌てて「しっ」と人差し指を立てて注意する。

「お父さんたちいるんだよ? やめて」

 小声で訴えると、蓮は「はいはい」と肩をすくめた。

「当たってるんだ」
「う……」

 「ん」の言葉を一旦飲み込む。
 事実を知られるのは厄介だと思いながら、みさぎはもう一度時間を確認して蓮に尋ねた。

「私が魔法使いだったら、お兄ちゃんは見たいって思う?」
「だったらじゃなくて、そうなんだろ? 眼鏡くんも咲も、お前は強いって言ってるぞ」
「えぇ、湊くんも? いつそんな話したの?」
「眼鏡くんとは一昨日おとといかな」

 あぁ倒れた時かと、みさぎはうなずく。
 湊の事だから咲のようにベラベラと話すことはないだろうけれど。

「強いって言っても、ちょっとだけだよ」

 あまりにも事情を知りすぎている蓮に、調子がくるってしまう。
 そんな困惑するみさぎに蓮は不思議そうな顔を浮かべて、さっきの話を「いや」と断った。

「興味はあるけど、見なくていいかな。咲が戦う所も見たくないし。俺さ、見たらきっとやめろって言いたくなるから」

 みさぎの耳が、まだ蓮が「咲」と呼び捨てすることに慣れていない。湊に「みさぎ」と呼ばれる時とは少し別の、くすぐったい感じだ。

「そうなんだ」
「あぁ。俺がお前のアニキで、咲の彼氏だなんて現実は、お前たちの運命とやらには何の拘束力にもならないってことくらい分かってるつもりだから。だから無事を祈ってるしかないだろ」
「なんかお兄ちゃんって、物分かり良すぎない? 私たちの事怪しいとか思わないの?」

 大体、妹が異世界からやってきた魔法使いだなんてのを信じている蓮の思考回路を異常だと思ってしまう。

「前に咲にも言われたけどさ、最初は信じてなかったよ。いや、今もちょっと怪しいけど、信じようって思わなきゃ何かあった時絶対に俺が後悔すると思うから」
「何かあったらなんて……やめてよ」
「悪ぃ。けど、俺が心配だなんて言ったら、お前らの負担にしかならないだろ?」
「確かに」
「ハッキリ言うじゃねぇか。けど、そういうことだよ」

 蓮に止められても、湊に止められても、きっと自分はそれを振り切って行くだろう。
 この間湊に言われたように、今最優先しなければならないのは、ハロンを倒す事だ。

「けど、結果的に振り切ったとしても、心配だって言って貰えたらそれはそれで嬉しいんじゃないかな」
「何その自分勝手な話。振り切られる俺のメンタルも考えてくれない?」

 心配する相手が咲だと考えると困惑してしまうが、妹として彼女側に立ったアドバイスだ。

 けれど蓮は難しい顔をして首を横に傾げてしまう。
 どこか納得できない様子に、みさぎは「もしかして」と息を呑んだ。

「お兄ちゃんが二股された原因ってそれだった?」

 本音を隠し、カッコつけて何でも分かっているような顔ばかりすれば、そりゃあ彼女は離れてしまうだろう。

「──怒るぞ。そんなわけないだろ? 俺だって心配だってくらいはちゃんと言ってるよ」
「じゃあ何で浮気されたのよ」

 急に大人しくなった蓮は、溜息を零してボソリと呟く。

「逆だよ。心配しすぎてフラれたの」
「それって、束縛そくばくしてた……ってこと?」

 湊の顔が脳裏に浮かんで、みさぎは顔をしかめた。

「好きな子って放っておけないじゃん。つい干渉したくなるっていうか……束縛なんてしてるつもりはなかったんだけどな」
「それは……良くないね」

 しみじみとみさぎは頷く。
 束縛なんてしたら、咲は嫌がるだろう──いや、喜ぶかもしれない咲を想像して、みさぎは今度は唇の端を引きつらせた。

「俺、言い出すと止まらなくなるから、それがしつこかったんだろうな」
「そ、そうなんだ……」

 聞かなくてもいい情報を聞いてしまった気がする。

「いいか、みさぎ。好きな相手が自分以外の異性と居るところを目撃するってのは、物凄いダメージ食らうんだからな? お前も眼鏡くんが好きなら考えて行動するんだぞ?」
「分かってます! 私は束縛なんてしないもん。浮気だって……」

 みさぎは、言い返してそっと自分の胸を押さえる。
 悪いことはしていないはずなのに、チクリと胸が痛んだ。

「お、お兄ちゃんは咲ちゃんとデート?」
「いや、俺はバイト。咲が、今日は忙しいから連絡できないかもって言ってたぞ」
「何だろう、咲ちゃんが忙しいなんて」

 何気なく考えながら家を出たところで、みさぎは「ちょっと待って」と足を止めた。
 咲が忙しい──何だか嫌な予感がした。


   ☆
 朝、雨の匂いがした気がして傘を持って家を出たのに、白樺台しらかばだいに着いた時には雲一つない青空が広がっていた。

「朝のニュースで、今日は行楽日和だって言ってたよ」

 先に着いていた智が、みさぎの手元を見て小さく笑顔を零す。

「じゃあ、行こうか」

 彼に治癒魔法を掛けてみさぎが倒れた日からまだ二日しか経っていない土曜日、早々に魔法戦を決行することになった。

 今日は智と二人きりだ。
 戦いに来ただけで、決して蓮の疑うような恋愛感情はない。

 湊と咲には、昨日の帰り「来ちゃ駄目だよ」と念を押してある。
 二人は「分かったよ」と驚く程素直に了承してくれた。

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