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6章 隠し扉の向こう側
86 魔法の代償
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──「駄目じゃよ。その魔法は絶対に使ってはならんのじゃ」
まだ自分がリーナだった頃、ハリオスにそんなことを言われたことがある。
いつどんなシチュエーションかまでは覚えていないが、リーナがこの青い魔導書を手に取るのは初めてではないような気がした。
駄目だと言われたそのページを見たことがあるかもしれない──そう思ったけれど、曖昧な記憶から内容を絞り出す事はできなかった。
「その魔法を使うと何が起きるの?」
「ページを破ったのは儂じゃ。その説明をお前にしてやることができないと判断して、そうした。分かってくれるな?」
耕造は何も説明してはくれなかった。
みさぎがルーシャを振り向くと、彼女はじっとこちらを向いたまま首を横に振る。駄目だという意味だ。
「ごめんなさい、おじいちゃん。じゃあ、智くんを治してあげる魔法を教えて」
みさぎは謝って、咄嗟に話題を逸らした。
ハリオスが一度「駄目だ」と言ったら、それを曲げるのは到底無理なことは知っている。
「分かった。どれじゃったかな」
耕造はみさぎから魔導書を受け取って、ページを捲っていく。ちょうど真ん中あたりの所で「これじゃ」と広げて見せた。
確かにそれは治癒魔法だった。
温泉に張ってある説明よろしく、切り傷、打撲、と効能的な単語が並んでいる。
「えっ、一つの魔法でこんなに覚えることあったんだったっけ……」
発動の文言もそうだが、ごちゃごちゃと文字の刻まれた魔法陣も一度はきちんと頭に入れなくてはならない。
ターメイヤでいう魔法使いとは、炎や水などを操る素質を持った人の事だ。文言を唱えて魔法陣を発動させる事は、その力を操るため魔法に魂を吹き込むという意味らしい。
「当たり前でしょ」
「ねぇルーシャ、これって本を持ちながら唱えちゃ駄目なの? そしたらまだ覚えていない魔法も色々使えそうな気がするけど」
昔やったゲームのキャラに、魔導書を持ったまま戦う魔法使いが居た気がする。
我ながら良い考えだと思ったけれど、絢は呆れ顔で「駄目よ」ときっぱり否定した。
「ちゃんと覚えなさいよ。ターメイヤのウィザードがそんなことしたらカッコ悪いじゃない。そんな分厚い本持ち歩くつもり? ページ捲ってる間にやられるわよ?」
「それは付箋紙でも挟んでおけば……」
「はぁ? やめて。いい、リーナ。そのくらい覚えられないようなら、アッシュの怪我なんて治さなくていいわ。どうせそのうち治るわよ」
「えぇ……」
記憶が戻った途端、優しかった絢がルーシャに戻ってしまった気がする。リーナが魔法使いの見習いだった頃も、彼女はこんな感じだった。
「じゃあ、頑張って覚えるよ」
諦めて肩を落とすと、耕造が「リーナ」とみさぎを呼んだ。
「その本は持ち帰りなさい。どうせウィザードのお前にしか意味のない本じゃ。家でじっくり読み込めばいい」
青い魔導書一冊だけでずっしりと重い。これを持って帰るのかと思うと憂鬱になるが、置いていくわけにもいかず「ありがとう」と礼を言う。
「けど本当に気を付けるのよ? 発動でどのくらい体力を持っていかれるか分からないから、できるだけ倒れてもいい場所を選んでね」
「う、うん」
自分が唱えた魔法でダメージが返ってくるなんて前例がなく、みさぎには想像することができなかった。
☆
帰宅したみさぎは何度も何度もその文言を読み込んで、要所要所を掌にペンで書きだした。裏も表も真っ黒になった手は、もはや何が書かれているのか自分でも良く分からなくなった。
一つの魔法を記憶するのに、リーナはこんなに時間を掛けていただろうかと疑問に思いながらも、智への治癒は翌日に実行することができた。
駅裏の狭いスペースに湊や咲を入れた四人で集まった。ここならば住宅地から死角になっていて、何かあっても電車ですぐ家に帰れると思った。
周りに誰も居ないことを確認して、文言を唱える。
初めて音にする言葉で現れた白い魔法陣は指先でくるくると回り、「行け」という合図と共にみさぎを離れた。
一度大きく広がった円形の文字列が縮んで、沈み込むように智の胸へと吸い込まれていく。
効果が表れるまではあっという間だった。
ただ、魔法ですっかり痛みの引いた智とは逆に、みさぎへのダメージは絢の忠告通りだ。
光を消した途端激しい眩暈に襲われて、みさぎはその場に崩れた。
次に目を覚ました時、みさぎは自分の家の、自分の部屋に居た。
制服のままの姿で、仰向けに自分のベッドに入っている。
駅裏で「ありがとう」と言った智の笑顔が蘇ったけれど、そこから先の記憶が飛んでいて動揺を広げた。
「何で……?」
今自分の置かれた状況を全く理解できない。
どうして部屋に湊が居るのか、みさぎにはさっぱり分からなかった。
まだ自分がリーナだった頃、ハリオスにそんなことを言われたことがある。
いつどんなシチュエーションかまでは覚えていないが、リーナがこの青い魔導書を手に取るのは初めてではないような気がした。
駄目だと言われたそのページを見たことがあるかもしれない──そう思ったけれど、曖昧な記憶から内容を絞り出す事はできなかった。
「その魔法を使うと何が起きるの?」
「ページを破ったのは儂じゃ。その説明をお前にしてやることができないと判断して、そうした。分かってくれるな?」
耕造は何も説明してはくれなかった。
みさぎがルーシャを振り向くと、彼女はじっとこちらを向いたまま首を横に振る。駄目だという意味だ。
「ごめんなさい、おじいちゃん。じゃあ、智くんを治してあげる魔法を教えて」
みさぎは謝って、咄嗟に話題を逸らした。
ハリオスが一度「駄目だ」と言ったら、それを曲げるのは到底無理なことは知っている。
「分かった。どれじゃったかな」
耕造はみさぎから魔導書を受け取って、ページを捲っていく。ちょうど真ん中あたりの所で「これじゃ」と広げて見せた。
確かにそれは治癒魔法だった。
温泉に張ってある説明よろしく、切り傷、打撲、と効能的な単語が並んでいる。
「えっ、一つの魔法でこんなに覚えることあったんだったっけ……」
発動の文言もそうだが、ごちゃごちゃと文字の刻まれた魔法陣も一度はきちんと頭に入れなくてはならない。
ターメイヤでいう魔法使いとは、炎や水などを操る素質を持った人の事だ。文言を唱えて魔法陣を発動させる事は、その力を操るため魔法に魂を吹き込むという意味らしい。
「当たり前でしょ」
「ねぇルーシャ、これって本を持ちながら唱えちゃ駄目なの? そしたらまだ覚えていない魔法も色々使えそうな気がするけど」
昔やったゲームのキャラに、魔導書を持ったまま戦う魔法使いが居た気がする。
我ながら良い考えだと思ったけれど、絢は呆れ顔で「駄目よ」ときっぱり否定した。
「ちゃんと覚えなさいよ。ターメイヤのウィザードがそんなことしたらカッコ悪いじゃない。そんな分厚い本持ち歩くつもり? ページ捲ってる間にやられるわよ?」
「それは付箋紙でも挟んでおけば……」
「はぁ? やめて。いい、リーナ。そのくらい覚えられないようなら、アッシュの怪我なんて治さなくていいわ。どうせそのうち治るわよ」
「えぇ……」
記憶が戻った途端、優しかった絢がルーシャに戻ってしまった気がする。リーナが魔法使いの見習いだった頃も、彼女はこんな感じだった。
「じゃあ、頑張って覚えるよ」
諦めて肩を落とすと、耕造が「リーナ」とみさぎを呼んだ。
「その本は持ち帰りなさい。どうせウィザードのお前にしか意味のない本じゃ。家でじっくり読み込めばいい」
青い魔導書一冊だけでずっしりと重い。これを持って帰るのかと思うと憂鬱になるが、置いていくわけにもいかず「ありがとう」と礼を言う。
「けど本当に気を付けるのよ? 発動でどのくらい体力を持っていかれるか分からないから、できるだけ倒れてもいい場所を選んでね」
「う、うん」
自分が唱えた魔法でダメージが返ってくるなんて前例がなく、みさぎには想像することができなかった。
☆
帰宅したみさぎは何度も何度もその文言を読み込んで、要所要所を掌にペンで書きだした。裏も表も真っ黒になった手は、もはや何が書かれているのか自分でも良く分からなくなった。
一つの魔法を記憶するのに、リーナはこんなに時間を掛けていただろうかと疑問に思いながらも、智への治癒は翌日に実行することができた。
駅裏の狭いスペースに湊や咲を入れた四人で集まった。ここならば住宅地から死角になっていて、何かあっても電車ですぐ家に帰れると思った。
周りに誰も居ないことを確認して、文言を唱える。
初めて音にする言葉で現れた白い魔法陣は指先でくるくると回り、「行け」という合図と共にみさぎを離れた。
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効果が表れるまではあっという間だった。
ただ、魔法ですっかり痛みの引いた智とは逆に、みさぎへのダメージは絢の忠告通りだ。
光を消した途端激しい眩暈に襲われて、みさぎはその場に崩れた。
次に目を覚ました時、みさぎは自分の家の、自分の部屋に居た。
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駅裏で「ありがとう」と言った智の笑顔が蘇ったけれど、そこから先の記憶が飛んでいて動揺を広げた。
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