いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?

栗栖蛍

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6章 隠し扉の向こう側

83 廊下のアイツ

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「ところで、最近増えたこの学校の七不思議を知ってるかい?」

 意味深な顔で尋ねてきた鈴木に、みさぎ達は顔を見合わせて「知らない」と声を合わせた。

「そんなのあったんだ。七つどころか一つも分からないよ」
「一つも? それは意外だね」

 テストの話をあっという間に終わらせて、鈴木はその話を何故か得意気に語りだした。

「七不思議と言えば学校の怪談じゃないか。この間までは四つだったんだけど、最近一つ増えて五つになったんだ」
「それって七不思議じゃないだろ」
「新しい学校は、一つずつ増えていくものなんだよ」

 あきれたような湊のツッコミを食らって、鈴木は苦し紛れにそう説明する。

 白樺台しらかばだい高校は今年でようやく創立十周年を迎える、まだ歴史の浅い学校だ。校舎もまだ新しく、怪談話をするには少し物足りない気がする。

「へぇ……」

 興味なさげに呟く四人に鈴木はゴホンと咳払いして、五つの七不思議とやらを語り始めた。
 みさぎはそろそろ教室に戻りたいと思ったけれど、声色を変えた鈴木を面白がってその場に留まった。

 今まであったという四つの七不思議は、音楽室に張ってある作曲家のポスターの目が動くだの、トイレの鏡に何か映るだの、階段の段数が増えるだのと言うありふれたものだった。
 四つ目に二宮金次郎の名前が出た時みさぎは思わず息を呑んだけれど、ヤツが夜中に走り出すという定番の内容にホッと胸を撫で下ろした。

「あぁ、よくあるやつね」

 苦笑いする智に、鈴木は胸を張ってふふんと鼻を鳴らした。

「けど五つ目は本当の話だからな? 聞いて驚けよ!」
「おぅ。聞いてやるよ」
「呪いの藁人形わらにんぎょうだ」

 鈴木は細く歯を見せると、両手を胸の前に垂らした。俗にいう【お化けのポーズ】だ。
 咲が「はぁ?」としかめっ面をする。

「いいか、夜学校の側を通った先輩の話だ。誰も居ない校庭に、コツーンコツーンと何かを叩く音が響き渡っていたらしい。もちろん、誰も居ない学校にだ。あれは藁人形に五寸釘を打ち付ける、怨念おんねんのこもった音だって話だよ」
「えぇ、怖い」

 「うらめしや」と囁く鈴木に怖がるのは、みさぎだけだった。

「おい、それって……」

 横で湊がボソリと呟く。

「湊くん……?」

 心当たりがあるらしい湊をのぞき込むと、彼は口元に手を添えて三人だけに分かるよう口を動かした。

『メラーレじゃないの?』

 三人が同時にその意味を理解する。

 メラーレこと、養護教諭の佐野一華だ。
 学校の地下には隠し部屋があって、鍛冶師である彼女の工房があるのだ。
 防音対策がされているのかは不明だが、どうやら剣を叩く音を聞いた先輩とやらが、第五の七不思議に仕立て上げてしまったらしい。

 少し不味い気がする──と困惑顔を送り合う四人だが、鈴木はそれに気づくこともなく情報屋にでもなった気分でご満悦の様子だ。

「まぁせいぜい、夜の学校には近寄らないことだね。けど、確かめたいなら一緒に見に来てあげてもいいよ」
「私は遠いから夜は来れないよ」

 みさぎは間髪かんぱつ入れずに即答した。
 どうやら鈴木は肝試きもだめしすることが目的だったようだ。しかし音の出どころが分かった以上、詮索せんさくするようなイベントに参加する気にはなれなかった。

「俺もパス。そんなの怖くないし」
「俺も怪我治ってないしな」

 次々と断られて、鈴木は最後の望みをかけて咲に熱い眼差しを送る。
 もちろん咲は全く相手にしない様子だ。

「僕が夜にお前と会うわけないだろ」
「えっ」

 けれど、何故か鈴木は途端に目を輝かせる。
 スイッチでも入ったかのようにテンションを上げて、細い目をうるませた。

「ちょっと何? 海堂ってボクっなの? もしかしてイメチェンした?」

 声のトーンを一段階上げる鈴木に、咲が「はぁ?」と不快感を示す。
 ハロン戦以来、咲は開き直ってか自分の事をヒルスの時同様「僕」と言う。中身を知る三人はあまり違和感を感じていないが、鈴木にとっては特別な響きに聞こえたようで、やたら嬉しそうに声を弾ませた。

「俺、小学校ん時ぶりに海堂にドキドキしたわ。いいよ、そのボクっての。俺、少しときめいたからね?」
「お前にときめかれても困るんだけどな」
「まぁいいよ。また聞かせて」

 鈴木はよほど咲の「僕」が気に入ったのか、肝試しの話すら中途半端のまま教室へ戻って行ってしまった。

「アレは何だったんだ?」

 嵐の去った後のように沈黙が起きて、咲は眉をしかめる。

「さぁな。それより次体育だけど、智やれるのか?」
「そうだった。あ、あやさぁん!」

 廊下の向こうに絢を見つけて、智が手を頭上にかかげて叫んだ。
 涼しくなったせいか、流石さすがの絢も今日は露出ゼロで長袖長ズボンのジャージを着ている。

 絢は「なぁに」とやってきて、ジロリと四人を見やった。

「俺、まだ怪我が治ってなくて。次の体育、保健室で休んでてもいいですか?」
「駄目よ」

 しかし絢はきっぱりと否定した。

「聞いたわよ。貴方入院中、メラーレを毎日病室に通わせたんですって? もう少し慎みなさいよ」
「えっ? いや、通わせてたわけじゃ……来てくれたら嬉しいなって言ったら来てくれただけで、無理矢理って訳じゃ……」

 小声で弁解する智を絢は睨みつけた。

「それでも駄目よ。貴方を保健室に一時間も居させたら、授業中に何してるか分からないもの」
「ちょっ、何もしませんよ!」
「本当に?」
「ほ、本当です……」

 絢の勢いにたじろぐ智。

「じゃあ、それは信じてあげる。けど、それだけ元気なら校庭の端で見学してて頂戴」

 絢は智の訴えを聞き入れず、そのまま職員室の方へ行ってしまった。

「何だよ智、メラーレと変なことするつもりだったのか?」
「ふざけるなよヒルス。そういう……するわけないだろ」

 声がみるみると小さくなる智に、咲は「やっぱりぃ」と声を上げる。

「下心丸見えだぞ」

 調子に乗ってだんだん声が大きくなる咲を、智は「静かにしろよ」と注意した。
 みさぎはそんな二人に苦笑しつつ、この間メラーレにされた話を智に伝えた。

「智くん、メラーレに今度智くんと戦ってあげてって言われたんだけど」
「メラーレが? いや、魔法の感覚取り戻さなきゃと思って話はしてたけど」
「智くんがやるなら、私は構わないよ?」
「本当? リーナが相手してくれるなら嬉しいよ」
「けど、その身体じゃまだ無理だよね」

 体育すら休む身体で戦闘訓練はできない。
 無理してやっても後に響くだけだという事は、ターメイヤ時代ルーシャやハリオスから耳が痛くなるほど言われている。

 今は十二月に来るハロン戦に万全の状態で挑むことを最優先しなければならない。
 智は包帯の巻かれた胸を押さえて、「だなぁ」と溜息をついた。

「大体、骨にヒビだなんてカルシウムが足りないんだよ。牛乳飲んでも全部背に取られてるんじゃないのか?」

 横から咲が智の背をバンと叩く。お構いなしの攻撃に、智は「痛ぇ」と目を閉じた。

「やめろよ。けどやっぱそう思う? まだ背が伸びた気がするんだよな」
「あれ、けどさ」

 二人のやり取りに沈黙していた湊が、ふと顔を上げる。

「ウィザードの魔法に治癒ってなかったっけ?」

 そんなもの使ったことはないけれど、急に何かを忘れている気がして、みさぎは「そう……だっけ?」と首を傾げた。


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