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6章 隠し扉の向こう側
80 魔法使いの鍛錬
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「私が行くから」
それはウィザードであるリーナの常套句だった。
危険を被るのはウィザードである自分だけでいいと思っていた。
パラディンだった父の背を追い掛けたいラルの想いは分かっていたけれど、戦況が悪化するにつれて彼もアッシュも命がけでハロンに挑もうとしているのを感じて、リーナは二人を置いて戦場へ出た。
死んでほしくない――思い上がった結果が、あの様だ。
一人じゃハロンを倒すことができなかった。
☆
手中に燻ぶる炎がみるみると縮んでポンと弾ける。
「あぁ、駄目だぁ」
がっくりと肩を落として、みさぎは後ろにある自分のベッドに背中を預けた。
全然集中できていない。
記憶を取り戻してから、みさぎは毎日のようにリーナの日課だった精神集中をしているが、まだ感覚が戻らず前のようにうまくいかない。
智は炎の魔法に長けているが、みさぎは白い光を操る。
ターメイヤでは、この白い光を使いこなすことができる魔法使いにウィザードの称号が与えられる。そのくらい希少で強い力だ。
対してルーシャは闇色の光を放つ黒魔法を操る。それこそ彼女が魔法使いではなく【魔女】と呼ばれる所以だ。
「もう一回」
みさぎは崩した足を正座に戻して、顔の前へピンと立てた人差し指に白い光を灯した。
始めてからまだ三十分も経っていないのに、気が散り散りになってしまうのは、考えることが多すぎるからだと一人頬を膨らませる。
湊たちの事も、兄たちの事も、気になることばかりが頭の中で渦を巻いて、魔法の事なんて入る隙が無かった。
昔、ルーシャに散々注意されたけれど、
「頭を空っぽにしろなんて、今の状況じゃ無理だよ」
愚痴りながら、みさぎは再び少しずつ光を縮めていく。
リーナの頃はこのまま数時間平気でいられた。
よほど暇だったんだなと昔の自分を尊敬しながら、爪よりも小さい所まで抑え込んで光の動きを静止させた。
魔法使いの鍛錬は、実戦よりもこれが大事だと言われている。
兵学校だと、魔法使いは広い部屋に並んで一斉にやるのだと昔アッシュが言っていた。今になってその光景を想像すると座禅のようだなとみさぎは思った。
小さい光を維持できれば、幾らでも大きくすることができる――確かにそれは分かるけれど、十七年ものブランクを別の身体で取り戻すのはそう簡単ではない気がした。
湊と別れて帰宅したのが夕方の六時半。その後、夕飯を食べて風呂にも入った。
とりあえず今から一時間このままでいようと思った所で、突然部屋の扉がバンと開く。
「みさぎ、ちょっといい?」
「きゃああああ!」
驚いて声を上げると、白い光はみさぎの顔の大きさくらいにまで膨れて、ボンと割れて霧散した。
「ちょっと! お兄ちゃん!」
いつもあんなに煩い彼の足音に気付けなかった。集中と言うより、ボーッとしていただけだろうと反省しながら、みさぎは蓮を睨む。
「ごめんごめん。今のってもしかして魔法だった? 火みたいだったけど」
「そんなことも咲ちゃんに聞いてるの?」
驚きながら扉を閉める蓮に、みさぎは顔を歪める。彼には白い光が炎に見えたらしい。
蓮はどこまで事情を知っているのか分からないが、みさぎがとぼけようかと考えたところで、
「お前が魔法を使える強い奴だってのは知ってる」
「そうなんだ……」
途端に気が抜けてしまって、みさぎは呆然と頷いた。
「気をつけろよ? 火災報知器なんか鳴らしたら、流石にお前の事庇ってやれないからな?」
「う、うん。火ではないんだけどね」
蓮は天井の丸い機械を指差す。確かに『魔法だから大丈夫だ』なんて言ったところで信じてはもらえないだろう。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「どういたしまして」
「ところで何が用事があったんじゃないの?」
「あぁ、うん。咲がお前の事で悩んでたからさ。俺たちの事知られたら、お前が嫌がるだろうって」
「俺たち……咲って呼び捨てなんだ」
「まぁ、彼女だからな」
さらりと答える蓮に、みさぎはムッとする。何だか面白くない。
「そりゃ嫌だよ。私にとってはどっちもお兄ちゃんなんだもん。朝付き合ってるって聞いてから、お兄ちゃんが男だった時の兄様と抱き合ってるシーンとか想像しちゃうんだもん」
ふとした時に、モヤモヤと頭の中に出てきてしまう。BLなんて興味ないのに、頭は目くるめく世界に没入して、みさぎの思考を混乱させる。
「それって男同士って事? やめてくれ。お前は一人で何を妄想して盛り上がってるんだよ」
「だって。咲ちゃんは女で、親友だって思ってたんだよ? なのに……何でお兄ちゃんは咲ちゃんが好きなの? 外見に騙されてるんじゃない?」
「騙されてない。確かに最初は可愛いなって思ったけど、付き合うってそれだけじゃないだろ?」
はっきりと答える蓮に、みさぎは『前の彼女も美人だったじゃないか』と心の中で訴える。
「誰かを好きだって思うのは、他人に言葉で理解してもらうようなことじゃない。お前だって、眼鏡くんの事カッコ良くてとか、頭良くて、とかそういうのじゃないだろ?」
「う、うん……」
「だったらそれでいいじゃん。咲が嫌いか? 前のアニキが嫌いか?」
「どっちも嫌いじゃないよ」
どっちも大好きだから、こんなに悩んでいるのだ。
「それとも俺に嫉妬してるのか?」
「――そういうのとも、ちょっと違うんだよ……」
蓮にだけ嫉妬してるんじゃない。親友だった女の子の咲が、蓮とヒルスの両方に取られてしまった気がするのだ。
「お前、めちゃくちゃ悩んでるな。まぁ、アニキの恋愛なんて、妹は介入してくるなよ。お前も彼氏が居るんだから、関係ないだろ?」
「関係……もういいよ」
頭の中が全然まとまらない。みさぎは蓮の背中に掌を押し当てて、部屋の外へ追い出した。
冷静に考えて返事なんてできない。
咲からのメールが月曜日にと言われたまま滞っているのにもイライラしている。
魔法の鍛錬をしようと思ったのに、集中なんて全然できなかった。
それはウィザードであるリーナの常套句だった。
危険を被るのはウィザードである自分だけでいいと思っていた。
パラディンだった父の背を追い掛けたいラルの想いは分かっていたけれど、戦況が悪化するにつれて彼もアッシュも命がけでハロンに挑もうとしているのを感じて、リーナは二人を置いて戦場へ出た。
死んでほしくない――思い上がった結果が、あの様だ。
一人じゃハロンを倒すことができなかった。
☆
手中に燻ぶる炎がみるみると縮んでポンと弾ける。
「あぁ、駄目だぁ」
がっくりと肩を落として、みさぎは後ろにある自分のベッドに背中を預けた。
全然集中できていない。
記憶を取り戻してから、みさぎは毎日のようにリーナの日課だった精神集中をしているが、まだ感覚が戻らず前のようにうまくいかない。
智は炎の魔法に長けているが、みさぎは白い光を操る。
ターメイヤでは、この白い光を使いこなすことができる魔法使いにウィザードの称号が与えられる。そのくらい希少で強い力だ。
対してルーシャは闇色の光を放つ黒魔法を操る。それこそ彼女が魔法使いではなく【魔女】と呼ばれる所以だ。
「もう一回」
みさぎは崩した足を正座に戻して、顔の前へピンと立てた人差し指に白い光を灯した。
始めてからまだ三十分も経っていないのに、気が散り散りになってしまうのは、考えることが多すぎるからだと一人頬を膨らませる。
湊たちの事も、兄たちの事も、気になることばかりが頭の中で渦を巻いて、魔法の事なんて入る隙が無かった。
昔、ルーシャに散々注意されたけれど、
「頭を空っぽにしろなんて、今の状況じゃ無理だよ」
愚痴りながら、みさぎは再び少しずつ光を縮めていく。
リーナの頃はこのまま数時間平気でいられた。
よほど暇だったんだなと昔の自分を尊敬しながら、爪よりも小さい所まで抑え込んで光の動きを静止させた。
魔法使いの鍛錬は、実戦よりもこれが大事だと言われている。
兵学校だと、魔法使いは広い部屋に並んで一斉にやるのだと昔アッシュが言っていた。今になってその光景を想像すると座禅のようだなとみさぎは思った。
小さい光を維持できれば、幾らでも大きくすることができる――確かにそれは分かるけれど、十七年ものブランクを別の身体で取り戻すのはそう簡単ではない気がした。
湊と別れて帰宅したのが夕方の六時半。その後、夕飯を食べて風呂にも入った。
とりあえず今から一時間このままでいようと思った所で、突然部屋の扉がバンと開く。
「みさぎ、ちょっといい?」
「きゃああああ!」
驚いて声を上げると、白い光はみさぎの顔の大きさくらいにまで膨れて、ボンと割れて霧散した。
「ちょっと! お兄ちゃん!」
いつもあんなに煩い彼の足音に気付けなかった。集中と言うより、ボーッとしていただけだろうと反省しながら、みさぎは蓮を睨む。
「ごめんごめん。今のってもしかして魔法だった? 火みたいだったけど」
「そんなことも咲ちゃんに聞いてるの?」
驚きながら扉を閉める蓮に、みさぎは顔を歪める。彼には白い光が炎に見えたらしい。
蓮はどこまで事情を知っているのか分からないが、みさぎがとぼけようかと考えたところで、
「お前が魔法を使える強い奴だってのは知ってる」
「そうなんだ……」
途端に気が抜けてしまって、みさぎは呆然と頷いた。
「気をつけろよ? 火災報知器なんか鳴らしたら、流石にお前の事庇ってやれないからな?」
「う、うん。火ではないんだけどね」
蓮は天井の丸い機械を指差す。確かに『魔法だから大丈夫だ』なんて言ったところで信じてはもらえないだろう。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「どういたしまして」
「ところで何が用事があったんじゃないの?」
「あぁ、うん。咲がお前の事で悩んでたからさ。俺たちの事知られたら、お前が嫌がるだろうって」
「俺たち……咲って呼び捨てなんだ」
「まぁ、彼女だからな」
さらりと答える蓮に、みさぎはムッとする。何だか面白くない。
「そりゃ嫌だよ。私にとってはどっちもお兄ちゃんなんだもん。朝付き合ってるって聞いてから、お兄ちゃんが男だった時の兄様と抱き合ってるシーンとか想像しちゃうんだもん」
ふとした時に、モヤモヤと頭の中に出てきてしまう。BLなんて興味ないのに、頭は目くるめく世界に没入して、みさぎの思考を混乱させる。
「それって男同士って事? やめてくれ。お前は一人で何を妄想して盛り上がってるんだよ」
「だって。咲ちゃんは女で、親友だって思ってたんだよ? なのに……何でお兄ちゃんは咲ちゃんが好きなの? 外見に騙されてるんじゃない?」
「騙されてない。確かに最初は可愛いなって思ったけど、付き合うってそれだけじゃないだろ?」
はっきりと答える蓮に、みさぎは『前の彼女も美人だったじゃないか』と心の中で訴える。
「誰かを好きだって思うのは、他人に言葉で理解してもらうようなことじゃない。お前だって、眼鏡くんの事カッコ良くてとか、頭良くて、とかそういうのじゃないだろ?」
「う、うん……」
「だったらそれでいいじゃん。咲が嫌いか? 前のアニキが嫌いか?」
「どっちも嫌いじゃないよ」
どっちも大好きだから、こんなに悩んでいるのだ。
「それとも俺に嫉妬してるのか?」
「――そういうのとも、ちょっと違うんだよ……」
蓮にだけ嫉妬してるんじゃない。親友だった女の子の咲が、蓮とヒルスの両方に取られてしまった気がするのだ。
「お前、めちゃくちゃ悩んでるな。まぁ、アニキの恋愛なんて、妹は介入してくるなよ。お前も彼氏が居るんだから、関係ないだろ?」
「関係……もういいよ」
頭の中が全然まとまらない。みさぎは蓮の背中に掌を押し当てて、部屋の外へ追い出した。
冷静に考えて返事なんてできない。
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