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6章 隠し扉の向こう側
76 親友の二人
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「この間、絢さん来ていったぜ。大体話は聞いたけど、あの人がルーシャだったなんてな」
頭を上げろと言われて、咲は虚ろに視線を漂わせながら智の話に力なく相槌を打つ。
唇を強く結んでいるのは、気を抜いたら泣いてしまいそうな気がしたからだ。
「まさかここで中間テストをやらされるとは思わなかったわ。湊じゃないんだから、そんな予告なしに来られてもできるわけないだろって」
お手上げだとポーズして、智は笑う。
智が元気そうでホッとした。生きてて良かった――そう思うと、胸が締め付けられそうになる。
そんな咲を察した智が「ヒルス」と声を掛けた。
「何だかお前に苦労させたんだな」
「そんなことないよ。僕はお前を……」
「殺すって? 生きてるじゃん、気にするなよ。今回のは運命でも何でもない、俺の力不足なだけだから」
「最初からお前を助ける決断をしてたら、その怪我だってしなかったかもしれない」
「自分の事責めるな。俺は弱いから、立場が逆だったらお前を殺してたと思う。だから、もう次の事考えようぜ。今のこの状態が最善だと思ってさ」
「智……」
アッシュはすぐ弱音を吐いて背を向けるけれど、ヒルスは彼を弱いなんて思ったことはない。強がってばかりのヒルスがアッシュに勝てなかった理由は明白だ。
「ありがとう、智。僕は智が生きてて本当に良かったと思ってる」
「おぅ。それに、俺がまたメラーレにまた会えたのは、お前のお陰だ」
「僕は、お前とメラーレの事なんて知らなかったぞ?」
「フラれた女の子の話なんてお前にするかよ。武勇伝にもならねぇ」
智がにっこりと笑って見せる。
メラーレのことはきっかけでしかない。申し訳ないと思う気持ちを拭うことはできなくて、咲は無理矢理作った笑顔を返した。
涙が出た。
「おい、泣くなよヒルス。男だろ? いや今は女の子なのか? みさぎちゃんが今日はアニキとお前がデートしてるって騒いでたけど、連れて来なかったの?」
「な、なんでそんな話……ぐすっ」
その話題を出されると泣いてなどいられない。咲はズズッと鼻をすすって、ニヤリとする智を睨んだ。
「変だと思うか? 僕がアイツの新しいアニキのこと好きだって言ったら」
「……本気なんだ」
「…………」
真実に唖然とする智から目を逸らして、咲は黙る。けれど智はすぐに「いいんじゃないの?」と零した。
「お前が良いんならさ。今は女なんだし。俺はちょっと想像つかないけど」
もっと驚かれると思ったけれど、智は案外すんなりと受け入れてくれたようだ。
「けど、この間やってたお泊り会って、みさぎちゃんのアニキがどんな奴か確かめる為だったよな? 対抗意識燃やしてなかったっけ? 付き合っちまうなんて何があったんだよ」
「……僕だって驚いてるんだよ」
姉に持たされたハンカチで目と鼻を拭って、咲は溜息を零した。
「お前、自分が女だってことに目覚めたんだな」
「はぁっ? 気持ち悪いからやめてくれ」
「折角美人に生まれ変わったんだし、悪いことはないだろ? それよりヒルス、さっき湊たちとも話したんだけどさ、次のハロン戦、お前も戦いたいとか思ってる?」
智が唐突にそんなことを聞いてくる。
「もちろんだよ」
咲は迷いもなく、そう答えた。
☆
病院の一階に下りると、コーヒーショップに居るはずの蓮がロビーで手を振って咲を待ち構えた。
「あれ、コーヒー飲んでたんじゃ」
「そろそろ来ると思ってさ」
駆け寄った咲を「お帰り」と迎えて、蓮は「良かった」と微笑む。
「いつもの咲に戻ってる。ちゃんと話はできた?」
「うん、まぁまぁかな」
智へ対する後ろめたさが全部消えたわけではないけれど、蓮に心配されるほどの鬱々とした気分はもうどこかに消えていた。
これはきっとメラーレのお陰だと、咲は一華を思い浮かべる。
「なら良かった。この後どうする? 甘いものでも食べに行こうか」
「やった。じゃあ、この間食べたプリンがいい」
「あぁ、あれか」
みさぎの家に泊りに行った時、朝に食べたプリンだ。バイトで遅くなった蓮がお詫びにと買ってきてくれたもので、何だかあの頃を懐かしく感じてしまう。
「いいよ、行こっか。近いからすぐ着いちゃうけど」
「ありがとな、蓮」
「どういたしまして」と蓮は咲の手を握りしめた。
頭を上げろと言われて、咲は虚ろに視線を漂わせながら智の話に力なく相槌を打つ。
唇を強く結んでいるのは、気を抜いたら泣いてしまいそうな気がしたからだ。
「まさかここで中間テストをやらされるとは思わなかったわ。湊じゃないんだから、そんな予告なしに来られてもできるわけないだろって」
お手上げだとポーズして、智は笑う。
智が元気そうでホッとした。生きてて良かった――そう思うと、胸が締め付けられそうになる。
そんな咲を察した智が「ヒルス」と声を掛けた。
「何だかお前に苦労させたんだな」
「そんなことないよ。僕はお前を……」
「殺すって? 生きてるじゃん、気にするなよ。今回のは運命でも何でもない、俺の力不足なだけだから」
「最初からお前を助ける決断をしてたら、その怪我だってしなかったかもしれない」
「自分の事責めるな。俺は弱いから、立場が逆だったらお前を殺してたと思う。だから、もう次の事考えようぜ。今のこの状態が最善だと思ってさ」
「智……」
アッシュはすぐ弱音を吐いて背を向けるけれど、ヒルスは彼を弱いなんて思ったことはない。強がってばかりのヒルスがアッシュに勝てなかった理由は明白だ。
「ありがとう、智。僕は智が生きてて本当に良かったと思ってる」
「おぅ。それに、俺がまたメラーレにまた会えたのは、お前のお陰だ」
「僕は、お前とメラーレの事なんて知らなかったぞ?」
「フラれた女の子の話なんてお前にするかよ。武勇伝にもならねぇ」
智がにっこりと笑って見せる。
メラーレのことはきっかけでしかない。申し訳ないと思う気持ちを拭うことはできなくて、咲は無理矢理作った笑顔を返した。
涙が出た。
「おい、泣くなよヒルス。男だろ? いや今は女の子なのか? みさぎちゃんが今日はアニキとお前がデートしてるって騒いでたけど、連れて来なかったの?」
「な、なんでそんな話……ぐすっ」
その話題を出されると泣いてなどいられない。咲はズズッと鼻をすすって、ニヤリとする智を睨んだ。
「変だと思うか? 僕がアイツの新しいアニキのこと好きだって言ったら」
「……本気なんだ」
「…………」
真実に唖然とする智から目を逸らして、咲は黙る。けれど智はすぐに「いいんじゃないの?」と零した。
「お前が良いんならさ。今は女なんだし。俺はちょっと想像つかないけど」
もっと驚かれると思ったけれど、智は案外すんなりと受け入れてくれたようだ。
「けど、この間やってたお泊り会って、みさぎちゃんのアニキがどんな奴か確かめる為だったよな? 対抗意識燃やしてなかったっけ? 付き合っちまうなんて何があったんだよ」
「……僕だって驚いてるんだよ」
姉に持たされたハンカチで目と鼻を拭って、咲は溜息を零した。
「お前、自分が女だってことに目覚めたんだな」
「はぁっ? 気持ち悪いからやめてくれ」
「折角美人に生まれ変わったんだし、悪いことはないだろ? それよりヒルス、さっき湊たちとも話したんだけどさ、次のハロン戦、お前も戦いたいとか思ってる?」
智が唐突にそんなことを聞いてくる。
「もちろんだよ」
咲は迷いもなく、そう答えた。
☆
病院の一階に下りると、コーヒーショップに居るはずの蓮がロビーで手を振って咲を待ち構えた。
「あれ、コーヒー飲んでたんじゃ」
「そろそろ来ると思ってさ」
駆け寄った咲を「お帰り」と迎えて、蓮は「良かった」と微笑む。
「いつもの咲に戻ってる。ちゃんと話はできた?」
「うん、まぁまぁかな」
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「いいよ、行こっか。近いからすぐ着いちゃうけど」
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「どういたしまして」と蓮は咲の手を握りしめた。
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