いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?

栗栖蛍

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6章 隠し扉の向こう側

75 後ろめたい気持ち

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 本当は一人で行こうと思っていた。
 けれどれんが『テスト終わったなら土曜に会わない?』と言ってきて、『会いたい』と返事をしてしまった。もちろん病室へは一人で行くつもりだし、彼も納得してくれた。

「上まで一緒に行っても良かったんだけど、下でコーヒー飲んでるね」

 午後の面会時間に合わせて、昼食を食べてから病院へ向かった。
 付き合い出してからこんな風に二人で街を歩くのは初めてで妙に緊張したりもしたけれど、一週間ぶりに会う智に後ろめたい気持ちがつのって、素直に楽しむ事はできなかった。
 うつむいてばかりで蓮に「具合悪い?」と心配される始末だ。

 蓮はあの日の詳細を咲に聞いてこなかったが、病院の建物が見えてきたところで少しだけその事に触れた。

「お見舞いに行くのは、この間怪我した人だよね? みさぎも行くって言ってたから」
「そうだ。アイツはみなとと行くって言ってたし、僕は色々話もしなきゃと思ったから一緒に行くのは遠慮させて貰った。戻り、ちょっと遅くなるかもしれないけど……」
「それは気にしないで。咲、今日はずっと不安な顔してるよ。病室の彼と話があるんだろ? ちゃんと話してスッキリさせてきて」
「蓮……ありがとう」

 「いいよ」と笑う蓮のやさしさを噛み締めたところで、彼がふと突拍子とっぴょうしもない事を告げた。

「それより俺たちが付き合ってるって、みさぎに言ったからね」

 突然の報告に咲は驚愕して、「は?」と素っ頓狂すっとんきょうな声を上げる。
 繋いでいた手を放し、「何で?」と蓮に詰め寄った。

「みさぎがさ、俺の彼女はどんな人だなんて聞いてくるから、嘘つくのも良くないかなって思って、咲だよって言っといた」
「いや黙っとけよ、そういうのは。口が堅いって言ってたじゃないか!」

 悪気のない笑顔を見せる蓮に、咲は狼狽うろたえた。
 そういえば昼を食べる前にポケットのスマホが震えていた気がする。どうせ広告かなんかだと思って無視していたが、もしやと思って咲はそれを確認した。

 戦々恐々せんせんきょうきょうとボタンを押すと、案の定みさぎから一件のメールが入っている。

『咲ちゃんって、お兄ちゃんと付き合ってるの?』

「やっぱりぃ」

 涙目で訴えると、蓮は「大丈夫だって」と全く気にもしていない様子だ。

「大丈夫じゃないよ。心の準備ができてないんだよ。付き合ってるなんて言ったら、絶対嫌がられるだろ」
「何で? 咲がみさぎのアニキだったから?」
「う、うん」

 咲がヒルスだと知っただけで困惑していたみさぎが、兄同士の恋愛に「そうなんだ」と素直に納得するとは思えない。

「関係ないよ。俺はアニキっぽい咲も、女の子の咲も知ってるつもりだけど、別にどっちも好きだし、みさぎもそのうち慣れるんじゃないかな」
「そのうち、って……」
「アニキの恋愛なんて、妹にとっちゃ一時の興味本位でしかないよ……って、同じ妹なんだよな。変な感じ。咲だってアイツのこと分かるでしょ? 気分屋でうるさくて」
「いや、アイツは可愛いんだよ」

 みさぎに対する蓮の評価を、咲はきっぱりと一掃した。

「もう、俺に妹に嫉妬なんてさせないで」

 ポンと咲の頭に乗せた手をぐりぐりと回して、蓮は「じゃあ」とちょうど着いた病院のビルを見上げた。
 この界隈では一番大きな総合病院で、午後の面会時間に合わせて何人もの人が中へ吸い込まれていく。
 隣にはコーヒーのチェーン店があって、蓮はそこを指差した。

「待ってるから、頑張って」
「あぁ、行ってくる」

 本当は一人で来ようと思っていたけれど、今は蓮が居て良かったと咲は思った。


   ☆
 一階の案内で部屋番号を聞いて、エレベーターで五階へ上がる。
 ナースステーションの前で記名をした時、中に居た看護師にじっと見つめられてしまったのは、彼女とでも思われたのだろうか。

 部屋番号を確認して扉をノックすると、「はい」と智の声が返ってくる。
 緊張を走らせつつ「僕だよ」と言って中に入ると、智は起き上がった状態で「よぅ」と笑顔で迎えてくれた。
 入ってすぐに感じた甘い匂いは、窓辺に飾られたピンク色の花からだ。

「さっき、みさぎちゃんたちが持ってきてくれたんだ」
「そうか。僕はこれを」

 咲は田中商店のロゴが入った茶色の紙袋を智に渡した。来る前に猛ダッシュで買って来たシナモンロールだ。
 智は「ありがと」と中を確認して、うつむいたままの咲を覗き込んだ。

「浮かない顔だな」
「……うん」
「その理由は、俺の事?」

 ハロン戦から一週間も経っている。
 今回の事で、転生や転移に関する色々な事情はもうみんなが把握している。ずっと入院していた智も例外ではなく、その事実を偽る理由など何もない。

「そうだよ。僕は、お前を殺そうとしたんだ」

 結果オーライだなんて言えない。
 少しでもそうしようと考えていた自分を責めて、咲は智に「すまない」と頭を下げた。

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