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6章 隠し扉の向こう側
74 兄たちの恋を暴露する
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「智くん聞いて! うちのお兄ちゃんと咲ちゃんが付き合ってるって言うんだよ!」
病室に飛び込んで、みさぎは興奮気味に智へその話を伝えた。
広井町の繁華街の外れにある総合病院の五階からは、重なり合うビルの風景が見える。彼の親に知り合いの医師が居るという事で、高校生にはちょっと贅沢な少し広めの個室だった。
起き上がった彼の胸元に覗く包帯が痛々しいが、肋骨の骨にひびが入っているとは思えないくらい元気そうだ。
智と会うのはハロンと戦った日以来で、ちょうど一週間ぶりになる。
「そうなの? みさぎちゃんのアニキって……男だよね?」
「お兄ちゃんだから、男だよ!」
「だよねぇ」
何か考えるように黙る智に、湊が「俺も驚いた」と苦笑する。
「けど今は女だから、そういうものなんじゃないの? 女と付き合っててもおかしいような……」
「確かに彼女がいても嫌だけど。だからって何でお兄ちゃんと? 私の気持ちはどうなるのよ」
前世と現世で状況が違うとはいえ、自分の兄たちの恋愛なんて考えただけで寒気がしてくる。
湊は声が大きくなるみさぎを「落ち着いて」と宥めた。
「じゃあみさぎは、海堂が今もヒルスの時みたいにしつこく干渉してくる方がいいの?」
「確かにそれは嫌だけど……。咲ちゃんとは親友だと思ってたのに」
本人に問い詰めたいと思うのに、少し前に送ったメールは既読にさえならない。今彼女の傍らには蓮が居るのだと思うと、怒りさえ湧いてきた。
そんなみさぎを面白がって、智が笑う。
「アイツとは今のまま親友でいればいいじゃん。ヒルスって前から変な奴だと思ってたし、本人がいいならいいんじゃないの?」
「本人がいいと思ってるのかな……兄様っていうか咲ちゃんって、告白されても全然本気にならなかったのに。それが何でうちのお兄ちゃんを……?」
女として生まれ変わったヒルスが男と付き合うのは百歩譲って許すとしても、その相手が気に食わない。
数多のイケメンからの告白やナンパを蹴散らしてきた咲が行きつく場所がなぜそこなのかと、みさぎは叫びたい気分だ。
苦虫を噛んだような顔をしたままのみさぎに、智は眉尻を下げる。
「そういうタイミングだったんじゃない? みさぎちゃんだって湊と付き合い出したんだし」
智は二人へ向けて身体を回し、頭を下げた。
「それはともかく、二人ともありがとね。俺生きてたよ」
「気にしないで。まぁ今回は湊くんのお手柄で、私は何もできなかったけど……」
「何もじゃないだろ?」
つい零した不満を、湊に突っ込まれる。もうあの日から十回は呟いているから仕方ない。
みさぎは手に抱えていた花束を窓辺に置いた。
「これあとで花瓶に刺しておくね」
「ありがとう、可愛いね」
さっき駅前の花屋で買ったお見舞いだ。智のイメージではなく自分の好みで選んだら、やたらピンクが多くなってしまった。
「退院は?」
「火曜だって。完全に治ったわけじゃないけど、安静にしてればいいだろうって。ここはご飯が美味いから名残惜しいけど、早く出られて良かったよ」
智は少し残念そうだ。
「なら安心だな。海堂も誘ったんだけど、アイツは後で来るってさ。お前と二人で話したいって」
「二人で、ってお兄ちゃんも来るかも。今、デート中らしいから」
「もしかしてお兄さんに大分事情を話しちゃってるの? それって中身がヒルスだって知ってるってことだよね」
「うん、そうだって言ってた」
ただ可愛い外見に惹かれたのならまだしも、中身が男だと分かってまで付き合う蓮の神経も、みさぎには理解できない。
「へぇぇ。それなのに付き合うって、俺みさぎちゃんのお兄さん尊敬するわ」
智の苦笑いに、湊は深く相槌を打つ。みさぎは「そうなんだよぉ」と唇を尖らせた。
「智は前から海堂がヒルスだって知ってたんだよな?」
「だって俺、湊にもそうじゃないかって言ったじゃん。速攻否定されたけど。俺、あの後本人に確認したから」
「それなのに黙ってたのか」
湊は面白くない顔をして、智を睨む。彼は昨日から新しい眼鏡を掛けているが、今までより細めのフレームのせいか横顔が少し違って見えた。
みさぎはふと目が合った湊から視線を逸らし、窓から高い空を見上げる。
「今日も天気良いね。平和な感じ」
智が生き残ったのに災いが起きない――それを素直に喜べない気持ちが心のどこかにあって、みさぎは駄目だと自分を抑える。
「この間、智くんの剣を借りたよ。私も自分の剣があればいいのに」
「駄目だ」
何気に口にした願望は、湊にばっさりと否定される。
「次はあのハロンと戦うんだぞ? 魔法が効くんだから剣なんていらないだろ」
あの、と言うのは、かつてリーナが戦ったハロンの事だ。こっちの世界に現れるまでの二ヶ月と言う期間は、きっとあっという間に過ぎるだろう。
「俺も同感。リーナが剣を持つなら、ヒルスくらい強くならないと逆に危ないと思うよ」
「兄様ってそんなに凄いの?」
「知らないの?」と智は眉を上げる。
「この間山でやった時、俺アイツに負けたじゃん。あん時、咲ちゃんはヒルスなんだって確信したんだもん」
「そうなんだ。兄様はやたらカッコつけるから、強さとかはあんまり興味なくて……」
側近を決める時、リーナも最初はヒルスが選ばれるんだろうと思っていた。けれど結果は違っていて、漠然とアッシュの方が強いんだと納得してしまったのだ。
「戦いたいだろうな、アイツ」
「そうなの……かな」
懐かしそうに言う智に、みさぎは首を傾げながら「そうだ」と手を鳴らした。
「この後一華先生の所に行くんだけど、智くんがこの間言ってた人ってメラーレの事だったの?」
「えっ」
突拍子もない質問に、智がびっくりした顔をする。
みさぎが智をフッた時、彼は少しだけ過去の失恋話をしてくれた。
智は恥ずかしそうな表情に笑顔を滲ませて、「まぁね」と答える。
「やっぱり! なら会えて良かったね!」
もう会えないと諦めていたと言っていたのに、二人は再会することができたらしい。友達として、親友として、みさぎは嬉しくてたまらなかった。
「えっ、何のこと?」
事情を知らない湊に、みさぎはそっと耳打ちする。
「二人が仲良しだってことだよ」
病室に飛び込んで、みさぎは興奮気味に智へその話を伝えた。
広井町の繁華街の外れにある総合病院の五階からは、重なり合うビルの風景が見える。彼の親に知り合いの医師が居るという事で、高校生にはちょっと贅沢な少し広めの個室だった。
起き上がった彼の胸元に覗く包帯が痛々しいが、肋骨の骨にひびが入っているとは思えないくらい元気そうだ。
智と会うのはハロンと戦った日以来で、ちょうど一週間ぶりになる。
「そうなの? みさぎちゃんのアニキって……男だよね?」
「お兄ちゃんだから、男だよ!」
「だよねぇ」
何か考えるように黙る智に、湊が「俺も驚いた」と苦笑する。
「けど今は女だから、そういうものなんじゃないの? 女と付き合っててもおかしいような……」
「確かに彼女がいても嫌だけど。だからって何でお兄ちゃんと? 私の気持ちはどうなるのよ」
前世と現世で状況が違うとはいえ、自分の兄たちの恋愛なんて考えただけで寒気がしてくる。
湊は声が大きくなるみさぎを「落ち着いて」と宥めた。
「じゃあみさぎは、海堂が今もヒルスの時みたいにしつこく干渉してくる方がいいの?」
「確かにそれは嫌だけど……。咲ちゃんとは親友だと思ってたのに」
本人に問い詰めたいと思うのに、少し前に送ったメールは既読にさえならない。今彼女の傍らには蓮が居るのだと思うと、怒りさえ湧いてきた。
そんなみさぎを面白がって、智が笑う。
「アイツとは今のまま親友でいればいいじゃん。ヒルスって前から変な奴だと思ってたし、本人がいいならいいんじゃないの?」
「本人がいいと思ってるのかな……兄様っていうか咲ちゃんって、告白されても全然本気にならなかったのに。それが何でうちのお兄ちゃんを……?」
女として生まれ変わったヒルスが男と付き合うのは百歩譲って許すとしても、その相手が気に食わない。
数多のイケメンからの告白やナンパを蹴散らしてきた咲が行きつく場所がなぜそこなのかと、みさぎは叫びたい気分だ。
苦虫を噛んだような顔をしたままのみさぎに、智は眉尻を下げる。
「そういうタイミングだったんじゃない? みさぎちゃんだって湊と付き合い出したんだし」
智は二人へ向けて身体を回し、頭を下げた。
「それはともかく、二人ともありがとね。俺生きてたよ」
「気にしないで。まぁ今回は湊くんのお手柄で、私は何もできなかったけど……」
「何もじゃないだろ?」
つい零した不満を、湊に突っ込まれる。もうあの日から十回は呟いているから仕方ない。
みさぎは手に抱えていた花束を窓辺に置いた。
「これあとで花瓶に刺しておくね」
「ありがとう、可愛いね」
さっき駅前の花屋で買ったお見舞いだ。智のイメージではなく自分の好みで選んだら、やたらピンクが多くなってしまった。
「退院は?」
「火曜だって。完全に治ったわけじゃないけど、安静にしてればいいだろうって。ここはご飯が美味いから名残惜しいけど、早く出られて良かったよ」
智は少し残念そうだ。
「なら安心だな。海堂も誘ったんだけど、アイツは後で来るってさ。お前と二人で話したいって」
「二人で、ってお兄ちゃんも来るかも。今、デート中らしいから」
「もしかしてお兄さんに大分事情を話しちゃってるの? それって中身がヒルスだって知ってるってことだよね」
「うん、そうだって言ってた」
ただ可愛い外見に惹かれたのならまだしも、中身が男だと分かってまで付き合う蓮の神経も、みさぎには理解できない。
「へぇぇ。それなのに付き合うって、俺みさぎちゃんのお兄さん尊敬するわ」
智の苦笑いに、湊は深く相槌を打つ。みさぎは「そうなんだよぉ」と唇を尖らせた。
「智は前から海堂がヒルスだって知ってたんだよな?」
「だって俺、湊にもそうじゃないかって言ったじゃん。速攻否定されたけど。俺、あの後本人に確認したから」
「それなのに黙ってたのか」
湊は面白くない顔をして、智を睨む。彼は昨日から新しい眼鏡を掛けているが、今までより細めのフレームのせいか横顔が少し違って見えた。
みさぎはふと目が合った湊から視線を逸らし、窓から高い空を見上げる。
「今日も天気良いね。平和な感じ」
智が生き残ったのに災いが起きない――それを素直に喜べない気持ちが心のどこかにあって、みさぎは駄目だと自分を抑える。
「この間、智くんの剣を借りたよ。私も自分の剣があればいいのに」
「駄目だ」
何気に口にした願望は、湊にばっさりと否定される。
「次はあのハロンと戦うんだぞ? 魔法が効くんだから剣なんていらないだろ」
あの、と言うのは、かつてリーナが戦ったハロンの事だ。こっちの世界に現れるまでの二ヶ月と言う期間は、きっとあっという間に過ぎるだろう。
「俺も同感。リーナが剣を持つなら、ヒルスくらい強くならないと逆に危ないと思うよ」
「兄様ってそんなに凄いの?」
「知らないの?」と智は眉を上げる。
「この間山でやった時、俺アイツに負けたじゃん。あん時、咲ちゃんはヒルスなんだって確信したんだもん」
「そうなんだ。兄様はやたらカッコつけるから、強さとかはあんまり興味なくて……」
側近を決める時、リーナも最初はヒルスが選ばれるんだろうと思っていた。けれど結果は違っていて、漠然とアッシュの方が強いんだと納得してしまったのだ。
「戦いたいだろうな、アイツ」
「そうなの……かな」
懐かしそうに言う智に、みさぎは首を傾げながら「そうだ」と手を鳴らした。
「この後一華先生の所に行くんだけど、智くんがこの間言ってた人ってメラーレの事だったの?」
「えっ」
突拍子もない質問に、智がびっくりした顔をする。
みさぎが智をフッた時、彼は少しだけ過去の失恋話をしてくれた。
智は恥ずかしそうな表情に笑顔を滲ませて、「まぁね」と答える。
「やっぱり! なら会えて良かったね!」
もう会えないと諦めていたと言っていたのに、二人は再会することができたらしい。友達として、親友として、みさぎは嬉しくてたまらなかった。
「えっ、何のこと?」
事情を知らない湊に、みさぎはそっと耳打ちする。
「二人が仲良しだってことだよ」
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