いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?

栗栖蛍

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6章 隠し扉の向こう側

73 お姉ちゃんの驚愕

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 土曜の朝目覚めると、びっくりするほどのひど寝癖ねぐせができていた。

 洗面台で格闘する事十五分。けれど外向きによじれた髪が、全然言う事を聞いてくれない。
 待ち合わせの時間に着くには三十分後に発車する電車に乗らなければならず、今からシャワーを浴びている余裕はなかった。

 こんなことなら初めからシャワーを浴びればよかったと後悔しながら、咲は「アネキぃ」とりんの部屋をノックする。

「どうしたの? 咲ちゃん」

 開いたドアの向こうで、凛は咲の髪に目を止めて「どうぞ」と中へ迎え入れた。

「寝癖が直らなくて。助けて」
「お休みの日にそんなこと言って来るなんてめずらしいじゃない。いつもなら気にしないで出て行こうとするのに」

 そして玄関で引き止められて、無理矢理修正されるのがいつものパターンだ。

「今日は広井町ひろいちょうまで行くから」
「そうなんだ」

 凜は午後から出掛けると言っていたのに、今すぐにでも出れるバッチリメイクで咲をドレッサーの前に座らせる。着ている部屋着も可愛らしいワンピースで、まだTシャツに短パン姿の咲とは大違いだ。

「ねぇ、咲ちゃん。もしかして、デートに行くの?」

 咲の髪をとかしながら、凜が突然確信を突いてくる。
 できればまだ話したくなかったけれど、咲は緊張を走らせつつ「うん」と小さく答えた。

「えええっ!」

 なのに凜は、突然目をいて大声を上げる。それこそハロンに遭遇した時の咲たちのような顔だ。
 普段穏やかな姉が豹変ひょうへんする事態に、咲は「ちょっと」と困惑する。

「だって、冗談だと思って言ったのに。相手は男の子なの?」
「男だよっ!」

 いきなり姉は何てことを言うのか。

「そんなに驚くなよ。アネキだって、ずっと彼氏くらい作れとか言ってたじゃん」
「それは、ものの例えとか言うもので……」
「はぁ?」
「だ、だってよ? 咲ちゃんが男の子を好きだなんて。野蛮でガサツな咲ちゃんの彼氏だなんて、物好きな……ううん、咲ちゃんはそんじょそこらの女の子より可愛いから、そういうので相手がだまされちゃうのかもしれないけど」

 凛は胸の前にブラシを握りしめて、妹に対して失礼なことを熱弁する。

「アネキは誰の味方なんだよ」
「だってよ? 咲ちゃん男の子になんて興味なかったじゃない。そんな人が現れるなんて、私感動しちゃう。ねぇ、どんな人なの?」
「大学生だよ。みさぎのお兄さん」
「それじゃもしかして、この間の朝帰りの相手? みさぎちゃんの家に泊るって言ってたものね」
「あ、あれは、その……うん、そういうことかな」

 近いようで事実とは大分離れているが、そう解釈してもらえると有難い。

「けど、何も変なことしてないからな?」

 凜の目がキラキラと説明を求めているが、咲はばっさりと切り捨てた。
 何もしていない。
 横に寝たのと、キスしたくらい――と頭の中で回想が始まって、咲はぎゅっと短パンの裾を握りしめて押し黙った。

「そ、そうだったんだ」

 凜も凜で動揺を見せながら、再び咲の髪を直していく。そんな姉に、咲はぽつりと呟いた。

「けどさ、私は本当にあの人の事が好きなのかな」

 あの時蓮に好きだとは言ったけれど、その言葉がまだ頭の中でフワフワしているのは事実だ。
 凜はようやく素に戻って、「どうしたの?」と微笑んだ。

「好きじゃないのに付き合ってるの?」
「いや、多分好きなんだとは思うけど。会いたいとか声聞きたいなってのは好きってことなのか?」
「それだけで十分じゃない?」

 「うーん」と納得できずにいる咲に、凜は「そうよ」と言って髪にスプレーを吹き付けた。
 甘い香りのするスプレーだ。あんなに苦労しても真っすぐにならなかった髪は、もう彼女の手で綺麗に整えられている。

「だって良く考えてみて。別の男の子で、予定もないのに会いたい人とか、用事もないのに電話したくなる人なんている?」
「いや、いない」

 身近な男子を頭に並べて、咲は即答した。
 湊は絶対にないし、智とは仲が良いけれどそういうのとは違う。

「でしょ? そう言う事よ。相手の人が好きだって言ってくれるなら、咲ちゃんも自信もって」
「うん――」
「ほら、可愛くなった。その彼とどこに行くの?」
「病院だよ。友達が怪我して入院してるから――って! やばい! 時間が!」

 のんびり話をしていたら、もう電車の出る十分前になっていた。それに間に合わないと、次は一時間後になってしまう。

 髪は整ったのに、服は部屋着のままだ。
 咲は慌てて立ち上がり、「ありがとう」と礼を言いながら部屋を飛び出した。

「変な服着て行っちゃ駄目よ!」

 そんな姉の注意に「はぁい」と返事したものの、玄関での服装チェックで駄目だしされてしまったことは言うまでもない。




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