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5章 10月1日のハロン
68 最強の剣で勝利する
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両手で構える湊の剣は、彼の背よりも少し長い。
長めの柄を両手で握り、闇を斜めに切り込んだ瞬間、バツリという音が鳴って鈍い光が弾けた。
「てっ」
予測した衝撃に痛みを吐いて、湊は広場へ大きく踏み込む。
咲が懐中電灯で智を照らすが、中條が言った通り、行く手を阻む無色の壁は、まだ一振り分そこにある。
「湊くん」
「荒助さん、いくよ!」
痛みの心配などしている暇はなかった。みさぎは彼を追って前へと駆け込む。
湊が二振り目を宙に切り込むと、今度はパァンと壁が弾けた。途端にゼラチン質の壁が粉々に砕けて、ザアッと砂状の粒を地面に降らせる。
「きゃあ」
思わず叫んだみさぎに、湊が叫んだ。
「剣を」
みさぎは智の向こうへ飛び込んで、彼の剣を奪取する。鞘のない剥き出しの剣は、握りしめた瞬間みさぎの魔力に呼応して白い光を滲ませた。
中條がぐったりした智を横抱きにして、元の位置へ踵を返す。みさぎはその前に走り込んで、塞がりかけた穴を切り裂いた。
久しぶりに振る剣の手ごたえにホッとしたのも束の間、案の定二振り分のダメージが返ってくる。
「はぁはぁ……」
痛みは短く致命傷には至らない。それでも薄い空気に眩暈がして、みさぎは深呼吸を繰り返した。
頭の後ろで「無事です」と言って、中條が囲われた闇の外へと脱出する。
「良かった」
広がったばかりの穴はあっという間に塞がって、傷一つ残らない壁に彼等の姿がぐにゃりと歪んだ。
「再構築か」
外の音が遮断されて、痛いくらいの無音が広がる。
音もなく、風もない。今この中に居るのは、みさぎと湊、それに生温い空気を彷徨うハロンだけだ。
ブン、と低い音が頭上で鳴った。
ここからは戦いだ。闇に囲われた広場は、学校の校庭程に広い。
ジリと湊との距離を詰め、みさぎは背を合わせて剣を構えた。
「ハロンは多分、崖の方だよ」
ここは敵のテリトリーだ。踏み込んだらすぐに襲われるかもしれないと思ったけれど、ハロンはまだ沈黙を続けている。
魔法が効かないという効果以外に敵の攻撃パターンを読むことはできない。
相手が魔法を使う気配はないけれど。
「何してくるか分からないけど、想定外って考えは駄目だよね」
想定外だと思うことを想定の範疇に持ってくるのは、簡単なようで難しい。
みさぎは文言を唱えて、指先に炎を熾す。アッシュの剣にそれを滑らせると、刃が赤く色を灯した。
突き上げた剣先が闇を赤黒く照らす。
それは炎に開いた黒い穴のようだった。
崖側の空に浮かぶハロンの気配が強まる。
「来る」と叫んだみさぎの声が響いて、数十メートル先の高い位置から黒い玉は突然湊へ向けて降下した。
避けた湊が一瞬遅れて、玉が彼の額をかすめる。
横へ飛び退った湊の背後で、黒い玉は地面を跳ねて空中へ跳び上がった。
「くそっ」
体当たりで出来た湊の傷は、みさぎが思うよりも深い。湊は平気な顔をしているが、眼鏡のフレームがひしゃげて額から血が流れていた。
「湊くん!」
「大丈夫、こんなのなくても見えるから」
湊は眼鏡を外して、遠くに放り投げた。額の血を乱暴に拭って呼吸を整える。
さっきまで静かだったハロンはもう、水を得た魚のように広場中を飛び回っていた。
敵は湊を敵とみなしたのだろうか。その動きが挑発しているようにも見えた。
ひゅうひゅうと細い音を立てて、宙を横切っていく。
そんなハロンにみさぎは苛立った。
「けど本当、あと二振りで終わらせないと辛いかも」
「ちゃんと照らしてるから」
そうは言ったものの、みさぎは前に出れない自分がもどかしかった。
この剣でさえ戦うことができないなら、他に何かできることはないのだろうか。
動きを阻むくらいはできるだろうか。それとも炎以外の魔法で何か効果的なものはないだろうかと、そればかり考えてしまう。
横でハロンと対峙する湊に嫉妬さえした。
彼の剣は多少褪せてはいるが、ターメイヤで最高の鍛冶師と呼ばれたダルニーが打った、対ハロン戦を想定した最強の武器だ。
魔法が効かないと言われた今、彼が戦うのが一番だと思うのに、ドンドンと地面を跳ねまわるハロンに向けて、みさぎは右足を引いて剣を構える。
「駄目だよ。今は俺にやらせて」
戦いたいという気持ちは、彼に気付かれていたらしい。けれど湊はそれを望まなかった。
「私にも何かできないかな」
「もしかして昔のこと考えてる? こういう時、リーナが頑張りたいって思うのは分かるよ。けど俺も色々後悔してるから。俺にやらせて」
「うん、けど……」
そうするべきだという事は分かる。けれど……。
「みさぎ」
逸る気持ちを宥めるように、湊はその名前を口にした。
あまりにも唐突で、みさぎは湊を振り返る。
「待ってて」と、彼の笑顔が横を通り過ぎた。
みさぎが一瞬戸惑った隙に、湊は前に走り出る。
「湊くん……」
リーナは、敵を前にしたラルの背中をあまり見たことが無い気がした。
大きく三歩目で跳び上がった湊がハロンに迫る。敵は正面から再び体当たりを仕掛けた。
その痛みを覚えているか――ハロンの黒い球体に、湊の剣がグシャリと突き刺さる。
まさに串刺し状態だ。両者が制止して、すぐに湊の勝利を確信することはできない。
けれど、玉よりも先に空が割れた。
パン、と割れ目に月が覗いて、散り散りになった闇が再び雨のように降り落ちる。
それは空から吹き込んだ風に舞い上がって、ぐるぐると渦を巻く次元の穴に吸い込まれた。
本体はタールに似た漆黒のモヤを患部から噴き出しながら、力を無くして地面に落ちる。湊は剣を差し込んだままゆっくりと着地した。
あっという間の勝利……なのだろうか。
闇の向こうに姿を見せた咲が、「やったぁ」と声を上げた瞬間だった。
パキンという金属音に、みさぎは耳を疑う。嫌な予感を感じさせる音だ。
「な……」
ラル彼の剣は、最高の鍛冶師であるダルニーの打った、対ハロン戦を想定した最強の武器だ。
多少褪せてはいたが、最強の武器の筈だった。
なのに、ハロンに突き刺した彼の剣は、根元からポッキリと折れてしまったのだ。
長めの柄を両手で握り、闇を斜めに切り込んだ瞬間、バツリという音が鳴って鈍い光が弾けた。
「てっ」
予測した衝撃に痛みを吐いて、湊は広場へ大きく踏み込む。
咲が懐中電灯で智を照らすが、中條が言った通り、行く手を阻む無色の壁は、まだ一振り分そこにある。
「湊くん」
「荒助さん、いくよ!」
痛みの心配などしている暇はなかった。みさぎは彼を追って前へと駆け込む。
湊が二振り目を宙に切り込むと、今度はパァンと壁が弾けた。途端にゼラチン質の壁が粉々に砕けて、ザアッと砂状の粒を地面に降らせる。
「きゃあ」
思わず叫んだみさぎに、湊が叫んだ。
「剣を」
みさぎは智の向こうへ飛び込んで、彼の剣を奪取する。鞘のない剥き出しの剣は、握りしめた瞬間みさぎの魔力に呼応して白い光を滲ませた。
中條がぐったりした智を横抱きにして、元の位置へ踵を返す。みさぎはその前に走り込んで、塞がりかけた穴を切り裂いた。
久しぶりに振る剣の手ごたえにホッとしたのも束の間、案の定二振り分のダメージが返ってくる。
「はぁはぁ……」
痛みは短く致命傷には至らない。それでも薄い空気に眩暈がして、みさぎは深呼吸を繰り返した。
頭の後ろで「無事です」と言って、中條が囲われた闇の外へと脱出する。
「良かった」
広がったばかりの穴はあっという間に塞がって、傷一つ残らない壁に彼等の姿がぐにゃりと歪んだ。
「再構築か」
外の音が遮断されて、痛いくらいの無音が広がる。
音もなく、風もない。今この中に居るのは、みさぎと湊、それに生温い空気を彷徨うハロンだけだ。
ブン、と低い音が頭上で鳴った。
ここからは戦いだ。闇に囲われた広場は、学校の校庭程に広い。
ジリと湊との距離を詰め、みさぎは背を合わせて剣を構えた。
「ハロンは多分、崖の方だよ」
ここは敵のテリトリーだ。踏み込んだらすぐに襲われるかもしれないと思ったけれど、ハロンはまだ沈黙を続けている。
魔法が効かないという効果以外に敵の攻撃パターンを読むことはできない。
相手が魔法を使う気配はないけれど。
「何してくるか分からないけど、想定外って考えは駄目だよね」
想定外だと思うことを想定の範疇に持ってくるのは、簡単なようで難しい。
みさぎは文言を唱えて、指先に炎を熾す。アッシュの剣にそれを滑らせると、刃が赤く色を灯した。
突き上げた剣先が闇を赤黒く照らす。
それは炎に開いた黒い穴のようだった。
崖側の空に浮かぶハロンの気配が強まる。
「来る」と叫んだみさぎの声が響いて、数十メートル先の高い位置から黒い玉は突然湊へ向けて降下した。
避けた湊が一瞬遅れて、玉が彼の額をかすめる。
横へ飛び退った湊の背後で、黒い玉は地面を跳ねて空中へ跳び上がった。
「くそっ」
体当たりで出来た湊の傷は、みさぎが思うよりも深い。湊は平気な顔をしているが、眼鏡のフレームがひしゃげて額から血が流れていた。
「湊くん!」
「大丈夫、こんなのなくても見えるから」
湊は眼鏡を外して、遠くに放り投げた。額の血を乱暴に拭って呼吸を整える。
さっきまで静かだったハロンはもう、水を得た魚のように広場中を飛び回っていた。
敵は湊を敵とみなしたのだろうか。その動きが挑発しているようにも見えた。
ひゅうひゅうと細い音を立てて、宙を横切っていく。
そんなハロンにみさぎは苛立った。
「けど本当、あと二振りで終わらせないと辛いかも」
「ちゃんと照らしてるから」
そうは言ったものの、みさぎは前に出れない自分がもどかしかった。
この剣でさえ戦うことができないなら、他に何かできることはないのだろうか。
動きを阻むくらいはできるだろうか。それとも炎以外の魔法で何か効果的なものはないだろうかと、そればかり考えてしまう。
横でハロンと対峙する湊に嫉妬さえした。
彼の剣は多少褪せてはいるが、ターメイヤで最高の鍛冶師と呼ばれたダルニーが打った、対ハロン戦を想定した最強の武器だ。
魔法が効かないと言われた今、彼が戦うのが一番だと思うのに、ドンドンと地面を跳ねまわるハロンに向けて、みさぎは右足を引いて剣を構える。
「駄目だよ。今は俺にやらせて」
戦いたいという気持ちは、彼に気付かれていたらしい。けれど湊はそれを望まなかった。
「私にも何かできないかな」
「もしかして昔のこと考えてる? こういう時、リーナが頑張りたいって思うのは分かるよ。けど俺も色々後悔してるから。俺にやらせて」
「うん、けど……」
そうするべきだという事は分かる。けれど……。
「みさぎ」
逸る気持ちを宥めるように、湊はその名前を口にした。
あまりにも唐突で、みさぎは湊を振り返る。
「待ってて」と、彼の笑顔が横を通り過ぎた。
みさぎが一瞬戸惑った隙に、湊は前に走り出る。
「湊くん……」
リーナは、敵を前にしたラルの背中をあまり見たことが無い気がした。
大きく三歩目で跳び上がった湊がハロンに迫る。敵は正面から再び体当たりを仕掛けた。
その痛みを覚えているか――ハロンの黒い球体に、湊の剣がグシャリと突き刺さる。
まさに串刺し状態だ。両者が制止して、すぐに湊の勝利を確信することはできない。
けれど、玉よりも先に空が割れた。
パン、と割れ目に月が覗いて、散り散りになった闇が再び雨のように降り落ちる。
それは空から吹き込んだ風に舞い上がって、ぐるぐると渦を巻く次元の穴に吸い込まれた。
本体はタールに似た漆黒のモヤを患部から噴き出しながら、力を無くして地面に落ちる。湊は剣を差し込んだままゆっくりと着地した。
あっという間の勝利……なのだろうか。
闇の向こうに姿を見せた咲が、「やったぁ」と声を上げた瞬間だった。
パキンという金属音に、みさぎは耳を疑う。嫌な予感を感じさせる音だ。
「な……」
ラル彼の剣は、最高の鍛冶師であるダルニーの打った、対ハロン戦を想定した最強の武器だ。
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