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5章 10月1日のハロン

65 助っ人現る!?

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「下がって、二人とも」

 からの手をみなとの前へ滑らせ、みさぎは前に出た。
 広場との境界線ギリギリに立って闇を仰ぐ。
 ドンドンと規則的に突き上げてくる振動をこらえて、ロッドを構えた。

「まずはともくんを助けなきゃ。その後に湊くんが核を攻撃してくれれば」

 半分は推測すいそくでしかないが、簡単に言ってしまえばそれでいいはずだ。
 昔ルーシャと魔法の訓練をしていた時、大戦の最中に現れたハロンの話を聞いたことがある。

『私じゃダメだった』

 そんな彼女の言葉が蘇って、みさぎは武器を握りしめた両手に力を込めた。

荒助すさのさん、気を付けて。合図くれたら出れるから」
「ありがとう、湊くん」

 すぐ後ろで戦闘態勢に入る彼を肩越しに一瞥いちべつする。
 さらにその後ろには咲がいる。彼女は今丸腰だ。あそこは守らねばならない。

 くるりと回したロッドの柄の先端を闇へ向けた。
 さっきとは別の文言もんごんを唱えると、てのひらの内側からロッドの両端へと流れるように光が刻み込まれていく。懐かしいターメイヤの文字だ。

「いけぇ」

 先端に届いた光が玉を光らせる。
 みさぎは意を込めて叫ぶと、ロッドの柄を闇に突き刺した。

 ぐにゃりとした感触は、弾力のあるゼラチン質だ。ロッドはズブズブと穴に入り込んでいくばかりで、中への入口は確保できない。

 手で触れた時のような痛みは起きなかった。逆に闇が痛いと言わんばかりに地面の振動を強める。
 ドン、ドン、ドドドドッという揺れを逃がすように、みさぎはロッドを闇に込ませた。

 力を緩めればすぐに跳ね返ってきそうな力が手に加わる。

「重い……」

 背の高さよりも長い、ロッドの三分の一ほどを侵食させてところで、みさぎは炎を発動させた。
 柄の先端からカッと放出した緋色の光は広場の隅々へ向けて放射状に広がって、ドーム型の闇の輪郭りんかくを見せた。

 頭上を黒い影が横切るのが見えて、湊が「いた」と叫ぶ。けれど光は五秒ももたないうちに闇へ飲み込まれた。

 闇に刺し込めば刺し込むほど、ロッドを押し戻す力が強くなって、みさぎは必死に力を込める。
 中をかき混ぜるように手を動かすと、闇はグチャリグチャリと音を立てた。

 これがハロンの力なのかと言う程に闇は大人しいが、進入を拒む意思はハッキリと伝わってくる。

「がんばれ、みさぎ」

 再び送り出す炎は闇を素通りして、囲われたドームの外へと広がった。
 中へのダメージはゼロに近いだろう。

 状態が好転したように見えたのは一瞬だった。
 柄を刺し込んだ穴が裂けるようにメリと開いて、みさぎは手ごたえを感じた。けれど半分以上をゼラチンに浸食させたロッドは、シュウという嫌な音を立てて完全に光を失ってしまう。

 いきなり弾力を強めた闇にロッドはニュルリと押し出され、みさぎはその反動で背後へとたたらを踏んだ。

「荒助さん」

 転ぶ寸前で湊にキャッチされて、みさぎは「ありがとう」と体制を立て直す。

「私が力不足だって言いたいの?」

 ロッドの無事を確認して、みさぎは闇を睨みつけた。
 闇に開いた穴は、バツリと音を立てて瞬時にふさがってしまう。

「あぁ、これも魔法じゃダメなのかな」

 走り出た湊が追撃で剣を振るが、これは最初と同じ痛みの衝撃で弾かれてしまった。

「駄目か」

 ハロンに対抗する手立てだてが見つからない。
 智も時折動いてはいるが、状態が良いとは言えなかった。
 地面のきしみがやんで、静寂が広がる。

「どうしよう……」

 狼狽ろうばいするみさぎに、咲が「そうだ」と手を打った。

「腹減ってると力出ないだろ? 腹ごしらえしようよ」
「こんな時に?」
「空腹で戦うと成果が落ちるって習っただろ?」
「私は兵学校卒じゃないよ」
「いいからいいから。ターメイヤの兵士といえばコレだ」

 突然咲が取り出した小瓶に、みさぎは顔を引きつらせる。
 闇に同化してはっきりとは見えないが、取り出された黒い玉からプンと匂いが漂って、口の中に嫌な味を思い出させた。

「何でこんなの持ってるの?」

 まさか今これを口に入れなければならないのか。
 ターメイヤの兵士が空腹を紛らわせるために食べる丸薬だ。ターメイヤに居た頃はいつも携帯させられていたが、リーナは戦う事よりもこれを食べることの方が憂鬱ゆううつで仕方なかった。

「向こうから持ってきたのか?」
「いや、説明は後でさせてくれ」

 早速口に放り込んだ湊が、「あれ」と首を傾げる。

「こんな味だったっけ」
「だろ? 僕も思ったんだ。舌の感覚って、転生したら変わるのかな。ほら、みさぎも早く食べて。即効性はないけど空腹よりマシだろ?」

 祭の屋台を楽しみにして、おやつも食べていなかったことを後悔する。
 咲の言うように空腹が良くないことは分かるけれど。

「何でリーナの記憶を思い出してすぐに、これを食べなきゃならないのよ」
「リーナ嫌いだったもんね」
「いいから食べろ」

 つい一時間程前までは可愛いと思っていた親友の彼女が、今じゃヒルスにしか見えなくなってしまった。
 嫌顔で咲を睨みつけて、みさぎはやけくそになって玉を口に入れる。

 転生したくらいで舌の感覚なんて変わるわけはないのだ。

「不味い……」

 涙目で嚙み砕いて喉の奥へ押しやると、背後からふと足音が聞こえた。
 一歩一歩ゆっくり近付いてくる音に合わせて、小さな灯りが揺れている。

「誰?」

 ハロン以外は敵でないはず――そう思いつつも不安になって湊の側に寄ると、「大丈夫」と彼が手を握ってくれた。
 「うん」とうなずいて目をらすと、その灯りが懐中電灯のものだという事に気付いた。

 それを握る人物が光の奥に顔を見せて、みさぎと湊は同時に顔をしかめる。二人にとっては思いもよらぬ相手だったからだ。

 けれど咲は「あぁ」と息を詰まらせて、嫌な顔をする。

中條なかじょう先生?」
「手こずっていますね」

 事情を踏まえた上での反応だ。
 薄く笑んだ彼の正体は、みさぎには全く見当がつかなかった。


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