上 下
70 / 190
5章 10月1日のハロン

64 最強の剣に見えなかった

しおりを挟む
 「大好きだよ」と言ったさきの声を、懐かしいと思った。
 いつもうるさいくらいに繰り返された、大好きな兄の声だ。

 頭に鈍い衝撃を食らったかのようにドンと記憶が下りて来て、あぁそうだったんだと理解する。
 気付いたらもう第一のハロン戦だった。
 遅い……いや、まだ大丈夫だ。

「間に合った」

 みさぎは闇を見据えた。
 甘い匂いもそうだが、過去に戦ったハロンに似た気配はちゃんとそこにある。
 智の魔力の気配も感じ取ることができる――生きているという証だ。

 みさぎは二人を振り返って、「ありがとう」と伝えた。

「こんなに長く忘れていられるものなんだね」

 ラルにヒルス、そしてアッシュ。ターメイヤに居た頃と同じ顔ぶれにホッとしたところで、みさぎはハッと我に返った。

「えっ。ちょっと待って。咲ちゃんが兄様だったの?」

 アニメや小説の世界では、転生で姓が変わるというのはたまに聞く話だけれど、自分の兄となると、すんなり受け入れることができない。
 記憶がない間に彼女と過ごした日々が走馬灯そうまとうのように次々と流れて、みさぎはブルリと身震いした。

「そんなの嫌……」

 咲がヒルスだと思って考えれば、別人だと反論できる要素なんて一つも見つからない。むしろ何故気付かなかったのかと思えるくらいだ。
 前にみなとともが「ヒルスに似てる」と言った咲は、本当にヒルスだった。

「咲ちゃん、兄様のまんまじゃない」
「いや本人だからな。けど今の方がだいぶ僕は可愛いぞ? それより早くやってくれ。智は死ぬ運命なんだからな」

 かす咲にうなずいて、みさぎは横に立った湊と顔を見合わせた。
 とりあえず今は兄が咲へ転生したことは頭の隅に追いやって、ハロンとの戦いに集中する。

 記憶が戻る前よりも少しずつ感覚が鋭くなっている。リーナの頃までとはいかないが、さっきまで気付かなかった情報をちゃんと拾う事が出来た。

 遠くでキンと鳴る耳鳴りは、魔法が発動された時の感覚と同じだ。

「これって、空間隔離くうかんかくり?」

 空間隔離は定めた場所を守る、こっちの世界で言う結界のようなものだ。
 一人の魔法使いが簡単に使えるものではなく、魔法陣を数か所に描いたりと大掛かりな準備が必要だ。

「智くんがやったの? これを……」

 一概いちがいに魔法使いだと言っても、炎専門のアッシュでは空間隔離はたぶんできない。

「いや、多分ルーシャだよ。祭客は自分が守るって言ってたから」

 咲の説明に、みさぎは目を丸くした。

「ルーシャ? ルーシャがこっちにいるの?」

 彼女の力と言うなら納得だけれど。

あやさんがルーシャなんだ」
「えええっ」

 ある意味、ヒルスの性転換転生よりも衝撃的だ。ヒルスは追って来るだろうと思っていたが、ルーシャが来るなんてリーナは考えもしなかった。

「けど、それなら安心だね」

 祭のある神社まではだいぶ距離があるから問題ないとは思うが、小さな不安も払拭ふっしょくできれば目の前の敵とだけ戦える。

 頭上を仰ぐと、広場を覆う闇との境界線をぼんやりと感じ取ることができた。
 ハロンが出たと思われる次元の穴は、広場の奥の高い位置に濃い気配を巻き込んで渦を巻いている。

 けれど闇全体がハロンかと言われれば、そうではない気がした。

「多分、中に心臓部的なものがあると思うの。核って言うの? それを壊せばいいんじゃないかな」
「このまくみたいなのを突破することはできるのか?」
「とりあえずやってみるよ。ら、ラル……」
「いや、今の名前で言って貰っていい? まだちょっと戸惑ってて」
「分かった、湊くん」
「俺も、み……荒助さんって呼ぶから」

 一瞬名前で呼ばれるのかと思ってドキドキしてしまった。
 後ろからは「おい」とまた咲の謎ツッコミが入る。

「もういいから、早くやってくれ」

 みさぎに「ごめん」と謝る湊。

「本当なら俺一人で戦うべきなんだろうけど、少しだけ甘えさせて」
「私は応援するためじゃなくて、一緒に戦いたかったから来たんだよ。だからもう一匹のアイツとは、三人で戦おうね」

 十二月一日に来ると言うハロンとの戦いは、リーナにとっての雪辱戦せつじょくせんだ。
 運命にあらがったら絶望を引き起こすかもしれないと言われても、智をこのまま見捨てることなんてできない。

「智くん!」

 横たわる影がまた動いて、みさぎは目を凝らした。胴体は固まったままだが、意識が戻ったのか右手の人差し指がくるくると円を描くように回っている。

「あれはサインだよ!」

 ターメイヤ時代に習ったことだ。遠征で山に行くとモンスターが現れることがある。

「何かあった時の為に、魔法使いにはサインがあってね、あれは……」

 何度も繰り返される指の動きに、みさぎは眉間を寄せた。

「魔法が効かない……? だから智くんはやられちゃったの?」

 その意味を口にして「どうしよう」と声を震わせると、後ろから咲が怒鳴った。

「そんなの気にするなよ。その為に湊が居るんだろう?」
「そうだよ。その核ってのは俺がやる。けど、この膜を破るのはやっぱり魔法だと思うから」
「わかった」

 みさぎは智に向かって「ありがとう」と呼び掛けると、闇へ向かって右手を伸ばした。
 頭に刻み込んである発動の文言を唱えると、白い光が手中から現れて、小さな魔方陣を空中に描いた。

「リーナだ」

 咲が感嘆かんたんの声を漏らす。
 魔法陣の底から太い棒状のものが伸びて、キンと音を立てながら青白い玉をつけたロッドが姿を現した。みさぎがそれを握ると、魔法陣がはじけて球に光を与える。

 瞬間、また地面がゴゴと揺れた。
 ハロンが反応しているのは分かるが、揺れは続かなかった。

 次に湊が同じ様に手から出現させたのは、リーナも見たことのない大振りの剣だった。
 鍛冶師のダルニーがハロン戦の為にとラルフォンに持たせた最強の剣だ。
 ルーシャの魔法で意識の中に閉じ込めていると説明して、湊は闇へと刃を構える。

 こっちには鍛冶師が居ないからと、ずっと木の棒で訓練していた彼の武器は、青黒い光を宿した、せた銀色をしていた。

「おい湊、その剣なんかボロくないか?」

 パッと見は『対ハロン戦用の最終兵器』といううたい文句通りの豪華さではあるが、良く見ると使い古した感が否めない。

「やっぱり、そう見える? 戦うには支障ないと思うけど」
「手入れしとかなかったのかよ」
「いや、昔ちょっと使ったまましまっておいたっていうか、大事にしすぎたっていうか」
「はぁあ?」
「もう少し経ってからやろうと思ってたんだよ。ハロンがこんなに早く来るとは思ってなかったんだ」

 怪訝けげんそうにツッコミを入れる咲に対し、感情的になる湊。
 みさぎは不安を覚えながら、指先で彼の剣にそっと触れた。確かに問題はないように見えるけれど。

 ホッと安堵したのもつかの間、再び地面が揺れ動く。
 三人が居ても無反応だったハロンが、武器の出現に呼応するようにうごめく。
 ゴゴゴッと地鳴りを引き起こして、闇が動を示したのだ。



しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜

O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。 しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。 …無いんだったら私が作る! そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。

最強の職業は付与魔術師かもしれない

カタナヅキ
ファンタジー
現実世界から異世界に召喚された5人の勇者。彼等は同じ高校のクラスメイト同士であり、彼等を召喚したのはバルトロス帝国の3代目の国王だった。彼の話によると現在こちらの世界では魔王軍と呼ばれる組織が世界各地に出現し、数多くの人々に被害を与えている事を伝える。そんな魔王軍に対抗するために帝国に代々伝わる召喚魔法によって異世界から勇者になれる素質を持つ人間を呼びだしたらしいが、たった一人だけ巻き込まれて召喚された人間がいた。 召喚された勇者の中でも小柄であり、他の4人には存在するはずの「女神の加護」と呼ばれる恩恵が存在しなかった。他の勇者に巻き込まれて召喚された「一般人」と判断された彼は魔王軍に対抗できないと見下され、召喚を実行したはずの帝国の人間から追い出される。彼は普通の魔術師ではなく、攻撃魔法は覚えられない「付与魔術師」の職業だったため、この職業の人間は他者を支援するような魔法しか覚えられず、強力な魔法を扱えないため、最初から戦力外と判断されてしまった。 しかし、彼は付与魔術師の本当の力を見抜き、付与魔法を極めて独自の戦闘方法を見出す。後に「聖天魔導士」と名付けられる「霧崎レナ」の物語が始まる―― ※今月は毎日10時に投稿します。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...