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5章 10月1日のハロン
60 土下座
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困惑する湊を一瞥した絢が、咲に「任せたわよ」と告げて学校とは逆の方向を見やった。
広場の方角――まさにみさぎが飛びしていった方だ。
けれど咲が目をやった所で何も感じ取ることはできないし、湊も首を傾げるばかりだ。これは単純に魔法使いかそうじゃないかの差なのかもしれない。
「あの子はもう思い出したの?」
ふるふると首を振る咲に、絢は「そう……」と眉を顰める。
「なのに行ったとなると心配ね。私たちは町に居る人たちを守るから、貴方はそっちをお願い」
そう言い置くと、絢はくるりと踵を回して来た道を戻って行った。
咲は掴まれたままの腕を払って、湊を正面から見上げる。
「みさぎは、何で智を追うんだよ。記憶も力もない筈なのに。お前たちまさか、アイツにお前はリーナだとか言ったんじゃないだろうな?」
咲は湊に不安を投げつけた。
誰にもまだ何も話していないのに、事態は勝手に進もうとしている。
智が十月一日のハロンに遭遇しているのなら彼はもうこの世にいないような気がして、咲は震え出す体に歯を食いしばった。
「みさぎが、お前や智と同じようにターメイヤから来た転生者だったらいいって言ったんだよ」
「言っただけなんだろ? 俺は荒助さんが崖から落ちた夢を見たって言うから、俺たちもそうやって向こうの世界から来たって言ったんだ。けど、そんなの夢だろ? 彼女がリーナだなんて」
「勝手に違うって決めつけるなよ!」
咲の声が大きくなって、横を通った祭客が肩をビクリと震わせる。
そんなことがあったなんて、咲は知らなかった。
みさぎは少しずつ過去を取り戻していたのかもしれない――そう思ったら冷静さを保てなくなって、涙が溢れた。
「ラルの馬鹿野郎……やっぱりお前なんか……」
「おい、何で泣くんだよ。まさか……本当なのか?」
浅く頷いた咲に、湊は絶句する。
「みさぎはリーナで、絢さんはルーシャだ。みさぎが雨を苦手だっていうのは、アイツがリーナだからだ。お前ならその意味が分かるだろう?」
感情が高ぶって、咲は湊の胸をドンと叩いた。
みさぎが雨を嫌うのは、ターメイヤでのハロン戦の記憶が頭のどこかに残ってるせいだと咲は思っている。
ルーシャと次元隔離を行う少し前の事だ。
一人で挑んだ最後のハロン戦で疲弊して、リーナは雨の中倒れた。ラルとアッシュによって運ばれてきたその姿は、最初ヒルスが直視できないくらいにボロボロだった。
「ラル!」
口元を覆った湊の手が、ガクガクと震えている。指の隙間から見える唇が「なんで」と音なく動いた。
「リーナが俺たちを追って来たって言うのか? けどハロンがくるにはまだ……」
十二月に現れるハロンを倒すために転生した湊は、智の運命も、十月に来るハロンの存在も知らない。
「お前は大戦の時に出た最初のハロンを覚えているか? お前の親父が間に合わなかったやつだ。それがお前たちの追ったハロンより先に出て、明日智を殺すってルーシャが言うから、リーナはお前たちを追って来たんだよ!」
喚くように言い切って、咲は両膝を地面に落とした。砂の上に手をついて、力なく頭を垂れる。
「僕は昔からお前が嫌いだった。僕の妹も、親友も、何食わぬ顔で奪っていったお前が大嫌いだ。けど智がもしルーシャの予言通り、運命の歯車に乗って命を落とすようなことがあれば、みさぎを支えてやれるのは僕じゃ役不足だと思う」
「智が死ぬ、って。お前は……」
「戦争で村から焼き出された時、僕は家と同時に両親を失った。リーナと二人きりになって、僕はアイツを一人で守ってやれる自信なんて全然なくて、小さな手を握りしめて必死に逃げたんだ。あの時は僕一人だったけど、今アイツにはお前も居る。僕はお前が大嫌いだけど、アイツがお前を必要だって言うなら、駄目なんて言えないだろ? だから僕はお前を認めてやる。なぁ湊、僕の妹を頼むよ。今の僕じゃアイツの横で戦う事もできない。だから、みさぎと一緒に智を救ってくれ」
砂が触れた額を、咲は地面に押し付ける。
湊は愕然としたまま咲の土下座を見下ろして、脇に落とした両手を強く握りしめた。
「お前は、ヒルスなのか?」
「そうだ」
「なら何で今まで言わなかった? 智は本当に……」
「運命を変えると世界が狂うと言われたからだ。お前がこのハロン戦で戦闘不能になったら、十二月に来るハロンと戦えなくなるだろうって言われたからだ。絶望から智と世界の両方を救ってやれる方法を、僕は見つけ出すことができなかった」
「はぁ? 世界の絶望なんて一人で抱え込んでどうにかなるものじゃないだろ? 俺は後悔しないためにこの世界に来たんだ。もし俺に後悔があるなら、リーナを向こうに置いてきたことだ。けどそれもなしになるなら、俺はもう絶対に後悔しない」
咲はゆっくりと顔を上げ、鋭い湊の視線にまた頭を下げた。
「運命に抗えば、他に犠牲が出るかもしれない。けど僕は全力で運命に抗ってアイツもみんなも救いたい。できると思うか?」
「やってやる。智は絶対に死なせない。戦闘不能になったらだなんて俺の過小評価は、真っ向から覆してやる」
言葉とともに走り出した湊を、咲は急いで立ち上がって追い掛けた。
祭の音が遠くに聞こえる。そこから数キロしか離れていないあの広場が今どうなっているかはわからないけれど、湊に話したことで百人力を得た気分になった。
二人がまだ無事でありますようにと祈りながら、咲はこの世界に来るまでの経緯を湊に説明した。
広場の方角――まさにみさぎが飛びしていった方だ。
けれど咲が目をやった所で何も感じ取ることはできないし、湊も首を傾げるばかりだ。これは単純に魔法使いかそうじゃないかの差なのかもしれない。
「あの子はもう思い出したの?」
ふるふると首を振る咲に、絢は「そう……」と眉を顰める。
「なのに行ったとなると心配ね。私たちは町に居る人たちを守るから、貴方はそっちをお願い」
そう言い置くと、絢はくるりと踵を回して来た道を戻って行った。
咲は掴まれたままの腕を払って、湊を正面から見上げる。
「みさぎは、何で智を追うんだよ。記憶も力もない筈なのに。お前たちまさか、アイツにお前はリーナだとか言ったんじゃないだろうな?」
咲は湊に不安を投げつけた。
誰にもまだ何も話していないのに、事態は勝手に進もうとしている。
智が十月一日のハロンに遭遇しているのなら彼はもうこの世にいないような気がして、咲は震え出す体に歯を食いしばった。
「みさぎが、お前や智と同じようにターメイヤから来た転生者だったらいいって言ったんだよ」
「言っただけなんだろ? 俺は荒助さんが崖から落ちた夢を見たって言うから、俺たちもそうやって向こうの世界から来たって言ったんだ。けど、そんなの夢だろ? 彼女がリーナだなんて」
「勝手に違うって決めつけるなよ!」
咲の声が大きくなって、横を通った祭客が肩をビクリと震わせる。
そんなことがあったなんて、咲は知らなかった。
みさぎは少しずつ過去を取り戻していたのかもしれない――そう思ったら冷静さを保てなくなって、涙が溢れた。
「ラルの馬鹿野郎……やっぱりお前なんか……」
「おい、何で泣くんだよ。まさか……本当なのか?」
浅く頷いた咲に、湊は絶句する。
「みさぎはリーナで、絢さんはルーシャだ。みさぎが雨を苦手だっていうのは、アイツがリーナだからだ。お前ならその意味が分かるだろう?」
感情が高ぶって、咲は湊の胸をドンと叩いた。
みさぎが雨を嫌うのは、ターメイヤでのハロン戦の記憶が頭のどこかに残ってるせいだと咲は思っている。
ルーシャと次元隔離を行う少し前の事だ。
一人で挑んだ最後のハロン戦で疲弊して、リーナは雨の中倒れた。ラルとアッシュによって運ばれてきたその姿は、最初ヒルスが直視できないくらいにボロボロだった。
「ラル!」
口元を覆った湊の手が、ガクガクと震えている。指の隙間から見える唇が「なんで」と音なく動いた。
「リーナが俺たちを追って来たって言うのか? けどハロンがくるにはまだ……」
十二月に現れるハロンを倒すために転生した湊は、智の運命も、十月に来るハロンの存在も知らない。
「お前は大戦の時に出た最初のハロンを覚えているか? お前の親父が間に合わなかったやつだ。それがお前たちの追ったハロンより先に出て、明日智を殺すってルーシャが言うから、リーナはお前たちを追って来たんだよ!」
喚くように言い切って、咲は両膝を地面に落とした。砂の上に手をついて、力なく頭を垂れる。
「僕は昔からお前が嫌いだった。僕の妹も、親友も、何食わぬ顔で奪っていったお前が大嫌いだ。けど智がもしルーシャの予言通り、運命の歯車に乗って命を落とすようなことがあれば、みさぎを支えてやれるのは僕じゃ役不足だと思う」
「智が死ぬ、って。お前は……」
「戦争で村から焼き出された時、僕は家と同時に両親を失った。リーナと二人きりになって、僕はアイツを一人で守ってやれる自信なんて全然なくて、小さな手を握りしめて必死に逃げたんだ。あの時は僕一人だったけど、今アイツにはお前も居る。僕はお前が大嫌いだけど、アイツがお前を必要だって言うなら、駄目なんて言えないだろ? だから僕はお前を認めてやる。なぁ湊、僕の妹を頼むよ。今の僕じゃアイツの横で戦う事もできない。だから、みさぎと一緒に智を救ってくれ」
砂が触れた額を、咲は地面に押し付ける。
湊は愕然としたまま咲の土下座を見下ろして、脇に落とした両手を強く握りしめた。
「お前は、ヒルスなのか?」
「そうだ」
「なら何で今まで言わなかった? 智は本当に……」
「運命を変えると世界が狂うと言われたからだ。お前がこのハロン戦で戦闘不能になったら、十二月に来るハロンと戦えなくなるだろうって言われたからだ。絶望から智と世界の両方を救ってやれる方法を、僕は見つけ出すことができなかった」
「はぁ? 世界の絶望なんて一人で抱え込んでどうにかなるものじゃないだろ? 俺は後悔しないためにこの世界に来たんだ。もし俺に後悔があるなら、リーナを向こうに置いてきたことだ。けどそれもなしになるなら、俺はもう絶対に後悔しない」
咲はゆっくりと顔を上げ、鋭い湊の視線にまた頭を下げた。
「運命に抗えば、他に犠牲が出るかもしれない。けど僕は全力で運命に抗ってアイツもみんなも救いたい。できると思うか?」
「やってやる。智は絶対に死なせない。戦闘不能になったらだなんて俺の過小評価は、真っ向から覆してやる」
言葉とともに走り出した湊を、咲は急いで立ち上がって追い掛けた。
祭の音が遠くに聞こえる。そこから数キロしか離れていないあの広場が今どうなっているかはわからないけれど、湊に話したことで百人力を得た気分になった。
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