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5章 10月1日のハロン
56 ご褒美
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「遅かったけど、智にちゃんと言えたか?」
山道を下りながら、咲が心配顔でみさぎを覗き込んだ。遅かったとは言うけれど、みさぎが智の所に居たのは十分くらいだ。
「全部言う前に分かってるよって言われちゃったけど。気持ちは伝わったと思う」
「アイツ昔からビビリだからな。けど、それなら良かった」
「昔って?」
「あ、いや。転校してきてからの話だよ」
智をそんな風に感じたことはないけれど。
ホッと空を仰いだ咲が、またスマホを取り出して何かを打ち込んでいる。
最近、咲がスマホをいじっていることが多い気がして、みさぎはハッと手を叩いた。
「咲ちゃん、彼氏できた?」
「はぁ? 何でそうなるんだよ」
プンと顔を逸らす咲に、みさぎは「ごめん」と謝る。
「誰かに連絡してることが多いから、もしかしてと思ったんだけど。だよね、勘違いだよね」
「うん……」
「変なこと言ってごめんね。今日はここに来れて良かったよ。ありがとうね、咲ちゃん」
「あぁ、お疲れ様」
空が今にも雨を落としそうな色をしている。けれど、今日は全然平気だと思えるくらい心が軽い。
今何か気掛かりがあると言えば、来週頭にある中間テストのことくらいだ。
「ところで咲ちゃん、テスト勉強してる? 三日からだから、あと一週間くらいだよね」
「お前は何でこんな時に、そんな嫌なことを思い出させるんだよ」
女子も羨む美人顔の眉間に皺を寄せて、咲は「はぁ」と乱暴な溜息をつく。
「今回は勉強しなくてもいい気がしてたんだけどな。やっぱりやっといた方がいいのかな」
「しなくてもいい、って。自信満々な感じ? 確かに咲ちゃんは私より順位上だもんね」
たかだか十六人のクラスだが、中條の方針とやらで、順位が最下位まで貼り出される。みさぎは大体真ん中で、咲はその少し上に居た。
「みさぎは湊に教えてもらえばいいだろ? 付き合ってるんだから」
「駄目だよ、緊張して頭に入らないよ」
みさぎは大振りに手を横に振る。
「勉強はね、いつもお兄ちゃんに教えてもらってるの。頭だけはいいからね。そんなことも分からないのかって怒られる時あるけど、咲ちゃんも一緒なら優しいんじゃないかな。今回はちょっとギリギリで無理かもしれないけど、今度咲ちゃんもウチで一緒に勉強会しない?」
「いや駄目だ。緊張するから」
「しないよぉ。ウチのお兄ちゃんだよ?」
「無理だ」と言い張る咲が何だか面白くて笑ってしまう。
二人はその後、絢の店でクリームソーダを食べてから駅に向かった。
土曜の夕方は、いつもより更に静かだ。
逆方向の下り電車が先に入ってきた。町とは逆方向へ行く車内は、相変わらず人が少ない。
この時間はこれが出ていくと、すれ違いに上り電車が来る。
改札の所まで来て、咲はまた空を見上げた。
「あぁ失敗。何か晴れてきちゃったな」
咲の視線を追うと雨の気配は消えていて、夕方のうっすらと赤い空が広がっていた。
「ほんとだ、良かったぁ。実はちょっと心配してたんだよ」
「だろ? 私もそう思ってさ、ボディガードを雇っておいたんだけど……無駄だったかな」
「ボディガード……?」
みさぎが首を傾げると同時に下り列車が発車した。たった二両があっという間に去り、彼をホームに残す。
「何で……咲ちゃん?」
それが咲の仕業だという事はすぐに分かった。
駅に下りたのは一人だけだった。
眼鏡を掛けた彼が、私服姿で少し照れた顔を見せる。
みさぎの隣で、咲が「へへん」と胸を張った。
「みさぎ、今日はお疲れ様。私からのご褒美だよ。アイツにメールで聞いたんだ、『雨降りそうだけど一人で帰らせる?』って。絶対に来ると思ったけど、飛んできたね」
どんと背中を叩かれて、みさぎは咲を振り返った。その衝動で、涙腺がジワリと緩んでしまう。
「咲ちゃん、私、泣いちゃいそうだよ」
「なら良かった。泣きたかったら湊に泣きついて帰ればいいよ。せっかく来てくれたんだからさ」
「違うの。湊くんに会えたのも嬉しいけど、咲ちゃんが優しくて」
「みさぎが喜んでくれるならいいんだよ。ハロンが現れる前に、湊と一緒に居れる時はいた方がいいと思うから」
みさぎは横から咲にフワリと抱きしめられる。
「ありがとう、咲ちゃん。大好きだよ」
素直に言えるその言葉は、湊への気持ちとはまた別だ。
「私もだよ、みさぎ」
遠くで怪訝な顔をする湊に二人で手を振る。
みさぎはもう一度咲に「ありがとう」を伝えて、湊の元へ走った。
「湊くん、来てくれてありがとう」
「用事が意外と早く終わったんだ。海堂からメール貰ったから」
「会えると思わなかったよ」
「智のトコ行ったって聞いたからね」
スネた態度をとる湊に罪悪感が蘇って、みさぎは「ごめんなさい」と肩をすくめた。
「いいよ。海堂に聞いたけど、別に俺に報告する様な話じゃないと思うし。けど、全然嫉妬してないわけじゃないんだからね?」
淡々と言った彼の言葉を最初理解できず、みさぎは頭で反復させて「えぇ」と声を震わせる。
つまり、湊を嫉妬させてしまったらしい。
照れくさそうに目を伏せた湊に、みさぎは「ありがとう」と微笑んだ。
心臓の音が聞こえてしまいそうなくらいにドキドキしている。彼のそんな言葉が嬉しくてたまらなかった。
☆
広井駅に二人で降りて、少し町を歩いてから湊と別れた。
夜になっても興奮が収まらず、みさぎは咲に電話する。けれど、咲は珍しく通話中だった。
仕方なくテレビを見ようとリビングへ下りると、今度はバイト帰りの蓮が部屋で誰かと電話で話している。足音どころか声もうるさいが、何を話しているかまでは分からない。
みんな楽しそうで何よりだと思う。
「私も、楽しいよ」
そう呟いて、みさぎは湊にメールを打った。
『今日はありがとう』
『会えて良かった』
湊からの返事は、あっという間に帰って来た。
山道を下りながら、咲が心配顔でみさぎを覗き込んだ。遅かったとは言うけれど、みさぎが智の所に居たのは十分くらいだ。
「全部言う前に分かってるよって言われちゃったけど。気持ちは伝わったと思う」
「アイツ昔からビビリだからな。けど、それなら良かった」
「昔って?」
「あ、いや。転校してきてからの話だよ」
智をそんな風に感じたことはないけれど。
ホッと空を仰いだ咲が、またスマホを取り出して何かを打ち込んでいる。
最近、咲がスマホをいじっていることが多い気がして、みさぎはハッと手を叩いた。
「咲ちゃん、彼氏できた?」
「はぁ? 何でそうなるんだよ」
プンと顔を逸らす咲に、みさぎは「ごめん」と謝る。
「誰かに連絡してることが多いから、もしかしてと思ったんだけど。だよね、勘違いだよね」
「うん……」
「変なこと言ってごめんね。今日はここに来れて良かったよ。ありがとうね、咲ちゃん」
「あぁ、お疲れ様」
空が今にも雨を落としそうな色をしている。けれど、今日は全然平気だと思えるくらい心が軽い。
今何か気掛かりがあると言えば、来週頭にある中間テストのことくらいだ。
「ところで咲ちゃん、テスト勉強してる? 三日からだから、あと一週間くらいだよね」
「お前は何でこんな時に、そんな嫌なことを思い出させるんだよ」
女子も羨む美人顔の眉間に皺を寄せて、咲は「はぁ」と乱暴な溜息をつく。
「今回は勉強しなくてもいい気がしてたんだけどな。やっぱりやっといた方がいいのかな」
「しなくてもいい、って。自信満々な感じ? 確かに咲ちゃんは私より順位上だもんね」
たかだか十六人のクラスだが、中條の方針とやらで、順位が最下位まで貼り出される。みさぎは大体真ん中で、咲はその少し上に居た。
「みさぎは湊に教えてもらえばいいだろ? 付き合ってるんだから」
「駄目だよ、緊張して頭に入らないよ」
みさぎは大振りに手を横に振る。
「勉強はね、いつもお兄ちゃんに教えてもらってるの。頭だけはいいからね。そんなことも分からないのかって怒られる時あるけど、咲ちゃんも一緒なら優しいんじゃないかな。今回はちょっとギリギリで無理かもしれないけど、今度咲ちゃんもウチで一緒に勉強会しない?」
「いや駄目だ。緊張するから」
「しないよぉ。ウチのお兄ちゃんだよ?」
「無理だ」と言い張る咲が何だか面白くて笑ってしまう。
二人はその後、絢の店でクリームソーダを食べてから駅に向かった。
土曜の夕方は、いつもより更に静かだ。
逆方向の下り電車が先に入ってきた。町とは逆方向へ行く車内は、相変わらず人が少ない。
この時間はこれが出ていくと、すれ違いに上り電車が来る。
改札の所まで来て、咲はまた空を見上げた。
「あぁ失敗。何か晴れてきちゃったな」
咲の視線を追うと雨の気配は消えていて、夕方のうっすらと赤い空が広がっていた。
「ほんとだ、良かったぁ。実はちょっと心配してたんだよ」
「だろ? 私もそう思ってさ、ボディガードを雇っておいたんだけど……無駄だったかな」
「ボディガード……?」
みさぎが首を傾げると同時に下り列車が発車した。たった二両があっという間に去り、彼をホームに残す。
「何で……咲ちゃん?」
それが咲の仕業だという事はすぐに分かった。
駅に下りたのは一人だけだった。
眼鏡を掛けた彼が、私服姿で少し照れた顔を見せる。
みさぎの隣で、咲が「へへん」と胸を張った。
「みさぎ、今日はお疲れ様。私からのご褒美だよ。アイツにメールで聞いたんだ、『雨降りそうだけど一人で帰らせる?』って。絶対に来ると思ったけど、飛んできたね」
どんと背中を叩かれて、みさぎは咲を振り返った。その衝動で、涙腺がジワリと緩んでしまう。
「咲ちゃん、私、泣いちゃいそうだよ」
「なら良かった。泣きたかったら湊に泣きついて帰ればいいよ。せっかく来てくれたんだからさ」
「違うの。湊くんに会えたのも嬉しいけど、咲ちゃんが優しくて」
「みさぎが喜んでくれるならいいんだよ。ハロンが現れる前に、湊と一緒に居れる時はいた方がいいと思うから」
みさぎは横から咲にフワリと抱きしめられる。
「ありがとう、咲ちゃん。大好きだよ」
素直に言えるその言葉は、湊への気持ちとはまた別だ。
「私もだよ、みさぎ」
遠くで怪訝な顔をする湊に二人で手を振る。
みさぎはもう一度咲に「ありがとう」を伝えて、湊の元へ走った。
「湊くん、来てくれてありがとう」
「用事が意外と早く終わったんだ。海堂からメール貰ったから」
「会えると思わなかったよ」
「智のトコ行ったって聞いたからね」
スネた態度をとる湊に罪悪感が蘇って、みさぎは「ごめんなさい」と肩をすくめた。
「いいよ。海堂に聞いたけど、別に俺に報告する様な話じゃないと思うし。けど、全然嫉妬してないわけじゃないんだからね?」
淡々と言った彼の言葉を最初理解できず、みさぎは頭で反復させて「えぇ」と声を震わせる。
つまり、湊を嫉妬させてしまったらしい。
照れくさそうに目を伏せた湊に、みさぎは「ありがとう」と微笑んだ。
心臓の音が聞こえてしまいそうなくらいにドキドキしている。彼のそんな言葉が嬉しくてたまらなかった。
☆
広井駅に二人で降りて、少し町を歩いてから湊と別れた。
夜になっても興奮が収まらず、みさぎは咲に電話する。けれど、咲は珍しく通話中だった。
仕方なくテレビを見ようとリビングへ下りると、今度はバイト帰りの蓮が部屋で誰かと電話で話している。足音どころか声もうるさいが、何を話しているかまでは分からない。
みんな楽しそうで何よりだと思う。
「私も、楽しいよ」
そう呟いて、みさぎは湊にメールを打った。
『今日はありがとう』
『会えて良かった』
湊からの返事は、あっという間に帰って来た。
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