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4章 決断
51 キスなんてできるわけない
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「アイツは僕の妹だったんた」
震える唇を固く結んで、咲は蓮の反応を待った。
蓮は驚きつつも言葉を探すように視線を漂わせ、掴んでいた手を咲から離した。
落ちるようにソファへ座ると、「咲ちゃんも」と促してから話を始める。
「もしその話が本当なら、俺が知ってもいい事なの? みさぎは何も……」
「アイツはまだ記憶を取り戻してないんだ」
実際は咲が思い出させていないから――と絢に言われている。
「記憶を戻してなくても、みさぎが別の世界から来たんだって咲ちゃんには分かるんだ」
「うん、一目で分かった。まぁ来たって言っても中身だけだけどな。僕だって今の母親から生まれて来てるし、自分は日本人だと思ってるよ」
ヒルスはこっちでのハロン戦の詳細を聞かずに日本へ転生している。ルーシャに『普通に過ごしていれば会える』と言われて、ずっとその時を待っていた。
高校入試の時にみさぎと湊に気付いて、この間ようやく智にも会えたけれど、大人組の四人には気付くことができなかった。
湊なんて智にしか気付いていないようだし、感覚の鋭い魔法使いの智でさえ確信を持てたのは湊だけで、記憶に関しては個人差があるようだ。
「だよね。みさぎが生まれた時の事って、俺覚えてるもんな」
蓮は頭をぐるぐると捻りながら、一つ一つの話に相槌ちを打っていく。
「これを蓮に話して良いのかなんて僕には分からないけど、蓮になら話してもいいのかなと思った。だけど、みさぎにはまだ言わないでいてくれるか?」
「あぁ、わかった。他にもその仲間はいるの?」
「いるよ。結構いて僕も驚いてる」
「そうなんだ。何か楽しそうだけど、転生って何か理由があって来たんじゃないの? 地球でスローライフ送りに来たわけじゃないんでしょ?」
鋭い。流石アニメ好き男子だ。そこはあまり触れないで欲しかった。
「なら、使命を果たしに来たって言ったらカッコ良く聞こえるか? 詳しくは話せないけど」
こんな時だけど、嫌なヤツの言葉を借りた。智が転校してきた日だったか、湊に何で白樺台高校を受験したのか聞いて、アイツはそう答えたのだ。
――『俺は、使命を果たすためにここに来たんだ』
その言葉が一番適当な気がしたけれど、実際咲には湊のような重大な使命はない。
「咲ちゃんやみさぎも戦ったりするの? 使命って……そう言う事でしょ?」
「僕は弱いから前線には出れないけど、もしみさぎが記憶を戻したら、アイツに勝てる奴なんて誰も居ないよ。みさぎは強いぞ。本当に僕の妹なのかって疑うくらい」
「俺の妹も、戦う女なんて程遠い感じだけど」
「だろ? 昔もそうだった。あんななのに強かったんだ。けど心配するな、アイツのことを守ってくれる奴はちゃんといるから」
「それってもしかして、眼鏡かけた同級生? 名前忘れたけど」
この間雨が降った時、湊がみさぎを送っていって、蓮に会ったと言っていた。
「うん、アイツは強いんだ」
向こうでのハロン戦とは比べ物にならないくらい強くなっている。認めたくはないけれど、認めざるを得ない。
「そうなんだ……」
蓮が話を飲み込み切れずにいるのは、その表情を見てもよく分かる。
けれど咲は自分が異世界から来たということを話せただけで、心がスッと軽くなった。
「嘘みたいだって思うよな。そりゃそうだよ」
逆に二つ返事で納得される方が胡散臭い。
みさぎも湊と智の話を聞いた時、否定しようとはしなかった。「似てるのかな」と嫉妬を含んで呟いて、咲はリーナを頭に描く。
「みさぎはリーナって名前だった。僕はリーナが大好きだったんだ。もちろん今もみさぎが好きだけど。異世界に行くリーナと離れたくなくて、僕は無理矢理ついてきた。けど、リーナの好きなアイツが先に来てたし、兄妹として生まれることはできないと分かったから、それなら親友になれたらいいなと思って女に生まれ変わらせてもらったんだ」
リーナ、と音にしただけで懐かしさが込み上げる。
リーナにまた会いたくて、ヒルスはこの世界に来た。未来を決める鍵だとか、そんな重たい理由を背負ったつもりはなかった。
「僕はまたリーナに会いたかったんだよ」
「そっか。じゃあ、また会えたんだね。親友ならもう叶ってるじゃん。アイツ家では咲ちゃんの話ばっかりするからね」
「うん」
咲は大きく頷いて、笑顔を広げた。
「だったらさ、前に咲ちゃんが俺に会いたいって言ってくれたのは? 最初の時、俺に会いたいって理由でウチに来たんだよね」
その理由をまだ話していなかった。
最初の目的は、蓮に対し敵対心剥き出しで挑んだ奇襲作戦のようなものだったが、そんな気持ちは会ってすぐに消えてしまった。
「僕は、アイツに僕以外のお兄ちゃんが居るって聞いてショックだった。どんな奴なのか確かめてやろうと思ったんだ」
「あはは、そうだったんだ。それで? 俺はリーナの兄さんから見て何点くらいだった?」
最初に浮かんだのは八十点だ。けれど、そんな高いのはおかしいと自分で否定して、咲はマイナス点を付ける。
「七十点」
「やった、結構高いじゃん」
「おまけだからな?」
もう少し低くすればよかったと後悔する咲に、蓮は「わかったよ」と嬉しそうに言って立ち上がった。
「ちょっとベランダいってくる。咲ちゃんも来る?」
「行く!」
ベランダの窓を開けると広めのバルコニーがあって、その奥には夜景が広がっていた。
強めの風が咲の長い髪を煽る。
「わぁ、めちゃくちゃ高いな」
大都市だとそうでもないのかもしれないが、そこそこ都会の十階から見下ろす景色は、遮るものがなく壮観だった。
手すりを掴んで空を仰ぐと、雲の少ない藍色の空に細い月が浮かんでいた。
「前いた世界にも月はあった?」
「あぁ。こっちより少し小さかった気がするけどな」
急にテンションを上げてはしゃぎだす咲に、蓮は「良かった」と安堵する。
咲は顔を隠そうとする自分の髪をかき上げて、彼を見上げた。
「本当は今日、蓮に会いたくなかった。会ったらきっと、この間みたいに泣きたくなると思ったから」
「泣きたいときは泣いていいんだよ?」
「いや、もう大丈夫。ちょっと自信がなかったけど、今は会えて良かったって思ってる」
「そう言って貰えると嬉しいよ」
「けどさっき言ったことは無理に受け入れてくれなくてもいいんだからな? 蓮に聞いてもらえただけで僕は満足だ。ありがとうな」
絢の所に行った時の鬱々した気持ちはもうすっかり消えている。数時間前の事だなんて嘘のようだ。
「どういたしまして。けど咲ちゃんやみさぎが異世界から来たのは分かったからいいとして、悩んでたのは解決してないんじゃないの?」
「うん、全然解決してないけど。なんだろな、もう大丈夫……ってわけでもないけど、蓮と居たら落ち着いた。今日は何か色々あって、一人で夜を過ごすのが嫌だったんだ。そしたら駅に調度電車が来て、気付いたら飛び乗ってた。誰かと話したいなって思ったら、相手が蓮しか浮かばなかったよ」
「会えるとは思わなかったけど」と咲ははにかんで頬を掻いた。
「俺で良かったら相談相手でも泣きつく相手にでもいつでもなるよ。俺が力になれればって思うから。確かに咲ちゃんが男だってのは信じきれてない所はあるし、異世界の話だって百%そうなんだって頷いてあげることはまだできないけど、咲ちゃんがこういう時嘘つかないだろうっては信じてるから」
「それって矛盾してないか?」
「うん、混乱してる」
ベランダの手すりに肘をついて、蓮は咲を振り返った。
「けどさ、そういう相手って、咲ちゃんの中では彼氏ってことにはならないの?」
「――え?」
苦笑する蓮に、咲は困惑してしまう。胸の前に握り締めた手にぎゅっと力が籠った。
「か、彼氏ってのは……僕は男だし。僕が男を好きだって言ったら、おかしいだろ?」
「おかしくはないと思うけど?」
――『ムリムリ、無理だって。幾ら可愛くたってさ、お前となんかキスできないもん』
昼間、智にそれを言われたばっかりだ。中身が男なのだから、至極当たり前の反応だと思う。
本当は男だから――記憶を取り戻してから、ずっと自分にそう言い聞かせてきた。
「だってさ、蓮は僕とキスできないだろう?」
「…………」
試すように言った咲の言葉に、蓮はきょとんと目を瞬かせる。
そうだろう? と咲は頷く。目の前の女が実は男だと再確認すれば、頭が冷静になるはずだ。
なのに蓮はそこから咲との距離を詰めて、緩く笑顔を見せる。
「できるよ」
蓮は正面から咲を抱き寄せて、そのまま唇を重ねた。
「ちょっ……」
全身に走ったゾクリとした衝撃に、咲は思考停止して目を見開いたまま固まってしまう。
離れたいと思っても、身体が言う事を聞いてはくれなかった。
やたら長く感じた数秒の後、ようやく視界に蓮の表情が戻って来る。
「何で、ホントにするんだよ。初めてだったんだぞ?」
咲は泣き出しそうな顔で訴えた。
震える唇を固く結んで、咲は蓮の反応を待った。
蓮は驚きつつも言葉を探すように視線を漂わせ、掴んでいた手を咲から離した。
落ちるようにソファへ座ると、「咲ちゃんも」と促してから話を始める。
「もしその話が本当なら、俺が知ってもいい事なの? みさぎは何も……」
「アイツはまだ記憶を取り戻してないんだ」
実際は咲が思い出させていないから――と絢に言われている。
「記憶を戻してなくても、みさぎが別の世界から来たんだって咲ちゃんには分かるんだ」
「うん、一目で分かった。まぁ来たって言っても中身だけだけどな。僕だって今の母親から生まれて来てるし、自分は日本人だと思ってるよ」
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湊なんて智にしか気付いていないようだし、感覚の鋭い魔法使いの智でさえ確信を持てたのは湊だけで、記憶に関しては個人差があるようだ。
「だよね。みさぎが生まれた時の事って、俺覚えてるもんな」
蓮は頭をぐるぐると捻りながら、一つ一つの話に相槌ちを打っていく。
「これを蓮に話して良いのかなんて僕には分からないけど、蓮になら話してもいいのかなと思った。だけど、みさぎにはまだ言わないでいてくれるか?」
「あぁ、わかった。他にもその仲間はいるの?」
「いるよ。結構いて僕も驚いてる」
「そうなんだ。何か楽しそうだけど、転生って何か理由があって来たんじゃないの? 地球でスローライフ送りに来たわけじゃないんでしょ?」
鋭い。流石アニメ好き男子だ。そこはあまり触れないで欲しかった。
「なら、使命を果たしに来たって言ったらカッコ良く聞こえるか? 詳しくは話せないけど」
こんな時だけど、嫌なヤツの言葉を借りた。智が転校してきた日だったか、湊に何で白樺台高校を受験したのか聞いて、アイツはそう答えたのだ。
――『俺は、使命を果たすためにここに来たんだ』
その言葉が一番適当な気がしたけれど、実際咲には湊のような重大な使命はない。
「咲ちゃんやみさぎも戦ったりするの? 使命って……そう言う事でしょ?」
「僕は弱いから前線には出れないけど、もしみさぎが記憶を戻したら、アイツに勝てる奴なんて誰も居ないよ。みさぎは強いぞ。本当に僕の妹なのかって疑うくらい」
「俺の妹も、戦う女なんて程遠い感じだけど」
「だろ? 昔もそうだった。あんななのに強かったんだ。けど心配するな、アイツのことを守ってくれる奴はちゃんといるから」
「それってもしかして、眼鏡かけた同級生? 名前忘れたけど」
この間雨が降った時、湊がみさぎを送っていって、蓮に会ったと言っていた。
「うん、アイツは強いんだ」
向こうでのハロン戦とは比べ物にならないくらい強くなっている。認めたくはないけれど、認めざるを得ない。
「そうなんだ……」
蓮が話を飲み込み切れずにいるのは、その表情を見てもよく分かる。
けれど咲は自分が異世界から来たということを話せただけで、心がスッと軽くなった。
「嘘みたいだって思うよな。そりゃそうだよ」
逆に二つ返事で納得される方が胡散臭い。
みさぎも湊と智の話を聞いた時、否定しようとはしなかった。「似てるのかな」と嫉妬を含んで呟いて、咲はリーナを頭に描く。
「みさぎはリーナって名前だった。僕はリーナが大好きだったんだ。もちろん今もみさぎが好きだけど。異世界に行くリーナと離れたくなくて、僕は無理矢理ついてきた。けど、リーナの好きなアイツが先に来てたし、兄妹として生まれることはできないと分かったから、それなら親友になれたらいいなと思って女に生まれ変わらせてもらったんだ」
リーナ、と音にしただけで懐かしさが込み上げる。
リーナにまた会いたくて、ヒルスはこの世界に来た。未来を決める鍵だとか、そんな重たい理由を背負ったつもりはなかった。
「僕はまたリーナに会いたかったんだよ」
「そっか。じゃあ、また会えたんだね。親友ならもう叶ってるじゃん。アイツ家では咲ちゃんの話ばっかりするからね」
「うん」
咲は大きく頷いて、笑顔を広げた。
「だったらさ、前に咲ちゃんが俺に会いたいって言ってくれたのは? 最初の時、俺に会いたいって理由でウチに来たんだよね」
その理由をまだ話していなかった。
最初の目的は、蓮に対し敵対心剥き出しで挑んだ奇襲作戦のようなものだったが、そんな気持ちは会ってすぐに消えてしまった。
「僕は、アイツに僕以外のお兄ちゃんが居るって聞いてショックだった。どんな奴なのか確かめてやろうと思ったんだ」
「あはは、そうだったんだ。それで? 俺はリーナの兄さんから見て何点くらいだった?」
最初に浮かんだのは八十点だ。けれど、そんな高いのはおかしいと自分で否定して、咲はマイナス点を付ける。
「七十点」
「やった、結構高いじゃん」
「おまけだからな?」
もう少し低くすればよかったと後悔する咲に、蓮は「わかったよ」と嬉しそうに言って立ち上がった。
「ちょっとベランダいってくる。咲ちゃんも来る?」
「行く!」
ベランダの窓を開けると広めのバルコニーがあって、その奥には夜景が広がっていた。
強めの風が咲の長い髪を煽る。
「わぁ、めちゃくちゃ高いな」
大都市だとそうでもないのかもしれないが、そこそこ都会の十階から見下ろす景色は、遮るものがなく壮観だった。
手すりを掴んで空を仰ぐと、雲の少ない藍色の空に細い月が浮かんでいた。
「前いた世界にも月はあった?」
「あぁ。こっちより少し小さかった気がするけどな」
急にテンションを上げてはしゃぎだす咲に、蓮は「良かった」と安堵する。
咲は顔を隠そうとする自分の髪をかき上げて、彼を見上げた。
「本当は今日、蓮に会いたくなかった。会ったらきっと、この間みたいに泣きたくなると思ったから」
「泣きたいときは泣いていいんだよ?」
「いや、もう大丈夫。ちょっと自信がなかったけど、今は会えて良かったって思ってる」
「そう言って貰えると嬉しいよ」
「けどさっき言ったことは無理に受け入れてくれなくてもいいんだからな? 蓮に聞いてもらえただけで僕は満足だ。ありがとうな」
絢の所に行った時の鬱々した気持ちはもうすっかり消えている。数時間前の事だなんて嘘のようだ。
「どういたしまして。けど咲ちゃんやみさぎが異世界から来たのは分かったからいいとして、悩んでたのは解決してないんじゃないの?」
「うん、全然解決してないけど。なんだろな、もう大丈夫……ってわけでもないけど、蓮と居たら落ち着いた。今日は何か色々あって、一人で夜を過ごすのが嫌だったんだ。そしたら駅に調度電車が来て、気付いたら飛び乗ってた。誰かと話したいなって思ったら、相手が蓮しか浮かばなかったよ」
「会えるとは思わなかったけど」と咲ははにかんで頬を掻いた。
「俺で良かったら相談相手でも泣きつく相手にでもいつでもなるよ。俺が力になれればって思うから。確かに咲ちゃんが男だってのは信じきれてない所はあるし、異世界の話だって百%そうなんだって頷いてあげることはまだできないけど、咲ちゃんがこういう時嘘つかないだろうっては信じてるから」
「それって矛盾してないか?」
「うん、混乱してる」
ベランダの手すりに肘をついて、蓮は咲を振り返った。
「けどさ、そういう相手って、咲ちゃんの中では彼氏ってことにはならないの?」
「――え?」
苦笑する蓮に、咲は困惑してしまう。胸の前に握り締めた手にぎゅっと力が籠った。
「か、彼氏ってのは……僕は男だし。僕が男を好きだって言ったら、おかしいだろ?」
「おかしくはないと思うけど?」
――『ムリムリ、無理だって。幾ら可愛くたってさ、お前となんかキスできないもん』
昼間、智にそれを言われたばっかりだ。中身が男なのだから、至極当たり前の反応だと思う。
本当は男だから――記憶を取り戻してから、ずっと自分にそう言い聞かせてきた。
「だってさ、蓮は僕とキスできないだろう?」
「…………」
試すように言った咲の言葉に、蓮はきょとんと目を瞬かせる。
そうだろう? と咲は頷く。目の前の女が実は男だと再確認すれば、頭が冷静になるはずだ。
なのに蓮はそこから咲との距離を詰めて、緩く笑顔を見せる。
「できるよ」
蓮は正面から咲を抱き寄せて、そのまま唇を重ねた。
「ちょっ……」
全身に走ったゾクリとした衝撃に、咲は思考停止して目を見開いたまま固まってしまう。
離れたいと思っても、身体が言う事を聞いてはくれなかった。
やたら長く感じた数秒の後、ようやく視界に蓮の表情が戻って来る。
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