いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?

栗栖蛍

文字の大きさ
上 下
49 / 190
4章 決断

46 兄へ託した最後の魔法

しおりを挟む
 うつむいたまま店の奥まで行って、さきは二人掛けの席に座った。

 テーブルにひじをついて、固く握った拳にひたいを押し付ける。
 心に決めた決断を吐き出してしまいたい気持ちと、冷静になれという真逆の感情に深呼吸を繰り返した。

「悩んでるなら帰ってもいいのよ?」

 あやは「おごりよ」とクリームソーダを咲の前に置いて、向かいの椅子に座った。ボリューム多めのパニエが、バサリと音を立てる。
 今日の彼女は赤いチェックのロリータ姿だ。頭につけた大きめのリボンといい、相変わらず年齢的に無理がある。

「今日あの二人休んだんだって? ラルもやるわね」

 咲はむっつりした顔で絢をにらみ、「いただきます」とアイスをすくった。

「僕はラルが嫌いだし、転生しても全く変わってなかったみなとも嫌いだ。けど、あの二人はどうせくっつくんだと思ってたから、大した問題じゃない。嫌だけど」
「なんだかんだ言っても貴方はそういうトコ優しいわよね。だったらその陰気な顔の理由は何?」

「昼が一緒だったから、ともに聞いてみたんだよ。運命は受け入れるものか、あらがうものかってね。そしたらアイツ、受け入れるって言ったんだよ」
「そうだったの。十月一日に来るハロンの話をしたわけじゃないんでしょ?」
「それは言ってないけど……」

 お前はもうすぐ死ぬんだと言えば、智の返事は変わるだろうか。

「いや、アイツは自分が生き残ることで他に犠牲が出るかもなんて知ったら、受け入れるよ。僕も最初はアイツの答えが逆じゃないかって思ったけど、よくよく考えると、アイツはチャラいくせに聞き分けが良すぎる所があるから」

 智は死に物狂ものぐるいで反抗したりはしない。みさぎと湊の事も、結局は受け入れてしまっている。
 絢も少し考えて「確かにそうかもしれないわね」と苦笑した。

「だったらもうそれが運命だと割り切って、このまま月をまたぐのが良いのかなと思ったんだ。それならルーシャに言ってしまおうって。明日からの三連休、家に一人でいたら頭がおかしくなりそうだから」

 咲はスプーンを置いて、膝を両手でつかんだ。

「だから僕は、何も知らないふりをして十月一日を迎える」

 運命のままに結果を受け入れようと――それが答えだ。

「そんな思い悩む顔で言ってほしくなかったけど。いいわ、じゃあ一つだけ質問させて。貴方はリーナの記憶を戻したいと思う?」
「戻したいか……って。戻せるのか? 記憶ってのは勝手に戻るものじゃ……」
「聞かせて」

 絢は質問に答えず、咲の答えを待った。

「僕は、戻らない方が良いと思う。だって記憶を戻したら、アイツは智を助けたいって言うだろう?」
「言うでしょうね」
「アンタだって、未来は変えちゃいけないって言った。その方がいいんだろ? 十月一日が過ぎて、その後にリーナの記憶が戻ってアッシュともの武器を引き継げば、予定通りじゃないか」

 運命の歯車に巻き込まれるのが最善だ。じくを乱す異物になった所で、修正する能力が自分たちにあるとは断言できない。
 絢はコップに水を汲んで戻ると、いつになく神妙な面持おももちで一口もう一口とのどへ流し込んだ。

「貴方の気持ちは分かったわ。じゃあ、今度は私の番ね。貴方がこの世界に来た理由を話さなきゃ」

 答えを出したら教えると言われていた。咲には見当がつかないけれど。

「私もずっと貴方にそれを話して良いか迷っていたのよ。このまま黙っていれば、貴方が望むように十月一日は予定通り過ぎる。それは最善の事だと思うけど、私だってアッシュに死んでほしいと思ってるわけじゃないわ」
「ルーシャ……」
「最初の敵は、私がハロンを次元隔離じげんかくりした結果よ。私に責任があるから」
「いや、アンタは悪くないよ」

 咲は慌てて「違うぞ」とうったえた。
 それは、ヒルスとリーナが両親を失った戦争での話だ。

「あの時ハロンと戦える奴はいなくて、そうするのが正しいと誰もが賛同したのは知ってる。パラディンで最強だったラルの親父が遠方で戦ってて間に合わなかったのもみんな知ってるんだよ」

 いつになく声を荒げる咲に、絢は目をまたたかせる。

「ターメイヤの人たちにとって、アンタしか頼れる奴がいなかったんだ。だからアンタはハロンを次元隔離したんだろう? そこに責任が生じるなら、アンタじゃなくてターメイヤ全員の責任になるんだからな? 十二月一日のハロンも、リーナに押し付けた全員の責任だ。その後片づけをするために、ラルとアッシュがこの世界に来たんじゃないか」

 強い口調で言い切って、咲は肩を上下させた。

「いい男のセリフね。女にしとくのが勿体もったいないくらい」

 十月一日のハロンから智を救ったら、十二月一日のハロンに影響が出るだろうと、前に絢が言っていた。
 咲の出した答えは、十二月一日に来るハロン戦での絶対勝利を最優先に考えての苦渋の決断だ。

 絢はまた水を飲んだ。

「貴方に話すことを迷ってたら、あの人に言われたの。リーナの気持ちを尊重するのも一つの選択だって」
「リーナの気持ち? あの人って……?」
「ギャロップよ」

 そう言われて、咲はハッとした。先日の記憶がよみがえって、彼女の言葉に繋がる。

「ルーシャ、この間、広井ひろい駅にいなかったか? 向こうで洒落しゃれた服を着たアンタに似た人を見つけて、その後白樺台そこの駅で電車待ちの中條教官に会った」

 お泊り会から帰った朝の事だ。あの時は特に気にはしなかったけれど。

「もしかして、あいびき――」
「それは今話すことじゃないわよ。私に話をさせて」
「わかった」

 絶対そうだと確信して、咲は黙った。

 ヒルスがこの世界に来たのは、リーナと別れたくなかったからだ。
 それ以外に理由なんてないと思っていた。
 自分のエゴを無理矢理押し通してもらえたんだと勝手に理解していたのに、絢は咲にとって残酷ざんこくなことを口にする。

「リーナと別れた時の事覚えてる?」
「は?」

 急に言われて、咲は顔をしかめた。

 あの日、リーナがラルたちの後を追うと聞いて、ヒルスは慌てて城を飛び出した。
 まさに今がけを飛び降りようとするリーナの所へ駆けつけて、彼女と何を話したか――。

  ――「兄様が私にまた会えるって思ってくれるなら、多分そうなるんじゃないかと思うの。だから、私が兄様に最後の魔法を掛けてもいい?」

 咲は、そっと自分の耳を押さえた。
 何を言ったのかは分からなかったが、あのセリフの後リーナが耳元で何かささやいた感触かんしょくは残っている。

 ――「必要になったら教えてあげるわ」

 あの時、ルーシャがそんなことを言っていた。

「思い出した? それがリーナの意思で、貴方がこの世界に来た理由よ」

 絢は妖艶ようえんな笑みを浮かべて、その答えをくれる。

「リーナは最後の魔法で、貴方に全てを託したの。この世界に生まれ変わったみさぎの魔法と記憶を蘇らせる為の鍵が貴方なのよ、お兄ちゃん」
「何だよそれ――ひどいよ、リーナ」

 不安と絶望がよぎって、咲はソファにくずれた。




しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

TS転移勇者、隣国で冒険者として生きていく~召喚されて早々、ニセ勇者と罵られ王国に処分されそうになった俺。実は最強のチートスキル持ちだった~

夏芽空
ファンタジー
しがないサラリーマンをしていたユウリは、勇者として異世界に召喚された。 そんなユウリに対し、召喚元の国王はこう言ったのだ――『ニセ勇者』と。 召喚された勇者は通常、大いなる力を持つとされている。 だが、ユウリが所持していたスキルは初級魔法である【ファイアボール】、そして、【勇者覚醒】という効果の分からないスキルのみだった。 多大な準備を費やして召喚した勇者が役立たずだったことに大きく憤慨した国王は、ユウリを殺処分しようとする。 それを知ったユウリは逃亡。 しかし、追手に見つかり殺されそうになってしまう。 そのとき、【勇者覚醒】の効果が発動した。 【勇者覚醒】の効果は、全てのステータスを極限レベルまで引き上げるという、とんでもないチートスキルだった。 チートスキルによって追手を処理したユウリは、他国へ潜伏。 その地で、冒険者として生きていくことを決めたのだった。 ※TS要素があります(主人公)

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います

しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...