48 / 190
4章 決断
45 好き
しおりを挟む
崖の底へと落ちる夢は、リーナの記憶なのだろうか。
「リーナなのか」と言った湊の言葉に期待を垣間見て、みさぎは口をつぐんだ。やっぱり今でも彼はリーナの事が好きなのかもしれない。
もし本当にリーナの生まれ変わりだったらと、見たこともない彼女を自分に重ねて妄想してみるが、湊や智より強い魔法使いだなんてどう考えてもありえない。想像する事すら恐れ多い気がして、みさぎは「ごめんなさい」と謝った。
「こっちこそごめん。気にしないで」と、湊はいつも通り優しい。
お昼を食べ終えるとまた睡魔が襲って来た。寝てしまうのは勿体ないけれど、流石に二時間程度の睡眠では身体がもたないらしい。
大あくびを我慢したところで意地を張って起きていることもできず、「動いてくる」と言った湊に手を振ると、みさぎは太い木に寄りかかって静かに目を閉じた。
☆
湊の動く足音と風の音が心地いい。
また何かリーナの夢が見れたらいいと思うのに、何もないまま眠りから覚めた。ぼやけた視界に、剣を振る湊の姿が飛び込んでくる。
相変わらずの木の棒だけれど、真剣な彼の表情に思いが込み上げた。
「好き……です」
彼に聞こえないように、そっと呟く。耳に届いた自分の声に恥ずかしくなって、唇を手でぎゅっと押さえた。
リーナの記憶なんてない。彼の期待に沿うことのできない現実に、このまま時間が止まってしまえばいいと思う。
けれど湊はすぐみさぎに気付いて剣を下ろした。
「おはよう、荒助さん」
「おはよう、湊くん」
「ちょっとは寝れた? 結構時間も経ったし、そろそろ戻ろうか」
立ち上がって時計を見ると、もう普段の下校時刻を過ぎていた。
楽しい時間なんてあっという間だ。
本当は帰りたくない気持ちを込めて「うん」と頷くと、湊は側に来て「荒助さん?」と心配気にみさぎを覗き込んだ。
「もしかして、さっきのこと気にしてる?」
みさぎがリーナかもしれないという事だ。そうだったらいいなとは思うけれど、諦めるしかない現状に、みさぎは「ううん」と首を振った。
「けど……湊くんは、私がリーナの方が良かった?」
否定しておきながら、つい本心が口をついてしまう。
湊は「そういう意味じゃないんだ」とみさぎを宥めた。
「リーナが荒助さんだったら嬉しくないって言ったら嘘になるけど、俺が今日荒助さんと居たいって思ったことは、リーナは関係ないから」
湊が強めの口調に照れた表情を滲ませて、きまり悪そうに目を逸らした。
「湊……くん?」
それはどう受け取ったらいいんだろう。
みさぎが困惑顔で見上げると、湊は根負けしたように口を開いた。
「荒助さんのことが好きだってことだよ」
「…………」
「だから、リーナの事は気にしないで」
突然打ち明けられた想いに、寝起きでぼーっとしていた頭がパチリと覚めた。彼の言葉を頭で繰り返して、みさぎは耳を疑う。
「えっ……?」
「本気だから」
さっき一人で呟いたのは、予行練習でも何でもなかった。
心の準備なんて全然できていないけれど、彼への答えはちゃんと決まっている。智に言われた時のように、曖昧な答えは出せない。
みさぎは胸の前に手を握り、改めて湊を見上げた。
「私も、湊くんが、好きです」
湊は面食らった顔をして、そこから「良かったぁ」といつも見せることのない、いっぱいの笑顔を零した。
緊張が緩んで泣きそうになったけれど、みさぎはそれを我慢して笑顔を返す。
「帰ろう」と差し出された手に躊躇いながら伸ばした手は、すぐに彼に奪われる。
湊の手は咲とは違い、少し冷たくて硬い。緊張したけれど、嬉しかった。
二人は閑散とした白樺台駅から電車に乗って帰宅した。
☆
それから少し経って辺りが薄暗くなった頃、閉店間際の田中商店に鬱々とした空気を纏った咲が現れた。
「いらっしゃい、お兄ちゃん。答えが出たのかしら?」
閉店作業をしていた絢が、少し早めに入口の鍵を閉めて咲を迎える。
「あぁ、決まったよ」
咲は赤チェックのロリータ服を着た彼女を睨んで、両手の拳を強く握りしめた。
「リーナなのか」と言った湊の言葉に期待を垣間見て、みさぎは口をつぐんだ。やっぱり今でも彼はリーナの事が好きなのかもしれない。
もし本当にリーナの生まれ変わりだったらと、見たこともない彼女を自分に重ねて妄想してみるが、湊や智より強い魔法使いだなんてどう考えてもありえない。想像する事すら恐れ多い気がして、みさぎは「ごめんなさい」と謝った。
「こっちこそごめん。気にしないで」と、湊はいつも通り優しい。
お昼を食べ終えるとまた睡魔が襲って来た。寝てしまうのは勿体ないけれど、流石に二時間程度の睡眠では身体がもたないらしい。
大あくびを我慢したところで意地を張って起きていることもできず、「動いてくる」と言った湊に手を振ると、みさぎは太い木に寄りかかって静かに目を閉じた。
☆
湊の動く足音と風の音が心地いい。
また何かリーナの夢が見れたらいいと思うのに、何もないまま眠りから覚めた。ぼやけた視界に、剣を振る湊の姿が飛び込んでくる。
相変わらずの木の棒だけれど、真剣な彼の表情に思いが込み上げた。
「好き……です」
彼に聞こえないように、そっと呟く。耳に届いた自分の声に恥ずかしくなって、唇を手でぎゅっと押さえた。
リーナの記憶なんてない。彼の期待に沿うことのできない現実に、このまま時間が止まってしまえばいいと思う。
けれど湊はすぐみさぎに気付いて剣を下ろした。
「おはよう、荒助さん」
「おはよう、湊くん」
「ちょっとは寝れた? 結構時間も経ったし、そろそろ戻ろうか」
立ち上がって時計を見ると、もう普段の下校時刻を過ぎていた。
楽しい時間なんてあっという間だ。
本当は帰りたくない気持ちを込めて「うん」と頷くと、湊は側に来て「荒助さん?」と心配気にみさぎを覗き込んだ。
「もしかして、さっきのこと気にしてる?」
みさぎがリーナかもしれないという事だ。そうだったらいいなとは思うけれど、諦めるしかない現状に、みさぎは「ううん」と首を振った。
「けど……湊くんは、私がリーナの方が良かった?」
否定しておきながら、つい本心が口をついてしまう。
湊は「そういう意味じゃないんだ」とみさぎを宥めた。
「リーナが荒助さんだったら嬉しくないって言ったら嘘になるけど、俺が今日荒助さんと居たいって思ったことは、リーナは関係ないから」
湊が強めの口調に照れた表情を滲ませて、きまり悪そうに目を逸らした。
「湊……くん?」
それはどう受け取ったらいいんだろう。
みさぎが困惑顔で見上げると、湊は根負けしたように口を開いた。
「荒助さんのことが好きだってことだよ」
「…………」
「だから、リーナの事は気にしないで」
突然打ち明けられた想いに、寝起きでぼーっとしていた頭がパチリと覚めた。彼の言葉を頭で繰り返して、みさぎは耳を疑う。
「えっ……?」
「本気だから」
さっき一人で呟いたのは、予行練習でも何でもなかった。
心の準備なんて全然できていないけれど、彼への答えはちゃんと決まっている。智に言われた時のように、曖昧な答えは出せない。
みさぎは胸の前に手を握り、改めて湊を見上げた。
「私も、湊くんが、好きです」
湊は面食らった顔をして、そこから「良かったぁ」といつも見せることのない、いっぱいの笑顔を零した。
緊張が緩んで泣きそうになったけれど、みさぎはそれを我慢して笑顔を返す。
「帰ろう」と差し出された手に躊躇いながら伸ばした手は、すぐに彼に奪われる。
湊の手は咲とは違い、少し冷たくて硬い。緊張したけれど、嬉しかった。
二人は閑散とした白樺台駅から電車に乗って帰宅した。
☆
それから少し経って辺りが薄暗くなった頃、閉店間際の田中商店に鬱々とした空気を纏った咲が現れた。
「いらっしゃい、お兄ちゃん。答えが出たのかしら?」
閉店作業をしていた絢が、少し早めに入口の鍵を閉めて咲を迎える。
「あぁ、決まったよ」
咲は赤チェックのロリータ服を着た彼女を睨んで、両手の拳を強く握りしめた。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説

TS転移勇者、隣国で冒険者として生きていく~召喚されて早々、ニセ勇者と罵られ王国に処分されそうになった俺。実は最強のチートスキル持ちだった~
夏芽空
ファンタジー
しがないサラリーマンをしていたユウリは、勇者として異世界に召喚された。
そんなユウリに対し、召喚元の国王はこう言ったのだ――『ニセ勇者』と。
召喚された勇者は通常、大いなる力を持つとされている。
だが、ユウリが所持していたスキルは初級魔法である【ファイアボール】、そして、【勇者覚醒】という効果の分からないスキルのみだった。
多大な準備を費やして召喚した勇者が役立たずだったことに大きく憤慨した国王は、ユウリを殺処分しようとする。
それを知ったユウリは逃亡。
しかし、追手に見つかり殺されそうになってしまう。
そのとき、【勇者覚醒】の効果が発動した。
【勇者覚醒】の効果は、全てのステータスを極限レベルまで引き上げるという、とんでもないチートスキルだった。
チートスキルによって追手を処理したユウリは、他国へ潜伏。
その地で、冒険者として生きていくことを決めたのだった。
※TS要素があります(主人公)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!
仁徳
ファンタジー
あらすじ
リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。
彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。
ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。
途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。
ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。
彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。
リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。
一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。
そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。
これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる