47 / 190
4章 決断
44 お前とキスなんてできるわけがない
しおりを挟む
「僕は木に磔にされて、下から火をつけられたんだ」
校庭の隅にある滑り台のてっぺんで弁当を広げる咲は、ミートボールが刺さった箸を手に熱弁する。
「えぇ、マジで? 俺そういうのじゃなくて良かったわ」
階段の上で咲に背を向けて座る智は、ぞっと肩を強張らせた。
みさぎと湊の居ないランチタイムは、咲と智の校庭独占状態だ。
「それしか方法がないって言われて渋々従ったけど、あれって死の直前にルーシャの魔法で魂を転移させるんだろ? 死ぬ方法なんて別に何でも良かったんじゃないかって気がしてならないよ」
「俺もそんなこと聞いた気がする。けどリーナもそれで飛んだの?」
「いや、アイツはお前たちと同じように崖から行った。ひどい話だろ? アイツは僕の目の前でお前たちを選んだんだぞ?」
崖からリーナが飛び出していくシーンが、何度も夢で蘇る。小学生の頃はその度に涙して、姉の凜に心配されたものだ。
「ヒルス、頑張ったんだな」
労う智に咲は「だろ?」と苦笑した。
「僕もこっちに来れたからいいけど、あの炎の痛さは絶対に忘れないよ」
箸を握る拳に怒りを込めて立ち上がると、智が「見えるぞ」と咲を見上げた。
「パンツ見たやつは千円だからな」
「やめてよ。俺の傷心モードに付け込むつもり?」
ため息交じりに言う智に、咲は「フラれたな」と口角を上げた。
朝、智が湊にメールで確認して、二人が一緒だという事がわかった。湊が無理矢理連れ出すという事はないだろうから、みさぎも同意の事なんだろう。
「ラルってさ……まぁ湊もだけど、ちょっと冷たいとこあるじゃん。話し掛け辛いって言うか。リーナは何であぁいうのがいいんだろ」
「僕はラルなんて大嫌いだけど、あぁいうのに優しくされると、ギャップ萌えするんじゃないのか? 最近そういうの聞くだろ」
「えぇ、何それ。女の子らしい意見じゃん。もしかして咲ちゃん、男に興味あるの?」
「僕は男だ! 一般論を言っただけだからな」
面白がる智を怒鳴りつける。カッと血が上って火照った顔を、咲は慌てて後ろへ逸らした。
「お前は昔からリーナばっかだもんな。けど、そんな顔してたらモテるんじゃないの? 可愛いから」
「可愛いのは認めてやる。何だ智、みさぎから私に乗り換えようってのか?」
「まさか。中身がヒルスだって分かってるんだよ? ムリムリ、無理だって。幾ら可愛くたってさ、お前となんかキスできないもん」
「ない」と言い切る智に咲はそのシーンを想像して、「ないない」と首を振った。この間の壁ドンの時にそれは痛感している。
「分かってるよ、ヒルス兄様」
「お前がその呼び方で僕を呼ぶなよ」
声色を変えて揶揄う智に、咲は頬を膨らませる。すると咲のスマホが震えた。
蓮だ。
そういえば何かあったら連絡して欲しいと言ってあるが、朝みさぎの病欠を伝えてこなかった時点でサボりは確定していたようなものだ。
『みさぎ寝不足だったけど、生きてる?』
蓮は今更ながらにそんなことを聞いてくるが、返事をしようにもみさぎの状態なんて咲にはよく分からない。
『浮かれてるんじゃないかな』
とりあえずそう返した。間違っていないはずだ。
『何それ。まぁ、元気ならいいや。じゃあ後でね』
『はーい』と返して、咲はスマホをしまった。
「みさぎちゃんから?」
「いや、そうじゃないけど」
「まさか男?」
「私はモテるんですぅ」
女の子ぶって、咲は弁当をかきこんだ。
蓮と電話番号を交換して以来、毎日のように他愛ないメールのやりとりをしている。
お昼に何食べたとか、眠いとか、おやすみとか。
メールが来れば返事はするし、暇な時はこっちからメールすることもある――そう、蓮とのメールなんてただの暇潰しだ。
「何か楽しそうだな」
智は弁当を食べ終えて、神妙な顔を空へ向けた。
「俺さ、あの崖から飛んだ時ちょっと後悔してた。あそこにはもう戻れないんだなって。けど最近ちょっと楽しいよ」
「またみさぎは湊にとられるんだろうけどな」
智はムッと咲を睨んで「だろうな」とこぼす。
会話が途切れて、咲は思い立ったように口を開いた。咲にとっては何気ない質問だ。
「なぁ智、運命って受け入れるものだと思う? 抗うものだと思う?」
きっと智は後者を選ぶと思っていた。
今迷っている決断に、智自身から背中を押してもらえるような気がしたのに、智は咲の期待とは反対のことを言う。
「抗えないから運命なんじゃないのか? だから、受け入れるしかないと思うよ」
こんな時に限って、どうして物分かりのいい返事をするのだろうか。
「何でそういう事言うんだよ」
小声で呟いた咲に、智は「どうした?」と首を傾げる。
咲はその質問を無視した。食べ終わった弁当をまとめて、一人で滑り台を滑り降りる。
「お前は、馬鹿野郎なんだからな!」
くるりと見上げて、そんな捨て台詞を吐く。
返事のない智がどんな顔をしたのかは、逆光で良く分からなかった。
校庭の隅にある滑り台のてっぺんで弁当を広げる咲は、ミートボールが刺さった箸を手に熱弁する。
「えぇ、マジで? 俺そういうのじゃなくて良かったわ」
階段の上で咲に背を向けて座る智は、ぞっと肩を強張らせた。
みさぎと湊の居ないランチタイムは、咲と智の校庭独占状態だ。
「それしか方法がないって言われて渋々従ったけど、あれって死の直前にルーシャの魔法で魂を転移させるんだろ? 死ぬ方法なんて別に何でも良かったんじゃないかって気がしてならないよ」
「俺もそんなこと聞いた気がする。けどリーナもそれで飛んだの?」
「いや、アイツはお前たちと同じように崖から行った。ひどい話だろ? アイツは僕の目の前でお前たちを選んだんだぞ?」
崖からリーナが飛び出していくシーンが、何度も夢で蘇る。小学生の頃はその度に涙して、姉の凜に心配されたものだ。
「ヒルス、頑張ったんだな」
労う智に咲は「だろ?」と苦笑した。
「僕もこっちに来れたからいいけど、あの炎の痛さは絶対に忘れないよ」
箸を握る拳に怒りを込めて立ち上がると、智が「見えるぞ」と咲を見上げた。
「パンツ見たやつは千円だからな」
「やめてよ。俺の傷心モードに付け込むつもり?」
ため息交じりに言う智に、咲は「フラれたな」と口角を上げた。
朝、智が湊にメールで確認して、二人が一緒だという事がわかった。湊が無理矢理連れ出すという事はないだろうから、みさぎも同意の事なんだろう。
「ラルってさ……まぁ湊もだけど、ちょっと冷たいとこあるじゃん。話し掛け辛いって言うか。リーナは何であぁいうのがいいんだろ」
「僕はラルなんて大嫌いだけど、あぁいうのに優しくされると、ギャップ萌えするんじゃないのか? 最近そういうの聞くだろ」
「えぇ、何それ。女の子らしい意見じゃん。もしかして咲ちゃん、男に興味あるの?」
「僕は男だ! 一般論を言っただけだからな」
面白がる智を怒鳴りつける。カッと血が上って火照った顔を、咲は慌てて後ろへ逸らした。
「お前は昔からリーナばっかだもんな。けど、そんな顔してたらモテるんじゃないの? 可愛いから」
「可愛いのは認めてやる。何だ智、みさぎから私に乗り換えようってのか?」
「まさか。中身がヒルスだって分かってるんだよ? ムリムリ、無理だって。幾ら可愛くたってさ、お前となんかキスできないもん」
「ない」と言い切る智に咲はそのシーンを想像して、「ないない」と首を振った。この間の壁ドンの時にそれは痛感している。
「分かってるよ、ヒルス兄様」
「お前がその呼び方で僕を呼ぶなよ」
声色を変えて揶揄う智に、咲は頬を膨らませる。すると咲のスマホが震えた。
蓮だ。
そういえば何かあったら連絡して欲しいと言ってあるが、朝みさぎの病欠を伝えてこなかった時点でサボりは確定していたようなものだ。
『みさぎ寝不足だったけど、生きてる?』
蓮は今更ながらにそんなことを聞いてくるが、返事をしようにもみさぎの状態なんて咲にはよく分からない。
『浮かれてるんじゃないかな』
とりあえずそう返した。間違っていないはずだ。
『何それ。まぁ、元気ならいいや。じゃあ後でね』
『はーい』と返して、咲はスマホをしまった。
「みさぎちゃんから?」
「いや、そうじゃないけど」
「まさか男?」
「私はモテるんですぅ」
女の子ぶって、咲は弁当をかきこんだ。
蓮と電話番号を交換して以来、毎日のように他愛ないメールのやりとりをしている。
お昼に何食べたとか、眠いとか、おやすみとか。
メールが来れば返事はするし、暇な時はこっちからメールすることもある――そう、蓮とのメールなんてただの暇潰しだ。
「何か楽しそうだな」
智は弁当を食べ終えて、神妙な顔を空へ向けた。
「俺さ、あの崖から飛んだ時ちょっと後悔してた。あそこにはもう戻れないんだなって。けど最近ちょっと楽しいよ」
「またみさぎは湊にとられるんだろうけどな」
智はムッと咲を睨んで「だろうな」とこぼす。
会話が途切れて、咲は思い立ったように口を開いた。咲にとっては何気ない質問だ。
「なぁ智、運命って受け入れるものだと思う? 抗うものだと思う?」
きっと智は後者を選ぶと思っていた。
今迷っている決断に、智自身から背中を押してもらえるような気がしたのに、智は咲の期待とは反対のことを言う。
「抗えないから運命なんじゃないのか? だから、受け入れるしかないと思うよ」
こんな時に限って、どうして物分かりのいい返事をするのだろうか。
「何でそういう事言うんだよ」
小声で呟いた咲に、智は「どうした?」と首を傾げる。
咲はその質問を無視した。食べ終わった弁当をまとめて、一人で滑り台を滑り降りる。
「お前は、馬鹿野郎なんだからな!」
くるりと見上げて、そんな捨て台詞を吐く。
返事のない智がどんな顔をしたのかは、逆光で良く分からなかった。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説

TS転移勇者、隣国で冒険者として生きていく~召喚されて早々、ニセ勇者と罵られ王国に処分されそうになった俺。実は最強のチートスキル持ちだった~
夏芽空
ファンタジー
しがないサラリーマンをしていたユウリは、勇者として異世界に召喚された。
そんなユウリに対し、召喚元の国王はこう言ったのだ――『ニセ勇者』と。
召喚された勇者は通常、大いなる力を持つとされている。
だが、ユウリが所持していたスキルは初級魔法である【ファイアボール】、そして、【勇者覚醒】という効果の分からないスキルのみだった。
多大な準備を費やして召喚した勇者が役立たずだったことに大きく憤慨した国王は、ユウリを殺処分しようとする。
それを知ったユウリは逃亡。
しかし、追手に見つかり殺されそうになってしまう。
そのとき、【勇者覚醒】の効果が発動した。
【勇者覚醒】の効果は、全てのステータスを極限レベルまで引き上げるという、とんでもないチートスキルだった。
チートスキルによって追手を処理したユウリは、他国へ潜伏。
その地で、冒険者として生きていくことを決めたのだった。
※TS要素があります(主人公)
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!
仁徳
ファンタジー
あらすじ
リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。
彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。
ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。
途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。
ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。
彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。
リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。
一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。
そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。
これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉
まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。
貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。


巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる