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4章 決断
43 たぶん気のせい
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「どうしたの?」
広場に着いた瞬間、フワリと甘い匂いがみさぎの鼻をかすめた。
綿あめのような、砂糖を煮詰めたような、そんな匂いだ。
けれどそれはすぐに消えてしまう。
辺りを見回しても、それらしきものは何もない。気のせいだと思って、みさぎは「何でもない」と首を振った。
九月も終わりに近付いたせいか、山の中はこの間来た時よりも少しひんやりとしている。
なのに二人きりだというシチュエーションに胸がずっとドキドキしていて、みさぎは汗ばんだ掌を強く握りしめた。
「湊くん、修行してきていいよ」
クールダウンしなければと思ったのに、湊は木の根元に腰を下ろして、側の盛り上がった岩を指差した。
「そこ座ったら? 折角だし、俺もちょっと休ませて」
「うん」
促されるままに、みさぎはそこに座った。
空を仰いだ湊の横顔に何を話そうかと考える。ここまでの道中は学校の事や友達の話ばかりだったけれど。
「湊くんは前の世界ではずっと戦ってたの?」
先日見せてもらった魔法やら模擬戦の記憶が蘇って、その事を聞かずにはいられなくなった。
「いや、そうじゃないよ」
湊はみさぎを振り向いて、答えをくれる。
「戦争が終わって暫くは傭兵をしていた父親について色んな国を回ってたけど、リーナの側近になってからは平和だったよ。ハロンが来るまでの数年だけどね」
「お父さんも強い人だったの?」
懐かしむように語る湊が、父親の話題に一瞬眉をひそめた。けれどそれを問う隙も与えず、彼は話を続ける。
「荒助さんは、パラディンって分かる?」
「騎士……の称号? 強い人ってことだよね?」
蓮とやったゲームの知識だけれど、いまいち曖昧だ。
「まぁそういうことだよ。父親がそれで、俺の自慢だった。いつかああなりたいと思ったけど、追いつけないまま、あの人は死んだんだ」
「そうだったんだ……ごめんなさい」
「俺が話したんだから、謝られることじゃないよ。俺が弱いのは事実なんだから」
苦笑する湊に、みさぎはふるふると首を振る。
「父親が死んだあと、俺はリーナの側近になった。父親が生きてたらそうはならなかっただろうし、これはこれで運命なのかもしれないと思ってる」
「湊くんは、戦う事が怖くはないの?」
「怖くないよ。戦ってる時は死ぬなんて思ってないしね。けど、もし死んだら、あぁ俺は負けたんだって思うんだろうな」
「死んじゃダメだよ。死なないで」
あまりにも淡々と『死』を口にする湊に、みさぎは思わず声を上げた。
湊は少し驚いた顔をする。
「そう思ってくれる?」
「うん」
「ありがとう。前の世界でハロンと戦った時、正直負けたと思ったけど、死んでなかった。次は絶対に勝ちたい」
照れ臭そうに言う湊に、みさぎは大きく頷いた。
緊張を誤魔化すように目を逸らしたところで、みさぎは視界に入り込んだ風景に既視感を覚える。広場の一番奥だ。
そういえばこの間来た時も、そこへは行かなかった。
校庭程の広さがある広場の向こう側は地面が途切れていて、遠くの空や山が見える。
どうなっているんだろうという好奇心が沸いて、みさぎは「ちょっと見てくる」と立ち上がった。
けれど張り切って向かったところで、飛び込んできた状況に足を竦ませる。
「崖だ……」
数メートル程度の段差だけれど、それが電車の中で見た夢の風景に重なって、みさぎはきゅっと目をつぶった。
「荒助さん?」
追い掛けてきた湊に踵を返して、みさぎはさっき見たばかりの夢の話をする。
「崖から飛び降りる夢を見たの?」
その内容に、湊は表情を強張らせた。
「うん。ちゃんとは覚えていないんだけど、女の人が飛び降りたの。それでさっき電車で悲鳴上げちゃって」
足が地面を離れる感覚が蘇って、みさぎは自分の腕を両手で抱き締めた。
湊は困惑した表情で何か言いたそうに口を開くが、少し躊躇って言葉を一度飲み込む。
「湊くん……?」
そして湊は改めて口を開いた。
「荒助さんは……リーナなのか?」
絞り出すように言い切った彼の言葉に、みさぎは「えっ?」と耳を疑った。
それは湊たちが異世界に置いてきたというウィザードの少女の名前だ。
「どういうこと?」
「俺と智――ラルフォンとアッシュは、崖から飛び降りて死ぬことで、この世界に生まれ変わったんだ。最初話した時、海堂がトラックに轢かれたのかって聞いてきただろ? 手段は違うけどそう言う事なんだ。もしリーナが俺たちを追い掛けてきているなら、きっと同じ方法で来ていると思う」
トラックに轢かれて異世界転生するというのは、本やアニメで良く聞く話だ。
リーナの記憶が、みさぎの夢に反映したという事なら――。
「私がそれを思いだしたってこと……?」
「分からないけどね」
「けど、偶然じゃないかな。私にはリーナさんだったって記憶なんてないし」
少し考えたところで、結局そこに辿り着いてしまう。湊たちのどんな過去話を聞いたところで、覚えがあるものなんて何もない。
湊は少し寂しそうな顔をして、「そうか」と呟いた。
広場に着いた瞬間、フワリと甘い匂いがみさぎの鼻をかすめた。
綿あめのような、砂糖を煮詰めたような、そんな匂いだ。
けれどそれはすぐに消えてしまう。
辺りを見回しても、それらしきものは何もない。気のせいだと思って、みさぎは「何でもない」と首を振った。
九月も終わりに近付いたせいか、山の中はこの間来た時よりも少しひんやりとしている。
なのに二人きりだというシチュエーションに胸がずっとドキドキしていて、みさぎは汗ばんだ掌を強く握りしめた。
「湊くん、修行してきていいよ」
クールダウンしなければと思ったのに、湊は木の根元に腰を下ろして、側の盛り上がった岩を指差した。
「そこ座ったら? 折角だし、俺もちょっと休ませて」
「うん」
促されるままに、みさぎはそこに座った。
空を仰いだ湊の横顔に何を話そうかと考える。ここまでの道中は学校の事や友達の話ばかりだったけれど。
「湊くんは前の世界ではずっと戦ってたの?」
先日見せてもらった魔法やら模擬戦の記憶が蘇って、その事を聞かずにはいられなくなった。
「いや、そうじゃないよ」
湊はみさぎを振り向いて、答えをくれる。
「戦争が終わって暫くは傭兵をしていた父親について色んな国を回ってたけど、リーナの側近になってからは平和だったよ。ハロンが来るまでの数年だけどね」
「お父さんも強い人だったの?」
懐かしむように語る湊が、父親の話題に一瞬眉をひそめた。けれどそれを問う隙も与えず、彼は話を続ける。
「荒助さんは、パラディンって分かる?」
「騎士……の称号? 強い人ってことだよね?」
蓮とやったゲームの知識だけれど、いまいち曖昧だ。
「まぁそういうことだよ。父親がそれで、俺の自慢だった。いつかああなりたいと思ったけど、追いつけないまま、あの人は死んだんだ」
「そうだったんだ……ごめんなさい」
「俺が話したんだから、謝られることじゃないよ。俺が弱いのは事実なんだから」
苦笑する湊に、みさぎはふるふると首を振る。
「父親が死んだあと、俺はリーナの側近になった。父親が生きてたらそうはならなかっただろうし、これはこれで運命なのかもしれないと思ってる」
「湊くんは、戦う事が怖くはないの?」
「怖くないよ。戦ってる時は死ぬなんて思ってないしね。けど、もし死んだら、あぁ俺は負けたんだって思うんだろうな」
「死んじゃダメだよ。死なないで」
あまりにも淡々と『死』を口にする湊に、みさぎは思わず声を上げた。
湊は少し驚いた顔をする。
「そう思ってくれる?」
「うん」
「ありがとう。前の世界でハロンと戦った時、正直負けたと思ったけど、死んでなかった。次は絶対に勝ちたい」
照れ臭そうに言う湊に、みさぎは大きく頷いた。
緊張を誤魔化すように目を逸らしたところで、みさぎは視界に入り込んだ風景に既視感を覚える。広場の一番奥だ。
そういえばこの間来た時も、そこへは行かなかった。
校庭程の広さがある広場の向こう側は地面が途切れていて、遠くの空や山が見える。
どうなっているんだろうという好奇心が沸いて、みさぎは「ちょっと見てくる」と立ち上がった。
けれど張り切って向かったところで、飛び込んできた状況に足を竦ませる。
「崖だ……」
数メートル程度の段差だけれど、それが電車の中で見た夢の風景に重なって、みさぎはきゅっと目をつぶった。
「荒助さん?」
追い掛けてきた湊に踵を返して、みさぎはさっき見たばかりの夢の話をする。
「崖から飛び降りる夢を見たの?」
その内容に、湊は表情を強張らせた。
「うん。ちゃんとは覚えていないんだけど、女の人が飛び降りたの。それでさっき電車で悲鳴上げちゃって」
足が地面を離れる感覚が蘇って、みさぎは自分の腕を両手で抱き締めた。
湊は困惑した表情で何か言いたそうに口を開くが、少し躊躇って言葉を一度飲み込む。
「湊くん……?」
そして湊は改めて口を開いた。
「荒助さんは……リーナなのか?」
絞り出すように言い切った彼の言葉に、みさぎは「えっ?」と耳を疑った。
それは湊たちが異世界に置いてきたというウィザードの少女の名前だ。
「どういうこと?」
「俺と智――ラルフォンとアッシュは、崖から飛び降りて死ぬことで、この世界に生まれ変わったんだ。最初話した時、海堂がトラックに轢かれたのかって聞いてきただろ? 手段は違うけどそう言う事なんだ。もしリーナが俺たちを追い掛けてきているなら、きっと同じ方法で来ていると思う」
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リーナの記憶が、みさぎの夢に反映したという事なら――。
「私がそれを思いだしたってこと……?」
「分からないけどね」
「けど、偶然じゃないかな。私にはリーナさんだったって記憶なんてないし」
少し考えたところで、結局そこに辿り着いてしまう。湊たちのどんな過去話を聞いたところで、覚えがあるものなんて何もない。
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