いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?

栗栖蛍

文字の大きさ
上 下
28 / 190
3章 命の猶予

26 お姉ちゃん

しおりを挟む
「咲ちゃん、駄目よ」

 自宅の玄関を飛び出ようとした咲の腕をつかんだのは、ちょうど帰宅した姉のりんだ。
 広井町ひろいちょうの職場から戻る電車の都合で、予定のない日はほぼ同じ時間に帰ってくる。

「いや、ちょっと田中の店に行って来るだけだから」
「ちょっと、って。外に出たら誰が見てるか分からないじゃない」
「外出てもこんなド田舎にいるのなんて近所の人くらいだろ? すぐそこだし」
「そういうのが大事なのよ」

 興奮気味の妹を見つめ、凜はそのボサボサ髪に向かって「駄目」と注意する。

「えぇぇ、お店閉まっちゃうってば」

 田中商店の閉店時間は夜の七時。もう既に外は薄暗く、走ってギリギリの時間だ。

「何か欲しいものがあるなら、私が行くわよ?」
「いや、そうじゃなくて、あやさんに用が……」
「だったら閉店してからでも構わないじゃない。あそこは彼女の家なんだから」

 凜は「急いでるなら早く」と強引に咲のサンダルを脱がせ、自室へと連行した。

 咲の衝動をあおったのは、父親とのちょっとした会話だった。
 昨日、智たちの修行を見に山へ入ったことを何気なく言ったところで、地元不動産を扱う会社に勤める父親が、気になる情報をくれたのだ。

 風呂上がりのれた髪をタオルでぐしゃぐしゃっといて、適当なワンピースを着て駆け出した所を、この世界で唯一の姉妹である姉に捕まった次第だ。

 町で衣料系のメーカーに勤める五歳年上の凜は、昔から咲のお洒落にはうるさかった。

 『女の子は女の子らしく。女の武器は最大限に活用する! 女の子を楽しまなきゃ』が彼女のモットーだ。
 中身が異世界男子の咲を外見だけでも女らしく仕上げていったのは、彼女の功績こうせきともいえる。

「絢さん居なくなってたら、アネキのせいだからな!」

 頭のてっぺんから爪先まで隙なく手入れされた凜に悪足搔わるあがきしつつも、咲はとりあえず従った。物心ついてから、この関係は変わりない。
 それまでずっと兄だった自分が、突然できた姉の存在に居心地の良さを感じている。

「もう、そのしゃべり方やめなさいよ。そんなに乱暴だから、可愛いのに恋人の一人もできないのよ?」
「できないんじゃなくて、作ってないだけですぅ! 勘違いしないで!」

 鏡の前でドライヤー片手に咲の髪を整えていく凛。

「ならいいけど。生意気なこと言って、ストーカーとかに狙われないようにね」
「そんなことする奴がいたら、股間こかん蹴りつけてやるから心配いらないよ。それより早く!」

 「もぅ」とねる凜は、いつも甘い匂いがした。

「よし、できた。どう? 大分良くなったと思わない?」
「ふわっふわだ。やっぱりアネキは凄いな」

 まだドライヤーの熱が残る髪を何度も触って、咲は「わぁ」と声を上げた。凜の手でとかれた髪は、魔法にかかったかのようにやわらかい。

 凜は鏡をのぞき込んで、咲の肩に手を乗せた。
 二つ並んだ顔は、姉妹なんだなぁと納得させるには十分な程良く似ている。

「好きな男の子に会いに行く時は言いなさい? もっと可愛くしてあげるから」
「う、うん。いないけど……」

 今のところそう言われても、頭に浮かんでくるような男子は一人もいなかった。

   ☆
 「ありがとう」と家を出て薄暗くなった夜道を走ると、頭がどんどん冷静になっていく。
 田中商店はすぐそこだ。絢に聞かなければならないことを頭の中で整理しようとするが、あっという間に店に着いた。

 予想していた通り、店はもう閉まっている。
 入り口をふさぐシャッターを、電柱から落ちるオレンジ色の灯りが物寂ものさびしく照らしていた。
 駅前だというのに人通りはなく、虫の声だけが響いている。
 奥の窓に灯りを確認して、咲は玄関へ回った。

 ピンポンとベルを鳴らすと、すぐに奥で物音がした。不在でなかったことに安堵あんどして、咲は相手を待つ。
 ドア越しに黒い影が現れて、横引きの扉がガラガラと開いた。

「どうしたの? お兄ちゃん」
「どうしたのって、オイ……」

 いつもの事だけれど、絢の格好は今日もおかしかった。
 目の前の状況に、言いたかったことが頭から飛んで行きそうになるのをこらえて、咲は力強く絢をにらみつける。

「似合うでしょ?」
「似合わないよ」

 さっきまで店に居た筈だが、まさかこの格好だったのだろうか。

「ハロウィンには早すぎると思うんだよね」

 今日の彼女は、ミニスカートに二―ソックスを合わせた、ピラピラのメイド服姿だった。

「お帰りなさい、ご主人様」

 絢は満面の笑みで咲を迎えた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

TS転移勇者、隣国で冒険者として生きていく~召喚されて早々、ニセ勇者と罵られ王国に処分されそうになった俺。実は最強のチートスキル持ちだった~

夏芽空
ファンタジー
しがないサラリーマンをしていたユウリは、勇者として異世界に召喚された。 そんなユウリに対し、召喚元の国王はこう言ったのだ――『ニセ勇者』と。 召喚された勇者は通常、大いなる力を持つとされている。 だが、ユウリが所持していたスキルは初級魔法である【ファイアボール】、そして、【勇者覚醒】という効果の分からないスキルのみだった。 多大な準備を費やして召喚した勇者が役立たずだったことに大きく憤慨した国王は、ユウリを殺処分しようとする。 それを知ったユウリは逃亡。 しかし、追手に見つかり殺されそうになってしまう。 そのとき、【勇者覚醒】の効果が発動した。 【勇者覚醒】の効果は、全てのステータスを極限レベルまで引き上げるという、とんでもないチートスキルだった。 チートスキルによって追手を処理したユウリは、他国へ潜伏。 その地で、冒険者として生きていくことを決めたのだった。 ※TS要素があります(主人公)

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います

しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

処理中です...