いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?

栗栖蛍

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2章 甘い香り

23 彼のスイッチがオンになった瞬間

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 道の奥に二人を見つけて、さきが大きく手を振る。

「いらっしゃい」

 手を振り返すともの横で、地面に座っていたみなとがゆっくりと立ち上がった。戦闘訓練ということだったが、その最中ではなかったようだ。
 いつも通りの笑顔を見せる智に対して、やはりいつも通り無口な湊。けれどお互いへの態度がどことなく余所余所よそよそしい感じがして、咲が「おい」と二人をにらんだ。

「可愛い女子が二人で会いに来たのに、何殺気立さっきだってるんだよ!」

 そう言っている咲も、じゅうぶんに機嫌が悪い。智の告白話を聞いたのが原因だが、これくらいで済んで良かったとみさぎは安堵あんどした。

「あぁ、ごめん。ちょっと男同士の話をしてたから。ところで咲ちゃんはその靴で来たの? 歩き辛かったんじゃない?」

 軽くはぐらかして、智は咲の足元にぎょっとした顔をする。舗装ほそうがされていない土の坂道は昨晩の雨でゆるくなっていて、細いヒールの半分を土色に汚してしまっていた。

「このくらいでつまずく様なら、最初から履いてこないよ」

 自信あり気な咲に「根性だね」と感心する智。

「みさぎちゃんも、可愛いね。制服とは違う感じ。湊もそう思うだろ?」
「えっ、あ、あぁ」

 いきなり振られて面食めんくらった顔をした湊が、みさぎを見て「いいと思う」とぎこちなくうなずいた。
 二人に褒められて「ほんと?」と照れるみさぎの背中をバシリと叩いて、咲が満足そうに笑う。

「だろ? 聞いて驚くなよ、これはあやさんの服なんだ」

 「へぇ、意外」と眉を上げる智に、みさぎは絢の所から持ってきた袋を智に差し出した。

「これ差し入れ。絢さんと咲ちゃんが作ってくれたの。私は遅れちゃって何もできなかったんだけど……」
「みさぎの愛情がこもってなくて残念だったな」
「それは残念。けど、来てくれただけで嬉しいよ。咲ちゃんもありがとう」

 袋の底がまだほんのりと温かく、智は鼻を近付けて「さんきゅう」と礼を言った。

「今日は誘ってくれてありがとう」

 みさぎはぺこりと頭を下げて、横で黙っている湊を振り向いた。偶然なのか目が合って、反射的に視線を返すと、

「危ないから、怪我しないようにね」

 湊はそう注意して、みさぎの膝を指差した。昨日ハードルでりむいた場所には、今日も絆創膏ばんそうこうが貼ってある。
 みさぎは「気を付けます」と肩をすくめた。

「ちょっとだけ見せて貰ったら帰るから」
「うん」
「それにしても、こんな場所あるんだな。山で修行って言うから、もっと木がごちゃごちゃしてる所かと思ったよ」

 辺りをぐるぐると見回す咲に、みさぎもうんうんと頷く。
 坂の下からずっと続いていた森が、低い丘のてっぺんに来た途端途切とぎれたのだ。視界がパッと開けて日影が無くなってしまったせいで、来た道よりも大分暑い。

 道はそこで終わっていて、校庭程の広さがある土の地面が広がった。
 手入れはされていないようで雑草も多いが、簡単なスポーツ程度なら十分にやれそうだ。その奥が下り坂かがけなのかここからは見えない。

「ここ、智が見つけたのか?」
「俺じゃないよ。湊が使ってた場所。この一帯が、うちの学校の所有地らしいよ」

 そう言って智が指差した先には、白い大きな看板が立っていた。広い空間の一番端だ。『私有地』の文字の下に、白樺台しらかばだい高校の文字が入っている。

「何でも、クラブか何かの施設を作ろうとしたんだけど、人が少ないから流れたって話。まぁ、こんな辺ぴな場所だし、山ごと買ったってそこまで高くはないんだろうけど」

 絢が言っていた通り、ここは本当に誰も居ない場所だった。
 咲は「へぇ」と見渡して、「だったら何しても平気だな」と笑う。

 休憩中ということで、とりあえず持ってきたパンを食べる。もう時計も昼近くになっていた。
 辺りに漂うシナモンロールの香りに耐えながら、あんぱんをかじるみさぎ。ふと気になって辺りを見回すと、湊が「どうしたの?」と首を傾げた。

「えっと。二人は修行してるんだよね? タイヤとか武器はないのかなと思って」

 割と本気で尋ねたみさぎに、「えっ」と咲がパンを落としそうになる。

「タイヤって……引っ張るとか思ってたのか?」
「引っ張ったり、背負ったり……って想像しただけだよ」

 急に恥ずかしくなって、みさきは横にバタバタと手を振った。智に言った時は肯定も否定もされなかった気がするが、そんな古い少年漫画のような修行ではないらしい。

「体力づくりはしてるけど、流石にタイヤは使わないよ」

 湊もそれには苦笑いする。

「じゃあ剣は? 二人とも、剣士なんだよね?」

 湊が剣士で、智が魔剣士。
 剣で戦っている二人を想像して来たが、それらしきものはどこにもなかった。

「武器はあるけど、使ってないだけ。向こうの世界のものだから、あんまり使いたくないんだよ。だから、今はこれで」

 智がやんわりと否定して、地べたに置いてあったそれっぽい長さの棒をつかんで見せた。
 いかにもその辺に落ちていたのを拾ってきた感じで、微妙に曲がっているのに加え、節も付いたままだ。

「何で? そんなのでやってるのか? 子供のチャンバラみたいだな」

 咲が驚いて、あんぐりと口を開く。

「ハロンと戦うための武器は一つずつしかないんだ。刃も向こうの鉱物で作られたものだし、もし何かあった時、訳も聞かずに打ち直してくれるような鍛冶師かじしはこっちの世界にはいないからね」

 湊の説明に咲はうなった。

「確かに……けど、そんなんで大丈夫なのか? お前たちはこの世界を守るんだろ?」
「ここまで来たんだから、やるしかないよ」

 智がパンを食べ終えた親指をぺろりとめて、剣に見立てた棒を手に立ち上がった。

「じゃあ、そろそろやってみる?」
「そうだな。二人は下がってて」

 女子二人に注意して、湊もまた棒を掴んだ。彼の棒の方が若干細いが、少し長い気がする。

「模擬戦か!」

 初めて見る戦いにドキドキするみさぎの横で、咲がいっそうテンションを上げて残りのパンを口に詰め込んだ。
 智が湊を中央へとうながして、女子二人をチラとのぞく。

「みさぎちゃんが見てると負けられないね」

 清々しいくらいの笑顔で挑発した智に、ただでさえ不愛想な湊の表情が消えた。

「え……?」

 そのスイッチが入った瞬間を目の当たりにして、みさぎは「咲ちゃん?」と彼女の腕をつつく。

「今、湊くん怒ったよね?」
「智、墓穴掘ったな」

 咲も気付いていたようで、くつくつと笑い出す。

「まぁ、剣で湊が本気出したら、敵う奴なんていないだろうけど」

 そんなこと何でわかるんだろうと思いながら、みさぎは中央で足を止めた男子二人を見守った。


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