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2章 甘い香り
16 保健の先生は、癒し系の眼鏡女子
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その言葉があまりにも突然すぎて、みさぎは「えっ」と開いた口のまま暫く動くことができなかった。
何か言おうと出かけた言葉が、音になる前にどこかへ消えてしまう。
「びっくりした?」
爽やかな笑顔で聞いてくる智に、みさぎは無言で何度も頷いて見せる。
びっくりした――そう、それが今の一番の気持ちだ。
「会ったばかりで告白なんて、何言ってるんだろうって思うだろうけど。俺、昨日からみさぎちゃんのこと気になっちゃって。こういうのって、好きっていうんじゃないかな」
「えっと……どうなの……かな」
はにかんだ智に、みさぎは何と答えていいか分からなかった。昨日蓮に言われた言葉が身に染みる。
――「家まで送ってくれようとするなんて、向こうは好きってことなんじゃないの?」
そんなこと、あるわけないだろうと思っていたのに。
まっすぐな智の視線を逃れて必死に答えを探すが、思いをはっきりと纏めることができない。
そんなみさぎの様子に、智は「ごめんね」と謝った。
「一目惚れってのもちょっと違うんだけど。みさぎちゃんのこと好きだから。一応、俺の気持ちだって知ってて欲しい」
「……うん」
うまい返事ができず、申し訳ない気持ちのまま、みさぎは頷く。
「それともみさぎちゃん、湊のことが好きだった?」
その名前にゴクリと息をのんで、みさぎはふるふると横に首を振った。
湊への気持ちさえ、自分でも良く分からない。
「ごめんなさい。そういうの、ちゃんと考えたことなかったから……」
思いのままに伝えると、智は「気にしないで」と優しく微笑む。
「だったら今は、昨日と今日みたいに、友達として側に居させて欲しい。気持ちが変わったら教えて」
「うん、ありがとう。智くん……」
ふいに衝動が起きて、目の前が潤んだ。どうしてかは分からないけれど、泣いちゃ駄目だと涙を堪える。
「みさぎちゃん?」
智が慌ててテーブル越しに手を伸ばした。みさぎの髪に彼の指先が触れるその手前で、ガタリと廊下側に音が響く。
「ひえっ」
びっくりした女の声に二人が顔を見合わせる。そろりと同時に振り向くと、十センチほど開いた扉の隙間に、白衣姿の彼女が立っていた。
「あっ、先生!」
「ご、ごめんなさい。入るタイミングが掴めなくて……」
熊柄のマグカップを片手に、もう片方の手で「ごめんね」のポーズを作るのは、養護教諭の佐野一華だった。
アンダーリムの赤い眼鏡に、フワフワのロングヘア。
まだ若い彼女は男子からの人気も高く、クラスの盛り上げ役の鈴木も、しょっちゅう体調を崩しては保健室に通っていた。
「先生、いつからそこにいたんですか?」
智が立ち上がって緊張を走らせる。
彼の気持ちもそうだが、その前には彼の過去の話もしている事を思い出して、みさぎはきつめに息を飲み込んだ。
けれど一華は「あぁ……」と戸惑いながら顔を真っ赤にして、
「お、お、俺と付き合って……から」
片手がカップで塞がっていた彼女は、「きゃあ」と騒いで目をぎゅっと閉じた。
「ゴメンね、聞くつもりはなかったの。コーヒーいれて戻ってきたら、声が聞こえちゃって」
しどろもどろになる一華とは対照的に、智は浅く安堵を零す。
「いや構わないですよ。それより、彼女転んじゃったんで、手当てしてやって下さい」
「は、はいっ」
一華は意気込んで机にカップを置くと、みさぎの膝を確認した。
「これくらいなら心配ないわ。とりあえず消毒しておこうか」
もう傷口の血は止まっていて、一華は「大丈夫よ」と穏やかに微笑んだ。
「じゃあ、俺戻るんで。あとはお願いします」
「えっ、智くん?」
戻ると言った智が急に素っ気なく感じて、みさぎは「じゃあ」と言った彼を呼び止めた。
「先生来るまでって約束だったから。また後でね」
「う、うん。ありがとうね」
「おぅ」と笑顔を残して、智は早々に校庭へと戻って行った。
何か言おうと出かけた言葉が、音になる前にどこかへ消えてしまう。
「びっくりした?」
爽やかな笑顔で聞いてくる智に、みさぎは無言で何度も頷いて見せる。
びっくりした――そう、それが今の一番の気持ちだ。
「会ったばかりで告白なんて、何言ってるんだろうって思うだろうけど。俺、昨日からみさぎちゃんのこと気になっちゃって。こういうのって、好きっていうんじゃないかな」
「えっと……どうなの……かな」
はにかんだ智に、みさぎは何と答えていいか分からなかった。昨日蓮に言われた言葉が身に染みる。
――「家まで送ってくれようとするなんて、向こうは好きってことなんじゃないの?」
そんなこと、あるわけないだろうと思っていたのに。
まっすぐな智の視線を逃れて必死に答えを探すが、思いをはっきりと纏めることができない。
そんなみさぎの様子に、智は「ごめんね」と謝った。
「一目惚れってのもちょっと違うんだけど。みさぎちゃんのこと好きだから。一応、俺の気持ちだって知ってて欲しい」
「……うん」
うまい返事ができず、申し訳ない気持ちのまま、みさぎは頷く。
「それともみさぎちゃん、湊のことが好きだった?」
その名前にゴクリと息をのんで、みさぎはふるふると横に首を振った。
湊への気持ちさえ、自分でも良く分からない。
「ごめんなさい。そういうの、ちゃんと考えたことなかったから……」
思いのままに伝えると、智は「気にしないで」と優しく微笑む。
「だったら今は、昨日と今日みたいに、友達として側に居させて欲しい。気持ちが変わったら教えて」
「うん、ありがとう。智くん……」
ふいに衝動が起きて、目の前が潤んだ。どうしてかは分からないけれど、泣いちゃ駄目だと涙を堪える。
「みさぎちゃん?」
智が慌ててテーブル越しに手を伸ばした。みさぎの髪に彼の指先が触れるその手前で、ガタリと廊下側に音が響く。
「ひえっ」
びっくりした女の声に二人が顔を見合わせる。そろりと同時に振り向くと、十センチほど開いた扉の隙間に、白衣姿の彼女が立っていた。
「あっ、先生!」
「ご、ごめんなさい。入るタイミングが掴めなくて……」
熊柄のマグカップを片手に、もう片方の手で「ごめんね」のポーズを作るのは、養護教諭の佐野一華だった。
アンダーリムの赤い眼鏡に、フワフワのロングヘア。
まだ若い彼女は男子からの人気も高く、クラスの盛り上げ役の鈴木も、しょっちゅう体調を崩しては保健室に通っていた。
「先生、いつからそこにいたんですか?」
智が立ち上がって緊張を走らせる。
彼の気持ちもそうだが、その前には彼の過去の話もしている事を思い出して、みさぎはきつめに息を飲み込んだ。
けれど一華は「あぁ……」と戸惑いながら顔を真っ赤にして、
「お、お、俺と付き合って……から」
片手がカップで塞がっていた彼女は、「きゃあ」と騒いで目をぎゅっと閉じた。
「ゴメンね、聞くつもりはなかったの。コーヒーいれて戻ってきたら、声が聞こえちゃって」
しどろもどろになる一華とは対照的に、智は浅く安堵を零す。
「いや構わないですよ。それより、彼女転んじゃったんで、手当てしてやって下さい」
「は、はいっ」
一華は意気込んで机にカップを置くと、みさぎの膝を確認した。
「これくらいなら心配ないわ。とりあえず消毒しておこうか」
もう傷口の血は止まっていて、一華は「大丈夫よ」と穏やかに微笑んだ。
「じゃあ、俺戻るんで。あとはお願いします」
「えっ、智くん?」
戻ると言った智が急に素っ気なく感じて、みさぎは「じゃあ」と言った彼を呼び止めた。
「先生来るまでって約束だったから。また後でね」
「う、うん。ありがとうね」
「おぅ」と笑顔を残して、智は早々に校庭へと戻って行った。
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