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2章 甘い香り
14 そのブルマを彼女に履かせたのは誰?
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校庭の入口でクラスメイトたちがざわついた。
昨日教室で智と湊が抱き合った時とは種類の違う、困惑を含んだどよめきが広がる。
体育教師の絢が、なぜか白のTシャツに紺色のスタンダードなブルマという服装で生徒を待ち構えたのだ。
生徒は男女ともTシャツにハーフパンツで、絢一人が常軌を逸している。
ただでさえ胸の大きさで色気を無自覚にアピールしているというのに、はいているのがブルマとくれば直視するのが申し訳ない気分になってしまう。
絢の年齢を聞いてはいないが、少し前に「私みたいのをアラサーって言うのよね」としんみり零していたので、そのくらいなのだろう。
褒めればいいのかツッこめばいいのか微妙な空気が漂う中、鈴木がテンション高めに質問する。
「何で先生だけブルマはいてるんですか?」
始業ベルが鳴って、生徒たちは恐る恐る彼女の前に整列した。
「おかしいかしら?」
下着のラインギリギリまで露わになる細い脚を見下ろしながら、絢は鈴木に聞き返す。
さっきの中條もそうだが、彼女はクラス中の反応にも何食わぬ顔で、その異常さを理解していないようだ。
鈴木はいつになく顔を真っ赤にしながら、
「先生がブルマをはくなんて、エロくないですか? 俺ちょっと興奮してますよ」
「えっ、そうなの?」
「いやぁ」と女子の冷たい視線が鈴木に集中する。
絢はびっくりした顔で両手を胸の前でクロスさせるが、問題はそこじゃない。
「体育の授業に先生がブルマだなんて、誰かに入れ知恵でもされたんですかぁ?」
咲が悪ノリして尋ねると、女子の視線も全く気にしていない鈴木が便乗した。
「先生の彼氏の趣味ですか?」
けれど、そのセリフで絢がいきなり真顔になった。
「ふざけないで。そんなことあるわけないでしょう?」
強めの声で否定されて、鈴木が「すみません」と怯む。
そんな皆のやり取りを見ながら、みさぎはこのまま雑談が続いて授業が短くなればいいなと思っていた。
中條が「先生が張り切ってる」と言っていたが、ハードルは既にトラックの外側に整列済みだ。
あまり背の高くないみさぎには、ハードルが壁のようで毎回嫌な思いをしている。
時間が無くなって少しでも飛ぶ回数が減ればいいなと祈っていたが、ブルマ騒ぎも絢の「おしまいよ」という声で呆気なく終了してしまった。
「けど、あれはあれでいいんじゃないか?」
智がふざけて湊にそんなことを言うと、咲が横から「ほぉ」と意味深な笑顔を突っ込んだ。
「お前、本当の事を知ったら絶望するぞ」
「はぁ?」
「まぁせいぜい今のうち、アラサーの魅力とやらに浮付いてろよ」
「今日の咲ちゃん、何か怖いよ?」
「そんなことないわよ」
にっこりと、今度は満面の笑みを浮かべる咲。
体操が終わって、あっという間にハードルはみさぎの番になった。
お手本で飛んだ絢も、一人目に飛んだ智も、ハードルの高さなど何の障害とも感じていないようだった。前の数人も難なく終わらせ、みさぎがスタートラインにつく。
「頑張って、みさぎ」
「う、うん」
咲の応援に気合を入れると、ゴールに立つ絢からスタートの合図が来た。
不安を消せないまま走り出す。ハードルの数は全部で十台だ。
一つ、二つと飛んで行くと、自分が思っていたよりも上手に飛ぶことができた。ハードルを飛ぶのが久しぶりすぎて、緊張しすぎてしまったらしい。
良かった――と気を緩めた九つ目。
苦手なものの克服は、そんな甘いものでなかったことを思い知らされる。
後ろの爪先が硬いバーに触れる。
転ぶ、と予測するよりも先に、みさぎは砂の地面にズザと落ちた。
「みさぎ!」
「あぁ」と残念そうなクラスメイトの声に重ねて、咲の声が響く。
みさぎが立ち上がろうと地面に手をつくと、引き寄せた左の膝がじんと痛んだ。
「あぁ、血が出てるわね」
ゴールに居た絢が駆け寄って来て、「大丈夫?」と手を差し伸べる。
「はい、ありがとうございます」とその手を掴んで立ち上がると、砂まみれの膝に血が薄く滲んでいた。
バタバタと体操着に付いた砂を払いながら、
「保健室に行ってきてもいいですか?」
みさぎはチャンスだと思った。一限目はまだ三十分も残っている。この後飛ばなくていいと思うと、これくらいの擦り傷は逆に有難いと思ってしまった。
「そうね、ちゃんと消毒してきてね」
絢の言葉にやったぁと心の中で喜んだのも束の間、
「じゃあ俺、付き添ってきます」
絢の後ろから声がして、みさぎは「えっ」と顔を上げた。
先に走り終えた智だった。
途端に背中の向こうで咲の喚く声が聞こえたが、絢は「じゃあ、よろしくね」と返事してしまう。
こういう時は保健委員が付き添うものじゃないかとも思ったけれど、生憎その保健委員が自分だったことを思い出して、みさぎは笑顔の智に緊張を走らせた。
昨日教室で智と湊が抱き合った時とは種類の違う、困惑を含んだどよめきが広がる。
体育教師の絢が、なぜか白のTシャツに紺色のスタンダードなブルマという服装で生徒を待ち構えたのだ。
生徒は男女ともTシャツにハーフパンツで、絢一人が常軌を逸している。
ただでさえ胸の大きさで色気を無自覚にアピールしているというのに、はいているのがブルマとくれば直視するのが申し訳ない気分になってしまう。
絢の年齢を聞いてはいないが、少し前に「私みたいのをアラサーって言うのよね」としんみり零していたので、そのくらいなのだろう。
褒めればいいのかツッこめばいいのか微妙な空気が漂う中、鈴木がテンション高めに質問する。
「何で先生だけブルマはいてるんですか?」
始業ベルが鳴って、生徒たちは恐る恐る彼女の前に整列した。
「おかしいかしら?」
下着のラインギリギリまで露わになる細い脚を見下ろしながら、絢は鈴木に聞き返す。
さっきの中條もそうだが、彼女はクラス中の反応にも何食わぬ顔で、その異常さを理解していないようだ。
鈴木はいつになく顔を真っ赤にしながら、
「先生がブルマをはくなんて、エロくないですか? 俺ちょっと興奮してますよ」
「えっ、そうなの?」
「いやぁ」と女子の冷たい視線が鈴木に集中する。
絢はびっくりした顔で両手を胸の前でクロスさせるが、問題はそこじゃない。
「体育の授業に先生がブルマだなんて、誰かに入れ知恵でもされたんですかぁ?」
咲が悪ノリして尋ねると、女子の視線も全く気にしていない鈴木が便乗した。
「先生の彼氏の趣味ですか?」
けれど、そのセリフで絢がいきなり真顔になった。
「ふざけないで。そんなことあるわけないでしょう?」
強めの声で否定されて、鈴木が「すみません」と怯む。
そんな皆のやり取りを見ながら、みさぎはこのまま雑談が続いて授業が短くなればいいなと思っていた。
中條が「先生が張り切ってる」と言っていたが、ハードルは既にトラックの外側に整列済みだ。
あまり背の高くないみさぎには、ハードルが壁のようで毎回嫌な思いをしている。
時間が無くなって少しでも飛ぶ回数が減ればいいなと祈っていたが、ブルマ騒ぎも絢の「おしまいよ」という声で呆気なく終了してしまった。
「けど、あれはあれでいいんじゃないか?」
智がふざけて湊にそんなことを言うと、咲が横から「ほぉ」と意味深な笑顔を突っ込んだ。
「お前、本当の事を知ったら絶望するぞ」
「はぁ?」
「まぁせいぜい今のうち、アラサーの魅力とやらに浮付いてろよ」
「今日の咲ちゃん、何か怖いよ?」
「そんなことないわよ」
にっこりと、今度は満面の笑みを浮かべる咲。
体操が終わって、あっという間にハードルはみさぎの番になった。
お手本で飛んだ絢も、一人目に飛んだ智も、ハードルの高さなど何の障害とも感じていないようだった。前の数人も難なく終わらせ、みさぎがスタートラインにつく。
「頑張って、みさぎ」
「う、うん」
咲の応援に気合を入れると、ゴールに立つ絢からスタートの合図が来た。
不安を消せないまま走り出す。ハードルの数は全部で十台だ。
一つ、二つと飛んで行くと、自分が思っていたよりも上手に飛ぶことができた。ハードルを飛ぶのが久しぶりすぎて、緊張しすぎてしまったらしい。
良かった――と気を緩めた九つ目。
苦手なものの克服は、そんな甘いものでなかったことを思い知らされる。
後ろの爪先が硬いバーに触れる。
転ぶ、と予測するよりも先に、みさぎは砂の地面にズザと落ちた。
「みさぎ!」
「あぁ」と残念そうなクラスメイトの声に重ねて、咲の声が響く。
みさぎが立ち上がろうと地面に手をつくと、引き寄せた左の膝がじんと痛んだ。
「あぁ、血が出てるわね」
ゴールに居た絢が駆け寄って来て、「大丈夫?」と手を差し伸べる。
「はい、ありがとうございます」とその手を掴んで立ち上がると、砂まみれの膝に血が薄く滲んでいた。
バタバタと体操着に付いた砂を払いながら、
「保健室に行ってきてもいいですか?」
みさぎはチャンスだと思った。一限目はまだ三十分も残っている。この後飛ばなくていいと思うと、これくらいの擦り傷は逆に有難いと思ってしまった。
「そうね、ちゃんと消毒してきてね」
絢の言葉にやったぁと心の中で喜んだのも束の間、
「じゃあ俺、付き添ってきます」
絢の後ろから声がして、みさぎは「えっ」と顔を上げた。
先に走り終えた智だった。
途端に背中の向こうで咲の喚く声が聞こえたが、絢は「じゃあ、よろしくね」と返事してしまう。
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