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2章 甘い香り
13 ブルマのお姉さんはちょっと苦手です
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風紀委員・伊東先輩のスカートチェックを、いつものように瞬間的に切り抜けた咲は、二宮金次郎像の横で再びクルクルとウエストを詰めていく。
「けど、一時間目は体育だから、すぐに着替えなきゃだよ?」
「少しの時間も大事なんだよ。私のスカートが長いだなんて、世の男子が悲しむよ」
「いいのいいの」と咲はスカートの長さとプリーツの折り目を入念にチェックして、「ようし」と満足げに笑った。
「それより、体育やだなぁ」
「みさぎちゃん体育苦手?」
「うん。っていうか、ハードルがね」
二学期始まって早々の体育がハードルだと聞いて、みさぎは朝から憂鬱な気分だった。
駅に着くまでは平気だったのに、校舎が見えた途端に気が重くなってしまった。さっき電車を降りて気分が悪いと嘘をついたまま、家へ引き返せば良かったとさえ思ってしまう。
それでも雨が降ればいいなんて安直な考えにはならず、刻々と迫る始業時間へ大きく溜息を漏らした。
「へぇ。まぁ授業なんだし、気楽に飛べばいいと思うよ」
「私が応援してるからな」
「ありがとう」と礼を言って、みさぎが金次郎さんの台座に重い気持ちを預けるように手をつくと、智が「そういえばさ」とその顔を見上げた。
「二宮金次郎って、高校になくない?」
「そう……かな?」
「ほら、こういうのって小学校にあるイメージだから」
みさぎは首を傾げる湊と顔を見合わせた。当たり前のようにそこに鎮座する、薪を背負いながら無表情に本を読む少年を、不思議に思ったことはなかった。
けれど、他から来た智の目には奇妙に映ったらしい。
「確かに中学にはなかったな」
「うちの中学にはあったぞ? まぁ小学校も一緒だったけど」
咲が卒業したこの町唯一の中学校は、人数が少ないせいもあって小学校と統合されている。それなら金次郎さんがいても不思議はない。
「高校にはあんまりないのかもしれないけど、ここは私立だし理事長兼の校長先生が置きたかったとかなんじゃないの?」
今日は校門に校長の姿はなかった。
湊の言葉に咲が面白がって、
「あぁ、あの爺さん骨董好きそうだもんな。校長室に変な壺とか飾ってありそう」
そんなことを言いだす。
「いや、そういう意味で言ったんじゃ……」
「まぁ、気にすることでもないか。けど、この学校ってちょっと変なとこあるよね」
智の視線を追って、みさぎは「あぁ」と声を漏らした。これは入学当初からみさぎも思っていたことだ。
校庭の端に、何故か滑り台とブランコがあるのだ。
「近所の子供が遊んでるから、いいんじゃないかな。私も昔よく来て遊んでたよ」
ここは高校だというのに、小さな子供たちが駆け回っているのは日常茶飯事だった。
確かに少々変わってるなと思いながら校舎に入ったところで、担任の中條に出くわす。彼は十周年を迎えるこの学校で、創立当初から居る教師の一人だ。
相変わらずのおかっぱ髪を艶めかしくかき上げて、「おはよう」とみさぎたちを迎える。
「おはようございます」と挨拶を返した所で、咲が可愛さを押し出した声で直球を投げた。
「ねぇ先生、うちの学校にはどうして二宮金次郎さんとか滑り台があるんですかぁ?」
「金次郎がいて何かおかしいことがあるんですか? 滑り台だって学校にあるのは不思議ではないでしょう? 海堂さんだってたまに滑ってるじゃないですか。こう言っては何ですが、見えてますからね?」
不快感を声に表す中條に、「はぁ?」と反撃する咲。
「ちょっと先生! 私のパンツ見た人からは、千円貰う決まりがあるんですからね!」
「見たんじゃなくて、視界に入っただけです。見られたくないなら、そんな短いスカートで滑らないこと」
頑として引かず、眉間の皺を深くする中條に、咲はぷうっと頬を膨らませた。
「滑り台あったら、滑りたくなっちゃうんだもん」
確かに咲は昼休みに滑ったり、上で弁当を食べたりしている。ブランコもあればあるで乗ったりもするから、需要がないわけではない。
中條にとっては、咲の質問の方が違和感に感じているように見える。
「それより早く教室に行って着替えておいて下さいね。田中先生が張り切っていましたよ」
面倒そうに目を細め、中條は「それでは」と行ってしまった。
「何だよアイツ……」
納得する答えが貰えず、咲が去っていく中條の背中にアカンベーを飛ばした。
「田中って、校長先生の事じゃないよね?」
「あっそうか、智くんに言ってなかったよね。田中先生は、昨日帰りに寄ったお店の絢さんのことだよ。絢さんは、校長先生の娘さんなの」
みさぎの説明に、「へぇぇ」と眉を上げる智。
「けどあんま似てないね」
「確かに。見たことないけど、よっぽど美人の母親なんだろうな」
咲は嫉妬するように言って、「ふん」とそっぽを向いた。
☆
そして朝のホームルームが終わる。昇降口を出たところで、校庭の真ん中で待ち構える絢の姿に生徒たちは言葉を失った。
その姿を明らかにおかしいと思ってしまう。
一学期はそうじゃなかっただろと皆が記憶を巡らせたところで、
「先生、素敵なおみ足で!」
盛り上げ役男子の鈴木が、一人大声で彼女を絶賛した。
けれど賛同者は少ない。
咲にいたっては対抗心を燃やして、仁王立ちに構える始末だ。
「先生、いい歳してブルマなんかはくなよ」
咲の放った罵声に、クラスメイトが静かに頷いた。
「けど、一時間目は体育だから、すぐに着替えなきゃだよ?」
「少しの時間も大事なんだよ。私のスカートが長いだなんて、世の男子が悲しむよ」
「いいのいいの」と咲はスカートの長さとプリーツの折り目を入念にチェックして、「ようし」と満足げに笑った。
「それより、体育やだなぁ」
「みさぎちゃん体育苦手?」
「うん。っていうか、ハードルがね」
二学期始まって早々の体育がハードルだと聞いて、みさぎは朝から憂鬱な気分だった。
駅に着くまでは平気だったのに、校舎が見えた途端に気が重くなってしまった。さっき電車を降りて気分が悪いと嘘をついたまま、家へ引き返せば良かったとさえ思ってしまう。
それでも雨が降ればいいなんて安直な考えにはならず、刻々と迫る始業時間へ大きく溜息を漏らした。
「へぇ。まぁ授業なんだし、気楽に飛べばいいと思うよ」
「私が応援してるからな」
「ありがとう」と礼を言って、みさぎが金次郎さんの台座に重い気持ちを預けるように手をつくと、智が「そういえばさ」とその顔を見上げた。
「二宮金次郎って、高校になくない?」
「そう……かな?」
「ほら、こういうのって小学校にあるイメージだから」
みさぎは首を傾げる湊と顔を見合わせた。当たり前のようにそこに鎮座する、薪を背負いながら無表情に本を読む少年を、不思議に思ったことはなかった。
けれど、他から来た智の目には奇妙に映ったらしい。
「確かに中学にはなかったな」
「うちの中学にはあったぞ? まぁ小学校も一緒だったけど」
咲が卒業したこの町唯一の中学校は、人数が少ないせいもあって小学校と統合されている。それなら金次郎さんがいても不思議はない。
「高校にはあんまりないのかもしれないけど、ここは私立だし理事長兼の校長先生が置きたかったとかなんじゃないの?」
今日は校門に校長の姿はなかった。
湊の言葉に咲が面白がって、
「あぁ、あの爺さん骨董好きそうだもんな。校長室に変な壺とか飾ってありそう」
そんなことを言いだす。
「いや、そういう意味で言ったんじゃ……」
「まぁ、気にすることでもないか。けど、この学校ってちょっと変なとこあるよね」
智の視線を追って、みさぎは「あぁ」と声を漏らした。これは入学当初からみさぎも思っていたことだ。
校庭の端に、何故か滑り台とブランコがあるのだ。
「近所の子供が遊んでるから、いいんじゃないかな。私も昔よく来て遊んでたよ」
ここは高校だというのに、小さな子供たちが駆け回っているのは日常茶飯事だった。
確かに少々変わってるなと思いながら校舎に入ったところで、担任の中條に出くわす。彼は十周年を迎えるこの学校で、創立当初から居る教師の一人だ。
相変わらずのおかっぱ髪を艶めかしくかき上げて、「おはよう」とみさぎたちを迎える。
「おはようございます」と挨拶を返した所で、咲が可愛さを押し出した声で直球を投げた。
「ねぇ先生、うちの学校にはどうして二宮金次郎さんとか滑り台があるんですかぁ?」
「金次郎がいて何かおかしいことがあるんですか? 滑り台だって学校にあるのは不思議ではないでしょう? 海堂さんだってたまに滑ってるじゃないですか。こう言っては何ですが、見えてますからね?」
不快感を声に表す中條に、「はぁ?」と反撃する咲。
「ちょっと先生! 私のパンツ見た人からは、千円貰う決まりがあるんですからね!」
「見たんじゃなくて、視界に入っただけです。見られたくないなら、そんな短いスカートで滑らないこと」
頑として引かず、眉間の皺を深くする中條に、咲はぷうっと頬を膨らませた。
「滑り台あったら、滑りたくなっちゃうんだもん」
確かに咲は昼休みに滑ったり、上で弁当を食べたりしている。ブランコもあればあるで乗ったりもするから、需要がないわけではない。
中條にとっては、咲の質問の方が違和感に感じているように見える。
「それより早く教室に行って着替えておいて下さいね。田中先生が張り切っていましたよ」
面倒そうに目を細め、中條は「それでは」と行ってしまった。
「何だよアイツ……」
納得する答えが貰えず、咲が去っていく中條の背中にアカンベーを飛ばした。
「田中って、校長先生の事じゃないよね?」
「あっそうか、智くんに言ってなかったよね。田中先生は、昨日帰りに寄ったお店の絢さんのことだよ。絢さんは、校長先生の娘さんなの」
みさぎの説明に、「へぇぇ」と眉を上げる智。
「けどあんま似てないね」
「確かに。見たことないけど、よっぽど美人の母親なんだろうな」
咲は嫉妬するように言って、「ふん」とそっぽを向いた。
☆
そして朝のホームルームが終わる。昇降口を出たところで、校庭の真ん中で待ち構える絢の姿に生徒たちは言葉を失った。
その姿を明らかにおかしいと思ってしまう。
一学期はそうじゃなかっただろと皆が記憶を巡らせたところで、
「先生、素敵なおみ足で!」
盛り上げ役男子の鈴木が、一人大声で彼女を絶賛した。
けれど賛同者は少ない。
咲にいたっては対抗心を燃やして、仁王立ちに構える始末だ。
「先生、いい歳してブルマなんかはくなよ」
咲の放った罵声に、クラスメイトが静かに頷いた。
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