12 / 190
1章 異世界から来た二人
11 そしてお兄ちゃん
しおりを挟む
みさぎの声に振り向いたのは、兄の蓮だ。
大学生の彼はあと少し夏休みが残っている。片手に傘を二本ぶら下げて、どうやら迎えに来てくれたらしい。
「お帰り」と言った蓮は、みさぎの横に湊の姿を見つけて、訝し気に頭を下げた。
誰だろうと探る蓮の視線に、湊は改札横のついたて越しに向き合って、「こんにちは」と挨拶する。
「同じクラスの相江湊くん。電車が一緒だから送ってもらったの」
雨が降り出してすぐ、蓮から大丈夫かとメールが来ていた。もう帰るからと返事したきりだったが、心配して来てくれたらしい。
蓮は呆れ顔をみさぎに送ると、改めて湊に礼を言った。
「雨降ったから泣いてるんだろうと思ったけど、良かったな。わざわざ送ってもらってすみません」
「気にしないで下さい。じゃあ、俺はここで。荒助さん、また明日ね」
「うん、ありがとう湊くん」
踵を返した湊の背中に、蓮が「あの」と声を掛ける。
「うちの妹、こんなんですけど。よろしくお願いします」
「こんなって何よ」
みささぎが頬を膨らませると、蓮は「こんなんだろ」と笑う。
そんな二人の様子に、湊が不思議そうな顔をした。
「仲良いんですね」
「まぁ、兄妹だしね」
「そう……ですね。わかりました。じゃあまた、雨が降ったら送ってきます」
「よろしくな」
満足そうな蓮の笑顔とみさぎの「またね」を背に、湊はホームの奥へと戻って行った。
☆
「俺来たのマズかった?」
広井駅からみさぎの自宅までは徒歩で十分ほどだ。車の少ない路地を選んで、みさぎと蓮は傘を片手に並んで歩いた。
「どうして?」
「だってお前、彼氏に家まで送ってもらうつもりだったんだろ?」
「彼氏って。湊くんはそういうのじゃないよ」
動揺するみさぎに、蓮は「あぁそうか」と一人で納得して、ニヤリと口角を上げた。
「まだ告白してないってことか。いじらしいな」
「だから、そういうのじゃ……」
「馬鹿か、お前は」
必死に否定する妹を、蓮はバッサリと切り捨てる。
「お前、アイツの前で雨が怖いって言ったんだろ? それで家まで送ってくれようとするなんて、向こうは好きってことなんじゃないの?」
いつもながらに兄は単純だ、とみさぎは思う。その言葉がまかり通るなら、送ってくれると言った咲や智もそうなってしまう。
ムスリと膨れ面をするみさぎに、蓮は「怒るなよ」と笑った。
「まぁ別に、彼氏作るのくらいいいんじゃねぇの? 雨が苦手なのも全然治らないしな。誰かと一緒だと落ち着くみたいだし、今日は帰ったらゲームでもしようぜ」
「うん。お兄ちゃんには負けないからね」
蓮の言葉がみさぎの胸に妙に刺さった。
確かに誰かといると雨に対する抵抗感は薄れる気がする。
「何でなのかな……」
みさぎがいくら考えたところで、その答えは出なかった。
☆
シナモンは戦闘の前に渡される丸薬の味に似ていた。
あれを食べるとしばらくの間空腹を紛らわすことができるから、ターメイヤの兵なら好んで食べる味だが、リーナは嫌いだと良く言っていた。
「貴方まだ帰らないの?」
結局咲は店に戻って、かれこれ一時間が経過した。他の生徒も流石にいなくなり、中は貸し切り状態だ。
絢はエプロンを脱いで向かいに座ると、三個目のシナモンロールに手を付けた咲に「もぅ」と眉を寄せた。
「二個目からはちゃんとお金払ってもらうわよ」
「冗談じゃない。これは騙された僕への慰謝料みたいなものだよ」
「騙してなんかいないわよ。貴方が気付かなかっただけじゃない。鈍感なだけでしょ。ラルにあんなに喋らせて、二人が貴方だって気付くのも時間の問題なんじゃない?」
「聞きすぎたとは思ってるよ。けどね、昔の記憶なんて十七年も前の事だから、僕だって怪しいんだよ。今のうちに記憶の擦り合わせをしとかなきゃって思ってさ」
咲は汲んできた水をごくごくと一気に飲み干した。
「それで、記憶は合ってた?」
「まぁ大体ね。それより――」
テーブルに乗りそうなほどの絢の巨乳を一瞥して、咲は改めて彼女に訴える。
「アンタは昔、時間移動はできないって言ってたよね? なのにどうして僕たちより年上なんだ? 僕はそこにニュータウンができて親が家を買ったからこの町に住んでる。元は広井町に居たからね。それが五年前。アンタはいつからここに居るんだよ」
「そんなの企業秘密よ」
絢はすました顔で、ツンと尖らせた唇に人差し指を当てた。
「何だよ、企業って」
咲は諦めきれない顔をしたまま、窓の向こうの止まない雨を見つめた。
みさぎはもう家に着いただろうか。一緒に帰ったのが湊だという事が不服だけれど、それでも無事であればいいと思ってしまう。
「アンタはどうしてリーナが雨を苦手か知ってるか?」
「さぁ」
「あいつが最後にハロンと戦った時、こんな雨が降ってたんだよ。記憶なんてない筈なのに、アイツ……」
胸が苦しくなって、それを紛らわせるように咲はシナモンロールをかじる。
絢は「やめなさい」と注意した。
「そんなに食べたら太るわよ。貴方の言う世の中の男ども全てから見向きもしてもらえなくなるでしょ」
「今はいいの」
「全く、相変わらずリーナの事ばっかりなのね、お兄ちゃん」
「黙れよ、ルーシャ」
咲は絢をそう呼んで、ぷいと顔を逸らした。
大学生の彼はあと少し夏休みが残っている。片手に傘を二本ぶら下げて、どうやら迎えに来てくれたらしい。
「お帰り」と言った蓮は、みさぎの横に湊の姿を見つけて、訝し気に頭を下げた。
誰だろうと探る蓮の視線に、湊は改札横のついたて越しに向き合って、「こんにちは」と挨拶する。
「同じクラスの相江湊くん。電車が一緒だから送ってもらったの」
雨が降り出してすぐ、蓮から大丈夫かとメールが来ていた。もう帰るからと返事したきりだったが、心配して来てくれたらしい。
蓮は呆れ顔をみさぎに送ると、改めて湊に礼を言った。
「雨降ったから泣いてるんだろうと思ったけど、良かったな。わざわざ送ってもらってすみません」
「気にしないで下さい。じゃあ、俺はここで。荒助さん、また明日ね」
「うん、ありがとう湊くん」
踵を返した湊の背中に、蓮が「あの」と声を掛ける。
「うちの妹、こんなんですけど。よろしくお願いします」
「こんなって何よ」
みささぎが頬を膨らませると、蓮は「こんなんだろ」と笑う。
そんな二人の様子に、湊が不思議そうな顔をした。
「仲良いんですね」
「まぁ、兄妹だしね」
「そう……ですね。わかりました。じゃあまた、雨が降ったら送ってきます」
「よろしくな」
満足そうな蓮の笑顔とみさぎの「またね」を背に、湊はホームの奥へと戻って行った。
☆
「俺来たのマズかった?」
広井駅からみさぎの自宅までは徒歩で十分ほどだ。車の少ない路地を選んで、みさぎと蓮は傘を片手に並んで歩いた。
「どうして?」
「だってお前、彼氏に家まで送ってもらうつもりだったんだろ?」
「彼氏って。湊くんはそういうのじゃないよ」
動揺するみさぎに、蓮は「あぁそうか」と一人で納得して、ニヤリと口角を上げた。
「まだ告白してないってことか。いじらしいな」
「だから、そういうのじゃ……」
「馬鹿か、お前は」
必死に否定する妹を、蓮はバッサリと切り捨てる。
「お前、アイツの前で雨が怖いって言ったんだろ? それで家まで送ってくれようとするなんて、向こうは好きってことなんじゃないの?」
いつもながらに兄は単純だ、とみさぎは思う。その言葉がまかり通るなら、送ってくれると言った咲や智もそうなってしまう。
ムスリと膨れ面をするみさぎに、蓮は「怒るなよ」と笑った。
「まぁ別に、彼氏作るのくらいいいんじゃねぇの? 雨が苦手なのも全然治らないしな。誰かと一緒だと落ち着くみたいだし、今日は帰ったらゲームでもしようぜ」
「うん。お兄ちゃんには負けないからね」
蓮の言葉がみさぎの胸に妙に刺さった。
確かに誰かといると雨に対する抵抗感は薄れる気がする。
「何でなのかな……」
みさぎがいくら考えたところで、その答えは出なかった。
☆
シナモンは戦闘の前に渡される丸薬の味に似ていた。
あれを食べるとしばらくの間空腹を紛らわすことができるから、ターメイヤの兵なら好んで食べる味だが、リーナは嫌いだと良く言っていた。
「貴方まだ帰らないの?」
結局咲は店に戻って、かれこれ一時間が経過した。他の生徒も流石にいなくなり、中は貸し切り状態だ。
絢はエプロンを脱いで向かいに座ると、三個目のシナモンロールに手を付けた咲に「もぅ」と眉を寄せた。
「二個目からはちゃんとお金払ってもらうわよ」
「冗談じゃない。これは騙された僕への慰謝料みたいなものだよ」
「騙してなんかいないわよ。貴方が気付かなかっただけじゃない。鈍感なだけでしょ。ラルにあんなに喋らせて、二人が貴方だって気付くのも時間の問題なんじゃない?」
「聞きすぎたとは思ってるよ。けどね、昔の記憶なんて十七年も前の事だから、僕だって怪しいんだよ。今のうちに記憶の擦り合わせをしとかなきゃって思ってさ」
咲は汲んできた水をごくごくと一気に飲み干した。
「それで、記憶は合ってた?」
「まぁ大体ね。それより――」
テーブルに乗りそうなほどの絢の巨乳を一瞥して、咲は改めて彼女に訴える。
「アンタは昔、時間移動はできないって言ってたよね? なのにどうして僕たちより年上なんだ? 僕はそこにニュータウンができて親が家を買ったからこの町に住んでる。元は広井町に居たからね。それが五年前。アンタはいつからここに居るんだよ」
「そんなの企業秘密よ」
絢はすました顔で、ツンと尖らせた唇に人差し指を当てた。
「何だよ、企業って」
咲は諦めきれない顔をしたまま、窓の向こうの止まない雨を見つめた。
みさぎはもう家に着いただろうか。一緒に帰ったのが湊だという事が不服だけれど、それでも無事であればいいと思ってしまう。
「アンタはどうしてリーナが雨を苦手か知ってるか?」
「さぁ」
「あいつが最後にハロンと戦った時、こんな雨が降ってたんだよ。記憶なんてない筈なのに、アイツ……」
胸が苦しくなって、それを紛らわせるように咲はシナモンロールをかじる。
絢は「やめなさい」と注意した。
「そんなに食べたら太るわよ。貴方の言う世の中の男ども全てから見向きもしてもらえなくなるでしょ」
「今はいいの」
「全く、相変わらずリーナの事ばっかりなのね、お兄ちゃん」
「黙れよ、ルーシャ」
咲は絢をそう呼んで、ぷいと顔を逸らした。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説

TS転移勇者、隣国で冒険者として生きていく~召喚されて早々、ニセ勇者と罵られ王国に処分されそうになった俺。実は最強のチートスキル持ちだった~
夏芽空
ファンタジー
しがないサラリーマンをしていたユウリは、勇者として異世界に召喚された。
そんなユウリに対し、召喚元の国王はこう言ったのだ――『ニセ勇者』と。
召喚された勇者は通常、大いなる力を持つとされている。
だが、ユウリが所持していたスキルは初級魔法である【ファイアボール】、そして、【勇者覚醒】という効果の分からないスキルのみだった。
多大な準備を費やして召喚した勇者が役立たずだったことに大きく憤慨した国王は、ユウリを殺処分しようとする。
それを知ったユウリは逃亡。
しかし、追手に見つかり殺されそうになってしまう。
そのとき、【勇者覚醒】の効果が発動した。
【勇者覚醒】の効果は、全てのステータスを極限レベルまで引き上げるという、とんでもないチートスキルだった。
チートスキルによって追手を処理したユウリは、他国へ潜伏。
その地で、冒険者として生きていくことを決めたのだった。
※TS要素があります(主人公)


(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います
しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!
仁徳
ファンタジー
あらすじ
リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。
彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。
ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。
途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。
ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。
彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。
リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。
一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。
そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。
これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉
まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。
貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる