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1章 異世界から来た二人
3 突然抱き着く理由なんて色々ある
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転校生の彼と湊の突然の抱擁にクラス中が沸き上がる中、みさぎは入学式に咲と初めて会った時の事を思い出していた。
式に来ていた両親と別れて教室に入った所で、待ち構えた咲が抱き着いてきたのだ。
――「会いたかったよ」
そんなことを言われたけれど、小学校も中学校も別の彼女をみさぎは知る由もない。
抱き着かれたままの状態で混乱したみさぎに彼女がした説明はこうだ。
――「この町の中学校は女子が少ししかいなかったんだ。だから外の町から可愛い女の子が来てくれたのがとっても嬉しいんだよ」
確かに新入生十五人のうち女子は五人で、白樺中出身は咲一人しかいなかった。他はみんな町の高校へ行ってしまったらしい。
みさぎは隣の列の二つ前に座る咲を伺って、「あれ」と眉を上げた。
抱き合った二人を見つめる咲の横顔が、泣き出しそうに歪んだのだ。
「そろそろいいですか?」
担任の中條の制止に従って湊が「はい」と素っ気なく席に付くと、転校生は黒板の前へと戻って何もなかったように自己紹介を始める。
みさぎは、小さく唇を噛んだままじっと彼を見つめる咲が気になって仕方なかった。
「咲ちゃん……?」
後ろからそっと声を掛けたところで、みさぎの視界を人影が塞ぐ。
「よろしく」という男子の声に顔を上げると、今し方教壇の横に居た筈の転校生が目の前でみさぎを見下ろしていた。
朝来た時に自分の席が空席を置いて一つ後ろに下げられていたから、転校生がその場所だとは予想していた。それなのに咲に気を取られている間、自己紹介も聞き逃してしまったらしい。
「よろしく。えっと……」
慌てて黒板を見て、彼の名前を確かめる。
「長谷部、智くん」
「おぅ」とはにかんで、智は勢いよく椅子に座った。咲は前を向いたまま振り返ろうとはしない。
中條が教壇に手をついて、話を始めた。
『夏休みを終えて、新学期への心構え』的な内容に上の空状態になったクラスメイトの空気を読んで、みさぎは窓際の湊へ一方通行の視線を飛ばす智に、そっと声を掛けた。
「長谷部くんって、湊くんの知り合いなの?」
咲の事と同じくらいその事が気になって、聞かずにはいられなかった。
いつも湊と一緒に登校して色々と話はしているつもりだが、特定の友人というのは彼の会話に登場したことが無い気がした。
しかも会った瞬間にお互いが分かり合ったように抱き着くなんて、ただの友達とも思えない。
「気になる?」
廊下側の壁に背を当てて、智は悪戯な笑顔を見せた。
彼は「うん」と大きく頷いたみさぎに、「そうだよ」と答える。
「そうなんだ。その、二人は男同士で……」
頭に浮かんだままの、あらぬ妄想を切り出した所で、智は「違う違う」と右手を振った。
「俺たちゃ大昔から知り合いなんだよ。生まれる前からの。十七年ぶりに会ったら、抱き着きたくもなるだろう?」
みさぎは「えっ?」と首を傾げて、頭の中を混乱させたまま「そうだね」と相槌を打った。
☆
みさぎの頭の中を疑問符でいっぱいにさせた智は、それ以上の説明は何もしてくれなかった。
「ナイショ」だと笑うばかりで余計気になってしまう。
真相の分からないまま下校時刻になって、いつものように咲が「帰ろう」とみさぎの席に飛んできた。
智の事ですっかり忘れていた彼女の涙を思い出して、みさぎがハッと声を上げる。
「咲ちゃん、さっき大丈夫だった? 泣いてなかった?」
「泣いてた? 私が?」
昇降口に向かいながら、咲は身に覚えのない顔で首を捻った。
「ほら、湊くんが転校生の長谷部くんと……」
みさぎがそこまで説明したところで、咲は「あぁ」と手を打って頷く。
「あれなら大したことじゃないよ。男同士で抱き着くなんてキモイって思っただけ」
「えぇ?」
それであんな泣きそうな顔をするとも思えないが、「いいのいいの」と咲に肩をバンバンと叩かれて、はぐらかされてしまう。
「みんな私に隠し事ばっかりしてない?」
靴を履き替えて外に出て、みさぎは唇を尖らせた。
「みんなって?」
言ってもいいのか迷ったけれど、モヤモヤしたままの気持ちを共有したくて、みさぎは智の言葉を咲に伝えた。
口止めされてもいないし、第一何度考えても意味がよく分からない。
「ねぇ、おかしなこと言うでしょ? 何なんだろう、生まれる前って」
スッキリしない気持ちで溜息を零すみさぎの隣で、咲がピタリと足を止めた。一瞬きょとんとした彼女の顔が、じわじわと怒りを含んだような不気味な笑顔に変わる。
「咲ちゃん?」
彼女が睨みつけているのは校門の方向で、まさに話題の二人が肩を並べて歩いていた。
「ほぉぉお。あいつらは、生まれる前から仲良しこよしだったって訳か」
「そういうことなの……かな?」
咲の言葉に納得しつつも、そんなこと実際にあるわけはないとみさぎは思っている。
「面白い。聞き出してやろうじゃないか」
咲は興味津々の様子で、悪だくみする悪代官のような顔をみさぎに向けてきた。
「みさぎ、この後クリームソーダ食べに行こうよ」
「えっ本当? 久しぶりに行きたかったんだ」
咲の提案に、みさぎは声を弾ませる。
白樺高校生徒の憩いの場である、駅前の田中商店で売られているクリームソーダがみさぎは大好物だった。夏休み中はこっちに来ることもなく、一学期の終業式の日以来一ヶ月食べていない。
「じゃあ、決まりだな」
咲はニカッと笑って校門へ向けてダッシュする。
そして風紀委員の伊東も驚くような猫なで声で、ターゲットの二人を呼び止めたのだ。
「ねぇ、そこのお二人様ぁ。待って下さらなぁい?」
咲の声に振り返った湊が、化け物にでも出会ったような顔をしたことは言うまでもない。
式に来ていた両親と別れて教室に入った所で、待ち構えた咲が抱き着いてきたのだ。
――「会いたかったよ」
そんなことを言われたけれど、小学校も中学校も別の彼女をみさぎは知る由もない。
抱き着かれたままの状態で混乱したみさぎに彼女がした説明はこうだ。
――「この町の中学校は女子が少ししかいなかったんだ。だから外の町から可愛い女の子が来てくれたのがとっても嬉しいんだよ」
確かに新入生十五人のうち女子は五人で、白樺中出身は咲一人しかいなかった。他はみんな町の高校へ行ってしまったらしい。
みさぎは隣の列の二つ前に座る咲を伺って、「あれ」と眉を上げた。
抱き合った二人を見つめる咲の横顔が、泣き出しそうに歪んだのだ。
「そろそろいいですか?」
担任の中條の制止に従って湊が「はい」と素っ気なく席に付くと、転校生は黒板の前へと戻って何もなかったように自己紹介を始める。
みさぎは、小さく唇を噛んだままじっと彼を見つめる咲が気になって仕方なかった。
「咲ちゃん……?」
後ろからそっと声を掛けたところで、みさぎの視界を人影が塞ぐ。
「よろしく」という男子の声に顔を上げると、今し方教壇の横に居た筈の転校生が目の前でみさぎを見下ろしていた。
朝来た時に自分の席が空席を置いて一つ後ろに下げられていたから、転校生がその場所だとは予想していた。それなのに咲に気を取られている間、自己紹介も聞き逃してしまったらしい。
「よろしく。えっと……」
慌てて黒板を見て、彼の名前を確かめる。
「長谷部、智くん」
「おぅ」とはにかんで、智は勢いよく椅子に座った。咲は前を向いたまま振り返ろうとはしない。
中條が教壇に手をついて、話を始めた。
『夏休みを終えて、新学期への心構え』的な内容に上の空状態になったクラスメイトの空気を読んで、みさぎは窓際の湊へ一方通行の視線を飛ばす智に、そっと声を掛けた。
「長谷部くんって、湊くんの知り合いなの?」
咲の事と同じくらいその事が気になって、聞かずにはいられなかった。
いつも湊と一緒に登校して色々と話はしているつもりだが、特定の友人というのは彼の会話に登場したことが無い気がした。
しかも会った瞬間にお互いが分かり合ったように抱き着くなんて、ただの友達とも思えない。
「気になる?」
廊下側の壁に背を当てて、智は悪戯な笑顔を見せた。
彼は「うん」と大きく頷いたみさぎに、「そうだよ」と答える。
「そうなんだ。その、二人は男同士で……」
頭に浮かんだままの、あらぬ妄想を切り出した所で、智は「違う違う」と右手を振った。
「俺たちゃ大昔から知り合いなんだよ。生まれる前からの。十七年ぶりに会ったら、抱き着きたくもなるだろう?」
みさぎは「えっ?」と首を傾げて、頭の中を混乱させたまま「そうだね」と相槌を打った。
☆
みさぎの頭の中を疑問符でいっぱいにさせた智は、それ以上の説明は何もしてくれなかった。
「ナイショ」だと笑うばかりで余計気になってしまう。
真相の分からないまま下校時刻になって、いつものように咲が「帰ろう」とみさぎの席に飛んできた。
智の事ですっかり忘れていた彼女の涙を思い出して、みさぎがハッと声を上げる。
「咲ちゃん、さっき大丈夫だった? 泣いてなかった?」
「泣いてた? 私が?」
昇降口に向かいながら、咲は身に覚えのない顔で首を捻った。
「ほら、湊くんが転校生の長谷部くんと……」
みさぎがそこまで説明したところで、咲は「あぁ」と手を打って頷く。
「あれなら大したことじゃないよ。男同士で抱き着くなんてキモイって思っただけ」
「えぇ?」
それであんな泣きそうな顔をするとも思えないが、「いいのいいの」と咲に肩をバンバンと叩かれて、はぐらかされてしまう。
「みんな私に隠し事ばっかりしてない?」
靴を履き替えて外に出て、みさぎは唇を尖らせた。
「みんなって?」
言ってもいいのか迷ったけれど、モヤモヤしたままの気持ちを共有したくて、みさぎは智の言葉を咲に伝えた。
口止めされてもいないし、第一何度考えても意味がよく分からない。
「ねぇ、おかしなこと言うでしょ? 何なんだろう、生まれる前って」
スッキリしない気持ちで溜息を零すみさぎの隣で、咲がピタリと足を止めた。一瞬きょとんとした彼女の顔が、じわじわと怒りを含んだような不気味な笑顔に変わる。
「咲ちゃん?」
彼女が睨みつけているのは校門の方向で、まさに話題の二人が肩を並べて歩いていた。
「ほぉぉお。あいつらは、生まれる前から仲良しこよしだったって訳か」
「そういうことなの……かな?」
咲の言葉に納得しつつも、そんなこと実際にあるわけはないとみさぎは思っている。
「面白い。聞き出してやろうじゃないか」
咲は興味津々の様子で、悪だくみする悪代官のような顔をみさぎに向けてきた。
「みさぎ、この後クリームソーダ食べに行こうよ」
「えっ本当? 久しぶりに行きたかったんだ」
咲の提案に、みさぎは声を弾ませる。
白樺高校生徒の憩いの場である、駅前の田中商店で売られているクリームソーダがみさぎは大好物だった。夏休み中はこっちに来ることもなく、一学期の終業式の日以来一ヶ月食べていない。
「じゃあ、決まりだな」
咲はニカッと笑って校門へ向けてダッシュする。
そして風紀委員の伊東も驚くような猫なで声で、ターゲットの二人を呼び止めたのだ。
「ねぇ、そこのお二人様ぁ。待って下さらなぁい?」
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