33 / 38
33 学徒ネイオニーの推測
しおりを挟む
「キルクルス先生。ネイオニー・トゥ・レースです。ご質問があって、お伺いしました」
研究室の扉を叩いてきた訪問者に、私は入室の許可を出した。
授業の鐘が全て鳴り終わった放課後。太陽が沈み、月の輪郭が明確になる頃に、その生徒は魔導書を抱え私の下へ訪れてくる。
今日もまた、彼女は立てつけの悪い扉を開けて、「失礼します」と小さく会釈をしてきた。
高等部三年生、ネイオニー・トゥ・レース。
黒髪で青い瞳が特徴的な少女だった。十四歳である彼女は、学院の飛び級制度を活用し、通常五年かかるカリキュラムをたった二年と八か月で修了した。現在は卒業までの間にできるだけ魔人について調べているらしい。将来的には、彼らの魔法を完璧に再現したいそうだ。
「先生、今日もお時間をいただきありがとうございます。申し訳ありません、ここのところ毎日通い詰めて……」
「構わない。無知を恥じぬ生徒に授業を行う苦痛に比べれば、君への答弁はティータイムのようにくつろげる時間だ。私にとっても、息抜きに丁度良い」
私は吸っていた煙草を灰皿に押し付け、新しいのを取り出し火を点けた。
世辞では無い。もとよりネイオニーは、わずか十二歳でグラスター王国最高峰の教育機関、王立魔術学院に入学した才女。卒業後は宮廷魔法使いとして城へ仕える予定だ。学院の成績も優秀だった彼女なら、そう遠くないうちに、希望の研究所へ内定を貰えるだろう。
ネイオニーは「そういうことを仰るから、先生の授業は不人気なんですよ」と、肩口に切り揃えた髪を揺らして笑った。生徒から嫌われている自覚はあったため、私は特に気に留めなかった。
雑談はこれくらいにして、本題に入る。ネイオニーが持ってきた魔導書の題名を盗み見た。学生時代一読したことのあるその本に、微かに目尻が引き攣った。
「――それで、今日はその、魔力量と回復速度の相関関係について、質問しにきたのか?」
「はい。一通り拝読したのですが、どうしても気になる点がありまして」
ネイオニーは椅子に座っている私にずいっと近づき、今日の議題である該当ページを開いた。
「単刀直入にお尋ねします。魔力が無くとも、魔法は発動できますよね? なぜ誰もそれを実証しないのですか」
「………」
私は静かに紫煙を吐いた。回答をはぐらかすよう、大して吸っていない煙草の灰を、皿へと落とす。
「確かに、その本の内容が正しければ、理論上可能になる。魔法発動時、魔力は消費されると同時に回復もしているという主張だ。魔力量の絶対値が小さいほど、その回復速度も速い。魔力の保有量が少ない者ほど、空気中の魔力を吸収するのに優れている。ならば、魔力が無い者でも、空気中の魔力を使用して魔法が使えるはずだという、一昔前に否定された説だ。五十年前の魔導書をよくまあ引っ張り出してきたものだ。私が学生の時ですら、よほどの勉強好きか読書家しか読まなかったというのに」
面倒な物が見つかってしまった。煙草を吸い、目の前の生徒にどう教えるべきかと頭を悩ませる。
ネイオニーは行儀よく私の話の続きを待っていた。その大きくて青い瞳が、じぃっと私を見つめて離さない。鏡の前にいるような居心地の悪さに、私は両手を上げて白状した。
「おおむね君の予想通りだよ、ネイオニー。実証しないのではなく、実証できない。魔力が無くとも魔法が発動できれば、グラスター王国の根幹が揺れる。その説が唱えられたのは約半世紀前、王国が魔法の猛威を周辺国に振るっていた頃だ。その著者が主張している、空気中に漂う魔力や魔石で魔法を使えるなど、認められない。王国の優位性を保つために、認めてはいけなかった。そのような政治的な背景から、現在の『王国魔法は詠唱と魔法陣によって効率化でき、魔力消費量を抑えられる』という定説に繋がっている。実際、魔石を使用した魔法は発動できていないことから、その魔導書は眉唾物だと唾棄されていたが……」
私は、ネイオニーと目を合わせた。
身内のせいで、例外に分類される人間の思考を予想するのは得意だった。
「試したな?」
「はい。可能でした。魔石を使用した、魔法の発動が」
舌打ちを飲み込むため、煙草を深く吸った。喉を通って肺が紫煙に満たされる。頭を冷やすため煙を吐き出している間、ネイオニーが聞いてもいないのに話の補足をしてくる。
「現在の定説通り、通常時――魔力を保有している間は、魔石を使用しても魔法は発動できませんでした。そのため、わざと魔力切れを起こし、魔力の保有量をできる限りゼロに近づけてから、同様に実験しました。とりあえず百回ほど試してみた結果、小数点第三位以下の魔力量なら確実に魔法が発動できました。完全に魔力がゼロなわけではないので、試料として不十分ですが、ひとまず、この魔導書の内容は信頼に値するかと――」
「ネイオニー、そこまでた。それ以上は、口にしないのが身のためだ」
どうしてこう「天才」と呼ばれる人間は皆命知らずなのか。末っ子の三男坊を思い出して、にわかに頭が痛くなる。
「私の身内は君と似たようなことを考え、王家への叛逆ともみなされる行為を実行してしまった。今、彼は生家からほぼ絶縁され、分家に預けられている。魔法軍に入隊する予定らしいが、出世は望めないだろう。本来なら歴史に名を刻めるほど優秀であるに関わらず、だ。彼の二の舞を踏む必要はない、ネイオニー」
「……弟さんのことですか。あの、最年少十歳で入学して、わずか二年で卒業したという、無詠唱で有名な」
「あいつの唯一誇れる功績だな。無詠唱については、ただ単に詠唱嫌いを拗らせていただけだが」
無意識に、ため息を吐いてしまった。すぐ我に返り、話題を元に戻す。
「とにかく、これ以上その件は口にするな、実証するな。時には、見て見ぬふりも必要な場合がある。それが、今だ」
「ですが」
「ネイオニー」
「……わかりました。その件については、明日から忘れると約束します。ですが、今日だけ、許してください。私が先生の意見を聞きたいのは、ここからなのです」
ネイオニーは机の上に半分身を乗り出し、私へ訴える。
強烈な意思が宿るその青い瞳は、私を映しているが、私を見てはいない。私の背後を捉えている。
私ではなく、彼女が望む未来を、見ているのだ。
「魔人の魔法を再現するために、一番手っ取り早い方法は、魔人の血を濃くすること。魔人に近づければ近づくほど、当然ですが彼らの魔法が再現可能になります」
希望と自信に満ちたその目を向けられるのは、初めてではない。何度も何度も弟から向けられてきた目だ。私が凡人であると大いに見せつけられた、あの瞳。
「ではどうやって魔人になるかという話しですが――そこで、先程の魔力量の話が絡んできます。現在、王族や貴族の魔力保有量は、平民の半分ほどです。そして、面白いことに、過去の記録を遡っていったら、王族や貴族の魔力量は世代を経つにつれて増えていってます。魔人の血が薄くなるに反比例して、個々の魔力保有量が多くなっているんです」
ネイオニーは私の意見を聞きたいなどと言ったが、厳密には違う。
彼らにとって、これは確認作業。答え合わせに過ぎない。
凡人の私にですら、理解しえることという。想像し、実現できるという、確信を得るためのものに過ぎない。
「魔力量が多いほど魔法を数打てる固定観念があったため、想像し辛かったのですが……先ほどの魔力切れでも魔法が発動できた点と、王族の魔力保有量を踏まえると――魔人は、魔力を保有していなかった、体内には必要としなかった可能性が高いです」
傍から見れば、私は天才共に体よく使われている男だ。
だが怒りは無かった。嫉妬など、湧くはずもない。
目が眩んでいるのだ、彼らは。
「魔力は血液のように全身を巡っていると考えられています。ねえ、キルクルス先生、私の推測に、意見をください――」
「可能性」という名の夢に、目が眩んでいるのだ。
そんな彼らを、私は。
私は――
*****
「………」
冷や汗を大量に掻き、真夜中に目が覚めた。
寝間着が背中に張り付いて気持ち悪い。湯のみをしたかったが、こんな夜更けに使用人を叩き起こすのは忍びない。
私は仕方なくベッドから出て、机に置いてある手紙を取った。
今日の不眠の原因であり――かつての教え子を今頃になって思い出した、思い出させる文面だった。
差出人はここ数年は連絡を取っていなかった弟、アルカナからだ。
『拝啓 親愛なるエフォリウス兄様へ。大至急、学院に保管されている「魔力量と回復速度の相関関係」の魔導書、及び関連書をオルクス砦にまで送ってください。このことは父上とプラウディタ兄様には内密にお願いします』
時候の挨拶も形式も何もない、用件だけを簡潔に述べた内容。その一行だけ空けた後に、素朴な疑問が書かれていた。
『追伸 エフォリウス兄様は、まだ魔人について研究なさっていますか? もしよろしかったら、今度意見交換したいです。色よい返事を待っています』
「………」
九年前のあの頃。
ネイオニーが私に意見を仰いでいたのは、私が魔人を研究していたからだ。
今は、それなりに実績を積み、研究者として食べていけている。次男ゆえに伯爵の爵位は継げずとも、研究が認められ、ある子爵家の婿養子となった。妻もいる、子供もいる。凡人なりに、幸せな人生を歩んでいた。
天才な彼らと私の決定的な違いは、夢を見ているか、現実を見ているか、だ。
あの日のネイオニーの言葉を思い出す。
『キルクルス先生、答えてください。意図的に、魔力を体の一部に流さないようにすれば――』
夢の輝きに目が眩んだ若き少女は、奇しくも弟と同じ発想に至った。
『魔人の能力を、再現できるのではないのでしょうか』
その発言がどのような未来をもたらすか、私は知っていた。
だが、時には己の身を守るため、都合の悪い現実に見て見ぬふりをする必要がある。
あの時が、そうだった。
私は、彼らを見て見ぬふりすると、決めたのだ。
アルカナから届いた手紙を、私は煙草を点けたついでに、その火で燃やした。
研究室の扉を叩いてきた訪問者に、私は入室の許可を出した。
授業の鐘が全て鳴り終わった放課後。太陽が沈み、月の輪郭が明確になる頃に、その生徒は魔導書を抱え私の下へ訪れてくる。
今日もまた、彼女は立てつけの悪い扉を開けて、「失礼します」と小さく会釈をしてきた。
高等部三年生、ネイオニー・トゥ・レース。
黒髪で青い瞳が特徴的な少女だった。十四歳である彼女は、学院の飛び級制度を活用し、通常五年かかるカリキュラムをたった二年と八か月で修了した。現在は卒業までの間にできるだけ魔人について調べているらしい。将来的には、彼らの魔法を完璧に再現したいそうだ。
「先生、今日もお時間をいただきありがとうございます。申し訳ありません、ここのところ毎日通い詰めて……」
「構わない。無知を恥じぬ生徒に授業を行う苦痛に比べれば、君への答弁はティータイムのようにくつろげる時間だ。私にとっても、息抜きに丁度良い」
私は吸っていた煙草を灰皿に押し付け、新しいのを取り出し火を点けた。
世辞では無い。もとよりネイオニーは、わずか十二歳でグラスター王国最高峰の教育機関、王立魔術学院に入学した才女。卒業後は宮廷魔法使いとして城へ仕える予定だ。学院の成績も優秀だった彼女なら、そう遠くないうちに、希望の研究所へ内定を貰えるだろう。
ネイオニーは「そういうことを仰るから、先生の授業は不人気なんですよ」と、肩口に切り揃えた髪を揺らして笑った。生徒から嫌われている自覚はあったため、私は特に気に留めなかった。
雑談はこれくらいにして、本題に入る。ネイオニーが持ってきた魔導書の題名を盗み見た。学生時代一読したことのあるその本に、微かに目尻が引き攣った。
「――それで、今日はその、魔力量と回復速度の相関関係について、質問しにきたのか?」
「はい。一通り拝読したのですが、どうしても気になる点がありまして」
ネイオニーは椅子に座っている私にずいっと近づき、今日の議題である該当ページを開いた。
「単刀直入にお尋ねします。魔力が無くとも、魔法は発動できますよね? なぜ誰もそれを実証しないのですか」
「………」
私は静かに紫煙を吐いた。回答をはぐらかすよう、大して吸っていない煙草の灰を、皿へと落とす。
「確かに、その本の内容が正しければ、理論上可能になる。魔法発動時、魔力は消費されると同時に回復もしているという主張だ。魔力量の絶対値が小さいほど、その回復速度も速い。魔力の保有量が少ない者ほど、空気中の魔力を吸収するのに優れている。ならば、魔力が無い者でも、空気中の魔力を使用して魔法が使えるはずだという、一昔前に否定された説だ。五十年前の魔導書をよくまあ引っ張り出してきたものだ。私が学生の時ですら、よほどの勉強好きか読書家しか読まなかったというのに」
面倒な物が見つかってしまった。煙草を吸い、目の前の生徒にどう教えるべきかと頭を悩ませる。
ネイオニーは行儀よく私の話の続きを待っていた。その大きくて青い瞳が、じぃっと私を見つめて離さない。鏡の前にいるような居心地の悪さに、私は両手を上げて白状した。
「おおむね君の予想通りだよ、ネイオニー。実証しないのではなく、実証できない。魔力が無くとも魔法が発動できれば、グラスター王国の根幹が揺れる。その説が唱えられたのは約半世紀前、王国が魔法の猛威を周辺国に振るっていた頃だ。その著者が主張している、空気中に漂う魔力や魔石で魔法を使えるなど、認められない。王国の優位性を保つために、認めてはいけなかった。そのような政治的な背景から、現在の『王国魔法は詠唱と魔法陣によって効率化でき、魔力消費量を抑えられる』という定説に繋がっている。実際、魔石を使用した魔法は発動できていないことから、その魔導書は眉唾物だと唾棄されていたが……」
私は、ネイオニーと目を合わせた。
身内のせいで、例外に分類される人間の思考を予想するのは得意だった。
「試したな?」
「はい。可能でした。魔石を使用した、魔法の発動が」
舌打ちを飲み込むため、煙草を深く吸った。喉を通って肺が紫煙に満たされる。頭を冷やすため煙を吐き出している間、ネイオニーが聞いてもいないのに話の補足をしてくる。
「現在の定説通り、通常時――魔力を保有している間は、魔石を使用しても魔法は発動できませんでした。そのため、わざと魔力切れを起こし、魔力の保有量をできる限りゼロに近づけてから、同様に実験しました。とりあえず百回ほど試してみた結果、小数点第三位以下の魔力量なら確実に魔法が発動できました。完全に魔力がゼロなわけではないので、試料として不十分ですが、ひとまず、この魔導書の内容は信頼に値するかと――」
「ネイオニー、そこまでた。それ以上は、口にしないのが身のためだ」
どうしてこう「天才」と呼ばれる人間は皆命知らずなのか。末っ子の三男坊を思い出して、にわかに頭が痛くなる。
「私の身内は君と似たようなことを考え、王家への叛逆ともみなされる行為を実行してしまった。今、彼は生家からほぼ絶縁され、分家に預けられている。魔法軍に入隊する予定らしいが、出世は望めないだろう。本来なら歴史に名を刻めるほど優秀であるに関わらず、だ。彼の二の舞を踏む必要はない、ネイオニー」
「……弟さんのことですか。あの、最年少十歳で入学して、わずか二年で卒業したという、無詠唱で有名な」
「あいつの唯一誇れる功績だな。無詠唱については、ただ単に詠唱嫌いを拗らせていただけだが」
無意識に、ため息を吐いてしまった。すぐ我に返り、話題を元に戻す。
「とにかく、これ以上その件は口にするな、実証するな。時には、見て見ぬふりも必要な場合がある。それが、今だ」
「ですが」
「ネイオニー」
「……わかりました。その件については、明日から忘れると約束します。ですが、今日だけ、許してください。私が先生の意見を聞きたいのは、ここからなのです」
ネイオニーは机の上に半分身を乗り出し、私へ訴える。
強烈な意思が宿るその青い瞳は、私を映しているが、私を見てはいない。私の背後を捉えている。
私ではなく、彼女が望む未来を、見ているのだ。
「魔人の魔法を再現するために、一番手っ取り早い方法は、魔人の血を濃くすること。魔人に近づければ近づくほど、当然ですが彼らの魔法が再現可能になります」
希望と自信に満ちたその目を向けられるのは、初めてではない。何度も何度も弟から向けられてきた目だ。私が凡人であると大いに見せつけられた、あの瞳。
「ではどうやって魔人になるかという話しですが――そこで、先程の魔力量の話が絡んできます。現在、王族や貴族の魔力保有量は、平民の半分ほどです。そして、面白いことに、過去の記録を遡っていったら、王族や貴族の魔力量は世代を経つにつれて増えていってます。魔人の血が薄くなるに反比例して、個々の魔力保有量が多くなっているんです」
ネイオニーは私の意見を聞きたいなどと言ったが、厳密には違う。
彼らにとって、これは確認作業。答え合わせに過ぎない。
凡人の私にですら、理解しえることという。想像し、実現できるという、確信を得るためのものに過ぎない。
「魔力量が多いほど魔法を数打てる固定観念があったため、想像し辛かったのですが……先ほどの魔力切れでも魔法が発動できた点と、王族の魔力保有量を踏まえると――魔人は、魔力を保有していなかった、体内には必要としなかった可能性が高いです」
傍から見れば、私は天才共に体よく使われている男だ。
だが怒りは無かった。嫉妬など、湧くはずもない。
目が眩んでいるのだ、彼らは。
「魔力は血液のように全身を巡っていると考えられています。ねえ、キルクルス先生、私の推測に、意見をください――」
「可能性」という名の夢に、目が眩んでいるのだ。
そんな彼らを、私は。
私は――
*****
「………」
冷や汗を大量に掻き、真夜中に目が覚めた。
寝間着が背中に張り付いて気持ち悪い。湯のみをしたかったが、こんな夜更けに使用人を叩き起こすのは忍びない。
私は仕方なくベッドから出て、机に置いてある手紙を取った。
今日の不眠の原因であり――かつての教え子を今頃になって思い出した、思い出させる文面だった。
差出人はここ数年は連絡を取っていなかった弟、アルカナからだ。
『拝啓 親愛なるエフォリウス兄様へ。大至急、学院に保管されている「魔力量と回復速度の相関関係」の魔導書、及び関連書をオルクス砦にまで送ってください。このことは父上とプラウディタ兄様には内密にお願いします』
時候の挨拶も形式も何もない、用件だけを簡潔に述べた内容。その一行だけ空けた後に、素朴な疑問が書かれていた。
『追伸 エフォリウス兄様は、まだ魔人について研究なさっていますか? もしよろしかったら、今度意見交換したいです。色よい返事を待っています』
「………」
九年前のあの頃。
ネイオニーが私に意見を仰いでいたのは、私が魔人を研究していたからだ。
今は、それなりに実績を積み、研究者として食べていけている。次男ゆえに伯爵の爵位は継げずとも、研究が認められ、ある子爵家の婿養子となった。妻もいる、子供もいる。凡人なりに、幸せな人生を歩んでいた。
天才な彼らと私の決定的な違いは、夢を見ているか、現実を見ているか、だ。
あの日のネイオニーの言葉を思い出す。
『キルクルス先生、答えてください。意図的に、魔力を体の一部に流さないようにすれば――』
夢の輝きに目が眩んだ若き少女は、奇しくも弟と同じ発想に至った。
『魔人の能力を、再現できるのではないのでしょうか』
その発言がどのような未来をもたらすか、私は知っていた。
だが、時には己の身を守るため、都合の悪い現実に見て見ぬふりをする必要がある。
あの時が、そうだった。
私は、彼らを見て見ぬふりすると、決めたのだ。
アルカナから届いた手紙を、私は煙草を点けたついでに、その火で燃やした。
54
お気に入りに追加
1,816
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。
桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。
戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。
『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。
※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。
時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!

【完結】クビだと言われ、実家に帰らないといけないの?と思っていたけれどどうにかなりそうです。
まりぃべる
ファンタジー
「お前はクビだ!今すぐ出て行け!!」
そう、第二王子に言われました。
そんな…せっかく王宮の侍女の仕事にありつけたのに…!
でも王宮の庭園で、出会った人に連れてこられた先で、どうにかなりそうです!?
☆★☆★
全33話です。出来上がってますので、随時更新していきます。
読んでいただけると嬉しいです。

【完結】神スキル拡大解釈で底辺パーティから成り上がります!
まにゅまにゅ
ファンタジー
平均レベルの低い底辺パーティ『龍炎光牙《りゅうえんこうが》』はオーク一匹倒すのにも命懸けで注目もされていないどこにでもでもいる冒険者たちのチームだった。
そんなある日ようやく資金も貯まり、神殿でお金を払って恩恵《ギフト》を授かるとその恩恵《ギフト》スキルは『拡大解釈』というもの。
その効果は魔法やスキルの内容を拡大解釈し、別の効果を引き起こせる、という神スキルだった。その拡大解釈により色んなものを回復《ヒール》で治したり強化《ブースト》で獲得経験値を増やしたりととんでもない効果を発揮する!
底辺パーティ『龍炎光牙』の大躍進が始まる!
第16回ファンタジー大賞奨励賞受賞作です。
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?
あくの
ファンタジー
15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。
加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。
また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。
長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。
リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる