出来損ない王女(5歳)が、問題児部隊の隊長に就任しました

瑠美るみ子

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28 科学者さんたち

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「グラスター王国第四王女、レクティタでございます。えんろはるばる、ようこそお越しくださいました。一同、心よりかんげい致します」

「我々もレクティタ殿下にお会いできて光栄でございます」

「不肖、デルベルク。殿下の期待に応えられるよう、誠心誠意努めてまいります」

 レクティタがスカートの裾を摘まんで挨拶をすれば、二人の青年も応じるよう頭を下げた。オルクス砦に招かれた科学者である。
 両者とも色違いの背広を着ており、髪を後ろに流し、瓶底の厚い眼鏡をかけていた。骨格や背格好もそっくりな彼らに、レクティタがぼそりと呟く。

「うりふたつだ」

「ははは。それもそうでしょう。我々は双子でございますから」

「私がアールでこちらがエルです。右利きだからアール、左利きだからエル。単純でございましょう?」

「うん! アールさんとエルさん、よろしくね! あと、レクティタのことは『殿下』じゃなくて、『隊長』って呼んでね!」

「ええ。もちろんです。こちらこそしばらくよろしくお願いします、レクティタ隊長」

 一国の王女にしては砕けた態度だが、二人は特に気にしなかった。事前に事情を伝えていたため、レクティタや第七特殊部隊の立場の複雑さを理解していたのだ。
 三人のやり取りに、アヴェンチュラが口を挟む。いつぞやとは違い、身なりの良い格好だ。

「本当頼むぞ、二人とも。俺の全財産がかかっているんだからな」

「滞在費や食費がそっち持ちなのは当然だろ?」

「あと給料。月末楽しみにしてるよ、アヴェンチュラ会長」

 苦い顔をするヴェンに、アールとエルが軽口を叩く。
 シルヴィウス伯とひと悶着あって家出した彼は、フトゥとヴィースの仲介もあって、すっかり仲直りできたらしい。新技術の開発についてもすんなりと話が通り、アールとエルの身元保証人についても快く承諾してくれた。
 ただし、条件として、アヴェンチュラが商会を立ち上げること。ソルテラから呼んだ二人を従業員として雇い、生活の保障をすること。その際、資金についてはシルヴィウス伯は一文たりとも出さない、の三つが出されたのだ。
 結果、アヴェンチュラは長年の貯金を全てはたき、科学者二人を招いたのだ。きひひ、と悪戯っぽく笑う学友二人に、ヴェンは肩を落とす。

「また旅芸人のふりして稼ごうかなあ」

「給料については折半しますから……ともあれ、お二人とも。オルクス砦へようこそ。まずはお部屋にご案内します」

 ヴィースがヴェンを慰め話題を元に戻す。
 二人を連れて砦の中を簡単に案内し、荷物をそれぞれの部屋へ置けば、彼らは早速魔法について知りたいと言ってきた。
 用意していた訓練所へ赴き、ヴィースは授業をするかのように魔法について説明し始める。

「グラスター王国は魔法が二種類あります。一つは王国魔法、もう一つは個人魔法です。それぞれ今から実践してみます」

 ヴィースは空を指した。頭上では鳥を模した的がぱたぱたと飛んでいる。ヴィースは隅で立っているアルカナを呼んだ。

「まずは王国魔法から。アルカナ、よろしくお願いいたします」

「………」

「アルカナ」

「……ひひ、わかったよ」

 アルカナは不承不承といった様子で、魔法陣を展開した。そして、小声で「…………射出ヤケレ」と呟いた。
 二つの光弾が、的を射抜く。空から崩れて落ちてくる紙細工に、周囲が「おおー」と歓声を上げる。

「すごい! 銃を使わず撃ち落とすなんて」

「本当に魔法って実在したんですね。初めてみました」

「しかも二つ抜きだ。二人は知らないだろうが、あれ、実は難しいんだぜ」

「アルカナは元々宮廷に勤めていましたからね~。お見事です」

「まあ、本人は気に食わないようじゃが」

 褒め称える面々からそっと顔を逸らし、フトゥはぶつぶつ文句を言っているアルカナを見た。

「……美しくない美しくない美しくない、だから詠唱はいやなんだ嫌い嫌い嫌い、美しくない美しくない美しくない……」

「どうしたのですか、アルカナ殿は」

『いつもの発作だ。気にしなくていい』

 エルが眼鏡をかけ直しながら不思議そうに尋ねるが、リタースが首を横に振って「近づくな」と手で止める。
 ヴィースもそんなアルカナに慣れているのか、彼を無視して話を進めた。

「アルカナ、ありがとうございます。見ての通り、魔法陣を展開し、詠唱を唱えることで適した魔法を発動できるのが王国魔法の特徴です。お二方には主にこちらの魔法で実験を行うかと思います。次に個人魔法なのですが――」

「ああ、それについては存じています。なにせ在学中、ヴェンは派手にそれを使っていましたから」

 アールはくくくと肩を揺らして笑い、ヴェンに同意を求めた。学友に話を振られ、周囲の視線を集めた青年は頭を掻きながら、気恥ずかしそうに答える。

「いやあ、だって、空飛ぶのって女子ウケ良かったからさ……」

「ふじゅんなどうき。ぞくぶつだ」

「いいの! それで魔法多少は上達したんだから。ほら、的当てだって」

 ヴェンはそう言って、手のひらに風の刃を浮かべると、空へと放った。風の刃は一体の的に向かって飛んで行ったが、当たる直前、ひょいっと的が避けてしまった。

「………」

 きまずそうに目を逸らすヴェンに、アールとエルが半笑いを浮かべる。

「上達がなんだって?」

「アヴェンチュラ……」

「見かけよりも難しいんだよ的当て! 鳥の回避性能も高いし! バンバン当てれる方がおかしいの!」

「野鳥狩りが元になった訓練法ですから。アヴェンチュラの言う通り、軍人でもなければ当てるのは難しいです。外れるのはそう珍しくありません」

 ヴィースがヴェンの失敗にフォローを入れれば、「ほらな」とヴェンは腕を組んだ。

「普通は当てられないの、普通は。ヴィースだって、一つ当てるので精々だろ?」

「個人魔法についてご存じなら話が早い。的はもう片付けてしまいますね」

 二人が喋ったのほとんど同時だった。「ん?」と互いに顔を合わせたときには、既にヴィースの魔法は発動しており、火球で的を全て・・燃やしている最中であった。
 おおー、とまたもや歓声が上がる。アールが憐れんだ目でヴェンを見る。

「アヴェンチュラ……」

「ヴィースが上澄みだから! 比べないで!」

 ヴェンからの悲痛な視線に耐え切れず、ヴィースは顔を逸らし、咳払いをした。

「……個々の魔法については夜の歓迎会の時に紹介するので、次に移りましょう。リーベル。鍋の準備はよろしいですか?」

「はいはーい。もちろんです。ちなみに、魔石はどれを使用するんですか?」

 話題を切り替えれば、リーベルが手を上げて立ち上がった。彼女の横にはいつもの大きな鍋壺が置いてある。アールが懐から小袋を取り出した。

「こちらを使用します。土の魔石です」

 茶色の石の欠片を数個手のひらに取り出し、リーベルに見せる。半透明なそれらは、岩石よりも宝石に近い。太陽の光を浴びて反射する魔石に対し、リーベルは意味深げに鼻を鳴らした。

「こちらですか。……ふぅん、随分と質が良い物をお持ちですね。手に入れるの大変だったでしょう」

「そうなのですか? これは知り合いから安く譲っていただいたので、そこら辺は疎くて」

「魔石のことは置いといて、それよりも、リーベル殿にお願いが。魔道具を使う前に、魔力量を計測させてほしいのです」

 エルからの意外な要求に、リーベルがきょとんと目を丸くした。

「魔力量? なんでまた」

「研究はとにかくデータ集めが大切ですから。魔力消費量を数値化できれば、それを元に必要な魔石の量も計算できるのです」

「でも、測定器はどうするんですか? 砦にはありませんよ?」

「心配ご無用。屋敷の借りてきた。壊すなよー、これ馬鹿みたいに高いんだから」

 アヴェンチュラが待ってましたと言わんばかりに、鞄から測定器を取り出した。一見ただの水晶玉であるが、魔力のある者が手を翳せば数字が浮かび上がってくる代物だ。
 実際、アヴェンチュラが手で持っているためか、水晶玉には「130」と表示されている。それをリーベルに渡せば、数字が変化した。リーベルが読み上げる。

「280。入隊時と同じですね」

「え、多くない? 平均って100前後だよ」

 ヴェンが驚き、声を上げる。リーベルが首を傾げた。

「そうなんですか。入隊時の足切りが200だったので、てっきりこの国ではそれくらいが標準なのだと」

「いやいや、足切り高すぎでしょ……それってもしかして、ヴィース達も魔力量200以上あるってこと?」

 ちらりとヴェンが男達を見る。エルが「他の方のデータもぜひ!」と言うものだから、残りの隊員達もそれぞれ魔力量を測った。
 結果は、アルカナ:143、リタース:367、ヴィース:1092、フトゥ:266となった。一同の数字に、アールとエルがヴェンに同情の眼差しを向けた。

「アヴェンチュラ……」

「俺は平均なんだよ! そもそも俺だって平均よりは上なんだよ!!」

「平均値って当てにならないし……」

「彼らは飛び値なんだよ!! 除外しろ!!」

 ヴェンが水晶玉を鞄の中に終う。
 地面に置かれたそれに、レクティタが大人達に気づかれぬようこっそり近づく。

「いひひ……まあまあ。魔力量は実は貴族の方が平均値低いってデータも出ているから。僕もそんな多くないし」

「それは知っているけどさ……でもこのヴィースの値なに!? 高すぎでしょ! 測定器壊れた!?」

「士官学校時代も大体それくらいでしたので、測定器は正常です。四桁は珍しいと言われましたが、私の他にも同期に何人かいらっしゃいましたよ」

「ふむ。やはり魔力量が多ければ多いほど、魔法を扱う際に有利なのですか?」

 アールの疑問に、フトゥが「いいや」と否定した。

「魔力量の差異はあまり関係ないのじゃ。そりゃあ、魔力が多いに越したことはないが……」

『魔法の消費量も人によって違う。結局、個々の力量に左右されるんだ』

「いひ……王国魔法は効率化できているけど、ひひ、個人魔法はどうしても体系化していないから。極論、魔力量が多くても、非効率なら一、二回しか魔法が使えないってわけ。ひひひっ」

「ほうほう、興味深いですな」

 大人達がそんな会話をしている中、レクティタは鞄の中を漁り、水晶玉にぺたりと手を触れた。雑談に飽きていたリーベルだけが、そんな彼女に気が付いた。

「………」

 測定器に反応はない。己の顔を映し出すだけの水晶玉に、レクティタは静かに肩を落とす。
 自分に魔力がないことを再確認したのだろう。しょんぼりと落ち込んでいる幼き隊長は、胸元のペンダントを握った。金の縁取りだけがされた、黒い水晶のペンダントだ。
 リーベルはアールが持ってきた魔石を思い出し、少々考えた後、レクティタにこっそり耳打ちをした。

「隊長。今日の歓迎会、途中で二人で抜け出しません?」

「え? 急にどうしたの、リーベルお姉ちゃん。」

 リーベルはちらりと男達を一瞥して、口元に手を翳した。

「見ての通り、どうせ歓迎会といっても途中から野郎どもで酒盛り確定ですよ。それだと隊長も私もつまらないじゃないですか。なら折角の機会、乙女二人で――」

 リーベルは、にかっと歯を見せて笑った。


「女子会を、開催しましょう!」

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