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22 おとなのわるだくみ

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 アヴェンチュラ・デュオ・シルヴィウスは、現王ジェロイが嫌いであった。
 というより、利権まみれの魔法至上主義を嫌悪していたのだ。
 その感情には、彼が貴族の血を引きながらも王国魔法が使えず、個人魔法しか使えない劣等感も含まれていたが――一番の理由は、ここ二十年ほどで急激に世界情勢が変わっていったからである。

 ノヴァリア帝国が熱機関を発明したのを皮切りに、周辺国からは様々な科学技術が台頭してきたのだ。
 灯りには蝋燭ではなくガス灯を。移動には馬車ではなく機関車を。戦には剣や槍ではなく銃と大砲を。
 品質の均一化と大量生産を目指した工業化は、彼らの文明と経済を発展させた。
 同時に、グラスター王国の魔法による優位性は失われていった。

 戦争ならば、大規模な爆撃を行える魔法使いで有利になっていたのを、照準性能が上がった大砲や威力の高い手投げ弾の登場により、敵国のただの一兵卒が同等の破壊力を持つようになった。
 貿易ならば、結界を張ることで魔物から安全な物流ルートを確保していたのを、船や機関車の速度向上と銃火器による武装によって力技で最短距離を開拓してきた。
 教育ならば、個々の力量に左右される魔法を教えるのではなく、基礎を抑えれば誰でも応用が可能である数学や物理に力を入れ、優秀な人材を輩出できる土壌に投資していた。

 縮まっていく国力の差に、先代の王は危機感を抱き、すぐさま対策を立てた。
 しかし、利権に囚れた貴族達がそれを邪魔し、苦労して通した政策は、現王ジェロイによって潰されてしまった。
 幼い頃から国内外を行き来する商人達の話を聞いて育ったヴェンにとって、彼らの行動は愚かにしか思えない。ソルテラに留学してその考えは益々強くなり、そして、発展していく外国とは対照的に停滞する自国に対し、漠然な不安と焦燥感を抱いていた。

 このままではグラスター王国が衰退してしまう。最悪、敵対国との戦争に負ければ属国になる可能性もある。そうなる前に、手を打たなければ、と。
 若さゆえの正義感に駆られてか、ヴェンは留学から帰国するやいなや実の兄に対して「国王に対して弱腰にならず、敵対するのを覚悟で科学を取り入れるべきだ」と進言した。
 が、結果は当然だが惨敗である。一国の王と敵対するのはリスクが大きすぎるのだ。
 領民の安全や商人の生活を考えて現状維持を選んだシルヴィウス伯とヴェンは口論の末、魔法を使った殴り合いに発展し、最後は売り言葉に買い言葉でヴェンはシルヴィウス家を飛び出した。

 そうして、王都まで行くのは気に食わず、兄の領地である都市フォルムで不貞腐れて過ごしていると、とある噂を耳にした。
 オルクス砦に駐在している、第七特殊部隊――通称、問題児部隊。ヴェンの留学中に様々な功績を上げた彼らは、フォルムの住人どころか王都の平民にまで英雄視されている。国王はそんな彼らの功績を讃え、部隊の隊長に王女を派遣したとのこと。だけど、その王女はまだ五歳で、しかも魔力がない、出来損ないと蔑まれている隠し子だったと。
 加えて、嫌がらせのために利用された哀れな王女を巡って、国王と王妃が対立しているらしい。フォルムにとばっちりがこなければいいけど――と、ヴェンは他人事のように考え、噂話にさして興味を示さなかった。

 自分がいくら憂いても、どうせ兄は聞く耳を持たないのだ。心配するだけ損。関わっても面倒ごとに巻き込まれるだけである。
 第一、派遣されてきた王女が本当に子供かも疑わしい。兄なら真相を知っているだろうが、家出中の今の自分には無関係だ――と、ヴェンは、情報収集を怠った過去の自分を殴りたい気分であった。

「レクティタ殿下って……嘘だろ」

 ヴェンは地面に尻もちを付き、頭を抱えた。
 フトゥ――というより、問題児部隊の面々については、度々耳にしていた。
 商人と繋がりがある副隊長のヴィースに、特殊な結界を張るキルクルス家の三男、魔法生物を簡単に生み出す異国の少女に、耳がよく特殊な声を持つ紫頭の男。そして、老人のような喋り方をし、蝙蝠へと変身できる少年。
 特徴が一致している目の前の少年に、ヴェンは乾いた笑いをこぼした。

「そっちは初対面なのに俺のこと知っているし……勘弁してくれよ……」

「お主、年の初めに帰省していたじゃろ? ちょうど買い出し帰りに、お主がシルヴィウス伯と馬車に乗ってたのを見かけてな。一応、顔を覚えておいたのじゃ」

 まだボケてなくて助かった、とフトゥが掛け声と共に立ち上がる。ヴェンは彼の冗談に付き合えなかった。二人の顔を交互に見ながら、レクティタが尋ねる。

「あれ? ふたりとも知り合いなの?」

「何を言っているのじゃ隊長。ほら、あの執事のセバスチャンが人探ししておったじゃろう。そいつじゃ、そいつ」

「そういえば、そんな話があったような。すっかりわすれてました。でもたしかに、ヴェンお兄さん、お兄さんとケンカ中って言ってた」

 「ね」とレクティタはヴェンに同意を促した。ヴェンは気まずそうに目を逸らす。レクティタはそんな彼に駆け寄った。

「ひつじのセバスチャン、しんぱいしていたよ。ムダなんて言わずに、お兄さんと仲直りしてみようよ」

「……レクティタ殿下」

「殿下じゃなくて、隊長! レクティタは、第七とくしゅ部隊の隊長で、今はお仕事中なのです」

 レクティタが自慢げに胸を張るも、ヴェンの顔はますます曇る。幼子の背後に立つフトゥに、非難の目を向けた。

「兄はあなた方を評価していたが、どうやら間違いだったらしい。無垢な子供を利用する輩なんて、こちらから願い下げだ」

 どうやらヴェンはレクティタが部隊の矢面に立たされていると勘違いしたようだ。フトゥは一瞬だけ斜め上に視線をやり考え込んだ後、瞬きをしていつもの調子に戻った。

「何やら凄い勘違いをされておるのう。隊長を助けてもらったゆえ悪く言いたくないが、独りよがりに家出したお主が、ワシらを非難できる立場か?」

「それと何の関係がある」

「ワシからすれば、お主もシルヴィウス伯を利用している、と言っておるのじゃ」

 ピシリと空気が固まる。剣呑な雰囲気に、レクティタが「ふ、ふおん……なぜ?」と困惑した。

「こちらの事情を知らない人間が、何を言うか。侮辱するのも大概にしろ」

「生憎、ワシは少々顔が広くてな。世間話ついでに色々と知ってしまうのじゃ。例えば、『シルヴィウス伯とその弟であるアヴェンチュラ殿の仲違いは、周辺国の科学を取り入れるべきだと進言するも、兄に口先だけと指摘されて弟が激昂したのが原因』とかな」

 レクティタにも話していない部分まで言い当てられ、ヴェンは目を見開いた。フトゥは「正論じゃな」と続ける。

「シルヴィウス伯の指摘通りじゃ。言うは易く行うは難し。お主は提案してやったという体だが、身内だから伯爵が聞いてくれただけじゃ。実績のない若造の空論など、本来なら誰も耳を貸さん。お主は面倒で肝心な『実際に行動し結果を残す』部分を伯爵に押し付けようとして、彼に見抜かれただけじゃよ」

「何を知った風に! 軍人の貴殿になら、帝国の脅威はその身に染みているだろう。早くこの国も工業化を進めなければ――今はよくても、十年後はどうなっているか……」

「そういうところを、口先だけと言われているのじゃ。お主、家を飛び出してから、何をしていた」

 フトゥの指摘に、ヴェンが怪訝な顔をする。若者の反応に、老人の声が低くなる。

「工業化を本気で考えているなら、別にシルヴィウス伯にこだわる必要ないはずだ。そこら辺の商人に手当たり次第声をかけて、科学を使った商売を提案すればいい。国王に喧嘩を売ってでも金儲けがしたい物好きの一人や二人、フォルムこの都市にはいるはずじゃ」

「……あ」

「しかもお主にはソルテラに留学していたコネがある。技術者を連れてきて商品を開発するのだって不可能ではない。例え小規模でも商売が成功したのならば、シルヴィウス伯を説得する際の実績にもできた。いくらでも動ける機会はあったはずじゃ。もう一度聞こう、お主、今まで何をしていた?」

 ヴェンは何も言えず俯いた。その顔は恥と悔しさが混じって赤くなっている。フトゥは腕を組んだ。

「信用を得たいなら、まずは動け。結果を残せ。話はそれからじゃ――と、隊長。どうしたのじゃ?」

 仕込みは終わりそろそろ本題に入ろうとしたところで、レクティタに服を引っ張られフトゥはそちらに意識を向けた。
 レクティタは金髪を揺らし、不服気に言った。

「おじーちゃん、どうしてそんないじわる言うの」

「む?」

「おじーちゃんより、ヴェンお兄さんの方が、レクティタのこと助けてくれたよ。いじわるするのは、ちがうでしょ」

「いや、隊長。ワシは別に意地悪で言っているんじゃなくてな」

 レクティタはじとりと半目になった。

「おじーちゃんがまいごになったの、ヴィースに言い付けてやる」

「それは勘弁してくれ隊長! ヴィースに燃やされる!!」

 事情が事情なため燃やされはしないだろうが、小言が多くなるのは確実である。これからの行動を考えると、ヴィースの不満を溜めたくないのがフトゥの本音であった。
 そんな彼の懇願を無視して、レクティタは「おじーちゃんがしつれいなこと言って、ごめんなさい」とヴェンに頭を下げた。ヴェンは慌てて首を横に振った。

「レクティタ殿下、王族がそんな簡単に頭を下げてはいけません。早く顔を上げて下さい」

「ゆるしてくれる?」

「ええ、ええ。私は怒ってなどいませんから。早くお顔を」

「あと、その話し方やめて。さっきみたいにお喋りしよ」

「わかりまし――ああ、いや、わかった、わかったから。敬語やめるから、頭を上げてレクティタちゃん」

 育ちの良さゆえか、ヴェンはレクティタに畏まった態度で接したが、彼女はそれをお気に召せなかったようだ。ヴェンは疲れ切った様子で口調を元に戻した。

「レクティタちゃんって……結構、頑固だね」

「ふふん、褒めてもなにもでませんよ」

「ハハハ……ねえ、レクティタちゃん」

 笑って言葉を濁したあと、ヴェンは言った。

「レクティタちゃんはさ、いいの? 問題児部隊の隊長なんかになっちゃって」

「? どういう意味?」

「……キミはただ、利用されているかもしれないんだよ。隊員達の都合の良いように」

 意趣返しを含んだヴェンの台詞に、フトゥがひくりと目元を動かした。だがレクティタはさほど気にした様子はなく、仰々しく悩むふりをする。

「うーむ、なるほど。レクティタもついに、ヴィースの壮大ないんぼーにまきこまれるハメに……」

「待ってキミのとこの副隊長って危険人物なの?」

「じょうだんです。ヴィースは小言がおおいけれど、せいじつな人です。出世したい、やしんかですが、レクティタはそんなヴィースを応援しています」

 予想よりもレクティタがしっかりと答えたので、ヴェンは鼻白んでしまった。「ヴィースが出世のために、キミを利用してもいいの?」と尋ねれば、レクティタは迷うことなく頷いた。

「レクティタは隊長なので! 部下の夢は応援するのです! ヴィースが出世すれば、レクティタもうれしい」

 それに、とレクティタは笑顔で続ける。

「りよーしたらその分、出世ばらいで、おいしいごはんを食べさせてもらいます。レクティタは、心が広いので、それで十分です」

「………」

 ヴェンはしばし黙り、頭を掻いて、自虐的に笑った。

「すごいなあ、レクティタちゃんは。俺なんかより、よっぽど腹を括っているよ。ごめんね、試すような真似をして」

「はらをくくる?」

「覚悟が決まっているってわけ。レクティタちゃんは立派な隊長さんだ」

 「えへへ。二回も褒められちゃった」とレクティタが照れる。ヴェンは優しい目で彼女を見たあと、フトゥに強い視線を向けた。

「耳が痛いが、貴殿の言い分は尤もだ。信用を得るために、不貞腐れている暇などなかった。国への想いを証明するために、私は結果を残さなくてはならないんだ……フトゥ殿のご指導に、感謝する」

 礼を述べてくるヴェンに対し、フトゥは「隊長に美味しい部分を持っていかれたのう」と肩をすくめた。

「まあ、良い。それじゃあ早速、取引でもしようかのう。どうせ手始めに何をしたら良いかわからん状態じゃろ?」

 フトゥに痛いところを突かれ、ヴェンはうっと顔を顰めた。未だ自分に対して警戒のある青年に、「なあに、互いに利益のある話じゃ」とフトゥは安心させるように笑った。

「辺境伯との仲を取り持ってやる。ついでにお主の実績も作ってやる。その代わり――」

 レクティタやヴェンから見れば彼の顔には、

「ワシの悪巧みに、付き合ってもらうぞ」

 とても悪い笑みが浮かんでいた。
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