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32 帰宅
しおりを挟む「もう発ってしまうのですか? まだ王都にいればいいのに」
「あまり店を長く空けられねえからな。来週にはもう仕事も入っているし」
「空き巣の心配もあります。早く帰ることに越したことはないでしょう」
公爵家の門前にて、ユーカリとサリクスは出立の準備をしていた。
ユーカリが風の魔法で鳥を模した大きな使い魔を作り、その背に乗る。サリクスも続こうとしたら、ヘレナに引き止められた。
「お姉様。お待ち下さい。アリス」
「はい。サリクスお嬢様、お受け取りください」
頷いて、後ろに控えていたアリスがサリクスに子袋を渡した。中身を見れば、金貨がいくつも入っている。サリクスが顔を上げた。
「ヘレナ、これって」
「少ないですが餞別ですわ」
「でも、こんなに貰えないわ。私はもう、セントアイビス家の人間ではないのに」
「ではお姉様の私物を売り払ったお金だとお考えください。どちらにせよ、もう私は次期公爵ですから、そんなお金、端金ですわ。遠慮なさらなくて結構よ」
ヘレナのわかりにくい好意に、サリクスは苦笑する。
「わかった。受け取っておくわ。ありがとう、ヘレナ……本当に、面倒ごとを押し付けるようでごめんなさい」
「お姉様が気にすることではなくてよ。今回の諸々の尻拭いは、私なりのけじめです。お姉様こそ、お父様とお母様がいなくなるのだから、公爵家に居てもよろしいですのに」
「それこそ、姓を捨てるのは私なりのけじめだから」
サリクスは屋敷を見上げた。父と母の寝室を気にしていると、察したヘレナが首を横に振った。
「お父様とお母様には会わない方がよろしいですわ、お姉様。決心が鈍るでしょう?」
「……そうね」
国王との会談の後、クラフトもルージュもすっかりもぬけの殻になってしまった。縮こまった父と母の背中は、サリクスには思うところがあった。
だが、ここで同情してはダメだ。サリクスは自立すると決めたのだから。かぶりを振って、その考えを頭から追い出す。
「まあ、もし、時間が経って、お父様とお母様のことを、ちょーっとだけ許そうかなーと思ったら、帰ってくればいいのですよ。私は歓迎致しますわ」
そう言ってヘレナはサリクスに笑いかける。サリクスも微笑んで「そうするわ」と同意する。
「ヘレナ、あとはよろしくね」
「お姉様こそ、お元気で」
最後の別れを告げて、サリクスはユーカリの使い魔に乗った。ユーカリが使い魔を飛ばし、公爵家を発つ。
サリクスはヘレナに手を振り続けた。やがて妹の姿が見えなくなると、腕を下げ、手を振るのを止めた。
「………」
サリクスはユーカリの背を見つめ、声をかけようか戸惑っていた。人の機微を察せぬ精霊が、無遠慮に尋ねる。
『サリクス、王さまのお願い、いつまでするの? はやく精霊界で遊ぼうよ!』
黒い瞳が揺れる。精霊の言う通り、サリクスがユーカリの下で働いているのは、精霊王からの頼みという建前だ。
正直、建前などあってないようなものだが、それでも、サリクスの問題が解決した以上、ユーカリが彼女の面倒をみる理由などない。
複数の仄かな光が、ふよふよとサリクスの周りに漂い、無邪気に笑った。
『そうだよ! あそぼあそぼ!』
『王さまに頼んでさー、精霊界に行こうよ!』
もちろん、精霊達の声は目の前のユーカリにも聞こえている。
サリクスは胸の前で手を握った。
「あのね、私は……」
「おい、チビども。うるせえぞ。用がないなら精霊界に帰れ」
サリクスが答える前に、ユーカリが精霊達を手で追い払う。彼らはぶーぶーと文句を付けていたが、ユーカリからクッキーを渡され一斉に菓子に群がった。
「それとな、サリクスは精霊界に行かねえぞ」
サリクスに背を向けたまま、ユーカリは言った。
「サリクスは俺の店の大事な店員なんだ。彼女は就職したって、師匠に伝えておけ」
サリクスが目を見開く。涙ぐむ彼女に、ユーカリが振り返る。
「もう二人分の仕事を取っちまったしな。これからもよろしくな、サリクス」
サリクスは涙を拭い、花が咲いたような笑顔を浮かべた。
「はい。よろしくお願いします。ユーカリ様」
*****
ヴァンヌという街の外れに、竜人が経営している魔道具店があるらしい。
主人の魔法の実力も高いが、最近、腕利きの店員が働き始めたとのこと。
ククリで店を営んでいる男は、知り合いに勧められ、その店を訪れた。
「いらっしゃい」
「いらっしゃいませ」
カウンターで竜人が作業をしており、黒髪の娘が棚を掃除している。
互いに仕事をしていた手を止め、二人は客を歓迎した。
「ようこそ、ユーカリ魔道具店へ」
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