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28 私は王妃になりません!

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「おお、サリクス。すまないね、待たせてしまって」

「いえ、お気になさらず」

 サリクスとヘレナがともに居間に入ると、既にクラフトとルージュが座っていた。
 姉妹も同様にソファに座り、両親に相対する。サリクスが、背筋を伸ばして両親に言い放つ。

「早速ですが、本題に入りましょう。私を、セントアイビス家と絶縁させてください」

 いきなり本題を切り出したサリクスに、ルージュは目に涙を浮かべ、クラフトは苦笑した。

「まあ待ちなさい、サリクス。そう結論を急くな」

「そうですよ、サリクス。第一、あなた、どうして公爵家からいなくなったの? 私たちは、とても心配したのよ」

 ルージュの台詞に、確かに説明していなかったと、サリクスは頭を下げた。

「その件に関しては、ご迷惑をおかけしました。私がいなくなったのは、精霊が私を精霊界に連れて行ったためです」

「まあ。では、精霊のいたずらで失踪したと?」

「いえ、私が自害したためです」

 えっ、と隣のヘレナが声を上げる。
 目の前のクラフトとルージュも、突然の告白にピシリと固まった。

「な、なにを言っているんだ、サリクス。冗談にしては性質が悪いぞ……」

「いえ、冗談ではありません。婚約解消を告げられたあの晩、私は衝動的に自ら命を絶ちました。氷柱で喉を貫いたはずなので、血痕が残ったと思うのですが……覚えはないですか?」

 サリクス以外の三人は、彼女のベッドに残った大量の血痕を思い出した。
 クラフトは咄嗟に口を塞ぎ、ルージュは眩暈を覚え天井を仰いだ。ヘレナは信じられないといった目で、サリクスを凝視している。

「で、でも、生きているではないか」

 クラフトがサリクスの喉を指すと、彼女は何ともなしに言った。

「それは、精霊達からの好意で精霊界に運ばれ、精霊王に蘇生されたからです。そして、私は公爵家に帰らず、昨日まである人の下で働いておりました。今までこちらに戻らなかったのは、私の意思です」

「……そう、だったのね」

 ルージュが気を取り戻し、サリクスに向き直った。

「事情はわかったわ。それで、私達にも提案があるの、サリクス」

 クラフトと顔を合わせ、互いに微笑む。


「ああ、ルージュと話し合って、今日陛下にかけあってきたんだ」

「やはり、サリクスをこのままノエル殿下と結婚させてほしいと。サリクスこそ、未来の王妃に相応しいと、陛下に伝えてきたわ」


「――は?」

 サリクスは啞然とした。何を言っているのかすぐに理解できなかったのだ。
 両親の手のひら返しに、先に口を開いたのはヘレナだった。

「なにを言っているのですか二人とも!? ノエル殿下と結婚するのは私に変更したではありませんか! それをまた変えるなんて!」

「それなんだが、ヘレナ。状況が変わった。サリクスが無事ならば、陛下としてもこのまま縁談話を進めてもらった方が都合がいいそうだ」

「サリクスが行方不明になったからといって婚約者をヘレナに変えるより、サリクスのままの方が恋愛物語として、平民受けが良いからでしょう。来年の春の増税にそなえ、王家もできるだけ平民から好感を稼いでおきたいのです」

「サリクスにとってもその方が良いだろう? そんなに思い詰めるほど、お前は王妃になりたがっていたのだから」

 クラフトとルージュは、あくまでもサリクスに向かって言っている。隣のヘレナは見ていない。二人の外れた視線に、ヘレナが耐えきれず立ち上がった。

「お姉様は良くても、私は良くありません! お二人がダメだったとき、支えたのは私なのに、そんな話……私の気持ちも、考えてください!」

 ヘレナの悲痛な叫びは、それでも二人に通じない。鬱陶しそうに、クラフトが言った。

「これまでお前の我儘は十分叶えてきただろう。未熟なお前より、優秀なサリクスの方が大事に決まっている」

「――そ、そんな……」

 顔を歪め今にも泣きだしそうなヘレナに、ルージュが追い打ちをかける。

「それに、ヘレナには期待していないわ。子供は黙って、親の言うことを聞いていればいいのよ」

「………」

 言葉を失い、ヘレナがうつむく。
 あとどれだけ頑張れば、二人は認めてくれるのだろう。見てくれるのだろう。いくら努力したところで、二人が自分を視界に入れていないのなら、彼らが望んだ結果を残せないのなら、意味はないではないか。
 言い返す気力もなくなり、目の奥が熱くなる。ぼやける視界の中、無意識に握りしめられていた手を、サリクスが取った。

「――いい加減にしてください」

 隣を見れば、サリクスもいつのまにか立っていた。怒りを滲ませた目で、クラフトとルージュを睨みつける。

「先ほどから黙って聞いていれば、私達の気持ちなど微塵も考えず、自分達の都合ばかり押し付けて。お父様とお母様は何にも変わっていない。私が公爵家に帰らなかった理由を、どうして想像してくださらないのですか」

 クラフトとルージュは、サリクスの反論に驚いていた。今まで自分達の言うことを素直に聞いてきた娘に、困惑する。

「どうしたの、サリクス。何が気に入らなかったの?」

「お前も王妃になるのは夢だったではないか。わざわざ陛下にかけあったのも、お前のためを思って――」

「――そうやって、自分達の都合を押し付けておきながら、さも私に感謝させようとするところが、嫌だったからですよ。お父様、お母様」

 クラフトの言葉を、サリクスが遮る。彼女は、隣にいるヘレナを一瞥した。
 不安げな顔をする妹は、かつての自分に似ている。幼い頃、両親に見捨てられるのが怖かった自分。
 でも、今は違う。サリクスは「見捨てない」と言ってくれたユーカリを思い出し、目を逸らず両親と向き合う。
 サリクスの反抗的な態度に、流石にクラフトが眉を顰めた。

「おい、なんだその言い草は。私は、親心からお前のために色々と働いているんだぞ」

「そ、そうよ。サリクス、あなただって、よく言っていたじゃない。『王妃になりたい』って、幼い頃から」

「私の夢だと知っておきながら、お二人は婚約解消を受け入れましたよね。私に相談もなく、『セントアイビス家から王妃が選ばれればどちらでもいい』という理由で」

「それは……」

「お父様とお母様は、初めから私達の意思なんか知ったことではないのです。娘のためなんて耳障りの良い言葉も、結局は、自分たちの罪悪感を減らすための言い訳ではありませんか」

「減らず口を! それが育ててもらった親への態度か!?」

 ついに、クラフトが眉を吊り上げ、サリクスの胸倉を掴んだ。
 己より背の高い父親に引っ張られ、サリクスの足が浮いた。ルージュが焦ってクラフトを宥める。

「あなた、やりすぎです! サリクスも、お父様に謝って」

「うるさい! ルージュは黙っていろ! サリクス、お前を育てるのにどれだけの金と時間をかけたと思うんだ!」

 クラフトの怒鳴り声に、サリクスは反射的に幼少期の恐怖がよみがえってしまう。

「朝から厭味ったらしくみすぼらしい格好をしおって! 自分一人の力で生きていけると言いたいのか!? 世間知らずで、苦労もろくにしたことない、お前が!? 貴族としての義務も果たせていないのに、文句だけは一人前か! そんな甘えた根性で、私に逆らうなど、笑わせるな!!」

 怒り狂った父親の姿に、足が竦む。咄嗟に謝罪の言葉を口にしようとし、サリクスは付けている髪飾りを思い出した。

「お前のそれは、ただの我儘だ!」

(我儘、ですって?)

 サリクスは、ユーカリと過ごした夜市場が、頭によぎった。

『人のペースに合わせても疲れるだけだろ。俺は俺、サリクスはサリクス。自分の歩幅で歩けばいい』

 サリクスは、さらに強い決意を目に宿す。

(構わないわ! これが、私なりの一歩なんだから!)

 そして、クラフトの胸倉を、掴み返した。


「我儘なのはどっちよ!! この、馬鹿親父!!」


 サリクスの貴族らしかぬ言葉使いに、クラフトだけでなく、他の二人も面喰う。
 馬鹿親父の衝撃で絶句するクラフトに、サリクスは十八年間の鬱憤をここぞとばかりに言い放った。

「私を道具扱いするくせに、どうして自分達が親として尊敬されると思っているの!? 私を育てるのに金と時間がかかったって? 恩着せがましい! 二人が私を道具としてしか見ないなら、私だってあなた達を都合の良いパトロン程度にしか思わないわよ!! 金も時間も使い道は自分で決めたくせにグチグチ文句言わないでよみっともない!!」

「な、なっ……」

「貴族として失格!? 構いやしないわ! 好きなだけ後ろ指差して笑えばいいじゃない! 私は何も恥ずかしくないもの! この家にはもう十分貢献した! セントアイビスの姓も捨てる! 人の良心に付け込まないと私一人引き止める台詞も思いつかない、あなたなんかと一緒にしないで!!」

 クラフトが怒りでわなわなと震えている。その手は、いつの間にかサリクスの胸倉を離していた。
 乾いた音が、居間に響く。頬をぶたれた衝撃で、サリクスが床に倒れ、髪飾りが落ちた。

「あ、あなた!」

「お、お前は、言わせておけば……私達の苦労も知らないで! 勝手なことを!」

 サリクスは、青いピンを床から拾って、立ち上がる。

「今日限りでセントアイビス家とは絶縁させていただきます。もう私は、あなた達の言いなりにはならないと決めたもの」

 赤く腫れた頬に構わず、サリクスは凛と背を伸ばし、両親と向き合った。


「私は王妃になりません! これからは私の人生を、歩んで行きます!」


 サリクスの独り立ちの宣言に、クラフトの血管がついに切れた。

「――そんなこと、許されると思うのか! サリクス!!」

 クラフトは懐から杖を取り出し、魔法を唱え、サリクスへ炎を向けた。まさか実の父親から魔法を使われると想定していなかったサリクスは、反応が遅れる。
 精霊を呼び出すにも間に合わない。ヘレナとルージュの悲鳴が聞こえてくる。サリクスは迫りくる炎に目を瞑り、痛みを覚悟した。

「――っ?」

 だがその瞬間、突風が吹き、肌を焼くような熱気が消えた。代わりに、誰かに抱かれた感触を覚え、サリクスがおそるおそる目を開けてみれば、

「良い啖呵切れたじゃねえか、サリクス。かっこよかったぜ」

 ユーカリが、サリクスを魔法から庇うように抱きしめていた。
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