25 / 32
25 両親との再会
しおりを挟む
その日の夜、サリクスはノエルと共に王都へ戻ってきた。
通常ならば馬車で十日、優秀な魔法使いが使い魔で飛ばしても二日かかる距離だ。それをノエルは連れてきた魔法士と交代で強引に半日で進ませた。
おかげでろくに休憩が取れず、サリクスもこき使われた魔法士も疲労している。ノエルだけはいつも通りで、魔法士を帰らせた後、サリクスと共に馬車に乗った。街中では、魔法による飛行は危険なため禁止されているからだ。
「あと少しで公爵家だ」
二人きりの馬車の中、ノエルの言葉でサリクスは窓を見た。
見慣れた屋敷が目に入る。二か月、いや三か月ぶりか。長いようで短い期間だ。もう二度と戻らないと思っていたのに。
サリクスは外を見ながら、ノエルに言った。
「ヘレナとは、まだ恋仲なのですか?」
「……君には関係ないだろう」
「愛し合っているのを理由に婚約をやめた方の台詞ではありませんね」
「随分と口数が増えたな。私はうるさい女が嫌いだと教えたはずだが」
「だから話しかけているのですが」
「………」
ノエルが鼻白んで黙ると、ガタンと馬車が止まった。
御者が目的地に着いたことを告げ、扉を開ける。二人は無言で馬車から降り、セントアイビス家の屋敷へ入った。
(絶対に公爵家には戻らない、とお父様達に伝えなければ……)
サリクスは、家族にきっぱり別れを告げようと決心していた。
出迎えにくる三人に、サリクスは身構えた。今まで屋敷に帰らなかったことを批難され、頬をぶたれると思ったからだ。
「サリクス! 無事だったのね!」
だが、サリクスの予想に反して、二人を彼女を責めなかった。それどころか、ルージュはサリクスを抱きしめ、安堵して涙を零していた。
困惑するサリクスを見て、クラフトがノエルに礼を言い、ホッと胸を下ろした。
「ああ、よかった。大きな怪我もなさそうだ。本当に、無事でよかった。サリクス」
「お父様、お母様、私は」
「なにも言わなくていいの。サリクス。疲れたでしょう、今日はもう休みましょう」
「い、いいえ。結構です。私は、別れに告げにきただけです! 家に戻る気はありません」
サリクスはルージュを引きはがし、距離を取った。
サリクスの反抗に、ルージュとクラフトはショックを受けているようだ。その様子に、ヘレナがあからさまに苛立つ。
「お姉様。お父様とお母様は、お姉様の身を案じて、ここ数か月はろくに食事すら取っていなかったのですよ。そんな態度、二人に酷というものではないでしょうか」
ヘレナの言う通り、ルージュとクラフトはサリクスの記憶より幾分か痩せていた。顔色も悪い。ルージュの目の下には、化粧で隠しきれない隈ができていた。
自分の言動で傷ついている両親の姿に、サリクスの良心が痛んだ。威勢が削がれ、決心が鈍る。
(確かに、二人には心配をかけたかもしれない。でも、私は……)
場に沈黙が落ちる。見兼ねたノエルが、彼らの会話に口を出した。
「サリクス。家に戻る気はなくとも、もう夜も遅い。詳しい話し合いは明日にしろ。一晩泊まるぐらいなら、君も我慢できるだろう」
(あなたが無理やりこんな時間に連れてきたくせに)
サリクスはじろりとノエルを睨んだ。彼から助け舟を出された両親は、ここぞとばかりに賛同する。
「そうだ、サリクス。こんな夜更けに出歩くのは危険だ。今日はもう休みなさい」
「お話は明日にしましょう。だからサリクス、お願い、家を出るなんて言わないで……」
「……わかりました。殿下の言う通り、今日は泊まらせていただきます」
サリクスは苦虫を嚙み潰したような顔をして、渋々ノエルの提案に乗った。
今、強引に別れを切りだしても二人は応じないだろう。また誘拐事件扱いされて、ユーカリに迷惑をかけても困る。
サリクスはルージュに進められた通り、先に部屋に戻ることにした。
ノエルに別れを言って、階段を上ろうとした時、すれ違ったヘレナに嫌味を吐かれる。
「お姉様はいいですね、迷惑かけても心配されて。羨ましいです」
「………」
サリクスはヘレナを一瞥したが、何も言わず自室へ戻った。
(迷惑……そうね、きっと迷惑をかけているわ。たくさんの人に)
サリクスはそっと髪飾りに触れた。
(それでも、自分の意思を通したいのは、我儘なのかしら……私が、間違っているのかな……)
耳の横に付けているピンを外し、手に取る。
青いビーズはサリクスの顔を映すだけで、彼女の疑問に何も答えなかった。
通常ならば馬車で十日、優秀な魔法使いが使い魔で飛ばしても二日かかる距離だ。それをノエルは連れてきた魔法士と交代で強引に半日で進ませた。
おかげでろくに休憩が取れず、サリクスもこき使われた魔法士も疲労している。ノエルだけはいつも通りで、魔法士を帰らせた後、サリクスと共に馬車に乗った。街中では、魔法による飛行は危険なため禁止されているからだ。
「あと少しで公爵家だ」
二人きりの馬車の中、ノエルの言葉でサリクスは窓を見た。
見慣れた屋敷が目に入る。二か月、いや三か月ぶりか。長いようで短い期間だ。もう二度と戻らないと思っていたのに。
サリクスは外を見ながら、ノエルに言った。
「ヘレナとは、まだ恋仲なのですか?」
「……君には関係ないだろう」
「愛し合っているのを理由に婚約をやめた方の台詞ではありませんね」
「随分と口数が増えたな。私はうるさい女が嫌いだと教えたはずだが」
「だから話しかけているのですが」
「………」
ノエルが鼻白んで黙ると、ガタンと馬車が止まった。
御者が目的地に着いたことを告げ、扉を開ける。二人は無言で馬車から降り、セントアイビス家の屋敷へ入った。
(絶対に公爵家には戻らない、とお父様達に伝えなければ……)
サリクスは、家族にきっぱり別れを告げようと決心していた。
出迎えにくる三人に、サリクスは身構えた。今まで屋敷に帰らなかったことを批難され、頬をぶたれると思ったからだ。
「サリクス! 無事だったのね!」
だが、サリクスの予想に反して、二人を彼女を責めなかった。それどころか、ルージュはサリクスを抱きしめ、安堵して涙を零していた。
困惑するサリクスを見て、クラフトがノエルに礼を言い、ホッと胸を下ろした。
「ああ、よかった。大きな怪我もなさそうだ。本当に、無事でよかった。サリクス」
「お父様、お母様、私は」
「なにも言わなくていいの。サリクス。疲れたでしょう、今日はもう休みましょう」
「い、いいえ。結構です。私は、別れに告げにきただけです! 家に戻る気はありません」
サリクスはルージュを引きはがし、距離を取った。
サリクスの反抗に、ルージュとクラフトはショックを受けているようだ。その様子に、ヘレナがあからさまに苛立つ。
「お姉様。お父様とお母様は、お姉様の身を案じて、ここ数か月はろくに食事すら取っていなかったのですよ。そんな態度、二人に酷というものではないでしょうか」
ヘレナの言う通り、ルージュとクラフトはサリクスの記憶より幾分か痩せていた。顔色も悪い。ルージュの目の下には、化粧で隠しきれない隈ができていた。
自分の言動で傷ついている両親の姿に、サリクスの良心が痛んだ。威勢が削がれ、決心が鈍る。
(確かに、二人には心配をかけたかもしれない。でも、私は……)
場に沈黙が落ちる。見兼ねたノエルが、彼らの会話に口を出した。
「サリクス。家に戻る気はなくとも、もう夜も遅い。詳しい話し合いは明日にしろ。一晩泊まるぐらいなら、君も我慢できるだろう」
(あなたが無理やりこんな時間に連れてきたくせに)
サリクスはじろりとノエルを睨んだ。彼から助け舟を出された両親は、ここぞとばかりに賛同する。
「そうだ、サリクス。こんな夜更けに出歩くのは危険だ。今日はもう休みなさい」
「お話は明日にしましょう。だからサリクス、お願い、家を出るなんて言わないで……」
「……わかりました。殿下の言う通り、今日は泊まらせていただきます」
サリクスは苦虫を嚙み潰したような顔をして、渋々ノエルの提案に乗った。
今、強引に別れを切りだしても二人は応じないだろう。また誘拐事件扱いされて、ユーカリに迷惑をかけても困る。
サリクスはルージュに進められた通り、先に部屋に戻ることにした。
ノエルに別れを言って、階段を上ろうとした時、すれ違ったヘレナに嫌味を吐かれる。
「お姉様はいいですね、迷惑かけても心配されて。羨ましいです」
「………」
サリクスはヘレナを一瞥したが、何も言わず自室へ戻った。
(迷惑……そうね、きっと迷惑をかけているわ。たくさんの人に)
サリクスはそっと髪飾りに触れた。
(それでも、自分の意思を通したいのは、我儘なのかしら……私が、間違っているのかな……)
耳の横に付けているピンを外し、手に取る。
青いビーズはサリクスの顔を映すだけで、彼女の疑問に何も答えなかった。
34
お気に入りに追加
2,949
あなたにおすすめの小説
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
虐げられていた姉はひと月後には幸せになります~全てを奪ってきた妹やそんな妹を溺愛する両親や元婚約者には負けませんが何か?~
***あかしえ
恋愛
「どうしてお姉様はそんなひどいことを仰るの?!」
妹ベディは今日も、大きなまるい瞳に涙をためて私に喧嘩を売ってきます。
「そうだぞ、リュドミラ!君は、なぜそんな冷たいことをこんなかわいいベディに言えるんだ!」
元婚約者や家族がそうやって妹を甘やかしてきたからです。
両親は反省してくれたようですが、妹の更生には至っていません!
あとひと月でこの地をはなれ結婚する私には時間がありません。
他人に迷惑をかける前に、この妹をなんとかしなくては!
「結婚!?どういうことだ!」って・・・元婚約者がうるさいのですがなにが「どういうこと」なのですか?
あなたにはもう関係のない話ですが?
妹は公爵令嬢の婚約者にまで手を出している様子!ああもうっ本当に面倒ばかり!!
ですが公爵令嬢様、あなたの所業もちょぉっと問題ありそうですね?
私、いろいろ調べさせていただいたんですよ?
あと、人の婚約者に色目を使うのやめてもらっていいですか?
・・・××しますよ?
職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?
そう言うと思ってた
mios
恋愛
公爵令息のアランは馬鹿ではない。ちゃんとわかっていた。自分が夢中になっているアナスタシアが自分をそれほど好きでないことも、自分の婚約者であるカリナが自分を愛していることも。
※いつものように視点がバラバラします。
妹ばかりを贔屓し溺愛する婚約者にウンザリなので、わたしも辺境の大公様と婚約しちゃいます
新世界のウサギさん
恋愛
わたし、リエナは今日婚約者であるローウェンとデートをする予定だった。
ところが、いつになっても彼が現れる気配は無く、待ちぼうけを喰らう羽目になる。
「私はレイナが好きなんだ!」
それなりの誠実さが売りだった彼は突如としてわたしを捨て、妹のレイナにぞっこんになっていく。
こうなったら仕方ないので、わたしも前から繋がりがあった大公様と付き合うことにします!
【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。
西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。
私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。
それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」
と宣言されるなんて・・・
私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです
風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。
婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。
そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!?
え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!?
※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。
※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。
※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる