私は王妃になりません! ~王子に婚約解消された公爵令嬢、街外れの魔道具店に就職する~

瑠美るみ子

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11 サリクスがいなくなった公爵家

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「ああ……サリクス。サリクスは一体、どこへ行ってしまったの……」

 セントアイビス公爵家では、公爵夫人であるルージュの泣き声が絶えなかった。
 無理もない。今まで手塩をかけて育てきた愛娘が、一晩の間に行方不明になってしまったのだ。
 婚約解消の話をした翌朝、使用人がサリクスを起こしに寝室に入ると、ベッドに大量の血痕を残して彼女は姿を消した。公爵夫妻はすぐさま憲兵を呼び、何が起こったのか調査させたが、結果はわからずじまいだ。
 部屋で争った形跡はないが、残った血痕からサリクスは誘拐されたのではないかと憲兵は判断した。セントアイビス公爵家の長女が行方をくらました事件は、すぐさま王都中に広まってしまった。

「サリクス、サリクス……うぅ……」

 自室でずっと泣き止まない母親に、ヘレナは苛立ちを隠さずに言った。

「お母様、いい加減泣き止んでください。今日は、私とノエル殿下のドレスについて相談があると言ったではありませんか。お姉様なら、そのうち見つかりますよ」

 妹とは思えない冷たい意見に、ルージュは顔を顰めた。

「なんて酷いことを言うの。ヘレナ、あなたは姉の安否が心配ではないのですか。こんなときに結婚式の相談なんて」

 ルージュはキッとヘレナを睨んだ。

「それに、わかっているのですか。ノエル殿下の婚約者は、まだ・・サリクスなのです。婚約解消の話は、公に発表したわけではありません。これが何を意味するのか、わかっているのですか?」

 ヘレナは胸元でドレスの候補が描かれた紙束を抱え、不貞腐れた態度で答えた。

「わかっています。姉が行方知らずというのに、妹の私が殿下との結婚を考える行動は、薄情に思われるということでしょう。まるで姉がいなくなって喜んでいるようにも見え、周囲からの心象も悪くなります。ですが、お母様。お母様とドレスの相談をするくらいなら、問題は——」

「全然、違う」

 ヘレナの言葉を遮り、ルージュはわざとらしくため息を吐いた。

「ヘレナ、本当にあなたはサリクスと比べてダメな子ね。お姉様なら、すぐ理解したというのに」

「——っ!」

 ヘレナを泣くのを堪えるように唇を噛んだ。母親からあからさまに落胆されて傷ついている子供など気にも留めず、ルージュは続けた。

「いい? 婚約解消が水面下で進んでいた最中に、サリクスは消えてしまったのよ。事情を知っている者なら、こう考える可能性もあるわ。『サリクスは婚約解消の話がショックで、行方不明になってしまったのではないか』と」

「……それが、なんだって言うのですか」

「まだ理解できないのですか!? もし本当にサリクスが婚約解消のショックで家を出たというなら、それを承諾した私たちが誹りを受けるのですよ!? 娘の気持ちも汲んでやれない、無能な家族だと!」

 想像もしていなかった保身の言葉に、ヘレナは動揺する。
 ルージュは額を抑え、憂いげに目を伏せた。

「ああ……ただでさえ、婚約者を変えるなんて批判を受けやすいことなのに。ノエル殿下からの申し出であること、国王の許可を頂いていること、そして何よりサリクス自身が二人に祝福をあげる条件が揃ってようやく、丸く収まる話だったのよ。それなのに、いなくなってしまうなんて」

 ルージュはまたもや長女の名前を呼んで泣き始めた。
 ヘレナは言葉を失い、しばらくその場から動けなかった。母親のそばで佇んでいる娘に、入室してきたクラフトが訝しげに声をかけた。

「どうした、ヘレナ。そんなところに立って」

「お、お父様。いえ、なんでも……」

 ヘレナの様子に首を傾げるが、クラフトは構わず妻の元へ向かった。未だ泣いているルージュの肩を抱き、優しく語りかける。

「大丈夫だ、ルージュ。複数の新聞社に頼んで、サリクスの記事を書いてもらうことにしたよ。これで、少しは情報も集まるだろう」

「あなた……ありがとうございます」

「何を言っている。当たり前のことだろう。私だって、誘拐されたサリクスが心配で食事が喉を通らないよ。無事だといいんだが……」

 やつれた父親に、ヘレナは先ほどの母の発言を思い出す。
 もし、サリクスが自主的に公爵家から逃げた場合、父であるクラフトも批判されるだろう。それを防ぐため、世間にサリクスは誘拐されたと印象付けているのだろうか。ヘレナには判断できなかった。
 ただ一つハッキリと言えることは、クラフトの言葉は嘘ではないということ。ここ数日、父も母も食事の量は少なく、目の下のくまが濃いときも多い。
 保身はあれど、サリクスの安否を心配しているのも本心なのだろう。昔から両親の関心と愛情を持っていく姉の存在に、ヘレナは歯軋りをした。

「……もうとっくに、死んでいるかもしれないのに」

 死んでくれていたら、嬉しいのに。
 ヘレナがボソリと呟いた。小声で言ったつもりだが、近くにいたクラフトには聞こえたようだ。顔を真っ赤にし、ヘレナを非難した。

「なんてことを言うんだヘレナ! お前には心が無いのか!」

「……可能性を言ったまでです」

 「ヘレナ!」クラフトは扉を示した。「不愉快だ! 自室に戻っていろ!」

「——いつも、お姉様ばかり」

 ヘレナは父に逆らわず、ルージュの部屋から出て行った。
 自室に入り、持っていた紙束を床に投げ捨てる。

「なんで! いつもいつも、お姉様ばかりなの!」

 眉尻を釣り上げ、目からは涙を流す。

「私が王妃になるのに! 二人の夢は、私が叶えるのに! いつもいつも、お姉様ばかり!! お姉様だけ!! お姉様しか見ない!!」

 地団駄を踏み、泣き叫ぶ。思いつく限り罵倒した後、床に膝を付き、両手で顔を覆った。

「私を見てよ……お姉様だけじゃなくて、私を見てよぉ……」

 ヘレナの啜り泣く声は、公爵夫妻には届かなかった。
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