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01 どちらでもいい
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「悪いが、サリクス。あなたとの婚約は無かったことにしてもらいたい。代わりに、君の妹であるヘレナと結婚することにした」
目の前に座っている第一王子ノエルの発言に、サリクスは耳を疑った。
美しい容姿だが、無機物のような冷たさを覚える少女だ。
混じり気のない真っ黒な髪と陶器と見間違うほど白い肌、そして感情が抜け落ちた表情が相待って、まるで人形が座っているようだった。
「……どういう、ことでしょうか」
黒曜石の目を僅かに見開いて、サリクスは低い声で聞き返した。
「ノエル殿下。この婚約は五年前から結ばれたもの。急にそんなことを言われても、国王夫妻や私の両親が納得するはずがありません」
サリクスはゆっくりと、冷静に話した。机を挟んだ向こう側にいるノエルを、生気のない瞳がじっと見つめた。
サリクスはノエルに呼び出されて、王城に赴いてきたのだ。
通された部屋のソファに腰掛け、王子を待っていたが、彼はすぐにやって来なかった。
侍女が淹れた紅茶がすっかり冷めてしまった時に、ようやくノエルが来たかと思えば、開口一番に婚約解消の話を持ち出されたのだ。
いくら普段は従順なサリクスといえど、これには困惑した。
「どうかお考え直しください、ノエル殿下。どうしてもヘレナを愛しているというなら、愛人という選択も――」
「どうやら、勘違いをしているようだな」
サリクスの言葉を遮り、ノエルが鼻で笑った。
王族特有のエメラルドの瞳に、嘲笑の色が浮かび上がる。
「その国王陛下と、あなたの両親から許可を貰ったから、こうしてあなたに話をしているんだ」
「――」
ノエルの馬鹿にするかのような言い方に、サリクスは動揺を露わにした。
初めて人間らしい感情を出した彼女に、ノエルは乾いた笑いを溢す。
「驚いたか? 私もすんなり事が進んで驚いているよ。セントアイビス公爵夫妻は、姉妹のどちらかが王妃になればよかったんだ。国王夫妻は言わずもがな。優秀な魔法使いならばどちらでも良い。どちらにせよ、あなたじゃなければならない意味はなかったんだ」
「う、嘘……」
「嘘じゃないさ。帰ったら、公爵に確認してみると良い。ああ、妹の方が詳しく説明してくれるかもな。ヘレナはどうやら、君を憎んでいるようだから、嬉々として教えてくれるだろう」
ノエルの言葉に、サリクスはみるみる顔を青くしていった。ただでさえ白い顔から血の気が引く様子は、見ている側が心配してしまうほどだ。
「そんな……じゃあ……私は……」
弱々しく独りごちるサリクスを、ノエルは軽蔑した眼差しを向け、追い討ちをかけた。
「話は以上だ。サリクス嬢。早くここから去りたまえ。もう、私には近づくな」
ノエルに命令されるが、サリクスは立ち上がれない。呆然とした表情で、彼女は王子に問う。
「……どう、して」
「なんだ」
「——どうして、ヘレナだったのですか?」
ほとんど呟きに近い小声に、ノエルは短く笑った。
「——ハッ。そんなの」
その笑みには、自虐も含まれているように見えた。
「最初から、どちらでもよかった。それだけだ」
かくして。
サリクス・セントアイビスは、サンベリア王国第一王子ノエルとの婚約が解消された。
目の前に座っている第一王子ノエルの発言に、サリクスは耳を疑った。
美しい容姿だが、無機物のような冷たさを覚える少女だ。
混じり気のない真っ黒な髪と陶器と見間違うほど白い肌、そして感情が抜け落ちた表情が相待って、まるで人形が座っているようだった。
「……どういう、ことでしょうか」
黒曜石の目を僅かに見開いて、サリクスは低い声で聞き返した。
「ノエル殿下。この婚約は五年前から結ばれたもの。急にそんなことを言われても、国王夫妻や私の両親が納得するはずがありません」
サリクスはゆっくりと、冷静に話した。机を挟んだ向こう側にいるノエルを、生気のない瞳がじっと見つめた。
サリクスはノエルに呼び出されて、王城に赴いてきたのだ。
通された部屋のソファに腰掛け、王子を待っていたが、彼はすぐにやって来なかった。
侍女が淹れた紅茶がすっかり冷めてしまった時に、ようやくノエルが来たかと思えば、開口一番に婚約解消の話を持ち出されたのだ。
いくら普段は従順なサリクスといえど、これには困惑した。
「どうかお考え直しください、ノエル殿下。どうしてもヘレナを愛しているというなら、愛人という選択も――」
「どうやら、勘違いをしているようだな」
サリクスの言葉を遮り、ノエルが鼻で笑った。
王族特有のエメラルドの瞳に、嘲笑の色が浮かび上がる。
「その国王陛下と、あなたの両親から許可を貰ったから、こうしてあなたに話をしているんだ」
「――」
ノエルの馬鹿にするかのような言い方に、サリクスは動揺を露わにした。
初めて人間らしい感情を出した彼女に、ノエルは乾いた笑いを溢す。
「驚いたか? 私もすんなり事が進んで驚いているよ。セントアイビス公爵夫妻は、姉妹のどちらかが王妃になればよかったんだ。国王夫妻は言わずもがな。優秀な魔法使いならばどちらでも良い。どちらにせよ、あなたじゃなければならない意味はなかったんだ」
「う、嘘……」
「嘘じゃないさ。帰ったら、公爵に確認してみると良い。ああ、妹の方が詳しく説明してくれるかもな。ヘレナはどうやら、君を憎んでいるようだから、嬉々として教えてくれるだろう」
ノエルの言葉に、サリクスはみるみる顔を青くしていった。ただでさえ白い顔から血の気が引く様子は、見ている側が心配してしまうほどだ。
「そんな……じゃあ……私は……」
弱々しく独りごちるサリクスを、ノエルは軽蔑した眼差しを向け、追い討ちをかけた。
「話は以上だ。サリクス嬢。早くここから去りたまえ。もう、私には近づくな」
ノエルに命令されるが、サリクスは立ち上がれない。呆然とした表情で、彼女は王子に問う。
「……どう、して」
「なんだ」
「——どうして、ヘレナだったのですか?」
ほとんど呟きに近い小声に、ノエルは短く笑った。
「——ハッ。そんなの」
その笑みには、自虐も含まれているように見えた。
「最初から、どちらでもよかった。それだけだ」
かくして。
サリクス・セントアイビスは、サンベリア王国第一王子ノエルとの婚約が解消された。
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