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ウィステリア様の体質は、ご先祖様の精霊に起因するようです。
グレード公爵家は、数代前に氷の精霊と契約を交わし、精霊と人間の子供を作ったとのこと。
精霊の子はそれはそれは優秀な魔術師となったそうで、王国の発展に寄与しました。そして、彼はやがて公爵家の当主となり、彼の子孫は代々氷の魔術に長けた魔術師になったそうです。
しかし、ここで問題が発生しました。
氷の精霊の血が通っている子孫たちは、暑さに弱かったのです。
精霊の血が強ければ強いほど、熱や暑さに弱く、身体がまるで水のように溶けてしまうとのこと。
年月が経つに連れ精霊の血は薄くなり、グレード公爵家の子孫は暑がりな体質程度になっていきました。ですが、不運にもウィステリア様は先祖返りしてしまい、それを改善するため、我が侯爵家が誇るボロ屋に訪れてきたというわけです。
「お話はわかりましたが、なぜ求婚なのですかぁぁぁ……」
それから三日後。
私は公爵家の豪華な馬車の中で、ウィステリア様に向かって嘆いていました。
私の正面に座っている彼は、手元の書類に目を落としたまま、三日前の契約についてまた話始めます。
「先日も話したが、使用人として雇い入れるより、身内としてそばにいてもらった方が好都合だからだ。そうなると、やはり結婚という形が望ましい。幸いに、互いの利害も一致している。それになにか不満があるのか?」
人形のように表情を変えないまま、ウィステリア様は私に尋ねてきました。
淡々とした口調は無表情も相まって、聞き手を突き放しているようです。ですが負けじと、私は口ごもりながら不満を口にしました。
「契約内容はともかく……同居は早すぎませんか!? また結婚していないんですよ!?」
「同居の方が何かと便利だからだ。婚約者なら問題ないだろう。多分」
「確かにそうかもしれませんが~~!! そういう話ではないんですよ~~!!」
会ったばかりの人と、そんな簡単に暮らせるかという! 心の話です!!
ウィステリア様にそれを伝えるも、「三日も時間があっただろう」と返されてしまいました。ダメだ。多分、これ以上話すのは無駄です。私はウィステリア様との価値観の違いに肩を落とし、これからの新生活がうまくやっていけるか心配になってきました。
あの夜、ウィステリア様から持ちかけられた話は単純でした。
「侯爵家の借金返済とこれからの生活の保障をする代わりに、ラヴァンダ嬢の魔術で私の体質を改善してほしい」
ウィステリア様の言葉に、私は疑問符が浮かびました。
私の魔術が、どうしてウィステリア様の体質を改善することに結びつくのでしょうか。
ウィステリア様は順を追って説明してくださいました。
「まず、私は普段、自身に魔術をかけて体温を調整している。日常生活を送る分には問題ないのだが、万能ではない。例えば、敵から襲撃を受け、魔力を多く失ってしまえば、体温を調節できず外界の気温によって死ぬ可能性がある。昨日のようにな」
「えっ!? それでは、昨日は相当危険な状態だったということですか!?」
「そういうことだ。貴方は私の命の恩人になる。助かった、感謝している」
全く感謝していなさそうな態度で礼を述べ、ウィステリア様は話を続けました。
「夜会や舞踏会、人が集まる場所に顔を出さないのも、この体質が原因だ。国事や立場上欠席できない場合のみ、そういったパーティーに参加している。人が密集する場所は気温が高くなりやすい上に、他人の体温で溶ける可能性もあるからだ」
だが、とウィステリア様は言葉を区切り、私に右手を見せてきました。
「貴方は例外だった。溶けるどころか、今も魔術無しで形を保っている。昨日から、ずっとだ」
ウィステリア様は最初から変わらず冷静な態度で話すため、私はすぐに理解できず首を傾げました。
「あの、魔術無しとは、どういう意味でしょうか……?」
ウィステリア様は今度は左手を掲げました。指先の形が変化し、手首を伝って水が床に垂れます。
「今、私は左腕の体温を魔術で調節している。魔術を止めれば、こうしてすぐ身体が溶け始める。だが、右はどうだ? 溶けていないだろう?」
私は頷きました。ウィステリア様は続けます。
「昨日、ラヴァンダ嬢が私に魔術をかけて以降、私は右腕の体温を調節していない」
「え……?」
「今日一日実験していたが、貴方が魔術をかけた右腕と、かけなかった左腕では、結果がまるで違った。左腕は常に体温を調節しなければ溶けるのに対し、右腕は何もしていなくても、一日中形を保っていた。試してはいないが、おそらく、右腕以外でも同じ結果が得られるだろう」
「それは、その、つまり……?」
「つまり、貴方の魔術は、私の体温を一定に保つことができる。私は精霊の血が濃いせいで、人間の魔術は無効化してしまう。そのせいで何人もの医者や魔術師が匙を投げた治療を、貴方は昨日、やってのけたのだ」
「………」
「貴方の魔術を定期的にかければ、いずれ体質が改善するかもしれない。少なくとも、私の負担が軽くなるのは確かだ。そして、使用人として雇い入れるより、身内の方が治療もしやすく、私の秘密も漏れにくいだろう。だから、ラヴァンダ嬢に結婚を申し込みにきた。この話を受けるのなら、先ほどの条件を約束しよう」
話が終わったからか、ウィステリア様はハーブティーを一口飲み、黙ってしまいました。
重い沈黙の中、私は返事に迷っていました。
予想以上に切実な事情でした。昨日の今日で年頃の女性に求婚するなんて変な人だなと思っていましたが、ここまで切羽詰まっているのなら致し方ないかもしれません。治療を断るというのは、少し酷なような気もします。
でも、やはり結婚はちょっと。お話を聞く限り、使用人でも大した問題はなさそうですし、ここは何とか説得して公爵家のメイドにならなければ――
と、私が口を開く前に、お母様とお父様がリビングに突入してきました。とても上機嫌に。
「話は聞かせてもらいましたわ! そんな深い事情がおありだったなんて!」
「お労しや、ウィステリア様! 今までさぞ苦労なさったでしょう!」
しまった。忘れてましたわ。
今もなおロシェル家復興のため奔走している両親が、こんな美味しい話を逃すはずありません。絶対立ち聞きしていましたわ。
おそらく問答無用で求婚を受け入れて私に嫁に行けと説得するでしょう。そんなの嫌です。次期公爵に嫁ぐなど荷が重すぎます。尊敬する両親ですが、仕方ありません。徹底抗戦です。
そう私は身構えましたが、出てきた二人の台詞は意外なものでした。
「しかし、求婚は受け入れられませんわ。お引き取りください」
「ラヴァンダはまだ十七歳。加えて長い間、社交界から離れて暮らしていました。そんな娘がいきなり、次期公爵の妻となれば、その重責に耐えられないでしょう。この話はなかったことに」
驚いたのは、私だけでなくウィステリア様もでした。
わずかに眉間にしわを寄せ、怪訝に言います。
「……悪い話ではないでしょう、ロシェル侯爵。侯爵家の支援にもなり、娘の将来も安定する。失礼だが、今の貴方達にとって、これとない条件では?」
「いいえ、わかっておりませんわ。ウィステリア様」
お母様が首を横に振りました。
「公爵夫人ともなればそれ相応の振る舞いと家格が求められます。お恥ずかしながら、私達はラヴァンダに十分な教育を施せませんでした。そんな娘をいきなり公爵家に嫁がせろだなんて、ラヴァンダを笑い者にすると仰っているのと同じですわ。母として、そんなお話受け入れるわけにはいけません」
お、お母様!
「それに、金のためにラヴァンダを公爵家に嫁がせれば、彼女の逃げ場は絶たれ、我が侯爵家は後ろ指をさされるだろう。娘を犠牲にした家の復興など、私は望んでいない」
お、お父様!
私はなんて素敵な両親を持ったのでしょう。二人の娘を思う気持ちに感動していると、ウィステリア様が淡々と言いました。
「了承した。要は、ラヴァンダ嬢の教育の肩代わりをし、ロシェル家を立て直すまでの時間と資金が欲しいということだな。それまでは、彼女と結婚するなと」
えっ?
「ならば、とりあえず一年間は婚約という形でどうだろうか。ラヴァンダ嬢はその間、グレード公爵家で預かる形になるが。利害が一致しなくなれば、婚約を解消する。離婚よりは醜聞になるまい。互いに、これくらいの期間があれば十分だと思うが」
「娘を頼みますわ、ウィステリア様」
お母様!?
「幸せになるんだぞ、ラヴァンダ」
お父様!?
「話は決まったな。では、三日後の朝、迎えに来る。世話をかけた」
両親の華麗な手のひら返しに呆気に取られているうちに、ウィステリア様がさっさと帰ってしまいました。
あれ、待って。
肝心の私の意思を確認してなくないですか!? 酷い!! ウィステリア様酷い!!
「よくやったぞラヴィ~! 玉の輿だ~!!」
「ラヴィすごいわ~! 流石私の娘よ~!!」
娘を売った両親はもろ手を挙げて喜んでいます。外道め。
二人が侯爵家復興を諦めるわけないと薄々勘づいていましたが、少しは娘への思いやりはないのですか。結局、プロポーズを了承しているじゃありませんか。しかもグレード公爵家に住むことになっていますし。これでは婚約者も妻も対して変わりませんよ。
私の文句に、お母様がニヤリと笑いました。
「あら? そんなことないわよ、ラヴィ。さっきウィステリア様が仰っていた通り、婚約解消は離婚より大した醜聞ではないわ。ウィステリア様が嫌な男だったら、利用するだけ利用してさっさと逃げちゃえばいいのよ」
「そうだそうだ。それに、あの男とラヴィなら、我が娘の方に利がある。何かあっても『もう治療をしない』と脅すことができる。存分に次期公爵を尻に敷いてこい!」
我が両親ながらクズですわ。貴族って性格が悪くなければ務まらないのでしょうか。
この後、仕事から帰ってきたお兄様が事の流れを知り、お父様とお母様に本気で怒ってくれましたので、とりあえず文句を言うのは止めとします。
まあ最早起きてしまったことは仕方ありませんので、私は流れに身を任せると決めました。
こうして、職場に仕事を辞めることを伝えたり、実家の荷物を纏めているとあっという間に三日が経ち、ウィステリア様は約束通り私を迎えに来てくれました。
この三日間のことを思い出しているうちに、馬車が王都にある公爵家の屋敷に着いたそうです。
馬車から降りれば、品のある老人がウィステリア様を出迎ていました。おそらく、公爵家の執事でしょう。
目を引くほど大きなお屋敷に、手入れされた庭に咲き誇る季節の花々。執事が装飾された重たそうな扉を開ければ、中にはたくさんの使用人が並んで私達を出迎えました。
何もかもが今までとは正反対の環境で――私の、グレード公爵家での新生活が、始まります。
グレード公爵家は、数代前に氷の精霊と契約を交わし、精霊と人間の子供を作ったとのこと。
精霊の子はそれはそれは優秀な魔術師となったそうで、王国の発展に寄与しました。そして、彼はやがて公爵家の当主となり、彼の子孫は代々氷の魔術に長けた魔術師になったそうです。
しかし、ここで問題が発生しました。
氷の精霊の血が通っている子孫たちは、暑さに弱かったのです。
精霊の血が強ければ強いほど、熱や暑さに弱く、身体がまるで水のように溶けてしまうとのこと。
年月が経つに連れ精霊の血は薄くなり、グレード公爵家の子孫は暑がりな体質程度になっていきました。ですが、不運にもウィステリア様は先祖返りしてしまい、それを改善するため、我が侯爵家が誇るボロ屋に訪れてきたというわけです。
「お話はわかりましたが、なぜ求婚なのですかぁぁぁ……」
それから三日後。
私は公爵家の豪華な馬車の中で、ウィステリア様に向かって嘆いていました。
私の正面に座っている彼は、手元の書類に目を落としたまま、三日前の契約についてまた話始めます。
「先日も話したが、使用人として雇い入れるより、身内としてそばにいてもらった方が好都合だからだ。そうなると、やはり結婚という形が望ましい。幸いに、互いの利害も一致している。それになにか不満があるのか?」
人形のように表情を変えないまま、ウィステリア様は私に尋ねてきました。
淡々とした口調は無表情も相まって、聞き手を突き放しているようです。ですが負けじと、私は口ごもりながら不満を口にしました。
「契約内容はともかく……同居は早すぎませんか!? また結婚していないんですよ!?」
「同居の方が何かと便利だからだ。婚約者なら問題ないだろう。多分」
「確かにそうかもしれませんが~~!! そういう話ではないんですよ~~!!」
会ったばかりの人と、そんな簡単に暮らせるかという! 心の話です!!
ウィステリア様にそれを伝えるも、「三日も時間があっただろう」と返されてしまいました。ダメだ。多分、これ以上話すのは無駄です。私はウィステリア様との価値観の違いに肩を落とし、これからの新生活がうまくやっていけるか心配になってきました。
あの夜、ウィステリア様から持ちかけられた話は単純でした。
「侯爵家の借金返済とこれからの生活の保障をする代わりに、ラヴァンダ嬢の魔術で私の体質を改善してほしい」
ウィステリア様の言葉に、私は疑問符が浮かびました。
私の魔術が、どうしてウィステリア様の体質を改善することに結びつくのでしょうか。
ウィステリア様は順を追って説明してくださいました。
「まず、私は普段、自身に魔術をかけて体温を調整している。日常生活を送る分には問題ないのだが、万能ではない。例えば、敵から襲撃を受け、魔力を多く失ってしまえば、体温を調節できず外界の気温によって死ぬ可能性がある。昨日のようにな」
「えっ!? それでは、昨日は相当危険な状態だったということですか!?」
「そういうことだ。貴方は私の命の恩人になる。助かった、感謝している」
全く感謝していなさそうな態度で礼を述べ、ウィステリア様は話を続けました。
「夜会や舞踏会、人が集まる場所に顔を出さないのも、この体質が原因だ。国事や立場上欠席できない場合のみ、そういったパーティーに参加している。人が密集する場所は気温が高くなりやすい上に、他人の体温で溶ける可能性もあるからだ」
だが、とウィステリア様は言葉を区切り、私に右手を見せてきました。
「貴方は例外だった。溶けるどころか、今も魔術無しで形を保っている。昨日から、ずっとだ」
ウィステリア様は最初から変わらず冷静な態度で話すため、私はすぐに理解できず首を傾げました。
「あの、魔術無しとは、どういう意味でしょうか……?」
ウィステリア様は今度は左手を掲げました。指先の形が変化し、手首を伝って水が床に垂れます。
「今、私は左腕の体温を魔術で調節している。魔術を止めれば、こうしてすぐ身体が溶け始める。だが、右はどうだ? 溶けていないだろう?」
私は頷きました。ウィステリア様は続けます。
「昨日、ラヴァンダ嬢が私に魔術をかけて以降、私は右腕の体温を調節していない」
「え……?」
「今日一日実験していたが、貴方が魔術をかけた右腕と、かけなかった左腕では、結果がまるで違った。左腕は常に体温を調節しなければ溶けるのに対し、右腕は何もしていなくても、一日中形を保っていた。試してはいないが、おそらく、右腕以外でも同じ結果が得られるだろう」
「それは、その、つまり……?」
「つまり、貴方の魔術は、私の体温を一定に保つことができる。私は精霊の血が濃いせいで、人間の魔術は無効化してしまう。そのせいで何人もの医者や魔術師が匙を投げた治療を、貴方は昨日、やってのけたのだ」
「………」
「貴方の魔術を定期的にかければ、いずれ体質が改善するかもしれない。少なくとも、私の負担が軽くなるのは確かだ。そして、使用人として雇い入れるより、身内の方が治療もしやすく、私の秘密も漏れにくいだろう。だから、ラヴァンダ嬢に結婚を申し込みにきた。この話を受けるのなら、先ほどの条件を約束しよう」
話が終わったからか、ウィステリア様はハーブティーを一口飲み、黙ってしまいました。
重い沈黙の中、私は返事に迷っていました。
予想以上に切実な事情でした。昨日の今日で年頃の女性に求婚するなんて変な人だなと思っていましたが、ここまで切羽詰まっているのなら致し方ないかもしれません。治療を断るというのは、少し酷なような気もします。
でも、やはり結婚はちょっと。お話を聞く限り、使用人でも大した問題はなさそうですし、ここは何とか説得して公爵家のメイドにならなければ――
と、私が口を開く前に、お母様とお父様がリビングに突入してきました。とても上機嫌に。
「話は聞かせてもらいましたわ! そんな深い事情がおありだったなんて!」
「お労しや、ウィステリア様! 今までさぞ苦労なさったでしょう!」
しまった。忘れてましたわ。
今もなおロシェル家復興のため奔走している両親が、こんな美味しい話を逃すはずありません。絶対立ち聞きしていましたわ。
おそらく問答無用で求婚を受け入れて私に嫁に行けと説得するでしょう。そんなの嫌です。次期公爵に嫁ぐなど荷が重すぎます。尊敬する両親ですが、仕方ありません。徹底抗戦です。
そう私は身構えましたが、出てきた二人の台詞は意外なものでした。
「しかし、求婚は受け入れられませんわ。お引き取りください」
「ラヴァンダはまだ十七歳。加えて長い間、社交界から離れて暮らしていました。そんな娘がいきなり、次期公爵の妻となれば、その重責に耐えられないでしょう。この話はなかったことに」
驚いたのは、私だけでなくウィステリア様もでした。
わずかに眉間にしわを寄せ、怪訝に言います。
「……悪い話ではないでしょう、ロシェル侯爵。侯爵家の支援にもなり、娘の将来も安定する。失礼だが、今の貴方達にとって、これとない条件では?」
「いいえ、わかっておりませんわ。ウィステリア様」
お母様が首を横に振りました。
「公爵夫人ともなればそれ相応の振る舞いと家格が求められます。お恥ずかしながら、私達はラヴァンダに十分な教育を施せませんでした。そんな娘をいきなり公爵家に嫁がせろだなんて、ラヴァンダを笑い者にすると仰っているのと同じですわ。母として、そんなお話受け入れるわけにはいけません」
お、お母様!
「それに、金のためにラヴァンダを公爵家に嫁がせれば、彼女の逃げ場は絶たれ、我が侯爵家は後ろ指をさされるだろう。娘を犠牲にした家の復興など、私は望んでいない」
お、お父様!
私はなんて素敵な両親を持ったのでしょう。二人の娘を思う気持ちに感動していると、ウィステリア様が淡々と言いました。
「了承した。要は、ラヴァンダ嬢の教育の肩代わりをし、ロシェル家を立て直すまでの時間と資金が欲しいということだな。それまでは、彼女と結婚するなと」
えっ?
「ならば、とりあえず一年間は婚約という形でどうだろうか。ラヴァンダ嬢はその間、グレード公爵家で預かる形になるが。利害が一致しなくなれば、婚約を解消する。離婚よりは醜聞になるまい。互いに、これくらいの期間があれば十分だと思うが」
「娘を頼みますわ、ウィステリア様」
お母様!?
「幸せになるんだぞ、ラヴァンダ」
お父様!?
「話は決まったな。では、三日後の朝、迎えに来る。世話をかけた」
両親の華麗な手のひら返しに呆気に取られているうちに、ウィステリア様がさっさと帰ってしまいました。
あれ、待って。
肝心の私の意思を確認してなくないですか!? 酷い!! ウィステリア様酷い!!
「よくやったぞラヴィ~! 玉の輿だ~!!」
「ラヴィすごいわ~! 流石私の娘よ~!!」
娘を売った両親はもろ手を挙げて喜んでいます。外道め。
二人が侯爵家復興を諦めるわけないと薄々勘づいていましたが、少しは娘への思いやりはないのですか。結局、プロポーズを了承しているじゃありませんか。しかもグレード公爵家に住むことになっていますし。これでは婚約者も妻も対して変わりませんよ。
私の文句に、お母様がニヤリと笑いました。
「あら? そんなことないわよ、ラヴィ。さっきウィステリア様が仰っていた通り、婚約解消は離婚より大した醜聞ではないわ。ウィステリア様が嫌な男だったら、利用するだけ利用してさっさと逃げちゃえばいいのよ」
「そうだそうだ。それに、あの男とラヴィなら、我が娘の方に利がある。何かあっても『もう治療をしない』と脅すことができる。存分に次期公爵を尻に敷いてこい!」
我が両親ながらクズですわ。貴族って性格が悪くなければ務まらないのでしょうか。
この後、仕事から帰ってきたお兄様が事の流れを知り、お父様とお母様に本気で怒ってくれましたので、とりあえず文句を言うのは止めとします。
まあ最早起きてしまったことは仕方ありませんので、私は流れに身を任せると決めました。
こうして、職場に仕事を辞めることを伝えたり、実家の荷物を纏めているとあっという間に三日が経ち、ウィステリア様は約束通り私を迎えに来てくれました。
この三日間のことを思い出しているうちに、馬車が王都にある公爵家の屋敷に着いたそうです。
馬車から降りれば、品のある老人がウィステリア様を出迎ていました。おそらく、公爵家の執事でしょう。
目を引くほど大きなお屋敷に、手入れされた庭に咲き誇る季節の花々。執事が装飾された重たそうな扉を開ければ、中にはたくさんの使用人が並んで私達を出迎えました。
何もかもが今までとは正反対の環境で――私の、グレード公爵家での新生活が、始まります。
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