12 / 15
12 初めての授業
しおりを挟む
ラースが少々派手な自己紹介をしたあと、彼に関わろうとする生徒は少なかった。
クラスの委員長、副委員長である女子生徒二人の事務的な挨拶、あとはスチールとも交友のある気の良い男子生徒が声をかけてきたぐらいだ。
他の生徒からは遠巻きにされ、彼の席に近づこうとすらしない。だがそのおかげで、ラースが嫌がっていた質問攻めは回避された。
ラースにとっては喜ばしいことだったが、スチールに「もっと穏便にね……あまり過激だと友達できないよ」と諌められてしまった。
(ちょっとやり返しただけで過激だと責められるなんてな。心外だぜ)
ラースは四時間目の授業を受けながら、大きく欠伸をした。今は魔術基礎原理の時間だ。教壇に立って板書する教師を横目に、ラースは窓の外を眺めた。良い天気だった。
(早く授業、終わらねえかな……)
ラースは既に授業に飽きていた。
最初こそ教科書の完成度の高さや授業を受けることに新鮮さを感じていたが、それが四回も続けば有り難みも薄れる。特に今日は、午前中の授業が全て座学だったため尚更だ。大体の授業の流れは似通っていて、教師の個性で多少の差異が出る程度。授業の内容が既に理解しきっていることもあって、ラースはこの時間をどうやって暇潰しするか考えているところだった。
(それにしても、名門だと言われるだけはあるな。教科書は要点を押さえていて、煩雑な部分を段階的に教えているからわかりやすい。授業は教科書に沿いながら補足を交えつつ、誤った解釈をしないよう丁寧に教えている。……俺様も、こんな環境で魔術を勉強したかったなあ)
ラースは教育の質の高さに感心しつつ、過去の己の環境が特殊だったことを再認識し、ため息を吐いた。
ラースは表向き、農村出身という事になっている。生まれつき魔術を扱えることに長けていたため、親の伝手で神都のある魔術師の弟子となる。しばらくそこで魔術を学んだ後、独学で疑似神経を魔術で作り出した。その有用性を示し、医療分野に多大なる貢献をしたことが認められ、ラースは魔導師となったのだ。
現実は、ラースは娼婦の子供で、貧民街で育った。
母は娼館で働いていたが、ラースが七つの頃、仕事中に首を絞められて死んだ。たかが娼婦の子供を引き取る者がいるはずもなく、母の死体を埋葬した後、ラースは娼館から追い出されてしまう。
幸い、その頃には既に魔術の才能の片鱗を見せており、大芸道の真似事をして何とか金を稼ぐことができた。だが、それが本職の芸人の癇に障り、ラースは彼らに半殺しにされる。
そんな瀕死の彼を拾ったのが、ラースの師匠となる闇医者であった。
闇医者がラースを拾ったのは親切心ではなく、新薬の人体実験をするのに丁度良い被検体だったからだ。ラースはそのことに気がつき、瀕死ながらも魔術を行使し、逃げようとしたが失敗する。
その時、彼が人並外れた魔術の才能があること、何より瀕死の状況で自分を殺そうとした気概を気に入り、闇医者はラースを己の助手として育てる事に変更した。
闇医者は意外にも面倒見が良かったが、容赦も無かった。子供の手のひらより分厚い魔導書を渡し、一日で覚えてこいと命じるのは珍しくもない。薬草と毒草の効能を教えるため、それらを交互にラースに食べさせたり、魔術の種類によって殺傷能力が違うことを、実践で身体に直接叩き込んだりもした。ラースが魔術を失敗し死にかけた時も、助けられたことがない。心臓が止まった時は蘇生してくれたが、その一度きりだ。
そんな環境下でラースが反抗しないわけもなく、逃げ出したことも多々あった。だがその度に連れ戻され、さらに厳しく教育されるはめとなった。いつしかラースは逃げ出すことを諦め、大方の魔術を習得するまでの我慢だと己に言い聞かせ、大人しく闇医者の教えを受けたのだ。
そのような状況が五年以上続き、ラースが十三歳となった頃。遊び半分で作っていた疑似神経がひょんなことから完成してしまい、金にしようと闇医者の伝手を使って医学界に売り込んだら、あれよあれよと周りから持ち上げられ魔導師にされてしまうのだが——それはまた、別の話。
ラースの波瀾万丈な人生から分かる通り、彼は真っ当な教育を受けたことがない。今回のように学園に潜む機会がなければ、学校生活がどのようなものか一生知らなかっただろう。
文字通り血反吐を吐いて魔術を習得した己と、暴力も痛みも、死の危険すらも無く勉強に集中できる学生達(彼ら)。
ラースは、彼らが羨ましいと思った。
(今更な話だ。羨んでも、仕方がねえけどな。……それでも、少しは考えちまうな)
ラースが世の中の教育格差にやるせない気持ちになっていると、教壇に立っていた教師が困ったように言った。
「あー、ロクラグ君は休みかぁ。じゃあ、この問題を誰にやってもらおうか……皆、一巡したしねぇ。もう一回、最初からかな」
どうやら演習問題を生徒に解いて欲しいが、指名した生徒が欠席していたようだ。その生徒の名前に、ラースが顔を上げた。
(……ロクラグ?)
まさかな、とラースは嫌な予感を覚える。隣にいるスチールにさっきの生徒のフルネームを尋ねようとしたところで、ある生徒が教師に言った。
「先生! まだ当たっていない生徒がいます。編入生のラース・ハイドラゴンが、指名されていないです」
先ほど、ラースに机を蹴られた茶髪の男子生徒だった。彼はラースがいる斜め後ろを一瞥し、ニヤリと笑ってから前を向いた。
「ああ……そういえば今日だっけ。じゃあ、ハイドラゴン君。この問題を解いて、皆の前で説明してくれる?」
教師は黒板をチョークでトントンと叩く。ラースは面倒臭そうな顔をして、席を立った。
出題された問題は、魔法陣の構築理論についてだ。「魔法陣が通常円形となることから、魔力が波と考えられる理由を述べよ」と黒板に書かれている。
ラースは白いチョークを手に持つと、計算式を書き始めた。そんな彼を、スチールは同情しながら見守っている。
魔術基礎原理は、高等部一年の中で最も難しいと言われている授業だ。また教師であるヘルスの採点も厳しく、十全に理解しているかどうかかなりしつこく質問され、誤った解答をすれば「ちゃんと授業聞いてる?」と煽られる。そのため、授業最後の演習問題は生徒達の間で公開処刑と揶揄されていた。
先ほどの男子生徒がラースを指名したのは、彼に恥をかかせるのが狙ってだろう。嫌な奴だ、と後ろから睨んだら、突然彼が振り向いてきた。スチールはすかさず顔を逸らし、素知らぬふりをした。
「書き終わったぜ。説明していいか?」
ラースがチョークを手にしたまま、隣にいたヘルスに尋ねた。教師が頷くと、ラースは身体を生徒の方へ向け、話し始めた。
「まず、魔法陣が通常円形をとる理由は、魔術を発動する際に発生する核を中心に、魔力が等速円運動をしているからだ。この状態の魔力はエネルギーを放出せず、外部から刺激を与えなければ永久に円運動を続けるとする。この円軌道上を動くある一点の魔素マナに横から光を当て、鉛直の壁に射影した場合、直線上で往復運動していると考えられる。これを単振動と呼び、進行波の各点の動きは単振動で表せられる」
黒板に書いた数式の下に、十字線と波形の図を描く。
「つまり、単振動は進行波の曲線に当てはめることができ、その計算式を用いることができる。また、円の中心を通るよう十字線を引き、半径を斜辺とした直角三角形を作り、徐々に角度を変化させると、その対辺の長さは進行波の振幅と同じ数式で求められる。周期、振動数、周波数は同じ値と単位を取り、変位や速度、加速度を同様に求めるということだ」
ラースが横に並行して書いていた二つの数式をチョークで下線を引いた後、「そのため、魔力は波として考えることができる……説明は以上だ」と言葉を締める。
彼の流暢な説明に他の生徒は珍しい物を見たかのような顔をし、ヘルスが黒板を見ながら顎をさすった。
「うんうん、ちゃんと勉強しているね。因みに、魔力を波と考えることによってどんなことに都合が良いと考えられるかは、知っているかな?」
ラースはチョークを元に戻してから、答えた。
「魔力を波として考えることで、魔法陣を展開しなくても、詠唱のみで魔術を発動できることに説明がつく。音は三次元的な波だ。人間の声は既に個々の魔力の波長と共鳴するようにできている。そのため、魔法陣を展開するよりも簡単に魔術を発動できるが、発動に時間がかかるのと威力が魔法陣より劣るのが欠点だ」
「もう一つ、利点があるよね? それはなに?」
「魔法陣を展開したら発光することだな。音が波として考えられているように、光も波として考えられる。魔法陣が発光する理由は、魔術を発動する際、魔力が励起した結果、余ったエネルギーが光として変換されているのが今の通説だ。利点としては、音よりも光の方が速度が速いため、魔術の発動時間が短いことと、複雑な魔術も行使できるということだ。欠点として、演算量が膨大に膨らんじまうがな」
「うんうん」
ヘルスはニコニコと笑った。
「じゃあ最後に、初級、中級、上級の、三つの火の魔術の違いを、実際に発動しながら説明してみて」
他の生徒達が息を呑んだ。ラースはその事に気がつかず、注文が多いなと不満を持ちながら言われた通りに魔術を発動した。
人差しに魔術を集め、指先程度の火を付ける。
「初級は、魔術を発動する際に発生する核をそのまま使えば良い。詠唱も魔法陣もいらない、一番簡単な魔術だが、魔力効率は悪い」
次に、手のひらの上に小さな皿程度の魔法陣を展開する。仄かに赤く光った直後、ボッと勢いよく炎が燃え上がった。
「中級は、魔法陣の展開が必要だ。初級よりは魔力効率が良く、威力も高い。だが、複雑なことはできず、火の温度も調整できない」
そして最後に、ラースは頭上に魔法陣を展開し、詠唱を唱えた。
『火の鳥よ、自由に羽ばたけ』
瞬間、魔法陣が炎に包まれ、その中から火の鳥が姿を表した。それは本物の鳥のように教室を一周すると、ラースの肩に止まる。不思議なことに、彼の服は燃えなかった。
「上級は、魔法陣の展開と詠唱が必要だが、比較的複雑な魔術を発動できる。ある程度なら火の温度も調整でき、姿形も変えることができる。魔力効率も、三つの中では一番良い。ただ、中級と比べかなり難易度が上がるのが欠点——」
ラースが手を握って火の鳥を消し、説明を終えようとしたところで教室の異変に気がついた。
他の生徒が、異様に静かだった。皆、ラースを信じられない物を見る目で凝視している。流石の彼も居心地の悪さを感じ、助けを求めるように隣にいたヘルスに視線をやった。
「うんうん、よく勉強しているね。ハイドラゴン君」
ヘルスは、先ほどと変わらない満面の笑みで言った。
「二年生の範囲まで予習しているとは、感心感心。皆も、彼を熱心さを見習うようにね」
ラースは教科書をちゃんと読めば良かったと、後悔した。
クラスの委員長、副委員長である女子生徒二人の事務的な挨拶、あとはスチールとも交友のある気の良い男子生徒が声をかけてきたぐらいだ。
他の生徒からは遠巻きにされ、彼の席に近づこうとすらしない。だがそのおかげで、ラースが嫌がっていた質問攻めは回避された。
ラースにとっては喜ばしいことだったが、スチールに「もっと穏便にね……あまり過激だと友達できないよ」と諌められてしまった。
(ちょっとやり返しただけで過激だと責められるなんてな。心外だぜ)
ラースは四時間目の授業を受けながら、大きく欠伸をした。今は魔術基礎原理の時間だ。教壇に立って板書する教師を横目に、ラースは窓の外を眺めた。良い天気だった。
(早く授業、終わらねえかな……)
ラースは既に授業に飽きていた。
最初こそ教科書の完成度の高さや授業を受けることに新鮮さを感じていたが、それが四回も続けば有り難みも薄れる。特に今日は、午前中の授業が全て座学だったため尚更だ。大体の授業の流れは似通っていて、教師の個性で多少の差異が出る程度。授業の内容が既に理解しきっていることもあって、ラースはこの時間をどうやって暇潰しするか考えているところだった。
(それにしても、名門だと言われるだけはあるな。教科書は要点を押さえていて、煩雑な部分を段階的に教えているからわかりやすい。授業は教科書に沿いながら補足を交えつつ、誤った解釈をしないよう丁寧に教えている。……俺様も、こんな環境で魔術を勉強したかったなあ)
ラースは教育の質の高さに感心しつつ、過去の己の環境が特殊だったことを再認識し、ため息を吐いた。
ラースは表向き、農村出身という事になっている。生まれつき魔術を扱えることに長けていたため、親の伝手で神都のある魔術師の弟子となる。しばらくそこで魔術を学んだ後、独学で疑似神経を魔術で作り出した。その有用性を示し、医療分野に多大なる貢献をしたことが認められ、ラースは魔導師となったのだ。
現実は、ラースは娼婦の子供で、貧民街で育った。
母は娼館で働いていたが、ラースが七つの頃、仕事中に首を絞められて死んだ。たかが娼婦の子供を引き取る者がいるはずもなく、母の死体を埋葬した後、ラースは娼館から追い出されてしまう。
幸い、その頃には既に魔術の才能の片鱗を見せており、大芸道の真似事をして何とか金を稼ぐことができた。だが、それが本職の芸人の癇に障り、ラースは彼らに半殺しにされる。
そんな瀕死の彼を拾ったのが、ラースの師匠となる闇医者であった。
闇医者がラースを拾ったのは親切心ではなく、新薬の人体実験をするのに丁度良い被検体だったからだ。ラースはそのことに気がつき、瀕死ながらも魔術を行使し、逃げようとしたが失敗する。
その時、彼が人並外れた魔術の才能があること、何より瀕死の状況で自分を殺そうとした気概を気に入り、闇医者はラースを己の助手として育てる事に変更した。
闇医者は意外にも面倒見が良かったが、容赦も無かった。子供の手のひらより分厚い魔導書を渡し、一日で覚えてこいと命じるのは珍しくもない。薬草と毒草の効能を教えるため、それらを交互にラースに食べさせたり、魔術の種類によって殺傷能力が違うことを、実践で身体に直接叩き込んだりもした。ラースが魔術を失敗し死にかけた時も、助けられたことがない。心臓が止まった時は蘇生してくれたが、その一度きりだ。
そんな環境下でラースが反抗しないわけもなく、逃げ出したことも多々あった。だがその度に連れ戻され、さらに厳しく教育されるはめとなった。いつしかラースは逃げ出すことを諦め、大方の魔術を習得するまでの我慢だと己に言い聞かせ、大人しく闇医者の教えを受けたのだ。
そのような状況が五年以上続き、ラースが十三歳となった頃。遊び半分で作っていた疑似神経がひょんなことから完成してしまい、金にしようと闇医者の伝手を使って医学界に売り込んだら、あれよあれよと周りから持ち上げられ魔導師にされてしまうのだが——それはまた、別の話。
ラースの波瀾万丈な人生から分かる通り、彼は真っ当な教育を受けたことがない。今回のように学園に潜む機会がなければ、学校生活がどのようなものか一生知らなかっただろう。
文字通り血反吐を吐いて魔術を習得した己と、暴力も痛みも、死の危険すらも無く勉強に集中できる学生達(彼ら)。
ラースは、彼らが羨ましいと思った。
(今更な話だ。羨んでも、仕方がねえけどな。……それでも、少しは考えちまうな)
ラースが世の中の教育格差にやるせない気持ちになっていると、教壇に立っていた教師が困ったように言った。
「あー、ロクラグ君は休みかぁ。じゃあ、この問題を誰にやってもらおうか……皆、一巡したしねぇ。もう一回、最初からかな」
どうやら演習問題を生徒に解いて欲しいが、指名した生徒が欠席していたようだ。その生徒の名前に、ラースが顔を上げた。
(……ロクラグ?)
まさかな、とラースは嫌な予感を覚える。隣にいるスチールにさっきの生徒のフルネームを尋ねようとしたところで、ある生徒が教師に言った。
「先生! まだ当たっていない生徒がいます。編入生のラース・ハイドラゴンが、指名されていないです」
先ほど、ラースに机を蹴られた茶髪の男子生徒だった。彼はラースがいる斜め後ろを一瞥し、ニヤリと笑ってから前を向いた。
「ああ……そういえば今日だっけ。じゃあ、ハイドラゴン君。この問題を解いて、皆の前で説明してくれる?」
教師は黒板をチョークでトントンと叩く。ラースは面倒臭そうな顔をして、席を立った。
出題された問題は、魔法陣の構築理論についてだ。「魔法陣が通常円形となることから、魔力が波と考えられる理由を述べよ」と黒板に書かれている。
ラースは白いチョークを手に持つと、計算式を書き始めた。そんな彼を、スチールは同情しながら見守っている。
魔術基礎原理は、高等部一年の中で最も難しいと言われている授業だ。また教師であるヘルスの採点も厳しく、十全に理解しているかどうかかなりしつこく質問され、誤った解答をすれば「ちゃんと授業聞いてる?」と煽られる。そのため、授業最後の演習問題は生徒達の間で公開処刑と揶揄されていた。
先ほどの男子生徒がラースを指名したのは、彼に恥をかかせるのが狙ってだろう。嫌な奴だ、と後ろから睨んだら、突然彼が振り向いてきた。スチールはすかさず顔を逸らし、素知らぬふりをした。
「書き終わったぜ。説明していいか?」
ラースがチョークを手にしたまま、隣にいたヘルスに尋ねた。教師が頷くと、ラースは身体を生徒の方へ向け、話し始めた。
「まず、魔法陣が通常円形をとる理由は、魔術を発動する際に発生する核を中心に、魔力が等速円運動をしているからだ。この状態の魔力はエネルギーを放出せず、外部から刺激を与えなければ永久に円運動を続けるとする。この円軌道上を動くある一点の魔素マナに横から光を当て、鉛直の壁に射影した場合、直線上で往復運動していると考えられる。これを単振動と呼び、進行波の各点の動きは単振動で表せられる」
黒板に書いた数式の下に、十字線と波形の図を描く。
「つまり、単振動は進行波の曲線に当てはめることができ、その計算式を用いることができる。また、円の中心を通るよう十字線を引き、半径を斜辺とした直角三角形を作り、徐々に角度を変化させると、その対辺の長さは進行波の振幅と同じ数式で求められる。周期、振動数、周波数は同じ値と単位を取り、変位や速度、加速度を同様に求めるということだ」
ラースが横に並行して書いていた二つの数式をチョークで下線を引いた後、「そのため、魔力は波として考えることができる……説明は以上だ」と言葉を締める。
彼の流暢な説明に他の生徒は珍しい物を見たかのような顔をし、ヘルスが黒板を見ながら顎をさすった。
「うんうん、ちゃんと勉強しているね。因みに、魔力を波と考えることによってどんなことに都合が良いと考えられるかは、知っているかな?」
ラースはチョークを元に戻してから、答えた。
「魔力を波として考えることで、魔法陣を展開しなくても、詠唱のみで魔術を発動できることに説明がつく。音は三次元的な波だ。人間の声は既に個々の魔力の波長と共鳴するようにできている。そのため、魔法陣を展開するよりも簡単に魔術を発動できるが、発動に時間がかかるのと威力が魔法陣より劣るのが欠点だ」
「もう一つ、利点があるよね? それはなに?」
「魔法陣を展開したら発光することだな。音が波として考えられているように、光も波として考えられる。魔法陣が発光する理由は、魔術を発動する際、魔力が励起した結果、余ったエネルギーが光として変換されているのが今の通説だ。利点としては、音よりも光の方が速度が速いため、魔術の発動時間が短いことと、複雑な魔術も行使できるということだ。欠点として、演算量が膨大に膨らんじまうがな」
「うんうん」
ヘルスはニコニコと笑った。
「じゃあ最後に、初級、中級、上級の、三つの火の魔術の違いを、実際に発動しながら説明してみて」
他の生徒達が息を呑んだ。ラースはその事に気がつかず、注文が多いなと不満を持ちながら言われた通りに魔術を発動した。
人差しに魔術を集め、指先程度の火を付ける。
「初級は、魔術を発動する際に発生する核をそのまま使えば良い。詠唱も魔法陣もいらない、一番簡単な魔術だが、魔力効率は悪い」
次に、手のひらの上に小さな皿程度の魔法陣を展開する。仄かに赤く光った直後、ボッと勢いよく炎が燃え上がった。
「中級は、魔法陣の展開が必要だ。初級よりは魔力効率が良く、威力も高い。だが、複雑なことはできず、火の温度も調整できない」
そして最後に、ラースは頭上に魔法陣を展開し、詠唱を唱えた。
『火の鳥よ、自由に羽ばたけ』
瞬間、魔法陣が炎に包まれ、その中から火の鳥が姿を表した。それは本物の鳥のように教室を一周すると、ラースの肩に止まる。不思議なことに、彼の服は燃えなかった。
「上級は、魔法陣の展開と詠唱が必要だが、比較的複雑な魔術を発動できる。ある程度なら火の温度も調整でき、姿形も変えることができる。魔力効率も、三つの中では一番良い。ただ、中級と比べかなり難易度が上がるのが欠点——」
ラースが手を握って火の鳥を消し、説明を終えようとしたところで教室の異変に気がついた。
他の生徒が、異様に静かだった。皆、ラースを信じられない物を見る目で凝視している。流石の彼も居心地の悪さを感じ、助けを求めるように隣にいたヘルスに視線をやった。
「うんうん、よく勉強しているね。ハイドラゴン君」
ヘルスは、先ほどと変わらない満面の笑みで言った。
「二年生の範囲まで予習しているとは、感心感心。皆も、彼を熱心さを見習うようにね」
ラースは教科書をちゃんと読めば良かったと、後悔した。
0
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
幼馴染みの2人は魔王と勇者〜2人に挟まれて寝た俺は2人の守護者となる〜
海月 結城
ファンタジー
ストーカーが幼馴染みをナイフで殺そうとした所を庇って死んだ俺は、気が付くと異世界に転生していた。だが、目の前に見えるのは生い茂った木々、そして、赤ん坊の鳴き声が3つ。
そんな俺たちが捨てられていたのが孤児院だった。子供は俺たち3人だけ。そんな俺たちが5歳になった時、2人の片目の中に変な紋章が浮かび上がった。1人は悪の化身魔王。もう1人はそれを打ち倒す勇者だった。だけど、2人はそんなことに興味ない。
しかし、世界は2人のことを放って置かない。勇者と魔王が復活した。まだ生まれたばかりと言う事でそれぞれの組織の思惑で2人を手駒にしようと2人に襲いかかる。
けれども俺は知っている。2人の力は強力だ。一度2人が喧嘩した事があったのだが、約半径3kmのクレーターが幾つも出来た事を。俺は、2人が戦わない様に2人を守護するのだ。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
最古のスキル使い―500年後の世界に降り立った元勇者―
瀬口恭介
ファンタジー
魔王を倒すも石にされてしまった勇者キール。スキルが衰退し、魔法が発達した500年後の世界に復活したキールは、今まで出来ることのなかった『仲間』という存在を知る。
一見平和に思えた500年後の世界だったが、裏では『魔王候補』という魔族たちが人間界を我がものにしようと企んでいた。
それを知ったキールたちは魔族を倒すため動き始める。強くなり、己を知るために。
こうして、長いようで短い戦いが始まる。
これは、一度勇者としての役目を終えたキールとその仲間たちが自らの心象を探し求める物語。
※この作品は小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。
※元勇者のスキル無双からタイトル変更しました。
※24日に最終話更新予定です。
転生した体のスペックがチート
モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。
目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい
このサイトでは10話まで投稿しています。
続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
神々の仲間入りしました。
ラキレスト
ファンタジー
日本の一般家庭に生まれ平凡に暮らしていた神田えいみ。これからも普通に平凡に暮らしていくと思っていたが、突然巻き込まれたトラブルによって世界は一変する。そこから始まる物語。
「私の娘として生まれ変わりませんか?」
「………、はいぃ!?」
女神の娘になり、兄弟姉妹達、周りの神達に溺愛されながら一人前の神になるべく学び、成長していく。
(ご都合主義展開が多々あります……それでも良ければ読んで下さい)
カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる