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第35話・斉一観1

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「なんだって!?」

 いままで謎とされてきたMist2を設計した会社が、実はチカの会社だった!?

「え、いやしかし、チカの会社って確か液晶作ってるとこだったんじゃ」
「こういうDVDプレイヤーなんかも作ってるんだよ、我が早河電機工業は」

 基板が使われている製品の種類もズバリと正解。
 どうやら、Mist2が早河電機製だというのは間違いないらしい。

「それじゃ、チカはこの基板を描いた人を知ってるのか?」
「え? ああ、直接会って話したことはないけどな」

 早河電機くらいの大きな会社になると、話をした事のない人間というのも山ほど居るんだろう。俺の勤め先では考えられない事だが。

「その人を紹介してもらえないか!?」

 ダメ元で訊いてみる。
 なんせあの伝説の基板の設計者だ。うちの上司や先輩も知りたがるだろうしな。

「ちょ、おいおい……」

 気が付いたら、チカの両肩を掴んでいた。
 いかん、何を舞い上がってるんだ俺は。

「す、すまん」

 あわてて手を離す。
 その様子を見て心配したのか、奥の席からチカを呼ぶ声が聞こえた。

「い、いやなに……が、こういう事だから」

 声の主である奥さんの方を示しながら。

「詳しい事は明日ってことで」

 と、申し訳なさそうに言った。

「……食事が終わるまで、外で待ってるが?」
「この後も行事があるんだ。スマン」

 そういえば今日はお盆だったな。そりゃ普通は行事がてんこ盛りか。
 つうか、いい加減しつこいな俺。
 一度は明日再会と決めたのに。

「いやスマンかった、明日に楽しみをとっておくわ」

 言って、バッグにメモ書きを戻す。
 そして立ち上がった。

「送るよ」

 レジで払いを終えて。
 律儀なとこは相変わらずなチカが、店の外へ付いて出て来てくれた。

 ………………

 …………

 ……

 結局、ガソリンスタンドのおっちゃん(兄)の言ったことは、概ね正しかった。

 まず阿九麺。
 これは、味と量それに価格からして、非常に良心的な一品だった。
 適当に美味しくて、量も多いけど常識外れというほどでもなく。
 ただ、見た目(洗面器サイズ!)に強烈なインパクトがあるだけで。
 まあ確かに、話のネタには十分なモノだった。

 そして矢板スコール。
 あのヨタ話のキモは、矢板インターで沢山のトラックが降りてくる、というところだが、実はそれは真実だったのだ。

 帰り道、国道4号線。
 阿九の前の道路から国道4号にぶつかる交差点。
 赤信号で止まったそこで見たのは、真夜中に貨物列車が走ってるのかと見紛うような光景だった。

 週末の宵の口。
 会社がある関内あたりでは、夕刻の明るさのまま大勢の人通りでにぎわってる頃だ。
 ナイターでもあった日には、もうお祭り騒ぎ。

 しかしこの北関東の田舎町では。
 車のヘッドライト以外には明かりの無い狭い国道を、大きなトラックが黒々と轟々と走っているだけなのだ。

 恐らくは東京の辺りから遠く東北の彼方まで続く、物流の数珠繋ぎ。
 その様は、何か動物の背骨を連想させて。

 矢板市には、ガソリンスタンドで教えてもらった近道(裏道)を通って来たので分からなかったのだ。
 国道4号がこんなトラック天国になっているとは。
 (さすがに、集まったトラックの熱量が低気圧を生んで云々の下りはウソッパチと言わざるを得ないが、それでも或いはと思わせるものはある)

 通って来た裏道を帰ると、大田原市に行くには近いが、那須に戻るには遠回りだ。
 だからといって別な裏道や峠道を通ると、ガス兄のアドバイス『こんな派手なクルマで週末の夜にワインディングロードに行くと、必ず変なクルマに絡まれるから止めといた方が良い』に反することになる。

 やっと信号が変わった。
 ウインカーを出しながらライトスイッチを入れ、ヘッドライトを上げる。
 左右にふわりと広がるライトの光。
 念のために後方と側方を確認。
 阿九の前の道から国道4号に出るのは、どうやら俺一台だけのようだった。

 2速で発進、回り、国道に乗ると同時に4速に上げる。
 道は緩やかな上り。そこを5速にシフトアップしながらも加速していく。
 すると、すぐに先行のトラックに追いついた。

「…………」

 トラックとスタリオンの、野太い排気音が重なり合って車内に響く。
 目の前には、トラックのやたらとクロームメッキされたバンパーとマッドフラップがユラユラと煌めいているだけだ。

 後方にもトラック。高い位置にヘッドライト。
 妙なプレッシャーはあるものの、何故かそれほど車間を詰めてこない。
 スタリオンの威容に恐れをなしたか(有り得ない)、それとも単にマナーの良いドライバーなだけなのか。
 とにかく、トラックのヘッドライトで車内を焙られる事態にだけはならないで済んでいた。

 そんなこんなで、時速70キロ程度の単調なクルージング。
 このペースなら、十数分で那須の山に向かう400号線との交差点に辿り着くだろう。

 道はダラダラした上りが終わって、急な下りに変わる。
 それでも数珠繋ぎはその速度を変えることなく、スタリオンもエンジンブレーキだけで速度を調整出来て、ストレスなく走っている。

 そんな緊張感の無い状況に、体は先ほどの食事の消化の方により血液を回し始めた様で、頭がボウッとしてくる。

 危険だ。何か目覚ましになる事をしなければ。

 とりあえず周囲を観察する。
 対向車線……も、こちらと同じ長距離トラックの数珠繋ぎ。特に面白いものも無い。
 道路の左側……は、線路の様だ。
 斜め前から、4両くらいの編成のガラガラな電車が走って来て、バックミラーの隅の闇の中に消えていった。

 他は先行のトラックのメッキきらきらと、後ろのトラックの謎のプレッシャーだけだ。

 道路は大きな川を渡る様で、長めの橋に入った。
 その先は上り坂の後左に曲がっており、どうやら線路を跨ぐようだ。
 その上り坂を走るトラックのテールランプ群が、何かイクラの様に見えてきて……

 いかん、結構ダイナミックな風景なのに、眠気が増してきた。

 居眠り運転で事故なんて最低だぞ。
 俺は今、何のためにこうしてるのか思い出せ!

 ヘリに乗る時の、切迫した法帖老の横顔を。
 ワンボックスに乗った、宇藤、サラ、美原さんの悲痛な表情を。
 石上夫婦の心底心配そうな顔を。

 俺は、彼ら彼女らの大切な場所を守る仕事を与えられてるんじゃなかったのか!?
 いきなり現れた俺を、とりあえずの形でも信用してくれたのに。
 それなのに、事故ってその役目を果たせなくなったら……

「くっ……!!」

 両手で頬を叩く!
 それで少しは目が覚めた。

 それに、明日も大切な約束がある。
 チカに会って、例の基板設計者の事を聞き出すという。

 そこで、阿九の駐車場で、スタリオンに乗った俺にチカが言ったことを思い出す。

 調和級数harmonic series

 メモの数式は、それに見えたと。

 音楽用語だよな確か。
 俺は、1.00794なんて数字が有るから、てっきり物性関係の数式なのかと思ってたが。
 (これは確か水素の原子量だった筈)

 しかし、チカは全く別の視点を持っていた。
 それは発散し、収束しない数値を示すものなのだと。
 音楽的には、倍の音の総和を示すものだったか。

 Mist2の設計者は、音楽に興味を持っていたのだろうか?

 しかしそれでは、その上にある質量欠損の公式が意味不明になる。
 それは、MとかAとかの記号が同じものを意味するという事が前提……

「おおっと……」

 赤信号。
 先行のトラックがゆっくりとだが確実にスピードを殺し始めた。
 それに合わせて、こちらもブレーキをかける。
 完全に止まるようなので、ギアをニュートラルにした。

 道路は相変わらず片側一車線だが、いつの間にか道幅が広くなっていた。
 両側も家々ではなく、広い空き地か工場の敷地の端のような感じになっており、見晴らしが良くなった。

 おそらく、那須と大田原市の間の街、西那須野に入ったのだろう。
 赤信号の交差点には、右折や左折の専用レーンがある。

 完全に停車。先行のトラックの、ブレーキの最後の一鳴き。
 後方のトラックが、右折レーンに入る。

 そこで、違和感を覚えた。

 バックミラーを見ていると、後続の次のトラックが迫って来て止まったのだが、その車間が先ほどまでのトラックと同じように、異様に広いのだ。

「……??」

 そりゃ中にはマナーの良いトラックドライバーってのも居るだろう。
 しかし、それが2台続けてってのは、まず無い。
 しかも、信号待ちでさえ異常なほどの車間距離を保ったままなんて!

 だから、俺というかスタリオンの後ろにピッタリくっつきたくない何らかの理由があると考えるのが自然だろう。

 だが、その理由とは?

 分からなかった。
 エンジンは快調にアイドリングしてるし、ハンドルがとられたと言った事も無かった。
 水温も油温もレッドゾーンには入ってない。
 クルマに問題は無いはず……

 とりあえず、インパネを見回したついでに、センターコンソール上のCDプレイヤーらしい部分のボタンを押してみた。
 すると、中にCDが入りっぱなしだったのか、読み込みモードを示す表示を光らせた。
 誰が入れたものか知らんが、少しは眠気覚ましになると良いのだが。

 とかやってると、信号が青に変わった。
 先行のトラックが、凶悪な排気ガスと振動をスタリオンにぶつけながら発進していく。

 俺もスタート。例によって2速で。
 同時にCDプレイヤーも再生スタート。
 ガラスが割れる音がイントロの、何やら昔っぽい洋楽がかかった。

 先を見ると、どうやら街中は連なる信号がシンクロさせてあるようで、かなり遠くの信号まで青色に光っていた。
 俺が乗る400号線は、頭上の看板によると、数百メートル先の交差点のようだ。

 看板の案内通り、すぐに左折専用レーンが現れる。
 ウインカーを出し、そのレーンに入る。
 しかしそこで。

「…………?」

 またも違和感。
 今度も、後続のトラックによるものだ。
 ただ、今度のトラックは、先行のトラックにびったり引っ付いたというところが違う。

「ああ、なるほどな……」

 左折レーンに入る瞬間にした後方確認。
 その時にチラと感じたもの。
 それが原因なら、トラックの車間距離は別にスタリオンのせいじゃなく……

「ここを左折、っと」

 交差点を3速で左折。これで400号線に乗った。
 そこで素早く、ルームミラーを確認する。
 すると。

「なんじゃコイツは!?」

 パッと見には、真っ白い座布団かと思った。
 ライトをつけた座布団が、交差点を俺の後に付いて回ってくる。

 後続のトラックが、車間距離を詰められるわけはないのだ。
 こんな、極端に車高の低いスーパーカーが間に入っていては!


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