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第5章
5-07 会社で朝食
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金曜、朝6時、明里は天文研の観測旅行に出発する。
「気を付けて、いってらっしゃい」
「おじさん、私が帰ってきた時、この部屋は空き室になっていて……そんな事、ないよね」
「まだ、そんな事言ってる」
「だってぇ」
「信じられない?」
明里はしばらく下を向いて、その後顔をあげて言った。
「行ってきます」
明里は振り向かず、玄関を飛び出した。
やれやれ、帰って来ないんじゃないかと心配しているのは、私の方なのだが。
私はその日、いつもより1時間早く会社へ向かった。
会社の勤務時間は、基本、9時~17時であり、前後1時間のフレックスタイム制となっている。
会社の食堂は、朝8時から10時まで朝食メニューが用意されており、それを利用する為だ。
会社に着いて荷物を置く為に、研究室に寄った。
すると、千広が既に出社しており、ホットプレートを分解掃除していた。
「あれ、佐伯さん、早いですね」
「あ、主任、おはようございます」
「いつも、こんなに早く?」
「いえ、この調理器具、いつも綾乃さんが綺麗に清掃してから帰られるのですが、たまには私もと思いまして、分解掃除しています」
「そうなんだ~ 私は食堂で朝食を取ろうと思って」
「そうなんですね」
「という事で、じゃあ」
そう言って、食堂へ向かおうとした時、
「主任!」
突然、呼び止められた。
「あの、本当に……私を受け入れて頂いて、ありがとうございました」
千広は、私に向かって、深く頭を下げた。
私は静かな笑顔を向けて、
「何を今さら」
と言って、千広の左上腕を横からポンポンとたたいた。
その時千広は、顔を染めて下を向いた。
「これからも、よろしく」
そう言って、研究室を出た。
……うっ……恥かし~
普通あの場面、女性の腕をポンポンと、たたいたり、しないよな~
千広のきゃしゃで柔らかい腕の感触が、私の手に残っている……
ごちそうさまでしたっ!
私は食堂で、モーニングセットを注文した。
この時間、食堂を利用する人は、あまりいないので、小テーブルに1人で座って朝食を取り始めた。
すると、後ろから声を掛けられた。
「ご一緒しても良いですか?」
振り向くと、モーニングセットを御盆に乗せた綾乃が立っていた。
「あ、どうぞ」
綾乃が、左側に座った。
「研究室に入ったら千広さんがおられて、今、主任も出社されて、食堂へ行かれた事を聞きましたので、私も来ちゃいました」
「あ、朝食まだなもので、ここの食堂利用しました。綾乃さんも?」
「私はいつも朝食抜いてるんですが、今日は主任にお供したいと思いまして」
こっ、この流れ……気を付けよう。
慌てて話題を変えた。
「いや~朝食は少しでも、ちゃんと食べた方がいいと思いますよ」
「主任と二人っきりって、初めてですよね」
強引に話題を戻された。
「いや~、あ、社員旅行の時、綾乃さんがお酒注ぎに来てくれた時」
「あの時は、主任の同僚の方が何人もいて、あ、その時、撮って頂いた写真、私の待ち受け画面にしています」
私は蒼ざめた。
「あっ、そ、それはちょっと、他の誰かに見られたら」
「冗談です。私の待ち受け画面は、これです」
見せてもらった待ち受け画面は、ペットの子犬だった。
「あ~子犬飼われてるんですか?」
再び、強引に話題を変えようとした。
「飼っているのは母なのですが、いつでも主任との写真に入れ替えられます」
再び、強引に話題を戻された。
しばらく沈黙が続いた。
そして、綾乃が真顔で言った。
「主任、水瀬先輩とは、どういったご関係でしょう?」
私はその時、無い頭をフル回転させた。
囲碁でいうと、10手先、20手先を考えて、次の一手、つまり次の一言を打たなければならない。
綾乃は私の事を何処まで知っているのか?
私が女子大生と同棲しているのを知っているのは碧だけだ。
碧と綾乃は、同じ大学の研究室出身。
二人で女子会とか言って、飲みに行って、そのような話題になって……
いや、碧はおしゃべりな女性ではない。
だめだ、判断する為の情報が少なすぎる。
しかし、沈黙すると、綾乃の想像を黙認した事になりかねない。
やはり、最初の一手は、探りを入れる事しか浮かばない。
「え?、何の話?」
あ~陳腐だ。
「なんか~碧先輩に主任の事きくと、すまなそうな顔して、何も話してくれないんです」
お~しっ、だいたい状況が掴めた。
碧は綾乃に何も話していない。
……まてよ?
しっ……しまった!
これは、気付かない内に追い詰められている!
さっきの綾乃の言葉、『なんか~碧先輩に主任の事きくと……』この部分、スルーしてはいけない!
本来ならば、『え、私の何が知りたいの?』と返すのが普通だろう。
しかし、『私の何が知りたいの?』と返せば、後戻り出来ない流れに一直線……。
綾乃からの『主任、水瀬先輩とは、どういったご関係でしょうか?』この最初の質問を軽く捉えてはいけない。
どうする、考えろ。
まずい、まずいぞ~。
ここを乗り切るには……。
私は考えたあげく、いちかばちかのカードを切った。
「ええ? 水瀬さんと2人で、私の事、話題にしてんの?」
綾乃は、固まった。
よし、綾乃は私に誤解されたと思っただろう。
『陰で主任をネタにしている』
慌てて綾乃が言葉を返した。
「いえ、違うんです。そういった意味ではないんです」
「そういった意味って?」
綾乃は俯いてしまった。
ここで私は綾乃をすくいあげなければいけない。
「いや~お二人から話題にされて、光栄だな~」
……大変悪い事を、綾乃にしてしまったのかもしれない。
その後、朝食を済ませて2人で研究室へ戻ると……あれ? 千広さん……なんか私をにらんでる?
「ふぅ~」
小さな溜息が聞こえた。
碧が千広に向けた溜息だった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回:(第5章 最終話)何に怯えているのだろう。
「気を付けて、いってらっしゃい」
「おじさん、私が帰ってきた時、この部屋は空き室になっていて……そんな事、ないよね」
「まだ、そんな事言ってる」
「だってぇ」
「信じられない?」
明里はしばらく下を向いて、その後顔をあげて言った。
「行ってきます」
明里は振り向かず、玄関を飛び出した。
やれやれ、帰って来ないんじゃないかと心配しているのは、私の方なのだが。
私はその日、いつもより1時間早く会社へ向かった。
会社の勤務時間は、基本、9時~17時であり、前後1時間のフレックスタイム制となっている。
会社の食堂は、朝8時から10時まで朝食メニューが用意されており、それを利用する為だ。
会社に着いて荷物を置く為に、研究室に寄った。
すると、千広が既に出社しており、ホットプレートを分解掃除していた。
「あれ、佐伯さん、早いですね」
「あ、主任、おはようございます」
「いつも、こんなに早く?」
「いえ、この調理器具、いつも綾乃さんが綺麗に清掃してから帰られるのですが、たまには私もと思いまして、分解掃除しています」
「そうなんだ~ 私は食堂で朝食を取ろうと思って」
「そうなんですね」
「という事で、じゃあ」
そう言って、食堂へ向かおうとした時、
「主任!」
突然、呼び止められた。
「あの、本当に……私を受け入れて頂いて、ありがとうございました」
千広は、私に向かって、深く頭を下げた。
私は静かな笑顔を向けて、
「何を今さら」
と言って、千広の左上腕を横からポンポンとたたいた。
その時千広は、顔を染めて下を向いた。
「これからも、よろしく」
そう言って、研究室を出た。
……うっ……恥かし~
普通あの場面、女性の腕をポンポンと、たたいたり、しないよな~
千広のきゃしゃで柔らかい腕の感触が、私の手に残っている……
ごちそうさまでしたっ!
私は食堂で、モーニングセットを注文した。
この時間、食堂を利用する人は、あまりいないので、小テーブルに1人で座って朝食を取り始めた。
すると、後ろから声を掛けられた。
「ご一緒しても良いですか?」
振り向くと、モーニングセットを御盆に乗せた綾乃が立っていた。
「あ、どうぞ」
綾乃が、左側に座った。
「研究室に入ったら千広さんがおられて、今、主任も出社されて、食堂へ行かれた事を聞きましたので、私も来ちゃいました」
「あ、朝食まだなもので、ここの食堂利用しました。綾乃さんも?」
「私はいつも朝食抜いてるんですが、今日は主任にお供したいと思いまして」
こっ、この流れ……気を付けよう。
慌てて話題を変えた。
「いや~朝食は少しでも、ちゃんと食べた方がいいと思いますよ」
「主任と二人っきりって、初めてですよね」
強引に話題を戻された。
「いや~、あ、社員旅行の時、綾乃さんがお酒注ぎに来てくれた時」
「あの時は、主任の同僚の方が何人もいて、あ、その時、撮って頂いた写真、私の待ち受け画面にしています」
私は蒼ざめた。
「あっ、そ、それはちょっと、他の誰かに見られたら」
「冗談です。私の待ち受け画面は、これです」
見せてもらった待ち受け画面は、ペットの子犬だった。
「あ~子犬飼われてるんですか?」
再び、強引に話題を変えようとした。
「飼っているのは母なのですが、いつでも主任との写真に入れ替えられます」
再び、強引に話題を戻された。
しばらく沈黙が続いた。
そして、綾乃が真顔で言った。
「主任、水瀬先輩とは、どういったご関係でしょう?」
私はその時、無い頭をフル回転させた。
囲碁でいうと、10手先、20手先を考えて、次の一手、つまり次の一言を打たなければならない。
綾乃は私の事を何処まで知っているのか?
私が女子大生と同棲しているのを知っているのは碧だけだ。
碧と綾乃は、同じ大学の研究室出身。
二人で女子会とか言って、飲みに行って、そのような話題になって……
いや、碧はおしゃべりな女性ではない。
だめだ、判断する為の情報が少なすぎる。
しかし、沈黙すると、綾乃の想像を黙認した事になりかねない。
やはり、最初の一手は、探りを入れる事しか浮かばない。
「え?、何の話?」
あ~陳腐だ。
「なんか~碧先輩に主任の事きくと、すまなそうな顔して、何も話してくれないんです」
お~しっ、だいたい状況が掴めた。
碧は綾乃に何も話していない。
……まてよ?
しっ……しまった!
これは、気付かない内に追い詰められている!
さっきの綾乃の言葉、『なんか~碧先輩に主任の事きくと……』この部分、スルーしてはいけない!
本来ならば、『え、私の何が知りたいの?』と返すのが普通だろう。
しかし、『私の何が知りたいの?』と返せば、後戻り出来ない流れに一直線……。
綾乃からの『主任、水瀬先輩とは、どういったご関係でしょうか?』この最初の質問を軽く捉えてはいけない。
どうする、考えろ。
まずい、まずいぞ~。
ここを乗り切るには……。
私は考えたあげく、いちかばちかのカードを切った。
「ええ? 水瀬さんと2人で、私の事、話題にしてんの?」
綾乃は、固まった。
よし、綾乃は私に誤解されたと思っただろう。
『陰で主任をネタにしている』
慌てて綾乃が言葉を返した。
「いえ、違うんです。そういった意味ではないんです」
「そういった意味って?」
綾乃は俯いてしまった。
ここで私は綾乃をすくいあげなければいけない。
「いや~お二人から話題にされて、光栄だな~」
……大変悪い事を、綾乃にしてしまったのかもしれない。
その後、朝食を済ませて2人で研究室へ戻ると……あれ? 千広さん……なんか私をにらんでる?
「ふぅ~」
小さな溜息が聞こえた。
碧が千広に向けた溜息だった。
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次回:(第5章 最終話)何に怯えているのだろう。
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