37 / 88
第4章
4-04 明里 VS 碧
しおりを挟む
今週の金、土、日は〇〇の国際展示場で、各企業共同参加による新製品発表会が行われる。
私の会社からも、幾つかの発表がある。
私の研究所の開発部は、試作品を完成させるまでの仕事である。
その試作品が、コストや価格、市場規模等について、総合的に審議され、ビジネスとして成り立つと判断された場合、事業部に受け渡される。
その後、量産の手法等、市場で発表されるまでには、もうひと山ある。
以前、私が完成させた試作品がデビューする事となり、今回それが発表される。
初日の金曜日は、業界関係者のみの公開で、次の土、日が一般公開日となっている。
明里にそれを話したら、「いく、いく、いく」と言い出した。
「おじさんの仕事、絶対見たいです!」との事だ。
明里は金曜日、大学の授業がある為、土曜日に行く事にした。
「会場で、もし会社の知人に会った時は、私の姪として紹介する」
「了解しました」
「後学の為に連れてきました。と」
「はい。私、リケジョですから」
そんな打ち合わせをしておいた。
そして土曜日となった。
私はいつものスーツを着て、明里は入学式に買った正装で展示会場へ向かった。
さすがに混んでいる。
中でも私の会社のブースは混んでいる。
市場からは、それだけ注目されているという事なのだろうか。
明里に色々説明しながら回っていると、海外支部に赴任していた昔の同期が声を掛けたきた。
「よう」
「おーひさしぶり」
「元気?」
「まあ、なんとか」
「主任昇進おめでとう」
「あれ~良くご存じで」
「本社の組織図は目を通しているよ」
「いつ頃戻れそう?」
「ん~しばらくは、あれ、そちらのお嬢さんは?」
「ああ、私の姪、理系の大学生で、こういった事にも興味あって」
「初めまして」と、明里が挨拶した。
「こちらこそ、初めまして。綺麗な姪御さんだね~」
「あっ、ありがとうございます」
「大学では、もてもてでしょう?」
「いえ、そんな」
「おう、そう言えば、裕子さん元気?」
急に私へ話を振って来た。
「あっ……いや……もう5年も前に、別れたよ」
「え~本当に~、あんなに仲良くって……ああ、すまんすまん」
「いや」
「今度また、機会を見つけて一杯」
「ああ」
「では、お嬢さん、ごきげんよう」
「はい、ありがとうございました」
明里は笑顔で会釈した。
彼は、会社のブースに向かって行った。
明里としばらく沈黙が続いた。
「裕子さんっていうんですね」
私は無視した。
「あんなに仲良くって言ってましたね」
私は何も答えなかった。
その時、
「主任」
正面から碧が歩いてきた。
「あれ、今日は駆り出しですか?」
「そうなんです」
「ああ、この子は私の姪で、理系の、まだ学生ですが、後学の為に連れてきたんです」
「はじめまして」と、明里が挨拶した。
私は碧を紹介した。
「こちら私の指南役の水瀬さん」
「指南役だなんて……はじめまして。そう、主任が担当された新製品、大変注目されていますよ」
「いゃあ、なんか娘の社交界デビューみたいな感じで」
「えぇ~あれは、女の子だったんですか~?」
……
そう、本来これで終わるはずだった。
ところが、先ほどの裕子という名を耳にした明里が、碧を直視している。
直視されている碧は、明里に対して不思議な表情を浮かべていた。
しかし、その表情は、次第に驚きの表情に変わっていった。
私は慌てて割り込んだ。
「じゃあ、私達はそろそろ帰りますので」
碧は明里の目をみて挨拶した。
「それでは、ごきげんよう」
明里も碧の目を見て挨拶した。
「はい、ありがとうございました」
そのまま、会場を出た。
明里とは無言のままマンションに着いた。
私は、明里に話しかけた。
「夕飯どうしよっか」
「あっ、ごめんなさい、今から食材買ってきます。なんだろう私、うっかりしちゃって。おじさん先にお風呂へ入って下さい」
「いや、何処かへ食べに行こうか」
「平気平気、もう帰ってきちゃいましたから」
明里はお風呂の湯張りスイッチを入れて、炊飯の準備をして買い物に出て行った。
そう、今晩は外食のつもりだった。
だが、なんとなく、そんな気分ではなかった。
お風呂の湯が張られたメッセージが流れた。
私は、湯舟に浸かりながら来週からの事を考えていた。
碧は、きっと気付いただろう。
明里が同棲相手である事を。
私が風呂から上がると、明里はキッチンで夕食の準備を進めていた。
匂いから、カレーライスのようだ。
テーブルの上には、サラダが盛り付けられていた。
炊飯器が、炊きあがりを鳴らした。
ご飯を盛って、カレーをかけて、私の前に置いてくれた。
一緒に「いただきます」と言って、カレーライスを口に運んだ。
……これは、明里が最初の夕食で作ってくれたカレーライス。
隠し味にココアが入ってます。と言われ、悪くないと思った。
あのココアカレー、あの日以来、封印していた。
今日、なんで再び。
正面を向くと、明里はカレーを前にして、涙を流している。
「どうした?」
「かなわないです。私、水瀬さんには、かなわないです」
「何が、かなわないんだ?」
「わかりません、わかりませんが……」
そう、水瀬碧は自分には自覚無いようだが、相手に対して戦意喪失させるような空気を身にまとっている。
「なんでそう思うんだ?」
「だって水瀬さん、絶対おじさんに思いを寄せています」
……明里の女の勘か。
明里はスプーンを握りしめながら下を向いて涙を流していた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
明里さんは感じた。
この先おじさんは……水瀬さんに傾く。
次回:一度には
私の会社からも、幾つかの発表がある。
私の研究所の開発部は、試作品を完成させるまでの仕事である。
その試作品が、コストや価格、市場規模等について、総合的に審議され、ビジネスとして成り立つと判断された場合、事業部に受け渡される。
その後、量産の手法等、市場で発表されるまでには、もうひと山ある。
以前、私が完成させた試作品がデビューする事となり、今回それが発表される。
初日の金曜日は、業界関係者のみの公開で、次の土、日が一般公開日となっている。
明里にそれを話したら、「いく、いく、いく」と言い出した。
「おじさんの仕事、絶対見たいです!」との事だ。
明里は金曜日、大学の授業がある為、土曜日に行く事にした。
「会場で、もし会社の知人に会った時は、私の姪として紹介する」
「了解しました」
「後学の為に連れてきました。と」
「はい。私、リケジョですから」
そんな打ち合わせをしておいた。
そして土曜日となった。
私はいつものスーツを着て、明里は入学式に買った正装で展示会場へ向かった。
さすがに混んでいる。
中でも私の会社のブースは混んでいる。
市場からは、それだけ注目されているという事なのだろうか。
明里に色々説明しながら回っていると、海外支部に赴任していた昔の同期が声を掛けたきた。
「よう」
「おーひさしぶり」
「元気?」
「まあ、なんとか」
「主任昇進おめでとう」
「あれ~良くご存じで」
「本社の組織図は目を通しているよ」
「いつ頃戻れそう?」
「ん~しばらくは、あれ、そちらのお嬢さんは?」
「ああ、私の姪、理系の大学生で、こういった事にも興味あって」
「初めまして」と、明里が挨拶した。
「こちらこそ、初めまして。綺麗な姪御さんだね~」
「あっ、ありがとうございます」
「大学では、もてもてでしょう?」
「いえ、そんな」
「おう、そう言えば、裕子さん元気?」
急に私へ話を振って来た。
「あっ……いや……もう5年も前に、別れたよ」
「え~本当に~、あんなに仲良くって……ああ、すまんすまん」
「いや」
「今度また、機会を見つけて一杯」
「ああ」
「では、お嬢さん、ごきげんよう」
「はい、ありがとうございました」
明里は笑顔で会釈した。
彼は、会社のブースに向かって行った。
明里としばらく沈黙が続いた。
「裕子さんっていうんですね」
私は無視した。
「あんなに仲良くって言ってましたね」
私は何も答えなかった。
その時、
「主任」
正面から碧が歩いてきた。
「あれ、今日は駆り出しですか?」
「そうなんです」
「ああ、この子は私の姪で、理系の、まだ学生ですが、後学の為に連れてきたんです」
「はじめまして」と、明里が挨拶した。
私は碧を紹介した。
「こちら私の指南役の水瀬さん」
「指南役だなんて……はじめまして。そう、主任が担当された新製品、大変注目されていますよ」
「いゃあ、なんか娘の社交界デビューみたいな感じで」
「えぇ~あれは、女の子だったんですか~?」
……
そう、本来これで終わるはずだった。
ところが、先ほどの裕子という名を耳にした明里が、碧を直視している。
直視されている碧は、明里に対して不思議な表情を浮かべていた。
しかし、その表情は、次第に驚きの表情に変わっていった。
私は慌てて割り込んだ。
「じゃあ、私達はそろそろ帰りますので」
碧は明里の目をみて挨拶した。
「それでは、ごきげんよう」
明里も碧の目を見て挨拶した。
「はい、ありがとうございました」
そのまま、会場を出た。
明里とは無言のままマンションに着いた。
私は、明里に話しかけた。
「夕飯どうしよっか」
「あっ、ごめんなさい、今から食材買ってきます。なんだろう私、うっかりしちゃって。おじさん先にお風呂へ入って下さい」
「いや、何処かへ食べに行こうか」
「平気平気、もう帰ってきちゃいましたから」
明里はお風呂の湯張りスイッチを入れて、炊飯の準備をして買い物に出て行った。
そう、今晩は外食のつもりだった。
だが、なんとなく、そんな気分ではなかった。
お風呂の湯が張られたメッセージが流れた。
私は、湯舟に浸かりながら来週からの事を考えていた。
碧は、きっと気付いただろう。
明里が同棲相手である事を。
私が風呂から上がると、明里はキッチンで夕食の準備を進めていた。
匂いから、カレーライスのようだ。
テーブルの上には、サラダが盛り付けられていた。
炊飯器が、炊きあがりを鳴らした。
ご飯を盛って、カレーをかけて、私の前に置いてくれた。
一緒に「いただきます」と言って、カレーライスを口に運んだ。
……これは、明里が最初の夕食で作ってくれたカレーライス。
隠し味にココアが入ってます。と言われ、悪くないと思った。
あのココアカレー、あの日以来、封印していた。
今日、なんで再び。
正面を向くと、明里はカレーを前にして、涙を流している。
「どうした?」
「かなわないです。私、水瀬さんには、かなわないです」
「何が、かなわないんだ?」
「わかりません、わかりませんが……」
そう、水瀬碧は自分には自覚無いようだが、相手に対して戦意喪失させるような空気を身にまとっている。
「なんでそう思うんだ?」
「だって水瀬さん、絶対おじさんに思いを寄せています」
……明里の女の勘か。
明里はスプーンを握りしめながら下を向いて涙を流していた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
明里さんは感じた。
この先おじさんは……水瀬さんに傾く。
次回:一度には
6
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。


とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる