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第3章
3-07 何が残っているのだろう
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私は、普段会社に行くスーツを着て4時ごろ家を出た。
送られた領収書合計の半分をATMからおろし、封筒に入れた。
全額お渡しする事も考えたが、碧が気持ちの上で私に借りを作ってしまうのもいけないと思い、折半とした金額にした。
指定した喫茶店へは、約束の時刻前に着いたが、碧は既に来ていた。
シックなドレスをまとい、薄化粧している。
昨日の浴衣やバスローブを着た碧とは、また違う。
碧は私を見つけると、明るい表情を浮かべた。
しかし、その表情は次第に曇っていった。
私の表情から読み取ったのだろう。
私は席につくなりブレンドコーヒーを注文した。
碧も「同じものを」と言って注文した。
私は碧に話かけた。
「お呼びだてして申し訳ありません。これ、領収書の合計金額の半分です」
私は封筒をテーブルの上で碧に差し出した。
しかし碧は、封筒の中身を確認しようとしない。
しばし沈黙が続いた。
やがて注文したコーヒーが運ばれてきた。
私はコーヒーに口を付けたあと、話し始めた。
「昨日ホテルから帰る間際、碧さんは私に『告白です』と言われました」
碧の持つ、コーヒーカップが震えていた。
「実は私には、同棲している女性がいます」
本当は同棲ではなく、ただの同居なのだが、その時の私は明里との関係を同棲と言った。
碧の手が止まった。
「申し訳ないが、私は貴女の想いに応えられない」
碧はコーヒーカップを静かに皿の上に置いた。
「申し訳ない」
私は頭を下げた。
「今日……主任からメールを頂いた時、地に足がつかないほど嬉しかったです。でも、お付き合いされている方がいるのではないかと心配になりました」
「……」
「主任が既婚者でない事は知っていたのですが……既に同棲されている方がいらっしゃるとは……申し訳ありませんでした」
「……」
碧が頭を下げて言った。
「1日だけでしたが、お付き合い下さいまして、ありがとうございました」
私は「失礼」と言って、ここの注文書を持ってレジに向かった。
支払いを済ませている時、碧の席を見た。
碧は下を向いて……肩が震えていた。
私は店を後にした。
まったくもって後味が悪い。
昨日の私は、どこで間違えたのだろう。
そんな事を考えながら、目的もなく歩いた。
今、私は同期の結婚披露パーティに行ってる事になっている。
帰るには、まだ早すぎる。
適当な居酒屋へ入った。
カウンター席で、おでんと熱燗を注文した。
何も考えられない。
ただ……ただ飲んでいた。
なんだろう、この気持ちは?
この漠然とした後悔のような気持ち。
後悔?……何に対して……?
碧に対して?……それとも……。
・・・・・・
時計を見たら8時を回っていた。
そろそろ良い頃だろう。
2時間以上ここでねばる為、色々注文したし、お酒も相当飲んだ。
しかし、全然酔いが回らない。
まあ、あたりまえか。
私は会計を済ませ、帰路に付いた。
私がマンションに着いたのは9時を回った頃だった。
明里が迎えてくれた。
私は明里に覆いかぶさるように抱き付いた。
「明里ぃ……」
少し酔いが回ってきたようだ。
「おじさん……ちょっと、ちょっと飲みすぎです!」
私は、明里に上着を脱がせてもらい、よろよろと浴室に向かった。
明里は、あわてて湯舟に水を入れて温度を下げた。
私が出てきた時、体を冷やさないよう、エアコンの暖房をかけてくれていた。
私はそのままベッドに転がった。
明里は部屋をノックして、私の布団に入ってきた。
そして布団の中で、明里は私の腕を抱きしめていた。
私はその時、明里の体が震えているのを感じた。
・・・・・・
次の日、朝起きると、まだ酒が抜けていないようだ。
しかし、会社に着く頃には抜け切るだろう。
そんな感じだった。
明里は朝食の支度をしている。
私はキッチンへ行った。
「おじさん、おはようございます」
「ああ、おはよう」
「おじさん、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない」
「昨日のおじさん、ちょっと心配でした」
「ごめん、ごめん……それほど飲んでいないが、夜風が冷たかったから、悪酔いしちゃったみたいだ」
……嘘である、昨日は相当飲んだ、そして全然酔えなかった。家に着くまでは。
「本当に気を付けて下さい。私、夜中に何度も起きて……息しているか心配でした」
「ああ、すまない、ありがとう」
「それと、相当うなされてました。……寝言も言ってました」
私は恐る恐る聞いた。
「どんな寝言、言ってた?」
「……ちくしょう……ちくしょう……って」
私は固まった。
「何がそんなに悔しかったんですか?」
明里は心配そうに私を覗き込む。
私は自分に問いかけた。
『ちくしょう』という言葉、何に対して?
……私の評価だ。
いつも難解な問題が私にまわってくる。
いや、それよりも、上は問題の難しさが解っていない。
しかし私は、その不満に目をそらせていた。
不満に目を向けると不満を拡大させてしまう。
『私に能力が無いからだ』
そう自分に言い聞かせていた。
そうする事で心の均衡を保っていた。
碧は言った。
『会社は主任の能力を推し測れていません』
『来年私は、第3研へ異動願いを出しますので、主任の下で仕事させて下さい』
碧の言葉で、心の奥底に眠らせていた感情が目を覚ましてしまった。
そして、そう言ってくれた碧を、昨日突き放した。
……今の私には、何が残っているのだろう。
「おじさん?」
「ああ」
「おじさん今日は?」
「ああ、もちろん会社へ行く」
「……大丈夫ですか?」
明里は心配そうに、顔を向ける。
「ああ、心配いらない」
私は朝食を済ませ、会社へ向かった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回:私の隣には
送られた領収書合計の半分をATMからおろし、封筒に入れた。
全額お渡しする事も考えたが、碧が気持ちの上で私に借りを作ってしまうのもいけないと思い、折半とした金額にした。
指定した喫茶店へは、約束の時刻前に着いたが、碧は既に来ていた。
シックなドレスをまとい、薄化粧している。
昨日の浴衣やバスローブを着た碧とは、また違う。
碧は私を見つけると、明るい表情を浮かべた。
しかし、その表情は次第に曇っていった。
私の表情から読み取ったのだろう。
私は席につくなりブレンドコーヒーを注文した。
碧も「同じものを」と言って注文した。
私は碧に話かけた。
「お呼びだてして申し訳ありません。これ、領収書の合計金額の半分です」
私は封筒をテーブルの上で碧に差し出した。
しかし碧は、封筒の中身を確認しようとしない。
しばし沈黙が続いた。
やがて注文したコーヒーが運ばれてきた。
私はコーヒーに口を付けたあと、話し始めた。
「昨日ホテルから帰る間際、碧さんは私に『告白です』と言われました」
碧の持つ、コーヒーカップが震えていた。
「実は私には、同棲している女性がいます」
本当は同棲ではなく、ただの同居なのだが、その時の私は明里との関係を同棲と言った。
碧の手が止まった。
「申し訳ないが、私は貴女の想いに応えられない」
碧はコーヒーカップを静かに皿の上に置いた。
「申し訳ない」
私は頭を下げた。
「今日……主任からメールを頂いた時、地に足がつかないほど嬉しかったです。でも、お付き合いされている方がいるのではないかと心配になりました」
「……」
「主任が既婚者でない事は知っていたのですが……既に同棲されている方がいらっしゃるとは……申し訳ありませんでした」
「……」
碧が頭を下げて言った。
「1日だけでしたが、お付き合い下さいまして、ありがとうございました」
私は「失礼」と言って、ここの注文書を持ってレジに向かった。
支払いを済ませている時、碧の席を見た。
碧は下を向いて……肩が震えていた。
私は店を後にした。
まったくもって後味が悪い。
昨日の私は、どこで間違えたのだろう。
そんな事を考えながら、目的もなく歩いた。
今、私は同期の結婚披露パーティに行ってる事になっている。
帰るには、まだ早すぎる。
適当な居酒屋へ入った。
カウンター席で、おでんと熱燗を注文した。
何も考えられない。
ただ……ただ飲んでいた。
なんだろう、この気持ちは?
この漠然とした後悔のような気持ち。
後悔?……何に対して……?
碧に対して?……それとも……。
・・・・・・
時計を見たら8時を回っていた。
そろそろ良い頃だろう。
2時間以上ここでねばる為、色々注文したし、お酒も相当飲んだ。
しかし、全然酔いが回らない。
まあ、あたりまえか。
私は会計を済ませ、帰路に付いた。
私がマンションに着いたのは9時を回った頃だった。
明里が迎えてくれた。
私は明里に覆いかぶさるように抱き付いた。
「明里ぃ……」
少し酔いが回ってきたようだ。
「おじさん……ちょっと、ちょっと飲みすぎです!」
私は、明里に上着を脱がせてもらい、よろよろと浴室に向かった。
明里は、あわてて湯舟に水を入れて温度を下げた。
私が出てきた時、体を冷やさないよう、エアコンの暖房をかけてくれていた。
私はそのままベッドに転がった。
明里は部屋をノックして、私の布団に入ってきた。
そして布団の中で、明里は私の腕を抱きしめていた。
私はその時、明里の体が震えているのを感じた。
・・・・・・
次の日、朝起きると、まだ酒が抜けていないようだ。
しかし、会社に着く頃には抜け切るだろう。
そんな感じだった。
明里は朝食の支度をしている。
私はキッチンへ行った。
「おじさん、おはようございます」
「ああ、おはよう」
「おじさん、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない」
「昨日のおじさん、ちょっと心配でした」
「ごめん、ごめん……それほど飲んでいないが、夜風が冷たかったから、悪酔いしちゃったみたいだ」
……嘘である、昨日は相当飲んだ、そして全然酔えなかった。家に着くまでは。
「本当に気を付けて下さい。私、夜中に何度も起きて……息しているか心配でした」
「ああ、すまない、ありがとう」
「それと、相当うなされてました。……寝言も言ってました」
私は恐る恐る聞いた。
「どんな寝言、言ってた?」
「……ちくしょう……ちくしょう……って」
私は固まった。
「何がそんなに悔しかったんですか?」
明里は心配そうに私を覗き込む。
私は自分に問いかけた。
『ちくしょう』という言葉、何に対して?
……私の評価だ。
いつも難解な問題が私にまわってくる。
いや、それよりも、上は問題の難しさが解っていない。
しかし私は、その不満に目をそらせていた。
不満に目を向けると不満を拡大させてしまう。
『私に能力が無いからだ』
そう自分に言い聞かせていた。
そうする事で心の均衡を保っていた。
碧は言った。
『会社は主任の能力を推し測れていません』
『来年私は、第3研へ異動願いを出しますので、主任の下で仕事させて下さい』
碧の言葉で、心の奥底に眠らせていた感情が目を覚ましてしまった。
そして、そう言ってくれた碧を、昨日突き放した。
……今の私には、何が残っているのだろう。
「おじさん?」
「ああ」
「おじさん今日は?」
「ああ、もちろん会社へ行く」
「……大丈夫ですか?」
明里は心配そうに、顔を向ける。
「ああ、心配いらない」
私は朝食を済ませ、会社へ向かった。
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次回:私の隣には
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