Wish upon a Star

稲瀬

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第十二話

38 : Bless you - 02

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 今、その片鱗が実像として浮かんでいるのに気が付かないほど、サイラスは愚昧ではなかった。最良の最期が目の前にある。十九年の人生を彩って大輪の花を咲かせる、最良の最期が待っているではないか。そう、思っているのがリアムにも伝わったのだろう。人に後悔をさせる最期は最良ではない。忠告したくて、なのに代替策を提示出来なくて、子どものように泣いて駄々をこねることも出来ないリアムはひたすらに通信魔術のこちらにいるサイラスを睨みつけていた。

「リアム、私はこの街の全ての災いを被って死にたい、と思っているわけではない」
「だったら何なんだよ」
「死んでもいい、と思っているのは否定しない。それでも、不思議なものだな。それと同じぐらい、お前たちと明日を生きてみたいと思っている」

 日暮れと同時に仕事を終えて団欒の時間が訪れることも。一杯の酒を酌み交わしながら今日の出来ごとを振り返ることも、全部、生きているから味わえるのだということをソラネンの街がサイラスに教えてくれた。
 苦しみは特別な感情ではない。喜びもまた特別な感情ではない。
 感情は全てにおいて対等に尊く、対等に価値がある。
 だから。
 サイラスはダラスの襲来に耐えきって、勝利の美酒を酌み交わす光景を生きてこの目で見たいと思った。ソラネンの誰も失わない。そんな未来が本当にあるのなら。そのときは神に感謝の言葉を献じてもいい。そのぐらい、サイラスは今、生きて明日を見たかった。
 なのに。
 リアムは首を横に振った。

「――嘘だ」
「嘘ではない」
「嘘だ! 嘘だ……だって、生きてたって何もいいことなんかないし、明日なんて来なくたっていい。お前だってそう思ってるんだろ、セイ!」

 そんな風に世界のことを倦厭していた時期もある。明日が今日よりましな保証なんてない。今日より酷い明日かもしれない。そんな明日を見て絶望するぐらいなら、今日のままで終わりたい。そう、思わなかったかと問われるとサイラスはそれを否定する手段を持たない。そうだ。確かにサイラスは世界を憎んでいた。サイラスを一人残して炎の向こうに消えた両親のことも、都合よく現れて全てを奪っていった縁戚のことも、その際に何の手助けもしてくれなかったジギズムントの住人や役所のことも恨んでいる。
 それでも。
 サイラスはそのほの暗い感情と今はそれほど親しくしていない。
 その手助けをしてくれた当の本人が、今、その感情に振り回されているというのは実に皮肉な話だが、同情して私情を挟んでいる場合ではないのは自明だ。

「……それは、私の気持ちではなくお前の願望ではないのか、リアム」
「――っ!」
「身の上の不幸自慢なら安寧のソラネンで聞こう。私はまだこの街と共に心中するつもりはないのでな」

 王子として生まれながらにして王族という扱いを受けることのなかったジギズムント伯の憎悪や怨嗟はサイラスの比ではないかもしれない。それでも、サイラスは知っている。リアムの笑顔は人を疑うだけだったサイラスの心を溶かした。だから。リアムにもその手助けが必要なのだというのなら。今度はサイラスが手を差し伸べるのは決して吝かではない。
 だから。

「ウィステリア、そちらから尖塔へ空間を捻じ曲げることは出来るのか」
「ええ、それは、勿論」
「ならば私を運んでくれ。教会の聖堂へ向かいたい」

 それがサイラスの中に残った最後の手札だ。
 サイラスの魔術結界の境界面であればダラスの外殻を切断することが出来る。切り取られたダラスの脚は呪詛を放つがデューリ神の加護を得た聖水が無効化する。ならばもう方法など一つしか残っていない。
 サイラスの――ソラネンの魔力が尽きるのが早いか、ダラスの魔力が尽きるのが早いか、根競べをするしかない。そして、その勝負をするのであればソラネン全体に魔術結界を施しているだけの余裕はない。もっと一部の区域に魔術結界を限定するべきだ。そしてその場所にダラスの意識を釘付けにする必要がある。たとえ守るべき友人――マグノリア・リンナエウスを釣り餌としようとも。ダラスの進撃を阻めなければどの道、マグノリアは贄となる。ならば生きる為に彼女を利用することも致し方のないことだ、とサイラスは判断した。最小の犠牲で、最大の利益を得る。それが人を率い、人の期待を受け、人を導くもののあるべき姿だ。
 サイラスの決心を試すかのようにウィステリアは問うてきた。

「デューリ神の聖域でもダラスは無遠慮に飛び込んでくるかもしれなくてよ」
「何、それが狙いだ。問題ない」
「あなた、本当の本当に人柱にでもなるつもり? わたしは自分の次のあるじを目の前で見捨てるのだけは嫌よ」
「デューリ神というのが本当に在るのなら、私は決して死ぬことはないだろう」
「なぜ、そう言い切れるの?」
「あの日、この神才を生かしたからには無駄死になどさせんだろうさ」
「あなたが筋金入りの馬鹿だということだけがわたしにもわかってよ」
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