25 / 44
第九話
25 : You are Different - 02
しおりを挟む
「ふん。傭兵風情に何がわかる」
「さぁ、何だろ?何もわからないんじゃないかな」
全知全能の神様ですら、本当のことなんて何も知らないと思うよ。そんな風に軽く言ったリアムの言葉は反語だった。まして凡夫たるリアムに何を知れるというのか、いや、何も知らないに違いない。が続く。そしてその向こうにまだ、何もわからないことについて罪悪を感じる必要はどこにもない、が続いているのを受け取ったとき、サイラスは思わず苦笑した。それはシキも同様だったらしい。人生の美しさを語るのはソラネンの平穏を取り戻してからでも十分に間に合う。今、なすべきことは美学の応酬ではなく、現実問題の早急な解決だ。
「――気が削がれた。頭のおかしなやつには付き合いきれん」
言ってシキが速度を上げる。
次の角を正面突破する。そんな宣言が聞こえたかと思うとぐん、とサイラスの景色が揺らいだ。隔壁を超える為の助走だ、と気づいたときにはサイラスを背負ったまま、シキの身体が空中に浮かぶ。
そして。
視界が明度を失った。柔らかな下草が緩衝材となり、足音が聞こえなくなる。それでも振動は安定していた。木々の小枝が時折、痛いぐらいの勢いでサイラスの顔を撫でる。その度に速度が増しているのを実感させた。サイラスの足ではこんな風に林野を感じることは出来ないから、どこか新鮮な感じがする。暗がりの中、シキが正確な足運びで駆け抜けていく。陽の射し込まない林の中は決して平坦などではない。なのにシキは石畳の上を駆けるのと何ら変わりなく進んだ。それに並走しているリアムもなかなかのものだ。そんな感想を抱いた頃、目の前に光点が見える。林の終わりだ。シキの方向感覚が誤っていなければ、この先にサイラスの寄宿舎が建っているだろう。
それを三人が視認すると緊張感が一気に高まる。
呼吸を乱してもいないシキがサイラスに問う。
「トライスター、変異はないか」
「見慣れない魔力の波長が二人分ある。片方がおそらくスティーヴ・リーンだろうが、残りの片方については現時点では何もわからん」
「魔獣か」
「それもわからん。もう少し情報がほしいところだ」
「ならば急ぐぞ。傭兵、貴様まだ速度を上げられるだろう。先に行け」
顎をしゃくってシキが指示を出す。お前の指図は受けない、とリアムが反発するだろうかと思ったが彼は平然とシキの言葉を受けて速度を上げる。
「セイ、裏口から強行突破してもいいだろ?」
「テレジアへの弁明なら任せておけ。私が全責任を負う。お前の思う最善を頼む」
「坊ちゃん、セイのこと頼んだ」
言って、リアムの背中が一気に遠ざかる。その後を追ってシキもまた林の先へと駆け続けた。少しずつ明るさを帯びてくる視界に眩しささえ覚えているとサイラスの目の前に煉瓦造りの寄宿舎が見える。間違いない。これはテレジアの切り盛りするサイラスの寄宿舎だ。
「トライスター。後は貴様で何とかしろ」
俺はここまでのようだ。先行したリアムの手によるだろう、無理やりにこじ開けられた木戸の前でサイラスは地面に降ろされる。暗がりの中ではあんなに安定していたシキの呼吸が大きく乱れていた。大きく息を吸い込む音が寄せる波のようにサイラスの耳に届く。「助かった」と「ありがとう」を口にするのはもう少し後の方がいいだろう。そう判断してサイラスは木戸の中へと駆け込んだ。背中の向こうで毅然とした振る舞いを保っていたシキが路面に倒れ込む音が聞こえたが、サイラスは振り返らなかった。多分、シキもそれを望んでいるだろう。
感覚器官を総動員してサイラスは寄宿舎の中を進む。魔力の波長は寄宿舎に入った辺りからはっきりと手に取るように感じられていた。サイラス自身の波長と共鳴するもの――テレジアの波長が一つ。それとは混ざり合わないものが二つ。それ以外は特に感じられない。寄宿舎で魔力を持つ学生は全部で三人いるが、彼らは外出しているのだろう。宿の外の遠くに波長が感じられた。
テレジアの判断なのか、ただの偶然なのかは判然としないが彼らが外にいる方がサイラスとしてもやりやすい。犠牲になるものは少ない方が楽なのだから。
「テレジア! リアム! 無事か!」
波長の在り処を手繰って石造りの階段を駆け上る。三階の二室のうちサイラスの部屋でない方に魔力が集中しているのがはっきりと手に取るようにわかる。そこは今、空き室になっている筈だ。サイラスの部屋に施した結界が破られている気配もない。何をしているのか。逸る気持ちを抑えながら、サイラスは部屋に飛び込んだ。
そこに待っていたのは意外なことに寛いだ様子で茶器と向かい合っている四人の姿で、サイラスはあっけにとられる。
「テレジア?」
ぽかん、と間抜けな顔をしていただろう。サイラスが寄宿舎の女主人に声をかけると彼女は幼子を相手にしたように肩を竦ませた。
「さぁ、何だろ?何もわからないんじゃないかな」
全知全能の神様ですら、本当のことなんて何も知らないと思うよ。そんな風に軽く言ったリアムの言葉は反語だった。まして凡夫たるリアムに何を知れるというのか、いや、何も知らないに違いない。が続く。そしてその向こうにまだ、何もわからないことについて罪悪を感じる必要はどこにもない、が続いているのを受け取ったとき、サイラスは思わず苦笑した。それはシキも同様だったらしい。人生の美しさを語るのはソラネンの平穏を取り戻してからでも十分に間に合う。今、なすべきことは美学の応酬ではなく、現実問題の早急な解決だ。
「――気が削がれた。頭のおかしなやつには付き合いきれん」
言ってシキが速度を上げる。
次の角を正面突破する。そんな宣言が聞こえたかと思うとぐん、とサイラスの景色が揺らいだ。隔壁を超える為の助走だ、と気づいたときにはサイラスを背負ったまま、シキの身体が空中に浮かぶ。
そして。
視界が明度を失った。柔らかな下草が緩衝材となり、足音が聞こえなくなる。それでも振動は安定していた。木々の小枝が時折、痛いぐらいの勢いでサイラスの顔を撫でる。その度に速度が増しているのを実感させた。サイラスの足ではこんな風に林野を感じることは出来ないから、どこか新鮮な感じがする。暗がりの中、シキが正確な足運びで駆け抜けていく。陽の射し込まない林の中は決して平坦などではない。なのにシキは石畳の上を駆けるのと何ら変わりなく進んだ。それに並走しているリアムもなかなかのものだ。そんな感想を抱いた頃、目の前に光点が見える。林の終わりだ。シキの方向感覚が誤っていなければ、この先にサイラスの寄宿舎が建っているだろう。
それを三人が視認すると緊張感が一気に高まる。
呼吸を乱してもいないシキがサイラスに問う。
「トライスター、変異はないか」
「見慣れない魔力の波長が二人分ある。片方がおそらくスティーヴ・リーンだろうが、残りの片方については現時点では何もわからん」
「魔獣か」
「それもわからん。もう少し情報がほしいところだ」
「ならば急ぐぞ。傭兵、貴様まだ速度を上げられるだろう。先に行け」
顎をしゃくってシキが指示を出す。お前の指図は受けない、とリアムが反発するだろうかと思ったが彼は平然とシキの言葉を受けて速度を上げる。
「セイ、裏口から強行突破してもいいだろ?」
「テレジアへの弁明なら任せておけ。私が全責任を負う。お前の思う最善を頼む」
「坊ちゃん、セイのこと頼んだ」
言って、リアムの背中が一気に遠ざかる。その後を追ってシキもまた林の先へと駆け続けた。少しずつ明るさを帯びてくる視界に眩しささえ覚えているとサイラスの目の前に煉瓦造りの寄宿舎が見える。間違いない。これはテレジアの切り盛りするサイラスの寄宿舎だ。
「トライスター。後は貴様で何とかしろ」
俺はここまでのようだ。先行したリアムの手によるだろう、無理やりにこじ開けられた木戸の前でサイラスは地面に降ろされる。暗がりの中ではあんなに安定していたシキの呼吸が大きく乱れていた。大きく息を吸い込む音が寄せる波のようにサイラスの耳に届く。「助かった」と「ありがとう」を口にするのはもう少し後の方がいいだろう。そう判断してサイラスは木戸の中へと駆け込んだ。背中の向こうで毅然とした振る舞いを保っていたシキが路面に倒れ込む音が聞こえたが、サイラスは振り返らなかった。多分、シキもそれを望んでいるだろう。
感覚器官を総動員してサイラスは寄宿舎の中を進む。魔力の波長は寄宿舎に入った辺りからはっきりと手に取るように感じられていた。サイラス自身の波長と共鳴するもの――テレジアの波長が一つ。それとは混ざり合わないものが二つ。それ以外は特に感じられない。寄宿舎で魔力を持つ学生は全部で三人いるが、彼らは外出しているのだろう。宿の外の遠くに波長が感じられた。
テレジアの判断なのか、ただの偶然なのかは判然としないが彼らが外にいる方がサイラスとしてもやりやすい。犠牲になるものは少ない方が楽なのだから。
「テレジア! リアム! 無事か!」
波長の在り処を手繰って石造りの階段を駆け上る。三階の二室のうちサイラスの部屋でない方に魔力が集中しているのがはっきりと手に取るようにわかる。そこは今、空き室になっている筈だ。サイラスの部屋に施した結界が破られている気配もない。何をしているのか。逸る気持ちを抑えながら、サイラスは部屋に飛び込んだ。
そこに待っていたのは意外なことに寛いだ様子で茶器と向かい合っている四人の姿で、サイラスはあっけにとられる。
「テレジア?」
ぽかん、と間抜けな顔をしていただろう。サイラスが寄宿舎の女主人に声をかけると彼女は幼子を相手にしたように肩を竦ませた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
【本編完結済み】二人は常に手を繋ぐ
ハチ助
恋愛
【あらすじ】6歳になると受けさせられる魔力測定で、微弱の初級魔法しか使えないと判定された子爵令嬢のロナリアは、魔法学園に入学出来ない事で落胆していた。すると母レナリアが気分転換にと、自分の親友宅へとロナリアを連れ出す。そこで出会った同年齢の伯爵家三男リュカスも魔法が使えないという判定を受け、酷く落ち込んでいた。そんな似た境遇の二人はお互いを慰め合っていると、ひょんなことからロナリアと接している時だけ、リュカスが上級魔法限定で使える事が分かり、二人は翌年7歳になると一緒に王立魔法学園に通える事となる。この物語は、そんな二人が手を繋ぎながら成長していくお話。
※魔法設定有りですが、対人で使用する展開はございません。ですが魔獣にぶっ放してる時があります。
★本編は16話完結済み★
番外編は今後も更新を追加する可能性が高いですが、2024年2月現在は切りの良いところまで書きあげている為、作品を一度完結処理しております。
※尚『小説家になろう』でも投稿している作品になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる