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第八話
21 : Take my hand - 01
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真実は人の数だけ存在する。人の主観を通して見たものが真実で、それ以上も以下もない。そして主観を共通化することは不可能だから真実を共通化することはどんな高等魔術を使っても、どんな国家権力を使っても不可能だとしか言いようがない。
それでも。
人は真実を追い求める。受け継がれてきた伝承、習慣化した日常。それらの向こう側にある真実を探して、人は日々探求を続ける。
それが、学術都市ソラネンの学術都市たる所以だ。
根っからの学者気質であるサイラスにはあまり体力がない。ちょっとした依頼を引き受けたり、素材を調達する為だったりして、ソラネンの外周を半日歩き回る程度の体力はあるが、瞬発力に関しては数値化すると虚しくなるぐらいしかなく、尖塔に辿り着いた頃にはへとへとになっていた。
ウィリアム・ハーディが苦笑しながらサイラスの為に蒸留水の入った瓶を運んできてくれる。尖塔の蒸留水は市場の蒸留水とは少し違う。生体強化魔術が施されたガラス玉が沈めてあって、水を飲むだけで体力の回復力が向上する仕組みだ。尖塔の方針によりここでしか買うことが出来ず、魔術師、騎士、ハンターと職を問わず買い求めるものが途切れることがない。
その蒸留水を飲みながらサイラスはソラネンを代表する指導者たちと会談に臨んでいた。
騎士ギルドの副団長であるシェール・ソノリテ、尖塔の長老であるクラハド・カーバッハの二人を前にしてリアムは少し緊張しているようだったが、サイラスにとって彼らは怖じる相手ではない。
概況を説明し終わったサイラスにクラハドが問う。
「トライスター。おぬしはどうやってこの街を守ったらいいと思うかね?」
「私への魔力の供給量が十分であればそれで解決すると思っているものがいるが、それは一時しのぎに過ぎない、と先に申し述べよう」
「そうでしょうね。外敵を根本的に排除しなければ恒久的な対策にはなりえないと僕も理解しています」
クラハドの問いに否定的な要素の指摘で返したサイラスの横顔を見て、リアムが目を見開く。談話室ではそれが最善であるかのように振舞っていたのに何なのだ、という困惑だろう。わかっている。ただ、暫定的な解決をする為にはリアムの提案も真に必要となり、サイラスは彼の意見を否定しなかった。それだけのことだ。
クラハドとシェールがお互いに顔を見合わせて、大きな溜息を零した。
「そもそも、トライスター。君ほどの魔力の持ち主が枯渇している、というのはどういうことなのです」
「それよ。おぬし、どこで魔力の無駄遣いをいたした」
「無駄ではないだろう。マグノリアの能力では結界魔術を施しながら、自らの餌を獲るだけの才覚がない。討ち漏らした魔獣の類を私が処分していたらいつの間にかこうなっていた。それだけのことだ」
マグノリア・リンナエウスはダラスとしては未熟で縄張りの張り方も、餌の獲り方も知らなかった。だからサイラスは王立学院の図書館から禁書を何冊も持ち出してひたすらに魔獣の生態について学んだ。ファルマード司祭に正答を教えてもらえればよかったのだろうが、彼とグロリオサ・リンデリは人柱としての役割をサイラスたちに移譲すると青い大きな輝石を残してこの世から消失した。
消失したものに助言を乞うことは出来ない。
サイラスは必死に実験に次ぐ実験を繰り返して、マグノリアに生きていく為のすべを教えた。マグノリアの魔力が安定するまでの間は殆どサイラスの魔力だけでソラネンを守護していた、というのが実情だ。都市を丸ごと守護する為の魔力を考えると十年間、持ちこたえただけでも十分奇跡に近いだろう。
近年、ようやくマグノリアも自活出来るようになり、サイラスは彼女に魔力を与える必要がなくなったが、マグノリアの捕食頻度ではとてもではないが、ソラネンの城壁の向こう側にいる魔獣たちの全てを退けることは不可能だ。結局、サイラスが自身の魔力を使って小物の魔獣たちを駆逐した。
そう、説明すると指導者たちは顔を見合わせて更に大きな溜息を零す。
「トライスター。困窮する前にもっと早く僕たちに相談する、という選択肢はなかったのですか」
「言えば、あなたたちは私に協力してくれただろう」
シジェド王国は国王と魔獣たちとの間で密約が交わされているから平和なのだと国民は信じきっている。魔獣たちが襲ってこないのは国王の威光が保たれているからだ、と信じているのにその足元を崩すような言葉を口にすることは出来ない。それでも。事実、魔獣たちはソラネンの市民たちの預かり知らぬところでソラネンを蹂躙する機会を狙っている。街を大混乱の中に放り込んでどうにかなる可能性に賭けるより、サイラスが自助努力をする方がよほど建設的だと思っていたことは否定しない。
それでも。
多分、遅かれ早かれ今日のような混乱が起きるのは避けられなかったのだろう。と今は思う。
責任感に凝り固まった青さから全てを引き受けようとしていた自分を見つけて、サイラスは胸の内で苦く笑った。
「わかっているなら――」
「わかっているから言えなかった。あなたたちにはあなたたちの理想を追う権利がある。あなたたちこそが私の思う理想の体現だ。なのに、自らの理想を自らで傷付けて喜ぶ馬鹿ものが一体この世界のどこにいるというのだ」
それでも。
人は真実を追い求める。受け継がれてきた伝承、習慣化した日常。それらの向こう側にある真実を探して、人は日々探求を続ける。
それが、学術都市ソラネンの学術都市たる所以だ。
根っからの学者気質であるサイラスにはあまり体力がない。ちょっとした依頼を引き受けたり、素材を調達する為だったりして、ソラネンの外周を半日歩き回る程度の体力はあるが、瞬発力に関しては数値化すると虚しくなるぐらいしかなく、尖塔に辿り着いた頃にはへとへとになっていた。
ウィリアム・ハーディが苦笑しながらサイラスの為に蒸留水の入った瓶を運んできてくれる。尖塔の蒸留水は市場の蒸留水とは少し違う。生体強化魔術が施されたガラス玉が沈めてあって、水を飲むだけで体力の回復力が向上する仕組みだ。尖塔の方針によりここでしか買うことが出来ず、魔術師、騎士、ハンターと職を問わず買い求めるものが途切れることがない。
その蒸留水を飲みながらサイラスはソラネンを代表する指導者たちと会談に臨んでいた。
騎士ギルドの副団長であるシェール・ソノリテ、尖塔の長老であるクラハド・カーバッハの二人を前にしてリアムは少し緊張しているようだったが、サイラスにとって彼らは怖じる相手ではない。
概況を説明し終わったサイラスにクラハドが問う。
「トライスター。おぬしはどうやってこの街を守ったらいいと思うかね?」
「私への魔力の供給量が十分であればそれで解決すると思っているものがいるが、それは一時しのぎに過ぎない、と先に申し述べよう」
「そうでしょうね。外敵を根本的に排除しなければ恒久的な対策にはなりえないと僕も理解しています」
クラハドの問いに否定的な要素の指摘で返したサイラスの横顔を見て、リアムが目を見開く。談話室ではそれが最善であるかのように振舞っていたのに何なのだ、という困惑だろう。わかっている。ただ、暫定的な解決をする為にはリアムの提案も真に必要となり、サイラスは彼の意見を否定しなかった。それだけのことだ。
クラハドとシェールがお互いに顔を見合わせて、大きな溜息を零した。
「そもそも、トライスター。君ほどの魔力の持ち主が枯渇している、というのはどういうことなのです」
「それよ。おぬし、どこで魔力の無駄遣いをいたした」
「無駄ではないだろう。マグノリアの能力では結界魔術を施しながら、自らの餌を獲るだけの才覚がない。討ち漏らした魔獣の類を私が処分していたらいつの間にかこうなっていた。それだけのことだ」
マグノリア・リンナエウスはダラスとしては未熟で縄張りの張り方も、餌の獲り方も知らなかった。だからサイラスは王立学院の図書館から禁書を何冊も持ち出してひたすらに魔獣の生態について学んだ。ファルマード司祭に正答を教えてもらえればよかったのだろうが、彼とグロリオサ・リンデリは人柱としての役割をサイラスたちに移譲すると青い大きな輝石を残してこの世から消失した。
消失したものに助言を乞うことは出来ない。
サイラスは必死に実験に次ぐ実験を繰り返して、マグノリアに生きていく為のすべを教えた。マグノリアの魔力が安定するまでの間は殆どサイラスの魔力だけでソラネンを守護していた、というのが実情だ。都市を丸ごと守護する為の魔力を考えると十年間、持ちこたえただけでも十分奇跡に近いだろう。
近年、ようやくマグノリアも自活出来るようになり、サイラスは彼女に魔力を与える必要がなくなったが、マグノリアの捕食頻度ではとてもではないが、ソラネンの城壁の向こう側にいる魔獣たちの全てを退けることは不可能だ。結局、サイラスが自身の魔力を使って小物の魔獣たちを駆逐した。
そう、説明すると指導者たちは顔を見合わせて更に大きな溜息を零す。
「トライスター。困窮する前にもっと早く僕たちに相談する、という選択肢はなかったのですか」
「言えば、あなたたちは私に協力してくれただろう」
シジェド王国は国王と魔獣たちとの間で密約が交わされているから平和なのだと国民は信じきっている。魔獣たちが襲ってこないのは国王の威光が保たれているからだ、と信じているのにその足元を崩すような言葉を口にすることは出来ない。それでも。事実、魔獣たちはソラネンの市民たちの預かり知らぬところでソラネンを蹂躙する機会を狙っている。街を大混乱の中に放り込んでどうにかなる可能性に賭けるより、サイラスが自助努力をする方がよほど建設的だと思っていたことは否定しない。
それでも。
多分、遅かれ早かれ今日のような混乱が起きるのは避けられなかったのだろう。と今は思う。
責任感に凝り固まった青さから全てを引き受けようとしていた自分を見つけて、サイラスは胸の内で苦く笑った。
「わかっているなら――」
「わかっているから言えなかった。あなたたちにはあなたたちの理想を追う権利がある。あなたたちこそが私の思う理想の体現だ。なのに、自らの理想を自らで傷付けて喜ぶ馬鹿ものが一体この世界のどこにいるというのだ」
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