Wish upon a Star

稲瀬

文字の大きさ
上 下
21 / 44
第八話

21 : Take my hand - 01

しおりを挟む
 真実は人の数だけ存在する。人の主観を通して見たものが真実で、それ以上も以下もない。そして主観を共通化することは不可能だから真実を共通化することはどんな高等魔術を使っても、どんな国家権力を使っても不可能だとしか言いようがない。
 それでも。
 人は真実を追い求める。受け継がれてきた伝承、習慣化した日常。それらの向こう側にある真実を探して、人は日々探求を続ける。
 それが、学術都市ソラネンの学術都市たる所以だ。
 根っからの学者気質であるサイラスにはあまり体力がない。ちょっとした依頼を引き受けたり、素材を調達する為だったりして、ソラネンの外周を半日歩き回る程度の体力はあるが、瞬発力に関しては数値化すると虚しくなるぐらいしかなく、尖塔に辿り着いた頃にはへとへとになっていた。
 ウィリアム・ハーディが苦笑しながらサイラスの為に蒸留水の入った瓶を運んできてくれる。尖塔の蒸留水は市場の蒸留水とは少し違う。生体強化魔術が施されたガラス玉が沈めてあって、水を飲むだけで体力の回復力が向上する仕組みだ。尖塔の方針によりここでしか買うことが出来ず、魔術師、騎士、ハンターと職を問わず買い求めるものが途切れることがない。
 その蒸留水を飲みながらサイラスはソラネンを代表する指導者たちと会談に臨んでいた。
 騎士ギルドの副団長であるシェール・ソノリテ、尖塔の長老であるクラハド・カーバッハの二人を前にしてリアムは少し緊張しているようだったが、サイラスにとって彼らは怖じる相手ではない。
 概況を説明し終わったサイラスにクラハドが問う。

「トライスター。おぬしはどうやってこの街を守ったらいいと思うかね?」
「私への魔力の供給量が十分であればそれで解決すると思っているものがいるが、それは一時しのぎに過ぎない、と先に申し述べよう」
「そうでしょうね。外敵を根本的に排除しなければ恒久的な対策にはなりえないと僕も理解しています」

 クラハドの問いに否定的な要素の指摘で返したサイラスの横顔を見て、リアムが目を見開く。談話室ではそれが最善であるかのように振舞っていたのに何なのだ、という困惑だろう。わかっている。ただ、暫定的な解決をする為にはリアムの提案も真に必要となり、サイラスは彼の意見を否定しなかった。それだけのことだ。
 クラハドとシェールがお互いに顔を見合わせて、大きな溜息を零した。

「そもそも、トライスター。君ほどの魔力の持ち主が枯渇している、というのはどういうことなのです」
「それよ。おぬし、どこで魔力の無駄遣いをいたした」
「無駄ではないだろう。マグノリアの能力では結界魔術を施しながら、自らの餌を獲るだけの才覚がない。討ち漏らした魔獣の類を私が処分していたらいつの間にかこうなっていた。それだけのことだ」

 マグノリア・リンナエウスはダラスとしては未熟で縄張りの張り方も、餌の獲り方も知らなかった。だからサイラスは王立学院の図書館から禁書を何冊も持ち出してひたすらに魔獣の生態について学んだ。ファルマード司祭に正答を教えてもらえればよかったのだろうが、彼とグロリオサ・リンデリは人柱としての役割をサイラスたちに移譲すると青い大きな輝石を残してこの世から消失した。
 消失したものに助言を乞うことは出来ない。
 サイラスは必死に実験に次ぐ実験を繰り返して、マグノリアに生きていく為のすべを教えた。マグノリアの魔力が安定するまでの間は殆どサイラスの魔力だけでソラネンを守護していた、というのが実情だ。都市を丸ごと守護する為の魔力を考えると十年間、持ちこたえただけでも十分奇跡に近いだろう。
 近年、ようやくマグノリアも自活出来るようになり、サイラスは彼女に魔力を与える必要がなくなったが、マグノリアの捕食頻度ではとてもではないが、ソラネンの城壁の向こう側にいる魔獣たちの全てを退けることは不可能だ。結局、サイラスが自身の魔力を使って小物の魔獣たちを駆逐した。
 そう、説明すると指導者たちは顔を見合わせて更に大きな溜息を零す。

「トライスター。困窮する前にもっと早く僕たちに相談する、という選択肢はなかったのですか」
「言えば、あなたたちは私に協力してくれただろう」

 シジェド王国は国王と魔獣たちとの間で密約が交わされているから平和なのだと国民は信じきっている。魔獣たちが襲ってこないのは国王の威光が保たれているからだ、と信じているのにその足元を崩すような言葉を口にすることは出来ない。それでも。事実、魔獣たちはソラネンの市民たちの預かり知らぬところでソラネンを蹂躙する機会を狙っている。街を大混乱の中に放り込んでどうにかなる可能性に賭けるより、サイラスが自助努力をする方がよほど建設的だと思っていたことは否定しない。
 それでも。
 多分、遅かれ早かれ今日のような混乱が起きるのは避けられなかったのだろう。と今は思う。
 責任感に凝り固まった青さから全てを引き受けようとしていた自分を見つけて、サイラスは胸の内で苦く笑った。

「わかっているなら――」
「わかっているから言えなかった。あなたたちにはあなたたちの理想を追う権利がある。あなたたちこそが私の思う理想の体現だ。なのに、自らの理想を自らで傷付けて喜ぶ馬鹿ものが一体この世界のどこにいるというのだ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

【完結】魔力・魔法が無いと家族に虐げられてきた俺は殺して殺して強くなります

ルナ
ファンタジー
「見てくれ父上!俺の立派な炎魔法!」 「お母様、私の氷魔法。綺麗でしょ?」 「僕らのも見てくださいよ〜」 「ほら、鮮やかな風と雷の調和です」 『それに比べて"キョウ・お兄さん"は…』 代々から強い魔力の血筋だと恐れられていたクライス家の五兄弟。 兄と姉、そして二人の弟は立派な魔道士になれたというのに、次男のキョウだけは魔法が一切使えなかった。 家族に蔑まれる毎日 与えられるストレスとプレッシャー そして遂に… 「これが…俺の…能力…素晴らしい!」 悲劇を生んだあの日。 俺は力を理解した。 9/12作品名それっぽく変更 前作品名『亡骸からの餞戦士』

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

『伯爵令嬢 爆死する』

三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。 その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。 カクヨムでも公開しています。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

処理中です...