御伽噺の片隅で

黒い乙さん

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第五章 垣間見る過去とそれぞれの道

02 過去との邂逅

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「今年は何だか雨が少ないような気がしてたけど、流石にこの時期にずっと降らないってのはないか」

 俺は『五十嵐工務店』の看板を掲げた事務所から出ると、空を見上げて思わず独り言をこぼしてしまう。
 今日は元々朝から太陽が出ていないどんよりとした天気だったが、いよいよ雨が降り出すのか空を覆う雲は濃い黒になりつつあった。

「はあ……せっかくテレビを買ったのに天気予報を見るのを忘れたな」

 もっとも、出かける時には既にテレビは金髪が占拠してアニメを見ていたし、パソコンはリリが覚えたばかりの表計算ソフトと銀行口座の数字を見比べてはうんうん唸っていたのでそんな空気ではなかったのだが。
 それでも、今日のうちに2人の服と下着を注文出来たのは良かった。
 これでようやく2人にも相応の格好をさせてやれるというものだが、俺との勉強でこっちの世界のお金について理解したばかりのリリは、2人の服代──主に金髪の服の購入費──を見て顔を青くさせていたが、今回に関しては初回だからノーカウントと言っておいた。
 それでも、何やら頭を抱えてディスプレイと睨めっこを始めてしまったリリを置いて俺がどこに来たかというと、リフォームの打ち合わせの為に千堂さんの知り合いの大工さんの事務所にお邪魔させて貰っていたのだ。

 一応、今週の水曜日に一度中を見てもらって、どの程度の工事をしてもらいたいか話していたので、今日の話は主に工事の日程と見積だ。
 ちなみに、この見積の件はリリに話していないので、見積書を見せたらリリが卒倒してしまうかもしれない。
 ……まあ。既に背中の眼を通して状況を把握している可能性はあるが。

「さて。このまま帰ってもいいんだけど、せっかく街に出てきたわけだし、少しブラブラするかな。リリにも多少は考える時間は必要だろうし」

 俺はリリに聞こえるように敢えて考えを口に出す。
 ここで黙って時間を潰して帰ってからあれこれ言われるのも嫌というのももちろんあるが、実際に本気で頭を抱えている可能性が考えられたからだ。
 リリよ。先週お前は簡単に部屋の改装を俺に頼んできたが、これで多少は俺達の懐事情もわかっただろう。
 そういう意味では今回の件はある意味良かったのかもしれない。

 俺は空き地に置いておいた車をスルーすると、そのまま商店街に足を向ける。
 一応、この辺は駅前という事もあり栄えてはいるのだが、あくまでもこの町の基準としてだ。
 都会であれば無料で車を止められる場所など皆無だし、そもそも、その場所も少ないから車での移動そのものが少なくなるが、この辺は共用として止められるようなスペースも多くある為、車での移動も苦にならない。
 そもそも、駅前なのに店から店までの距離がある為に徒歩での移動の方が苦になるほどだ。
 それでも歩くのは……まあ、文字通り時間つぶしだ。

 等間隔に植えられた街路樹の脇にある歩道を歩きながら、俺はあたりを見回す。
 所々有名どころの家電量販店やデパート、それからスーパーなどが点在しているが、まだまだ個人商店も生き残っており、店頭には年配の人たちに混じって若い人もそれなりに見られた。
 その様子が、まるで子供の頃に戻ったかのような……時間が少し巻き戻ったような光景に見えて、俺は何だかデジャヴにも似た感想を抱く。

 車の通りもあまり活発ではない澄んだ空気に、まばらに見える人々や行き交う自転車。
 土曜日だから子供の姿もチラチラみえて、その無邪気な姿が今は俺の家に居着いてしまった金髪の少女の姿と被って思わずにやけてしまう自分が居る。
 前方でもみくちゃになる様にしてはしゃいでいる子供はどう見ても小学生だが、見た目だけなら金髪も遜色ないだろう。
 本来ならばこっちの中学生と同年齢のはずなのに、そう見えないのは精神年齢の幼さ故か。

 そんな風に動き回っていた子供達だったが、俺の歩行に合わせてやがて横を通り過ぎ、騒がしい声が後方へと流れる。
 そうなると、開けた前方に現れるのはそれまで見ていた商店街と、その先に続く駅舎の姿。
 車を持っている俺は殆ど使う事のない公共機関だが、実は一度だけ使った事がある。
 それは、まだ短期契約型の賃貸住宅に住んでいた頃の事で、急遽隣町の駅に行く用事が出来たからだ。
 その時に時刻表を見て電車が一時間に一本しか無かった事にも驚いたが、まるで無人駅のような様相の駅の姿にも驚いたものだ。

 その駅の入口に一人の女性が立っていた。
 
 右手に真っ赤な閉じた傘を持ち、肩からバッグを下げている。
 白い長袖のブラウスに、水色のロングスカート。
 髪は申し訳程度に脱色した淡い茶髪のポニーテール。
 メガネをかけたその容姿は、今にも降り出しそうな雨を気にしてか、空を見上げて不安そうな表情をしているせいで実年齢よりも・・・・・・ずっと若く見える。
 
「……嘘だろう。どうして……」

 聴き慣れた声が耳に入った事で、思っていた事がそのまま口に出てしまっていたのだと初めて気がついた。
 足は止まり、駅まで距離は50mもない。
 それは、人の判別をするのであればようやく可能になる距離で。
 それは、例えこの場で呟いたとしても決して声が届くはずのない距離で。

 目線の先の女性はしばらく空を見上げた後、結局傘をさす事にしたらしい。
 真っ赤な傘を広げると空に向け、ふと……。
 前を向いた彼女の瞳とこちらの瞳が絡み合った。

 水滴が当たる。

 彼女が傘を差した事でようやくお許しを貰ったとばかりに降り出した雨粒が、俺の鼻先と頬に当たる。
 周りの人達は降り出した雨に傘を持っていた人は傘を差し、持っていない人は足早に近くの店に移動を始める。
 道行く人々はその足先をロータリーへと変更し、元々多くなかったとはいえ俺と彼女の間はまるでモーゼの様に人が割れ、その姿が浮き彫りになる。

 雨が振る。

 雨が降る前に傘をさし始めた筈なのに、彼女は傘を取り落とし、一歩踏み出すと何事か呟いたようだった。
 それはこの距離ではとても聞こえるはずのない声。
 しかし、その口の動きから俺はその言葉を容易に想像してしまい、眼を瞑って天を仰ぐ。

『……茨城さん……?』

 彼女が──佐藤さんが呟いたであろうその言葉が脳裏に響き──。

 ──俺の背中の中心が、ズクリと熱い痛みを伝えてきた──。

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