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第四章 新生活は足りないものが多すぎる
09 何も考えていないアホは時に心を癒す
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「ただいま」
「おかえりなさい」
玄関を開けると当然というか案の定というか、リリの出迎えが待っていた。
もっとも、廊下の壁に寄りかかってこちらに向ける目はどこか冷たさを感じさせるものであったが。
「……言いたい事がありそうだな?」
「そうだね」
俺の言葉にリリは素直に頷くと、壁から離れて靴を脱ぐ為に廊下に座った俺の背後に立つ。
「旦那様が本当に私達の事をご近所の人に隠したいなら、もうあのお姉さんには会わない方がいいと思う」
「念の為に聞くが、それは個人的な感情は抜きにして……なんだな?」
「勿論、そうだよ。でも──」
リリは頷き、その後にスッと両目を細めて。
「──もしも、旦那様が私達の事はもう隠さない。あのお姉さんとも会いたいから会いにいく……って言うんなら、個人的に止めるけどね。物理的にでも」
「……勘弁してくれよ……」
俺は廊下に上がるとリリをソっと押し出してリビングに向かう。
その後をリリも続いたらしく、後ろから足音が聞こえてくる。
「旦那様に自覚があるのかどうか知らないけど、なんか旦那様ってあのお姉さんに対して隙だらけなんだもん。今日の帰り道の事だってそう。あんなの笑って流しちゃえばいいだけの話でしょう?」
多分、リリ以外の同居人の可能性を指摘された時の事を言っているのだろう。
確かに、あれは俺の失策と言えた。
「確かにそうだ。でも、突然思ってもいない事を言われれば誰だって言葉に詰まるものだろう? それにどうにか誤魔化せたんだからいいじゃないか」
それでも、何とか追求から逃れようと言い訳をしてみる俺だったが、リリの呆れたようなため息にかき消されてしまう。
「本気で誤魔化せたと思ってるわけじゃないよね? 寧ろ、あのお姉さんは旦那様の態度で確信したんじゃないの? それでもあの場でその事を口にしなかったのは、後で何かの切り札になるとでも思ったんでしょ」
「意味分かんねえよ。どうしてそんな事する必要があるんだよ」
「さあ? ひょっとしたら、何か旦那様に頼みたい事でもあるのかもね」
リリの言葉に俺はあの時の翠の顔を思い出す。
確かに、悪意を持って邪推すれば、翠が俺に恩を着せようとしているようにも見える。
だが、これまでのあいつの行動を考えると、逆にそこまで考えて行動しているようにも見えなかった。
俺からすれば、リリの考え方の方が極端に思えてしまう。最も、それは生きるか死ぬかの世界で生きてきたリリの処世術の一つなのかもしれないが。
「わかったよ。翠については今後も気をつけるから、今日はこの辺で勘弁してくれ。せっかくの休みに色々ごちゃごちゃと考え事したくないんだ」
「うん。わかった。ホントに旦那様が気をつけてくれるなら私も別に言うことないし、お休みの邪魔だってしたくないもの」
そう言ってリリは俺の腕に頭をスリッと擦りつけた後に一歩離れるとようやく笑顔を見せる。
「じゃあ、先にリビングに行って休んでて? 直ぐにお茶の用意して行くから」
「ああ。悪いな」
「別にいいよー」と言ってキッチンに向かうリリの後ろ姿を眺めた後、俺はリリが頭を擦りつけてきた右腕を左手で触る。
「……なんか、ここ数日体を擦りつけてくる事が多くなったような?」
気のせいだろうか?
俺は何となくモヤモヤとしたものを感じながらもリビングに向かう。
そして、リビングに一歩足を踏み入れ、部屋の様子を一通り眺めるとそんなモヤモヤも直ぐに吹き飛んでしまうのだが。
「お前は一体何をやってるんだ」
リビングに入ると俺は一直線にテレビの前に進むと、そこで四つん這いになって口をポカンと開けた状態で文字通り画面を食い入るように見ていた金髪の頭を軽く叩いた。
すると、本当に軽く叩いただけだったにも関わらず、金髪は突然の事に余程驚いたのか、過剰に仰け反るとそのまま畳にひっくり返った。
「いきなり何をするんじゃ!?」
「質問を質問で返すなよ。それを俺が聞いてんの」
ガバッと起き上がり、俺をキッと睨みつける金髪だったが、部屋の中をぐるりと見回し、俺の顔に視線を止めて改めて睨みつけてきた。
「暇だからてれびを見とっただけじゃろ? 暇な時にこれを見て時間を潰せと言ったのはお主ではないか!」
「ほう。暇……ねぇ……」
俺は金髪の主張を聞いた後にテーブルの上に視線を落とす。
そこには、全く手のつけられていない冷めた朝食の姿があった。
「そういう事はな、ちゃんと飯を全部食ってやる事やった後の人間がいう事なんだよ。何なんだよお前は。始めてテレビ見たガキじゃあるまいし」
「初めてじゃ! 妾はてれび見たの初めてのはずじゃよ!? ガキじゃないけども!」
テレビ画面をピッと指差して主張するに金髪に呆れながらも、俺は座布団に座ってまだ金髪が手を付けていない団子状の穀物の練り物のスープ煮? にフォークを突き立て口に放り込む。
「ムグ……。んだよ。昨日散々見ただろうが」
「確かに! 確かに見た! しかし、昨日と映っておる映像が違うのじゃ!」
「当たり前だろ。テレビなんだから」
「当たり前なのか!?」
俺がオカズを食べた事でようやく金髪は朝食を食べていなかった事に気がついたらしい。
俺が咥えたまま上下に動かしていたフォークを強引に抜き取ると、両手で並んでいた皿を取り囲んで「ガルル」と唸った。
「危ねぇな。口の中切ったらどうすんだよ」
「煩い! 何を勝手に食べておるのじゃ!? これは妾のじゃ!」
「そう思うんならさっさと食え。後片付けが出来なくてリリが困ってんだろうが」
「何? 何の話?」
リビングで金髪がギャーギャーと喚き始めた頃合に現れたリリが、お盆を片手に首をかしげる。
そんなリリに俺は肩をすくめて見せるとアニメを映していたテレビのチャンネルをニュースに切り替える。
そんな俺の後ろでは、如何に自分がひどい扱いを受けたかを主張している金髪と、その金髪の主張を柳の如く受け流しているリリとのギャップに俺は心の中で微笑んだ。
何となくだけど。
俺は金髪の何も考えていないようなアホな行動にちょっとだけ救われたような気がしていた。
「おかえりなさい」
玄関を開けると当然というか案の定というか、リリの出迎えが待っていた。
もっとも、廊下の壁に寄りかかってこちらに向ける目はどこか冷たさを感じさせるものであったが。
「……言いたい事がありそうだな?」
「そうだね」
俺の言葉にリリは素直に頷くと、壁から離れて靴を脱ぐ為に廊下に座った俺の背後に立つ。
「旦那様が本当に私達の事をご近所の人に隠したいなら、もうあのお姉さんには会わない方がいいと思う」
「念の為に聞くが、それは個人的な感情は抜きにして……なんだな?」
「勿論、そうだよ。でも──」
リリは頷き、その後にスッと両目を細めて。
「──もしも、旦那様が私達の事はもう隠さない。あのお姉さんとも会いたいから会いにいく……って言うんなら、個人的に止めるけどね。物理的にでも」
「……勘弁してくれよ……」
俺は廊下に上がるとリリをソっと押し出してリビングに向かう。
その後をリリも続いたらしく、後ろから足音が聞こえてくる。
「旦那様に自覚があるのかどうか知らないけど、なんか旦那様ってあのお姉さんに対して隙だらけなんだもん。今日の帰り道の事だってそう。あんなの笑って流しちゃえばいいだけの話でしょう?」
多分、リリ以外の同居人の可能性を指摘された時の事を言っているのだろう。
確かに、あれは俺の失策と言えた。
「確かにそうだ。でも、突然思ってもいない事を言われれば誰だって言葉に詰まるものだろう? それにどうにか誤魔化せたんだからいいじゃないか」
それでも、何とか追求から逃れようと言い訳をしてみる俺だったが、リリの呆れたようなため息にかき消されてしまう。
「本気で誤魔化せたと思ってるわけじゃないよね? 寧ろ、あのお姉さんは旦那様の態度で確信したんじゃないの? それでもあの場でその事を口にしなかったのは、後で何かの切り札になるとでも思ったんでしょ」
「意味分かんねえよ。どうしてそんな事する必要があるんだよ」
「さあ? ひょっとしたら、何か旦那様に頼みたい事でもあるのかもね」
リリの言葉に俺はあの時の翠の顔を思い出す。
確かに、悪意を持って邪推すれば、翠が俺に恩を着せようとしているようにも見える。
だが、これまでのあいつの行動を考えると、逆にそこまで考えて行動しているようにも見えなかった。
俺からすれば、リリの考え方の方が極端に思えてしまう。最も、それは生きるか死ぬかの世界で生きてきたリリの処世術の一つなのかもしれないが。
「わかったよ。翠については今後も気をつけるから、今日はこの辺で勘弁してくれ。せっかくの休みに色々ごちゃごちゃと考え事したくないんだ」
「うん。わかった。ホントに旦那様が気をつけてくれるなら私も別に言うことないし、お休みの邪魔だってしたくないもの」
そう言ってリリは俺の腕に頭をスリッと擦りつけた後に一歩離れるとようやく笑顔を見せる。
「じゃあ、先にリビングに行って休んでて? 直ぐにお茶の用意して行くから」
「ああ。悪いな」
「別にいいよー」と言ってキッチンに向かうリリの後ろ姿を眺めた後、俺はリリが頭を擦りつけてきた右腕を左手で触る。
「……なんか、ここ数日体を擦りつけてくる事が多くなったような?」
気のせいだろうか?
俺は何となくモヤモヤとしたものを感じながらもリビングに向かう。
そして、リビングに一歩足を踏み入れ、部屋の様子を一通り眺めるとそんなモヤモヤも直ぐに吹き飛んでしまうのだが。
「お前は一体何をやってるんだ」
リビングに入ると俺は一直線にテレビの前に進むと、そこで四つん這いになって口をポカンと開けた状態で文字通り画面を食い入るように見ていた金髪の頭を軽く叩いた。
すると、本当に軽く叩いただけだったにも関わらず、金髪は突然の事に余程驚いたのか、過剰に仰け反るとそのまま畳にひっくり返った。
「いきなり何をするんじゃ!?」
「質問を質問で返すなよ。それを俺が聞いてんの」
ガバッと起き上がり、俺をキッと睨みつける金髪だったが、部屋の中をぐるりと見回し、俺の顔に視線を止めて改めて睨みつけてきた。
「暇だからてれびを見とっただけじゃろ? 暇な時にこれを見て時間を潰せと言ったのはお主ではないか!」
「ほう。暇……ねぇ……」
俺は金髪の主張を聞いた後にテーブルの上に視線を落とす。
そこには、全く手のつけられていない冷めた朝食の姿があった。
「そういう事はな、ちゃんと飯を全部食ってやる事やった後の人間がいう事なんだよ。何なんだよお前は。始めてテレビ見たガキじゃあるまいし」
「初めてじゃ! 妾はてれび見たの初めてのはずじゃよ!? ガキじゃないけども!」
テレビ画面をピッと指差して主張するに金髪に呆れながらも、俺は座布団に座ってまだ金髪が手を付けていない団子状の穀物の練り物のスープ煮? にフォークを突き立て口に放り込む。
「ムグ……。んだよ。昨日散々見ただろうが」
「確かに! 確かに見た! しかし、昨日と映っておる映像が違うのじゃ!」
「当たり前だろ。テレビなんだから」
「当たり前なのか!?」
俺がオカズを食べた事でようやく金髪は朝食を食べていなかった事に気がついたらしい。
俺が咥えたまま上下に動かしていたフォークを強引に抜き取ると、両手で並んでいた皿を取り囲んで「ガルル」と唸った。
「危ねぇな。口の中切ったらどうすんだよ」
「煩い! 何を勝手に食べておるのじゃ!? これは妾のじゃ!」
「そう思うんならさっさと食え。後片付けが出来なくてリリが困ってんだろうが」
「何? 何の話?」
リビングで金髪がギャーギャーと喚き始めた頃合に現れたリリが、お盆を片手に首をかしげる。
そんなリリに俺は肩をすくめて見せるとアニメを映していたテレビのチャンネルをニュースに切り替える。
そんな俺の後ろでは、如何に自分がひどい扱いを受けたかを主張している金髪と、その金髪の主張を柳の如く受け流しているリリとのギャップに俺は心の中で微笑んだ。
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