御伽噺の片隅で

黒い乙さん

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第三章 はた迷惑な居候

06 スープまみれのジャージと血まみれのドレス

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「お帰りなさい」

 無気力状態で帰ってきた俺を迎えてくれたのは、いつの間にかTシャツとジャージ姿になっていた猫耳少女だった。
 あの服には見覚えがある。確か、今日購入してきた物の一つで、ホームセンターで叩き売りされていた奴だ。
 そこまで考えて、廊下に置きっぱなしにしていた買い物袋がなくなっているのに気がついた。

「荷物片付けてくれたのか」
「うん。あと、外の大きな動く箱に入ってたのも中に入れといたよ」
「……お前ってひょっとして結構気が利くやつ?」
「この程度の事でそんな事を言われるなんて。今まで旦那様は私の事をどう思ってたのよ」

 唯の腹っ減らし猫です。
 とは、流石に言えないので、俺は無言で廊下を歩く。
 すると、猫耳少女も並んで歩いてきたので一応気になった事を聞いてみた。

「着替えたって事は風呂にでも入ったのか?」
「お風呂? お風呂あるのこの家?」

 俺の言葉に猫耳少女はぴょこんと耳を立てて嬉しそうな声をあげる。
 だが、その返答で着替えた理由がそれでは無いと気がついた。

「違うのか。じゃあ、風呂に入った訳でもないのになんで着替えたんだ? 荷物運ぶのに邪魔だったか?」
「ああ。そっち?」

 俺の問いかけに猫耳少女は眉を潜めた。
 実に不機嫌そうな表情だが、この表情は初めて見た。

「あのお姉さんから貰ったものを着るのが嫌になっただけだよ」

 猫耳少女の台詞に俺は足を止める。
 そのせいで猫耳少女は二歩ほど俺より前に進んでしまったが、すぐにくるりと振り向いて向かい合った。

「……やっぱり見ていたのか」
「まーね。言ったでしょ? 私はいつでも見てるよって」

 確かに聞いたが、なんか怖いんだよね。その発言。

「まあ、確かにあれだけ聞いたらそう感じるのも無理ないよな。でも、勘違いしないで欲しいのは──」
「あのねえ」

 俺の言葉を遮り、猫耳少女は腰に両手を当てて俺を見上げる。

「脅した相手を庇ってどうするの。良くないよ? そーいうの」
「脅した……やっぱりあれは俺を脅していたのか?」
「それ以外考えられないでしょ……。あの場はあれで収まったけど、多分後で何か要求されると思うよ? でも、ま、その時は私が何とかするよ。一応そういうの得意だし」
「おい。あまり変な事は……」
「いいから。私を信じてよ。ダイジョブだよ。ご近所問題だっけ? 切っ掛けは私みたいだし、そーいうのもちゃんと考えるから。今はそれよりも大切な事があるでしょう?」

 俺の手を取り、リビングに向かう猫耳を見ながら俺は首をかしげる。

「それよりも大事な事?」
「私と姫様の事。そろそろ名前で呼んで貰えないと他人みたいじゃない」

 みたいじゃなくて他人だけどな。
 そんな俺の思いとは関係なくリビングに到着する。
 すると、そこには青白い顔をした姫様が朝とまったく同じ服装、同じ体勢で座っていた。

「……マジかよ。お前ひょっとして座敷童子か何かか?」

 もしくは疫病神。
 ここ最近の不運を考えるとそっちの方がぴったりの様な気はしたが。

「……ザシキワラシ……? 主が何を言っているのかは分からぬが、馬鹿にされているのだけは分かるぞ。妾は主に対して謝罪を要求する」

 ヌルりとした動きでこちらを見上げ、そんな事を言ってくる金髪少女に若干引きつつ、座布団に腰を下ろしながら俺も答える。

「いや、それでお前の気が済むってんならいくらでも謝るけどさ。ごめんな。……で、どうしてそのままの格好なんだよ。ズボンがスープで汚れたままじゃないか。着替えくらいあったよな?」

 最後の俺の問いかけは猫耳少女に向けてだ。
 ちゃっかり着替えを済ませている猫耳少女は俺の隣に腰を下ろしながら肩を竦めてみせた。

「あるよ。旦那様が後から持ってきてくれた物もあるしね。でも、姫様がそんな粗末な服着たくないって駄々こねたから……」
「粗末な服って……今あいつが着ているジャージの方がよほど粗末だろうが。言っとくが、あれは俺が高校の時に使ってた使い古しだぞ? しかも、スープまみれだし。今のあのジャージに比べたら今俺が着ている服の方が余程上等だよ」
「私もそう言ったんだけど……なんか、スープがすえた様な匂いがするし……」
「ええい、煩い煩い!」

 顔を見合わせてそんな事を言い合う俺たちに痺れを切らしたのか、姫様が目の前で癇癪を起こす。

「いくら妾であってもこの状況ならば主に保護された事くらい理解しておる! その際に着替えさせてくれた事もな! じゃが、今後の事となれば話は別じゃ! 誰が好き好んでこのような粗末な物を身につけねばならないのじゃ!?」
「いや、そう言われてもそんな上等な服は家にはないしなぁ……」
「妾が元々着ていたドレスがあろうが! あれをもって参れ!」
「えっ!? お前あれ着るつもりなの? マジで?」
「何を驚いておる? 妾の物を妾が着て何が悪い!?」

 姫様の言葉に思い切り引いている俺を見て、隣の猫耳少女が「ああ~」と納得したような声を出す。

「王国騎士団の囲みを強引に突破する時は既に姫様気絶してたから、ドレスがどうなってるか知らないんだよ。きっと」
「なんか物騒な単語が出てきたな。一応聞くが、ドレスに大量についてたあれ・・って、お前たち2人のものじゃないよな?」
「当たり前でしょ? 私達2人の全身を隅々まで拭いてくれた時に傷なんて無かったでしょ?」
「ああ。そう言えば──」

 そこまで口にして、何やらネットリとした視線を感じて横を見る。
 そこには何やら『言質とった』と言わんばかりの笑みを浮かべる猫耳少女がいた。
 更に、俺の正面からは何やら両目を大きく広げた金髪少女。

「なんと。まさかお主──」
「ああ! こういうのはやっぱり現物を見てもらった方がいいよな! あのドレスどこやったっけ!?」

 金髪少女の言葉を慌てて遮る俺に、先ほど罠にかけた猫耳少女も真実を知った事で協力してくれる気になったらしい。
 両手をぽんと合わせて、俺の話に乗ってくる。

「私知ってるよ。家の中掃除した時に見た。持ってこようか?」
「ああ。お願いしていい?」

 しかも、内容が第一印象からは全くかけ離れたものだった。
 ひょっとして、あの猫耳大食いなだけで結構女子力高い?

「じーーーー」

 態々口でそんな事を言いながらこちらに鋭い視線を投げつけてくる姫様を、俺は猫耳少女が消えた廊下に視線を飛ばして無視するのだった。

 
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