御伽噺の片隅で

黒い乙さん

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第三章 はた迷惑な居候

03 不安すぎる留守番役

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「本来であれば色々と詳しく説明してもらって、その後の対策を立てるのがスタンダードな流れだとは思うのだが……」

 平日の朝は忙しい。
 特に週の初日など日曜日の気だるさが残っている事もあり、特に行動が遅くて苦労する事が多いのだが、そんな事も関係なしにガツガツと食べ物を書き込む音が間断なく続いているため額の血管が痙攣しすぎて切れそうだ。
 
「だが、残念ながら今の俺には時間が無い。なので、手短に簡潔に。それでいてわかりやすくせめて最低限の説明だけでもしてくれると俺としてはありがたく──」
「全然足りないんだけど。もっと食べるものないの?」
「お前には遠慮とか申し訳ないとかいう感情がないのか!?」

 なるべく穏便に済ませたかった俺の気持ちを、目の前の猫耳少女が見事に粉砕する。
 手にはフォーク。目の前には空になったプラのパックと空になった丼と同じく何も載っていない皿が二枚。
 申し訳ないが、朝に食べる量では無い。さらに言えば、仮に夜か昼であったとしても俺でもこんなには食べない。
 にも関わらずのおかわりの要求。本来ならばもう少し申し訳なさそうな態度があってもいいかと思うが、当の本人は不満であるようで、唇を尖らせてフォークで皿を軽く叩いた。

「えー。遠慮とか申し訳ない気持ちとか必要なの? それでお腹が膨れるならそうするけど、そんな事して得られるものって旦那様のプライドとか優越感だけでしょ? 仮にも番のメスに対してその対応はどうかと思うけど」
「それだよ、それ。説明して欲しいのは」

 俺は念の為に準備していたカップ麺の準備をした後にお湯を入れると、蓋を閉めて猫耳少女の方に押しやる。
 その行動に嬉しそうに耳を動かして手を伸ばしてきた猫耳少女の動きを牽制しながら。

「その“旦那様”ってのは何だ。それから番のメス? 俺とお前はいつ婚姻の契を交わしたっけ? 少なくとも、俺の知っている結婚っていう行為はお互い好き合っている者同士が──」

 猫耳少女に向かっていて話していた俺だったが、突然テーブルに叩きつけられた拳の音で会話を止める。
 音のした方に視線を向けると、ジャージ姿の金髪少女がテーブルに拳を叩きつけた状態でプルプルと震えていた。
 一応、彼女も客の可能性もあった事から、スープとトーストを提供していたのだが、思い切りテーブルを叩いた反動だろう。トーストはともかくとしてスープはひっくり返ってテーブルの上にぶちまけられていた。
 当然、ぶちまけられた熱いスープはテーブルを伝って金髪少女のズボンにボタボタと垂れ流されていたのだが、その様子を震えながら凝視していた金髪少女は突然顔を上げると俺に向かって睨みつけてきた。

「いきなり何をするんじゃ!?」
「それ俺のセリフだよな!?」

 まさかの説教相手のチェンジである。なんだよこれ。プロレスのタッグマッチかなんかの間違いじゃないだろうか?
 いや、俺は一人しかいないからハンデキャップ戦か?

「お前ね。こっちはいきなり現れたどこの誰とも知らない子供を預かって、こうして服と食料と寝る場所を与えてやってんの。まさかの衣食住の提供だよ? その相手が用意した食事を台無しにした挙句逆ギレとか育ちを疑うぞ。マジで」
「育ちを疑う……? はっ! このような家畜小屋に住んでいるような輩に育ちを疑われるとはのぅ……。貴様こそ己の立場が分かっておらんのではないか?」
「そうは言ってもなぁ……。旦那様の事を好きでも何でもないのはこっちも一緒だし? それでも、契を交わしちゃったんだからどうしようもないよね?」
「待て。今はお前の話はいい。後で聞く。一篇に喋るな。俺は何処ぞの歴史上の皇族でも何でもないから複数との会話は出来んのだ。先ずはこっちの説教を先にさせてくれ。その間これ食ってていいから。まだ熱いから気をつけろよ?」

 「おー! いい匂い!」等と歓声を上げながらとんこつラーメンを啜り始めた猫耳少女は取り敢えず置いておいて、今は偉そうな金髪のガキの躾をしなければいけない。
 俺はそのへんはうるさい大人なのだ。

「ともかくだ。自分の事を育ちがいいと主張するなら、最低限の礼儀くらいは通して欲しいね。いきなり現れて人に色々世話を焼かせた挙句一言も喋らず座ってたくせに、いきなりキレ始めるとかお前はキレやすい若者そのままだな。だが俺も大人だ。一々キレまくる子供の相手をするほど暇じゃないし、怒るのもエネルギー使うから出来ればしたくない。だから、理由があるなら言ってみろ。俺が解決できることならしてやるから。だが、時間がないから簡潔に、わかりやすく。だぞ」

 俺は随分と譲歩したと思う。
 ここで怒鳴りつけるのは簡単だが、それをグッと堪えて相手の意見を促したと思う。
 これが以前の俺だったら瞬間湯沸かし器の如く激高し、怒鳴り散らしていただろう。
 ここに来て穏やかな心を手に入れた俺に感謝しろよ?

 しかしながら、そんな俺の努力の結晶も、「ふんっ」と鼻を鳴らしながら顔を背けた金髪少女の態度に全てが吹っ飛びそうになってしまった。
 マジでふざけんなよこのガキャ。

「ねー。全然足んないんだけど」
「そしてお前の胃袋は一体どうなってんだよ!!」

 思わず両手の拳を握ってテーブルに叩きつけてしまった俺を誰が責められようか?
 その行動でテーブルに乗っていた皿がガシャンと音を立てて少々ジャンプしたが、割れていないからセーフだろう。
 にも関わらず、金髪のガキは眉を潜めると迷惑そうな視線を俺に向けてきた。
 そしてお前のその態度は一体何なんだよ……!!

「……まあいい。取り敢えず、そこのガキにやったトーストでも食え。どうも要らないみたいだからな」
「ええー? 姫様の食事をとっちゃうのはちょっと……」

 ……姫様……?

「……妾の事は気にするな。どうにも食欲が無くての。遠慮せずに食すといい」
「ほんとう? 姫様ありがとー」

 金髪のガキの言葉に猫耳少女は嬉しそうに手を伸ばすと、トーストを口に突っ込むとアッと言う間に咀嚼する。
 そのスピードと姫様という単語にも驚いたが、取り敢えず言っておきたい事があった。

「……お前さ。そこのガキにはお礼言えるのに、どうして俺には言えない訳?」

 それは呆れ果てたが故に出た言葉だったが、当の猫耳少女は心底不思議に思ったらしい。
 口の中に突っ込んでいたトーストを全て飲み込むと、唇の周りをペロリと舐めると首を傾げた。

「家族なのに?」
「……もういい」

 俺は立ち上がる。
 本当ならばもっと聞きたい事もあったし、確認しなければいけない事もあった。
 だが、平日の朝の猶予時間はとうとう終りをつげてしまった。

「俺はこれから出かけるから、取り敢えずお前ら…………あっちの金髪はダメだな。そこの猫耳。ちょっと留守番しててくれ。わかるな? 留守番」
「留守番くらいはわかるけど……」

 俺の言葉にクリッとした瞳を向けると、実に不思議そうに俺に問いかけた。

「ひょっとして出かけるの?」
「ああ。これでも社会人なんでね。生活の為には稼がにゃならん」

 特に、タダ飯食らって平気な顔してる猫耳もいることだし……な。

「稼ぐ? ひょっとして旦那様って奉公人だったの? てっきり、知識を売って生活していると思ってた」
「何だそれは。ひょっとしても何も俺は誰がどう見ても奉公人……サラリーマンだよ。なんだよ、知識を売って生活してるって」
「だって……霧の賢者でしょ?」
「違う」

 俺は猫耳少女の言葉に首を振る。

「そのへんも含めて帰ったら話をしよう。黙って消えるなよ? 消えるのは全部説明してからだ。いいな?」
「それはいいけど……お腹が減ったよ?」
「……………………そっちの部屋に食いもんがあるから勝手に食え。ただし散らかすなよ? 散らかしたら今後一切飯は出さない」
「大丈夫大丈夫。これでも花嫁修業はしてるしね。掃除くらいできるよ」

 なら、朝食くらい作ってくれても良かっただろうが!
 とは思ったが、あちらの文明レベルは知らないがこちらの料理道具の使い方とか知らないとどうにもならないのかもしれない。
 俺は溜息を着くと既に準備していたカバンを掴むと玄関に向かう。
 すると、猫耳少女がペタペタと後に付いてきた。
 俺は靴を履くと扉に手をかけ……やっぱり気になって振り向く。

「どうして付いてくる?」
「え? 一応見送りしたほうがいいのかなって」

 きょとんとした表情でそんな事を言ってくる猫耳少女の発言に、俺は右手で乱暴に頭を掻く。

「……お前さ。ひょっとしてここに居着くつもり?」
「え? おかしいかな?」
「おかしいってお前……」

 どう考えてもおかしさしかないでしょうが。
 だが、どうにもこの猫耳少女の行動が自然すぎて、何か理由があるのかと考えてしまうと無碍に否定するわけにもいかなかった。
 
「まあ、いい。とにかく帰ってからだ」
「うん。いってらっしゃい」
「ああ。いってくる」

 フリフリと手を振りながら見送る猫耳少女の見送りを背に玄関から出ると、ようやく一息つけたような気がして空を見上げて息を吐く。
 こんな訳のわからない状況だというのに、今日の天気は快晴で、雲一つない青空だった。

「取り敢えず、今日は帰りにスーパーにでも行って食料の買出しに行ってくるか」

 今回は流石に前回のように無駄になる事はないだろう。
 俺はポケットに入っている財布の中身を思い出して、憂鬱な気分になりながらも車に向かって歩くのだった。


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