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第二章 何時から俺の家はコスプレ会場になったのか
06 魔女と騎士の結末は
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「王族の婚約者の殺害……ようするに暗殺か……」
カリスの告白を聞いた俺は、顎に手を当て考える。
自分にとって都合の悪人間をこっそりと殺す事である。
実行予定者はカリスで、指示を出したのが直接の上司である第一王女。
話を聞いた限りだと、自分の婚約者を殺そうと考えているのが第一王女。
しかし、その相手である侯爵が死ぬと国内が乱れるらしい。
それが見えてないとか、ひょっとしてその王女って周りが全く見えてない自己中?
「なあ。失礼を承知で聞くけど、その王女って人間的にダメなやつじゃないのか?」
「本当に失礼な男だな。貴殿は。だが、私もそうだと言っておこうか」
俺の疑問にカリスも苦笑しつつも答えてくれる。
最も、当の本人も失礼極まりない返答だったが。
「お前仮にも使えるべき相手の事を悪く言っていいわけ? まあ、遠まわしに言われるより解りやすくていいけどさ」
「構わんだろう。この先貴殿が王女殿下に会う事はないからな」
「……お前フラグって知ってるか?」
「何だそれは? 新手の魔術か何かか?」
「いや、別にいいんだけどさ」
どこか吹っ切れた様子のカリスの返答に、俺は頭を掻く。
そんな俺を目を細めながら眺めたカリスが、微笑みを浮かべながら口を開く。
「本当に構わんのだよ。この先どのような状況になろうとも、私の未来は死でしか無かったのだから。平和な世界で生きてきた貴殿には理解できないかもしれないが、たった一人で侯爵殿の暗殺が成功すると思うか? 仮に成功したとして、生きて逃げられる確率は? その後に処刑されない保証は? 無いのだよ。私が姫様の命を受け、旅立った時点で、私も……姫様にも未来などなかったのだ」
細く深い溜息を付き、紅茶を口してカリスは僅かに口元を緩める。
「……そんな事も考える事も出来ない。哀れで愚かで……悲しいお方。いつまでお花畑の中で生きているつもりなのか」
「……お前って……バレる心配がないとなると結構言うなあ……」
「私は被害者だ。これくらいの愚痴は許されるべきだ」
「どの道戻っても死ぬだけなのだ」。そう口にして、カリスは天井を見上げる。
「……先日ここに来たという魔女も同じだよ。真実を知った以上は消される定めだ。それを理解していたからこそ、貴殿にその瞳を捧げたのだろうさ。魔女にとって最も大切で、守るべきもの。そう。それは純潔よりもずっとずっと大切な……」
やがてカリスは姿勢を正すと胸元から一つのブローチを外すと、テーブルの上に置いてオレに向かって差し出した。
「何だこれは?」
「名を【障壁のブローチ】という。そのブローチはどのような危機からも一度だけ身につけたものを守るという魔装具だ。今回の任務を受ける際に姫様から賜ったものだが、私が持っていても仕方のないものだ」
「……いいのか? そんな大事なものを」
「いいのだ。たった一度の防御など何の役に立つ? あってもなくてもどうせ死ぬ。ならば、誰かに役立てて貰った方がその魔装具も喜ぶというもの」
乾いた笑い声を上げたカリスから、俺はブローチを受け取る。
その装飾は綺麗な花を思わせるようで、どう見ても──。
「どう見ても女性向けであろう? あの頭の弱い姫様は、そのような事もわからんのだ。男がそのような物を身につけるなど、不自然すぎてそれが魔装具だと疑えと言っているようなものだ。自らの命で部下が死ぬ事になるとも考えられず、そのような物を渡して『必ず生きて帰るように』など……。どう育ったらあのような愚か者になるのか」
「……カリス……」
カリスは泣いていた。
涙を零しながら、それでも笑い、剣を手にして立ち上がる。
「それでも私にとっては掛け替えのない、唯一無二の存在なのだ。この剣と命を捧げたお人なのだ。……イバラキ殿」
カリスは剣を腰に差すと、俺に向かって右手を伸ばす。
「私に振舞ってくれた紅茶を頂けないだろうか。剣術のみに全てを捧げてきた私だったが、久しぶりに実家に戻れたような気分にさせられたよ。……ふ。味の方は実家の母に淹れてもらったものには負けるがね」
カリスの言葉に、俺はあの男が決して味のわからない男ではなかったと知った。
「だが、あの愚か者には十分すぎるご馳走であろう。もしも生きて戻れたら、あの馬鹿姫に振る舞いたいのでね」
「……そうか。そういう理由なら」
俺はキッチンに戻ると口を開けられて数を減らしてしまったティーパックを袋に淹れてリビングに戻る。
戻った先のカリスはすっかりここに来た時と同じ装いで俺を待っていてくれていた。
「これを」
「感謝する」
カリスは俺から紅茶を受け取る。
すると、家の中だというのに、辺りを蒸気のような……いや、蒸気だとしたら余りにも冷たすぎる“霧”が部屋に現れた。
「どうやらお迎えのようだ」
カリスは手の平を上にして、まるで霧をその手に乗せるようにしてこちらを見る。
「カリス」
「イバラキ殿。とても短い。一時の休息であったが、実に有意義な時間であった。私のようなどこの誰ともわからない不審者を持て成してくれた事。私は生涯忘れる事はないだろう」
霧はどんどん濃くなってゆく。
既にカリスの顔の殆どは見えなくなり、体も霧がまとわりついて消えかかっているようだった。
「ありがとう。貴殿の休日を潰してしまった事だけが心残りだが、これ以外に私が言える言葉がない。この不思議な体験は──」
カリスの姿はもう見えない。
ただ、その澄んだ声だけがカリスがその場所に居る証明のようで。
「──一足先に楽園に行ったその後で。すぐに会えるであろう姫様に語って聴かせる事にしよう。そう。まだあの方が小さかった頃にせがまれて話した、御伽噺のように──」
やがて霧が晴れ、普段通りに何もないリビングが俺の目の前に広がる。
家具も家電も、まだまだ足りない殺風景な広いだけの部屋が。
「……馬鹿が……」
不意に視界がぼやける。
「死にに行くってのにそんな嬉しそうに笑ってんじゃねぇよ」
俺はたった一つ手元に残ったブローチを握り締め、裏口に向かう。
日が落ちる前に応急処置レベルでも裏口の修理をしなくてはいけないからだ。
裏口に向かうも何故か視界がボケて歩きにくい。
ただ、キイキイと音を立てる蝶番の音だけが、裏口の場所を教えてくれていた。
カリスの告白を聞いた俺は、顎に手を当て考える。
自分にとって都合の悪人間をこっそりと殺す事である。
実行予定者はカリスで、指示を出したのが直接の上司である第一王女。
話を聞いた限りだと、自分の婚約者を殺そうと考えているのが第一王女。
しかし、その相手である侯爵が死ぬと国内が乱れるらしい。
それが見えてないとか、ひょっとしてその王女って周りが全く見えてない自己中?
「なあ。失礼を承知で聞くけど、その王女って人間的にダメなやつじゃないのか?」
「本当に失礼な男だな。貴殿は。だが、私もそうだと言っておこうか」
俺の疑問にカリスも苦笑しつつも答えてくれる。
最も、当の本人も失礼極まりない返答だったが。
「お前仮にも使えるべき相手の事を悪く言っていいわけ? まあ、遠まわしに言われるより解りやすくていいけどさ」
「構わんだろう。この先貴殿が王女殿下に会う事はないからな」
「……お前フラグって知ってるか?」
「何だそれは? 新手の魔術か何かか?」
「いや、別にいいんだけどさ」
どこか吹っ切れた様子のカリスの返答に、俺は頭を掻く。
そんな俺を目を細めながら眺めたカリスが、微笑みを浮かべながら口を開く。
「本当に構わんのだよ。この先どのような状況になろうとも、私の未来は死でしか無かったのだから。平和な世界で生きてきた貴殿には理解できないかもしれないが、たった一人で侯爵殿の暗殺が成功すると思うか? 仮に成功したとして、生きて逃げられる確率は? その後に処刑されない保証は? 無いのだよ。私が姫様の命を受け、旅立った時点で、私も……姫様にも未来などなかったのだ」
細く深い溜息を付き、紅茶を口してカリスは僅かに口元を緩める。
「……そんな事も考える事も出来ない。哀れで愚かで……悲しいお方。いつまでお花畑の中で生きているつもりなのか」
「……お前って……バレる心配がないとなると結構言うなあ……」
「私は被害者だ。これくらいの愚痴は許されるべきだ」
「どの道戻っても死ぬだけなのだ」。そう口にして、カリスは天井を見上げる。
「……先日ここに来たという魔女も同じだよ。真実を知った以上は消される定めだ。それを理解していたからこそ、貴殿にその瞳を捧げたのだろうさ。魔女にとって最も大切で、守るべきもの。そう。それは純潔よりもずっとずっと大切な……」
やがてカリスは姿勢を正すと胸元から一つのブローチを外すと、テーブルの上に置いてオレに向かって差し出した。
「何だこれは?」
「名を【障壁のブローチ】という。そのブローチはどのような危機からも一度だけ身につけたものを守るという魔装具だ。今回の任務を受ける際に姫様から賜ったものだが、私が持っていても仕方のないものだ」
「……いいのか? そんな大事なものを」
「いいのだ。たった一度の防御など何の役に立つ? あってもなくてもどうせ死ぬ。ならば、誰かに役立てて貰った方がその魔装具も喜ぶというもの」
乾いた笑い声を上げたカリスから、俺はブローチを受け取る。
その装飾は綺麗な花を思わせるようで、どう見ても──。
「どう見ても女性向けであろう? あの頭の弱い姫様は、そのような事もわからんのだ。男がそのような物を身につけるなど、不自然すぎてそれが魔装具だと疑えと言っているようなものだ。自らの命で部下が死ぬ事になるとも考えられず、そのような物を渡して『必ず生きて帰るように』など……。どう育ったらあのような愚か者になるのか」
「……カリス……」
カリスは泣いていた。
涙を零しながら、それでも笑い、剣を手にして立ち上がる。
「それでも私にとっては掛け替えのない、唯一無二の存在なのだ。この剣と命を捧げたお人なのだ。……イバラキ殿」
カリスは剣を腰に差すと、俺に向かって右手を伸ばす。
「私に振舞ってくれた紅茶を頂けないだろうか。剣術のみに全てを捧げてきた私だったが、久しぶりに実家に戻れたような気分にさせられたよ。……ふ。味の方は実家の母に淹れてもらったものには負けるがね」
カリスの言葉に、俺はあの男が決して味のわからない男ではなかったと知った。
「だが、あの愚か者には十分すぎるご馳走であろう。もしも生きて戻れたら、あの馬鹿姫に振る舞いたいのでね」
「……そうか。そういう理由なら」
俺はキッチンに戻ると口を開けられて数を減らしてしまったティーパックを袋に淹れてリビングに戻る。
戻った先のカリスはすっかりここに来た時と同じ装いで俺を待っていてくれていた。
「これを」
「感謝する」
カリスは俺から紅茶を受け取る。
すると、家の中だというのに、辺りを蒸気のような……いや、蒸気だとしたら余りにも冷たすぎる“霧”が部屋に現れた。
「どうやらお迎えのようだ」
カリスは手の平を上にして、まるで霧をその手に乗せるようにしてこちらを見る。
「カリス」
「イバラキ殿。とても短い。一時の休息であったが、実に有意義な時間であった。私のようなどこの誰ともわからない不審者を持て成してくれた事。私は生涯忘れる事はないだろう」
霧はどんどん濃くなってゆく。
既にカリスの顔の殆どは見えなくなり、体も霧がまとわりついて消えかかっているようだった。
「ありがとう。貴殿の休日を潰してしまった事だけが心残りだが、これ以外に私が言える言葉がない。この不思議な体験は──」
カリスの姿はもう見えない。
ただ、その澄んだ声だけがカリスがその場所に居る証明のようで。
「──一足先に楽園に行ったその後で。すぐに会えるであろう姫様に語って聴かせる事にしよう。そう。まだあの方が小さかった頃にせがまれて話した、御伽噺のように──」
やがて霧が晴れ、普段通りに何もないリビングが俺の目の前に広がる。
家具も家電も、まだまだ足りない殺風景な広いだけの部屋が。
「……馬鹿が……」
不意に視界がぼやける。
「死にに行くってのにそんな嬉しそうに笑ってんじゃねぇよ」
俺はたった一つ手元に残ったブローチを握り締め、裏口に向かう。
日が落ちる前に応急処置レベルでも裏口の修理をしなくてはいけないからだ。
裏口に向かうも何故か視界がボケて歩きにくい。
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