御伽噺の片隅で

黒い乙さん

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第一章 現れる不法侵入者

07 子猫と一夜を共にして

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 部屋に連れ帰って電気をつけると、一気に犯罪者になった気分になる。
 一人暮らしの男の家に全裸の幼女。
 こんな所を誰かに見られたなら塀の向こうに一直線だ。

「取り敢えず濡れタオルと救急箱。それから服だな。食事は……取り敢えず後でもいいか」

 俺は布団に猫娘を横たえると、リビングに足を向ける。
 取り敢えず細かい荷物に関してはまだリビングに置いてあるものの方が多いからだ。
 その中から俺はタオルとTシャツ、それから救急箱を一度部屋に運び、その後風呂場からお湯を入れた桶を手にして部屋に戻る。
 小さな白猫の娘は布団の上でまるで本物の猫の様に丸くなっていた。

「……取り敢えず体を拭かないとな。それから傷の手当て……いや、服の方が先だ」

 よく見ると傷があるのは手と足だけだったから、服を着せても治療は出来る。
 それにこの状態では精神衛生上良くないから、何かで隠してしまいたかった。
 俺は素早く猫娘の体をお湯で湿らせたタオルで拭くと、服を着せる。後は傷の手当てだが、思っていたよりも深い傷が無いようでホッとした。

「……裸足で外を駆け回ったからかな。どうしてこんな格好で外にいたのやら」

 それ以前に人間には見えないし、不思議なことだらけだ。人間の治療薬が効くかどうかも謎だ。
 ともあれ、俺は傷口を順次消毒していくと、カットバンとガーゼに分けて応急処置をしていくガーゼを当てた部分は包帯を巻きつけ、取り敢えず処置は終わったが、件の少女は目を覚まさなかった。

「起きないな。まさかこの後目を覚まさないなんてことは無いと思うけど……」

 胸を見れば静かに上下しているし、口元に手を当てれば呼吸もしっかりとしている。
 それは生きているという事で、妖怪とか化け物とかいう類ではないのではないかという気がした。

「人間と猫の間の子……とか? ……馬鹿か俺は。そんなのある訳無いだろ」

 あったとしたら禁断の研究とか人間が手を出してはいけない領域だ。遺伝子操作の技術がどこまで進んでいるのかは知らないが、いくらなんでもそれは明らかなファンタジーの領域だろう。
 兎も角、猫娘が起きない以上はこれ以上どうしようもない。

 俺の方も食事をして風呂に入ったら寝る事にする。
 そう決断すると俺は立ち上がると部屋の出口に足を向ける。
 だが、よく考えたら布団はひと組しかないわけで、結局寝るときは一緒に寝る必要があるだろう。

 俺は憂鬱な気分になりながらももう一度振り返る。
 そこでは再び丸くなってしまった猫の娘が静かな寝息をたてていた。


◇◇◇◇


 どんなトラブルがあろうと時間は平等に過ぎていく。

 朝日が差し込む部屋の中央で布団から上半身を起こした俺は、大きなあくびをした後にすぐ隣に目を向ける。
 そこでは丸くなった猫耳幼女が俺の膝を枕がわりにイビキを掻いて気持ちよさそうに寝ている姿が見えた。

「随分元気になったみたいだな。流石に子供は回復が早い」

 俺はもう一度あくびをした後に猫耳幼女の体を揺らす。
 すると、最初は嫌そうに俺の膝に顔を擦りつけてイヤイヤをしていた猫娘もようやく目を覚ましたらしい。
 のそりと体を起こし、右へ左へと首を動かした後に俺を見上げる。
 トロンとした瞳は縦に割れて、今は瞳孔が閉じているようだった。まあ、朝日が眩しいし猫なら当然か。

「おはよう。どうだ。昨日の事は覚えているか?」
「…………」

 猫娘は答えない。
 ただ、ジッと俺を見つめて視線を離さない。
 そう言えば、動物ってまっすぐ目を見てくることあるよな。目をそらしたら負けみたいなルールでもあるんだっけ?

 最も、当の猫娘にそういう意図があるかどうかは不明で、現に今も暫く俺を見た後にまたコロリと俺の膝の上に頭を落としてしまった。

「こらこら。もう起きろって。俺には君が誰でどこから来たかも知らない──」

 そう言いながら再び体を揺すろうとした俺だったが、猫娘のお腹のあたりから聞こえてきた可愛らしい音に言葉を止めた。

「……はぁ……」

 俺は嘆息する。

「先ずは飯にするか」

 俺は頭を膝に乗せながらも力無き眼をこちらに向けていた猫娘を抱き上げると、キッチンに場所を移動した。


◇◇◇◇


「……よく食べるなぁ……」

 朝食の席。

 最初は病み上がりだからとお粥を猫娘に与えたのだが、ペロリと平らげた上に更に物欲しそうに俺の食べていたご飯も見ていたので、ご飯と目玉焼きを進呈。更におかわりを要求しそうな雰囲気だったので更にトーストを焼いて、昨日結局食べなかった惣菜も出してやったらその全てを平らげて更におかわりを要求してきたのには流石に閉口した。
 結局、猫娘が満足したのはその後炊飯器に残っていたご飯を全部使ったレトルトカレーを食べ終わった後だった。
 ちなみに、この猫娘、普通にスプーンを使う事が出来たので、やはり動物とかそういう類じゃないらしい。
 
 そして、当の猫娘はご飯をくれた事で俺を飼い主判定でもしたのか、今では俺の体にまとわりついて頭を擦りつけている所だった。

「何か、一生懸命匂いつけているところ悪いんだけどさ」

 言いながら俺は猫娘を正面に持ってきて脇の下に手をいれて持ち上げ、目と目を合わせる。

「お前は一体どこから来たんだ? 出来れば名前と住所を教えてくれると嬉しいんだけど」

 下手に首を突っ込んで誘拐犯か何かと間違われるのはゴメンだ。
 だが、そんな俺の心配を他所に、猫娘は返事替わりに俺の鼻の頭をペロペロと舐めただけだった。

「……君に答える気がないのはわかった。けど、取り敢えずその格好は頂けない」

 俺は猫娘を膝の上に下ろすと、右手の袖の部分で鼻の頭を拭う。別に汚いとかは感じなかったが、なんとなくだ。

「出来ればすぐにでも君の親を探しに行きたいんだけど、警察に連絡するにしろ連れ歩くにしろ、その格好では俺が犯罪者になるからね。だから、俺はこれから服を買いに出かけようと思う。君は留守番だ。わかるか? 留守番」

 膝に下ろされるやいなや、すぐに俺の腹に頭を押し付けてきていた猫娘のほっぺたを両手で挟み、目と目を合わせて言い聞かせる。
 だが、彼女は返事替わりに俺の唇をペロペロと舐めただけだった。

「……わかった。もういい。取り敢えずおとなしくしてるんだ。なるべく早く帰るから。わかったね?」

 俺は口元を拭きながら立ち上がると、床にコロリと転がった猫娘を見下ろす。
 すると、わかったのかわからないのか。
 取り敢えずこちらを見上げるだけで寄ってこなくなった猫娘の態度にようやくホッと息を付き、俺は服を買いに行くことにした。
 まさか、こんな事で貴重な休日を潰すことになるとは思わなかったな。


◇◇◇◇


「随分余計なものを買っちまった」

 正直自分の金銭感覚が恐ろしい。
 今まで全くものを買わなかった弊害だろう。
 子供服や食料をあれもこれもと買っているうちに、まさかの現金支払い不可能な金額に目の玉が飛び出る気分だった。
 仕方なくカード決算で事なきを得たが、この調子で買い物を続けていたらあっという間に貯金が底をつくだろう。

「いや、最初だけだから。最初だけ。それに、あの子の親が見つかったらこの分請求すればいいだけだし」

 取り敢えず買ったのは男の子用の子供服だ。
 流石に独身中年の身で女の子の服を買いに行くのはハードルが高かった。
 下着に関しては……正直、しばらくは我慢してもらうしかない。

「食料も一杯買ったからな。これでも足りなかったらあの子の胃袋は相当な異次元空間って事で納得するしかないけど」

 車から降りて、両手で袋を下げて玄関に向かう。
 既に出発してから三時間程たっていたが、今ならまだ遅い昼食という事で許してもらえるだろう。
 そんな事を考えながら家に入り、あの子を呼ぼうとして名前を知らない事を思い出した。

「……しまったな。教えてくれなかったから何て呼んでいいやら……まあいいか。おーい。家出娘ー。帰ったよー」

 玄関にパンパンに膨らんだビニール袋を4つ置き肩を回してから呼んでみたが反応がない。
 おや? と思いキッチン、リビング、自室の順に回ってみたけれどその姿を発見する事は出来なかった。

「……おいおい。どこ行ったんだよ。留守番してろって言ったのに……」

 次に階段を登って2階を探す。使っていない部屋2つに物置、ベランダ。
 ……いない。

 駆け下りるように1階にもどり、裏口を開けて離れに走る。
 そこも蛻の殻だった。
 ただ、隅に纏められていたボロ切れの上に、解かれた包帯が纏めて置かれていたのが変化した点といえばそうだったが。

「……出て行くなら出て行くでせめて挨拶くらいしていけよ。バカ猫」

 俺は何故か深い溜息をついて頭を掻き毟る。

 厄介事が早々にいなくなって喜ぶべきところだ。本当ならば。
 なのに、何だか妙にさみしい気持ちになってしまう自分がいたのに驚いた。
 多分それはきっと──。

「……買ってきた大量の食料。まさか俺一人で処理するのかよ……」

 玄関に置き去りにされている食料の消費方法に頭を痛め、使いすぎてしまったお金の件も頭痛の種だった。
 だからこそ、こんなにも切ない気持ちになるのだろうと。

 ──そう、思うことにした。
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