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第26話 魔槍VS神の剣

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 リディアは俺の右手を握ったまま、魔術の詠唱を始める。

「天空翔ける神の使いよ」

 俺の右手がドクンとと跳ね上がり、リディアの魔力が直接注ぎ込まれていると実感する。

「勇者を助け、祝福を与える戦神の使いよ! 全てを浄化する聖なる光となりて、我が手に収まり全てを切り裂く刃となれ!」

 リディアから込められた魔力が俺の中で留まり、駆け抜け、足元から強烈な竜巻が生まれたかのような濃密な魔力が、俺の体を中心として生まれていく。
 リディアの額には汗が浮かび、握られた手は真っ白になるほどに強く握られている。
 
 目が合った。

 力強い瞳は真っ赤に輝き、かき集めた魔力の奔流がそこで制御されているのを感じる。
 その瞳の奥に写りこんだ俺は、どこか心配そうな表情で、覗き込んでいるように見えた。

 俺は自然と手を伸ばす。

 リディアの白い頬に触れ、そっと撫でる。
 全身に行き渡った魔力が右手に集まっていくのを感じる。
 まるで右手自体を炎の中に突っ込んでしまったかのように熱い。
 それでも、俺達は離さない。
 魂で繋がった絆は決して離れないとでも言うように、繋がれた手が一つになってしまったかのように妙な一体感を感じていた。

 頬を撫でていた手はそのまま髪へ。
 美しい黒髪からピンと尖った耳が現れ、俺は敢えて耳が見えるように髪を撫でた。
 その時、リディアの瞳の光が一層輝く。
 右手に集まった魔力が外に飛び出そうと暴れだす。
 リディアは握っていた手から右手を離すと、そのまま俺の胸に当てて、高らかに叫んだ。

「顕現せよ! 戦乙女の神剣!!」

 右手が爆発したように反発する。
 そして、辺りの木々の葉を大きく揺らし、猛烈な魔力の本流が俺を中心として巻き起こった。
 右手にとんでもない量の魔力が集まっているのを感じる。
 しかし、その先に剣は現れていない。
 
 ……まさか、失敗したのか?

「……魔封石のナイフに力を……」

 全ての魔力を使い切ったのだろうか。
 俺の前で座り込んだリディアが告げる。

「今のあたしの力では、その剣を具現化できるのは恐らく数秒だと思う。だから、あんたがここぞと思う場所でその剣を振るって欲しい」

 疲れ果てた顔で見上げながらリディアは続ける。

「貴方の魂にあたしの魔力を注いでみせた。使い方は今まで貴方が使っていた精霊魔術と変わらないはずよ。あたしには剣を形作るだけの構成力は無い。でも、あんたなら……」

 そのまま疲れたように両腕を地面に付けて座り込むリディアの頭に左手を載せてゆっくり撫でる。
 リディアは特に悪態をつくでもなく、ゆっくりと告げた。

「あんたならきっと使う事が出来るはず。だからお願い。あいつにその力を……‘あたし達’の力を見せつけてあげて」

 リディアが口にしたお願いに、俺は最後にリディアの頭をポンと叩くと、力強く宣言する。

「任せろ。お前を未熟と断じたバカ兄貴に、生まれて初めての敗北ってやつを教えてやる」

 その言葉にようやく笑ったリディアにレイラの事を任せると、俺は爆音の聞こえる戦場へと駆ける。
 今度こそシグルズに勝ってみせる。
 その為の力は俺の右手にある。




 戦場に駆けつけると、そこにいたのは二人だった。
 真っ赤な髪と真紅の鎧の二刀流の剣士と、黒いローブを羽織った魔人族の魔術師。
 向かい合う距離はおよそ10歩程。
 剣士の方は肩で息をしながらも赤い切っ先を魔術師に向け、魔術師は魔力の篭った右手を剣士に向かて伸ばしていた。

「結局、残るのは強き者だけだ」

 そう語るのは魔人族の魔術師。
 シグルズは俺の方に視線を向けると、質問するかのように言ってくる。

「そう思わんか? 精霊魔術師テオドミロ」

 次に漆黒の剣士に目を向けて。

「そして、サイレントのソードマスターアスラ」

 その言葉に俺とアスラは一瞬目線を交わすが、シグルズの質問を否定するように首を振る。

「この場に居ない者を弱者だと言うつもりなら同意できない。あの二人は俺にとってかけがえのない仲間であり、家族だ。あいつらがいなければ、今頃俺はこの場にはいなかった」
「同感だな」

 俺の言葉にアスラも頷く。

「貴様のように力のみを信じる人間には分かるまい。例え一人一人の力は弱くとも、協力することで強大な敵にも打ち勝つことだって出来る存在。それが我々人類だ。それは、獣人だろうが魔人だろうが変わらない」
「フン。個人の力でこの場に立っている人間に何を言われても説得力など有りはしない」

 シグルズは俺達の返答に鼻を鳴らして一蹴すると、両手に魔力を貯めていく。

「もっとも、いかに力あるものでも死んでしまえば何も残らんがな。王都で殺した勇者のように」

 その言葉に俺はハッとする。
 これまで俺達が旅をする上で苦労する理由となった出来事を思い出したから。

「そうか……貴様がキリスティア王都を破壊した襲撃犯であったか」

 俺の考えをアスラが代弁する。
 先程よりも鋭い目つきに殺気を込めて。

「貴様の行為でどれほど多くの命が奪われたと思っている!!」
「知らぬ。私はただ強者と戦ったのみ。その過程で振り払った塵芥の事など一々気に止めるか」
「貴様ぁ!!」

 獣のような咆哮を上げ、アスラが飛びかかる。
 俺もその動きに呼応するようにシグルズに向かって駆け出した。
 ついに、シグルズ・ファフニールとの決着を着けるための戦いが始まった。




 爆発、真空、黒い炎。
 接近戦に持ち込もうとする俺達2人の攻撃を、シグルズは数々の魔術を用いて退ける。
 アスラが扱うのは魔術師殺しの魔剣。
 当然シグルズの魔術を切り裂きながら突進するが、その度に混沌の魔術で距離を取られ、黒い炎で退けられた。
 どうやら、全ての魔術を喰らうと思っていた赤い刃も、混沌の魔術だけは喰らい切ることができないらしい。

 対する俺の方はもっと酷い。
 ゲルガーを憑依させシグルズを上回る動きで先手を取っているものの、単なる魔力の塊で簡単に距離を取られてしまう。
 左手の魔封石のナイフで抵抗はするものの、今魔封石のナイフには炎の剣の力は無い。
 結局は距離を取られ、数々の魔術を打ち込まれ、最後は奴の距離に戻されてしまう。

「どうした? 所詮勇者と言えども人間ではこれが限界か?」

 その言葉に、俺とアスラの視線が被る。
 この戦いで初めてコンビを組んだ俺達に分かる事など多くない。
 それでも、俺は次のアスラの行動がなんとなくわかった。
 恐らく、アスラは次の攻撃で切り札を使うつもりだ。

「言ってくれる。ならば、その身で受けるがいい。我が最強の斬撃を!」

 なら、俺も切り札を使うのは今しかない。
 アスラの攻撃が強ければ強いほど、奴自身も強力な攻撃をしなければいけないはずだ。
 そこを……狙う。

「我が魔力を吸い尽くせ! ウィザードバイト!!」

 アスラが掲げた赤い刃が荒れ狂う。
 その切っ先に現れたのは、漆黒の刃。

「ぬっ!」

 シグルズの顔色が変わる。
 それも当然だろう。
 魔道具に詳しくない俺でも分かる。あそこに貯められた魔力は、今まで散々シグルズがぶっぱなしてきた黒い槍の魔術だ。

「地の底に咲く炎の花よ!! 何びとにも消せぬ黒き炎よ! 全てを焼き尽くす煉獄の力となりて、我が手に収まり全てを貫く槍となれ!」
「貴様自身が散々誇った最強の槍だ! 今この時を持ってそっくりそのまま」
「貫け! 煉獄の魔槍!」
「返却する!!」

 2人の強者が発動した攻撃は、辺りの情景を完膚なきまでに破壊する。
 地面は抉れ、木々は吹き飛び、ありとあらゆる物を吹き飛ばした。
 その中で俺はその中心に向かって走る。
 右手には魔封石のナイフと、俺とリディアの絆の力。
 
 2人の激突は拮抗している。
 混沌の力は辺りに飛び散り、所々の大地に断層を作る。
 そんな中、近づく俺にシグルズが気がついた。
 俺に向かって震える右手を向けると、魔力の塊を放出する。
 これまでの戦いで俺が魔力を押し返す力がない事をよくわかっていた為に選択した攻撃だった。
 悪くはない選択だ。
 そう、‘今までの俺ならば’。

 俺は魔力の塊を魔封石のナイフで切り裂くと、一気に自分の間合いに飛び込む。
 シグルズは驚いた表情をした後、魔術を発するべく構成を展開する。
 だが遅い。
 最初に俺に向けたのが魔術だったなら、きっと間に合っただろう。
 しかし、俺の間合いに入った以上、その程度の魔術が通用する道理はない。

「受け取れ」

 魔封石のナイフを天空に伸ばす。
 まるで、その先に何かがいるように。

「俺とリディアの合作!! 戦乙女の神剣!!」

 魔術の発動。
 その瞬間、天が、大気が、魔力が割れた。

 光の柱が立ち上り、辺りで荒れ狂っていた魔力が一点に収束する。
 そして、その場に、俺の右手の先に現れたのは、神々しく輝く神の剣。

「なっ!?」

 恐らく本能だったのだろう。
 シグルズはアスラに向けていた魔槍の魔術のターゲットを俺へと変える。
 本当に危険なのは自分と同質の魔術ではない。
 自分とは相反する──光の魔術だと。

「うおおおおおおおおおお!?」
「がああああああああああ!!」

 激突する魔槍と神剣。

 超至近距離でぶつかりあった2つの魔術は、一瞬均衡を保ったように見えた。
 だが、それも一瞬。
 直ぐに均衡は破れ、光の剣は魔の槍を切り裂き、そのままの勢いをもって、シグルズ・ファフニールの右腕を切り飛ばした。

「うがあああああああああああ!!」

 迸る鮮血。
 絞り出される絶叫。
 しかし、シグルズにとっての悲劇はこれだけに終わらない。

「我が名はアスラ。アズラエル・ウィズ・サイレント」

 2つの魔力の奔流の中、平然と立っている勇者が一人。

「この名の元に、シグルズ・ファフニールという名の悪を断つ!!」

 勇者の剣が振り下ろされる。
 その剣をシグルズは残った左手で防ごうとしたが、魔力の篭った赤い刃を止めることは出来ず、そのまま左腕も切り落とされてしまう。
 更に、アスラは返す刀でシグルズの右目を切り裂いた。
 魔術師にとって最も重要な器官である目を。

「が、あ、う、があぁぁ……」

 夥しい鮮血を流しながら、シグルズはその場で崩れ落ちる。
 ひょっとしたら、以前の様にこの後立ち上がって自らを回復するかもしれないとも思ったが、俺は直ぐにそんな考えを振り払う。
 シグルズは右目を潰された。
 現に今現在のシグルズの魔力は当初の半分にも満たない。

 今この瞬間、最強の魔術師としてのシグルズ・ファフニールは死んだ。






「我の負けだ」

 両腕と右目を失い、大地に仰向けに倒れながらシグルズはそう言った。
 魔術で出血を止める事は出来た。
 しかし、片目を失って半減した魔力では、失った器官を取り戻すことは出来なかった。
 この場にいるのは倒れたシグルズを含め5人。
 ソードマスターアスラ。
 魔力を使い果たして座り込んでいる俺。
 シグルズの実妹であるリディア。
 そして、ようやく目を覚ましたレイラだ。

「本来ならこの場で叩き切ってやる所ではあるが……」

 腕を組みながらアスラが口を開く。
 岩の上に腰を落ち着け、丁度シグルズを見下ろすような形だ。
 髪は埃で汚れていたが、傷らしい傷もなく元気なものだ。
 
「どの道その魔力ではこれまでのような力も出せまい。これまで自分が行ってきた悪事を振り返りながら、静かに暮らしていくのだな」
「……フン」

 アスラの言葉にシグルズは顔を顰めて首を反対方向に向ける。
 しかし、ちょうど向けた方向には彼の実の妹であるリディアがいた。

「兄さん……」
「……ふっ。まさか、お前如きの魔術にやられるとはな……」

 リディアの呼びかけに、シグルズは弱々しく返す。
 これまで散々見下してきた相手の魔術に押し負けたのだ。その胸中は他人である俺には分からない。

「中々の魔術だった。最も、他人の構成を借りなければ発動できない魔術が完成品であるかは別の話だが」
「貴様っ! 負け惜しみを……」
「アスラ」

 シグルズの言葉に激高したアスラを、俺は声でもって止める。
 なんとなく、俺にはシグルズの気持ちがわかった。わかってしまった。
 これまで自分がして来たことを振り返り、もどかしい気持ちになってしまうのは、経験者にしかわからない。

「その力を失いたくないのなら、決して離さぬ事だ」
「……うん」

 シグルズの言葉に頷くリディア。
 あれだけ嫌っていた兄の事だというのに、悲しそうな顔をしているのは、きっと、どんな人間でも兄は兄ということなのだろう。

「行くよリディア」

 そんなやりとりを見守っていた俺達だったが、アスラが発した一言でその視線を赤髪の剣士に向ける。

「アスラ……でも……」

 アスラとシグルズを見比べ、躊躇するリディアに対して、アスラは首を振って先を促す。

「悪党とはいえ、そいつは戦士だ。一流の戦士は敗れた相手にこれ以上の醜態をさらしたくないものだよ」
「ふっ、その通りだソードマスター」

 アスラの言葉に答えたのはシグルズだった。
 その返答に、アスラは眉を寄せて顔をしかめるが、そんなアスラに対して、シグルズは言葉を続ける。

「礼ついでにいい事を教えてやろう。そこにいる精霊魔術師を貴様の妹に会わせるといい。きっと、貴様の望むべき願いが叶えられる筈だ」
「何!? どういう事だ!?」

 シグルズの話に驚いたアスラがシグルズの傍まで近づいて問い詰めようとするが、もはやそれ以上シグルズは語ろうとはしなかった。
 ただ、目を閉じてリディアに最後の別れを告げる。

「さらばだリディア。いつかお前達二人が最強の魔術を完成させる日が来る事を、不本意ながら待っているとしよう」

 それ以降何も口にしなくなった魔人をその場に残し、俺達はその場を後にした。

 こうして俺は過去の遺恨と、王都襲撃犯の撃退という当初の予定には入っていなかった事例に幕を下ろす。
 見るも無残になった沈黙の森を歩きながら、俺達は首都サイレントへの道を急ぐのだった。
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