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第15話 ディスティア

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 先に話していた通り、翌日の早朝に俺達はガルニア風穴へと足を踏み入れた。

 その時に感じたのは、初めに入った時に比べて冷気を感じなかった点だろうか。
 それでも、外に比べれば冷たい風が吹き込んではいたが、ちょっと肌寒いかな? と感じる程度だ。
 俺達は、松明を持ったエルネストを挟むように歩いてゆく。
 洞窟に入る前の道中に近い陣形だが、その時に比べるとややレイラが前衛に寄っている形になる。
 それというのも、夜目が効き、尚且つ嗅覚に優れたレイラの危機察知能力は非常に高く、こちらの指示を待たずしてさっさと敵に向かってしまう為だ。

 案の定、鼻を一つ鳴らしたレイラが1歩2歩と前方に飛び出す。
 俺の目には何も見えないが、追従するように前方に出る。
 すると、暗闇に赤い点が数点浮かび上がったかと思うと、細かい羽音を響かせて、掌大の何かが襲いかかってきた。
 
 俺は即座にゲルガーに意識を繋げると、向かってきた赤点を切り払う。
 すると、そいつは音もなく両断され、俺の体の横を通り抜け地面にボトリと落ちる。
 横目で見ると、どうも蝙蝠のようだった。ひょっとすると、吸血するタイプかもしれない。
 
 それにしても、まだ新品という事もあるだろうがエルネストから買ったナイフの切れ味はすごいな。
 ゲルガーを使用しているというのもあるだろうが、それでも切った時に全く抵抗を感じなかった。
 その分強度が無いんじゃないかとリアルな不安がよぎるが、折れようが折れなかろうがこれまで強敵と戦う度に失ってしまった俺の武器。
 この際強度はあまり意味はないのかもしれない。

 とは言え、数が多すぎる。

 前方ではレイラが獅子奮迅の働きでコウモリを右へ左へ弾き飛ばしているが、一向に減る気配がない。
 しかも、よく見ると昨日は赤く発光していた筈のソウルクラッシュが、今は全く光を発していなかった。
 ひょっとして、発動には何か条件があるのかもしれない。

 仕方ない。
 俺はナイフを左手に持ち変えると、ゲルガーの意識を断ち切り、新たな絆を構築する。
 身体強化の効果は消え、体が重くなったと思った直後、今度は右手の温度が急激に冷えた気がした。
 同時に失われる魔力。

 「フラウ!」

 展開範囲は赤い点の塊よりも少し広めの範囲。
 その部分を固めるイメージで展開、発動する。
 俺としては蝙蝠の動きを低下させるだけの魔術を放ったつもりだった。
 だが、展開した瞬間にごそっと抜け落ちた魔力に一瞬違和感を覚え──

 発動の瞬間、その違和感は驚きに変わる。

 大量のガラスが割れたような音が辺りに響き、周囲の温度が一気に下がる。
 薄暗くて詳細はわからないが、松明の光を反射して、辺りに氷の粉が舞い散ったのだけはわかった。
 
「ニャッ!」

 前方では吃驚したようなレイラの声が響き、飛び跳ねながら後退してくる。
 背中から転びそうなレイラの後ろに回り込み、その体を抱きとめると、ひんやりと冷たく、危うく取り落としてしまう所だった。

「これは……凄いねぇ……」

 レイラの体をジャケットで包み込んでいた俺だったが、エルネストの呟きに前を向く。
 すると、松明で照らされた前方は、直径10m程の白い円が出来ており、その中心に完全に凍りついたかつて蝙蝠であったろう氷のオブジェが転がっていた。

 俺は唖然とする。
 いくらなんでもここまでやるつもりは無かった。
 範囲は大きく取ったものの、威力は絞ったつもりだったのだ。
 それでもこの威力。
 夢の世界でフラウは自身の能力について、「回復魔術は使えない」と言っていた。
 つまり、回復魔術が扱えない分、攻撃に特化しているという事だろうか?
 いや、その割には失った魔力はかなりの量だった。

 しかし、そんな俺の疑問も、氷の広場の中央でいたずらっ子のように笑うフラウを見た事で解消された。

(おい)

 心の中で非難する。
 精霊魔法は基本的には術者が思い描いたイメージを精霊が受け取り、発動までのプロセスは全て精霊が行ってくれる。
 魔力を物質的に発動させる事が出来ない人間が魔術を使用できるのはこの為だ。
 つまり、術者のイメージを無視して精霊が勝手にイメージにそぐわない魔術を展開する事もあり得るというわけだ。
 こんな風に。

(初体験だから出血大サービスです)
(黙れ)

 全く悪気の無い無邪気な声に、俺は一言で切って捨てると意識を断ち切った。
 ……なるほど。フラウはああいう精霊か。
 今までの精霊達は基本的にこちらの意図を大きく無視することは無かったから、精霊とはそういうものだと思っていたが、どうやら違うらしい。
 それとも、親密度の関係だろうか?
 同じ森の民である俺とドライアド。
 そもそも殆ど同一人物のような存在であるゲルガー。
 対して、自らの眷属を殺されたにも関わらず協力を申し出てきたフラウ。

 いや、よく考えたら、他の二人もこちらの意図を100%受け入れている訳ではないな。
 ドライアドは俺の身に危険が迫ると残りの魔力に関係なく勝手に回復魔術を発動させるし、前回の戦いでゲルガーは俺の命を使い捨てにして全身の力を捻り出した。
 共に無口な精霊だったからあまり気にならなかったが、どうやら、精霊にもいろんな奴がいるらしい。
 俺はごっそりと失ってしまった魔力に溜息を付きながらも、レイラを開放して先へと進む。
 何だか、ドッと疲れたように感じた。




 その後は特に大きな問題もなく進む事ができた。
 懸念していたフラウに関しても、次からはこちらのイメージ通りに発動していたので、最初の魔術に関しては本当にサービスのつもりだったようだ。
 あの後俺に粗雑に扱われたのだがショックだったのか、どんよりと暗い気分が意識を通じて伝わってきたのだが、失った魔力は早々元には戻らないので、しばらくは反省してもらうとしよう。
 とりあえず、襲って来るのがラットやコウモリなど一つ一つはそれほど大きな力ではないが、とにかく数が多い連中を相手にしている以上、どうしてもレイラやゲルガーの能力では効率が悪い。
 しかし、この場所ではドライアドは上手く発動できないし、結局フラウに頼るしかないのだが。

 俺が氷の魔術で足止めをし、レイラが蹴散らす。
 そんな戦闘がどれ位続いただろうか。
 そもそも国境を跨ぐ山脈を貫く洞窟である。当然、距離も相応にある。
 3度ほど休憩を挟みながら歩き続けた地下の旅。
 しかし、進み続ければ自ずと終わりも来るもので、洞窟に潜って数時間後。
 俺達はようやく太陽の光を浴びたのだった。

「はあ、ここいらで一休みしようか」

 洞窟を抜けた事でホッとしたのだろう。出口の傍にあった岩にザックを下ろしながらそう宣言したエルネストの言葉に従うように、俺も近くにあった岩に腰を下ろした。
 洞窟を出た後少し進んで周りの景色を見ていたレイラも、座り込んだ俺の傍まで戻ってくると、そのまま俺の膝の上に腰を下ろした。

「そう言えば、結局発動しませんでしたね」

 俺は膝の上のレイラの右手を取ると、グローブを見ながら呟く。
 そんな俺の言葉に、エルネストも残念そうに答える。

「そうだねぇ。私も実際に力を使う所を見たかったのだけど、力が発揮する為には何か条件があるのかもね」

 どうやら、エルネストも俺と同じ考えであるらしい。
 条件か……。
 あの時のレイラは今と何が違っていただろう。
 確か、怒ってはいた。
 髪の毛が逆立つほどの怒りだったから、あれは獣人族の仲間達が連れ去られた時と同等の怒りという事になる。
 後は、何だか眼が光ってたかな。
 しかし、薄暗い中で単純に光を反射していた可能性もある。
 感情で使用条件が整う魔道具。
 ちょっと考えにくいような気がする。

「お兄ちゃん」
 
 そんな俺の考えを散らすようなレイラの声。

「お腹すいた」

 俺は下ろした袋からそろそろ軽くなってきた保存食の入った袋を取り出すと、レイラに渡す。
 こうして俺の疑問は、発動しない魔道具の事から休憩の度に空腹を訴えるレイラの胃袋へと変わっていった。



 そこからの旅は順調そのものだった。
 洞窟から下山するまでは道も悪く、エルネストがヒイヒイ言ってきては来たものの、下山した場所が森の中だったのが俺達にとっては幸いした。
 呼び出すだけで魔力を消費したゲルガーやフラウと違い、森の中でのドライアドの燃費効率の良さは他を圧倒する存在だったからだ。
 範囲魔術を使用しても、低威力の魔術なら殆ど魔力を消費しない為、何だか自分が強くなってしまったような錯覚を受ける程だ。
 よく考えたら、あの魔人族と戦った日以来森の中でドライアドを使用した事は無かったからすっかり忘れていたが、回復魔術以外のドライアドの魔術の使い勝手はかなり良い。
 森育ちのレイラもそれは同様のようで、襲い来る獣を元気に蹴っ飛ばしていた。

 やがて森の中を抜け街道に出ると、そこからはもうエルネストの知る道だったようで、先頭切って歩き出すようになった。
 そもそも、街道沿いは人間達を警戒してあまり獣も現れないので、そこからは順調に距離も稼ぎ──

 陽は大分傾いてはいたが、俺達はキリスティア最北端の町ギルティアにたどり着いた。




「さて、それじゃあ、ここでお別れだね」

 町の南門の前に佇む馬車の前。
 そこで俺達は向かい合って別れの挨拶を交わしていた。
 何でも、エルネストはこの後すぐに馬車でキリスティアに向かうという事だった。
 初めから護衛の依頼がディスティアまでだったのは、最初からそうするつもりだったからだそうだ。

「ええ。何だかんだお世話になりました」

 俺は頭を下げるついでにレイラの頭をポンと叩く。
 すると、レイラも俺の真似をしてぺこりと頭を下げてくれた。

「いや、世話になったのは私の方だ。君達がいなかったら、ここまで無事にたどり着く事は出来なかっただろう」
「それが仕事ですから」
「ふふ。そうかい」

 エルネストは笑うと、俺の手に銀貨を一枚握らせる。
 今回の報酬だ。
 これで、暫くは少し余裕を持って活動する事が出来るだろう。

 俺が受け取るのを確認すると、エルネストは馬車に乗り込む。
 そして、窓から顔を出すと、人の良さそうな笑顔を向けた。

「私はこれから王都に向かうが、君達もいずれは来るのだろう? その時は私がいるかどうかわからないが、出来ればまた逢いたいものだね。その時は、もっといい物を用意しておくよ」

 俺の腰に下げられたナイフを見ながら言ってきたエルネストに対し、俺も笑顔で返す。

「はい。その時も是非知り合い価格で提供してください」

 俺の言葉に答えずエルネストは苦笑すると、馬車がゆっくり動き出す。
 窓から手を出して手を振ってくるエルネストに向けてこちらも手を振り返すし、見えなくなるまで見送った。
 本来は俺たちも王都に向かっても良かっただろうが、レアンドロ達がこのルートを通ったとわかった以上、この町でやる事はまだあった。
 もっとも、それ以前の根本的な問題もあったからだが。

「……うーん」

 俺の手を握りながら頭をコクっと落とすようになったレイラを苦笑しながら抱き上げ、今日は宿を探す事に決めた。
 ようやく尻尾を掴んだ強奪者達の件が片付いた時、こうして抱き上げているのはこの子の本当の親だろう。
 そう願いながら。
  
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